プロローグ
とある戦場と化した町。
そこは黒煙が立ち込め、真っ赤な炎が僕らの周りを取り囲んでいた。
女も子供も関係なく、瓦礫に埋もれ、切り裂かれ、貫かれて命を落としていく。
そんな中、一人の男が目を開く。
右目は自力で開くことはできない。はれ上がってるからか、視界がかすむ。
みんなはどうなった?あの一撃で、吹っ飛ばされたところからの記憶がない。
よろよろと力なく立ち上がる。だが、すぐにバランスを崩して倒れてしまう。
左腕がひどく痛み、右手でかばおうとしてようやく気付いた。腕がない。腕の重さがないからバランスを崩したのか。
朦朧としていた意識がだんだんはっきりとし、やるべきことを思い出した。
戦わなくては。あいつを放っておいてはダメだ。ようやく追い詰めたんだ。大丈夫。片腕がなくなったぐらい、どうという事はない。みんながいれば、そんなものは十分補える。
みんなはどこだ?
あたりを見回すが人影は一人しか見えない。奴だ。早くみんなと合流しなければ。このままじゃこの町が、いや、この国がめちゃくちゃにされてしまう。
炎に紛れ、実を隠しながら歩き回ると、柔らかな感触のものを踏みつけて転んだ。
人だ。大量の血を流している。見覚えのある長い銀髪。白い服装。
「あっ……あぁ……。」
『最悪の状況を常に想定する』。これは、僕が常に行っていることだ。最悪の状況というのは起こりえない。だから、その一歩手前程度であれば、落ち着いて事態に対処できる。
そう。起こりうるはずがなかった。今までもそうだったし、これからもそうだ。彼女が死ぬという最悪の事態が起こるはずがない。そう思っていた。
銀髪の少女の体を起こした。まだ微かに息があるが、治癒なんて僕にはできない。
目の前が怒りで真っ赤に染まる。彼女を守れなかった、自分への怒り。
「ごめんね…。…やられちゃって…。」
小さなか細い声で、彼女は告げた。自分がもうすぐ死ぬという事が分かっているのだろう。
目を凝らすと、僕の隊のメンバーが、そこら中にいた。大量の血を流して、目を閉じたまま。
かつて、どんな死線も潜り抜けてきた。喜びも、悲しみも、怒りも、何度でも分かち合った。一緒に強くなった。いつか誓った夢をかなえるために。
そんな仲間たちがこんなにもあっけなく倒れている現実を受け入れられなかった。
「ねぇ……。最後なんだからさ…、私のお願い、聞いてよ。」
聞きたくない。最後の願いなんて、聞きたくない。
けれど、そんなことを言葉にはできなかった。しようとすると、声が震えてどうにもできなかった。
頬を何かが流れ落ちる感覚があった。目から流れ出るそれは、止めることはできない。
彼女の願いは、一つだった。
今までに何度だってそんなことをする機会はあっただろうに。なんだって、こんな状況でそんなことを願うのか。
いや、こんな状況だからこそか。
僕は彼女が好きで、彼女も僕を好きだったんだと、このとき初めて分かった。
唇は触れ合い、僕の中に彼女の光が灯った。優しく、内気で、素直な彼女らしい、愛しい光。
彼女はすべてを僕に託した。ならば僕は果たそう。決して折れない、剣となろう。
彼女が潤んだ瞳を閉じると、僕はその場を去った。
戦いは終わり、夜が明けた。鎮火は済み、日差しが戦場を照らす。町には戦闘の爪痕がいくつも残り、僕らは称えられるのか、あるいは罵られるのか、分からない。
僕は、彼女を抱きかかえ、その場を去った。誰もいない、誰も知らない場所を目指して。