9 悪夢
引っ越して二日目の朝が来た。
昨日やり残したことは無い。届いていた家具を運び入れ、組みたて、何とか部屋らしくなったところ。
まずはのんびり朝ごはんでも食べようかな……。
朝起きて誰もいない開放感と寂しさを感じながら無意識に家の外に出て……雑草ぼうぼうの庭を見て、私は気づいた。
「あ……朝ごはんがないっ! 」
黙って朝食が出てくるわけがないのに、ついつい冒険者の時の癖が出てしまう。
冒険者の時は宿の部屋を出て、食堂に行けば朝食が用意されていた。
しかし、この家に食堂は無い。ダイニングならあるけど。
私は朝食を食べないとお腹がすいて倒れそうになるタイプ。つまり、ピンチ。昼間に空腹によって倒れるという事態は避けたい。
そういえば村にパン屋があったけどもうやっているだろうか。これから自炊能力を身につけなければ。頑張るぞ!
私は自分が冒険者の生活習慣……朝五時に起き、朝六時にはダンジョンに移動を開始するサイクルにはまっている事を忘れていた。
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「……あれ? 」
村に着いた頃には空は少し明るくなっていたが、パン屋は開いていなかった……というか、パン屋だけでなくメインストリートのお店というお店のシャッターが閉まっていた。
さっきから人にも全く会わない。
ま、まさかモンスターに襲われた……!?
血痕はなかったが怪我を負わせる隙もなく人を食らうモンスターも珍しくない。
中規模の村を潰すには中難易度ダンジョンの主くらいの力が必要だから、スケルトンキングとか!?
戦ったことは何十回もあるし、全勝したけどそれはパーティー全員で協力したから。
魔法を使えない私一人では到底勝てない。瞬殺される。
どうしようどうしよう!! 村の人は助けたい! これでも五つ星パーティーの魔法使いだもの!
だけど……もう戦いたくない……!
ダメだ。なんだか強いストレスからか過呼吸が起こり始めた。足も動かないし、脳も思考を止めてしまったみたい。
これだから誰も助けられなんだよ……パーティーにいる資格なんか無いんだ、やっぱり。
ずるずるとパン屋の前に座り込む。激しい気持ち悪さで辛い。ドラゴンに攻撃された背中や火傷の跡が痛い。
まさかの不戦敗、私は気を失った。
ドラゴンに襲われ、私以外のパーティーメンバー全員が倒れる夢を見た。気絶中に見た夢は夢と言うのかどうかは分からないが、とにかく悪夢だった。
魔法を使えない私と、傷一つ負っていないドラゴンと、息絶えた私の仲間。
助けてくれる人はいない。助けたい人ももういない。
私自身が落ちていた短剣を自分に刺して、息絶えた所で目が覚めた。
「あ、あの、大丈夫? 」
知らない人が声をかけてくれたが、私はそれどころじゃなかった。
悪夢。悪夢すぎる。夢なのにリアルで、私の無力さが夢にまで出てきて、怖いし情けないし泣きたくなる。
そういえば村は! 大丈夫!?
「ごめんなさい、私のせいで! 村は大丈夫ですか!? 」
「村? 大丈夫っていうか……通常運転だけど。」
「えっ、そうなんですか? よかった……」
「七時になって、店を開けたら目の前に人が倒れてたからものすごくびっくりしたよ。うなされてたし、辛そうだったし、時折泣いてたから心配した。なんかあったら話聞くよ。パン屋で修行中のただの人だけど、力になれることがあったら言ってね。」
七時というワードで、この村がモンスターに襲撃されたのではなく、誰も起きていなかっただけだと気づいた。
本当にバカだ。
「ごめんなさい、見苦しい所を……! 」
「大丈夫、気にしないで。そうだ、よければ焼きたてのパン、食べていって。味には自信があるんだ、美味しいものを食べれば落ち着くかもしれないし。」
「ありがとうございます……お代は払います」
「ううん大丈夫。やりたくてやってる事だから」
そう言ってパン屋で修行中の若い男性は奥から湯気の立つパンを持ってきてくれた。
優しさが身に染みて、少し落ち着く。
「どうぞ。食べきれなかったら遠慮なく残してね。じゃあ僕はお店の方に行くね。何かあったら呼んでね」
部屋には私一人になった。
そうなってはじめて、私はお店の奥の休憩スペースらしきところのソファに寝ていることに気がついた。
私なんかのせいでごめんなさい、とも思うし、私のためにありがとう、とも思う。
「……いただきます」
パンは言っていたように、とっても美味しかった。ちょっとだけ落ち着いた気がする。
今度この人にもお礼をしないと。
あの悪夢はいつかまた見る気がする。どうしよう……と思っても、私になにかするすべはない。