2 変わったダンジョン
ダンジョンとは、洞窟や山、海底など、陽の光が当たらず、モンスターが発生する場所の総称である。
高知能なモンスターがトラップを張ったりしていたことから、冒険者の間で使われた言葉だったが、広まりすぎていつの間にか公式名称になってしまったらしい。
モンスターというのも、この世界の太陽から発される、浄化作用のある一種の光線に長い間当たらなかった長寿な微生物が、突然変異、肥大化、凶暴化した生き物である。
変異した身体は太陽光に強くなり、ダンジョンを塞がないと人を襲いに来る。
普段はダンジョン内で素材を食べて生きているので、素材を集める冒険者からも、平和に暮らしたい民間人からも悩みの種とされている。
……と、何年か前、学校で習った。
例の海岸のダンジョンに着いた。
「ここってちょっと前に来たところだよね? 確か回復魔法薬に使うキノコがいっぱい生えてるとこ」
「そうだっけ? 相変わらずルナは記憶力が良すぎるね」
槍使いのルナ。うちのパーティー……というか冒険者全体でも珍しい女性のメンバーである。
冒険者は職業柄か、男性比率がすごく高い。
現にこのパーティーにも女性は私とルナしかいない。
まぁ女性といっても、そこら辺の男性よりは全然強いけれど。
「神の手を持つ槍使い」と呼ばれ、冒険者からの憧れを集めている。
「みんないるかー?」
リーダーからの招集がかかった。
六年間冒険者をやってきて感じた、最も大事なこと。
冒険者は、人数確認、道の確認、周囲の警戒を怠ってはいけない。
そのまま命の危険に直結するから。
「今日探索するダンジョンはここだ。以前攻略したことがあるが、新たな道が見つかったらしい。人数確認、道の確認、周囲の警戒を怠るな。太刀打ちできないモンスターがいたら、全体に素早く伝えて逃げろ。以上だ。」
「「「「「「はい! 」」」」」」
「じゃあ中に入る。隊列はいつも通りだ。些細なことでも何かに気づいたら俺に知らせてくれ。」
「では、僕達の武運を祈って、黙祷。」
ヒーラーのイージスを中心に戦いの神に祈りを捧げて、ダンジョンの中に入る。
「出発だ。今日も全員無事でな! 」
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既に攻略済みの道を抜けて、大きな岩の前にたどり着いた。
私の出番? とヴェーラの方を向くと、ヴェーラは頷いた。
「ここからが新たなルートだ。モネ、粉砕魔法で岩を壊してくれ。」
「はい! ……神よ、我に力を与えたまえ。……粉砕魔法! 」
目の前の大きな岩が粉々になり、真っ暗な道が現れた。
魔法使いの役目は魔法攻撃だけじゃなく、今みたいな通路確保や魔法結界を張ることも役目。
「よし、行くぞ! 」
「「「「「「はい! 」」」」」」
さっきまでの道は過去の攻略中に設置した明かりがあったので明るかったが、この先は誰も入っていないので真っ暗。
道具職人のジオが松明に火をつける。
道具職人のダンジョンでの役目は、武器の即席修理と、武器をより使いやすくするためのメンバーの戦闘態勢の観察、明かりの確保をすること。
目の前の道が照らされた。
「わっ、見て! キノコがいっぱい生えてるよ! 」
「ルナ、落ち着いて。」
「前方、モンスターは一匹もいない。だからといって警戒は緩めないように! 」
「「「「「「はい! 」」」」」」
一列になってゆっくりとダンジョンの中をすすむ。
が………………………。
気持ち悪いくらいモンスターがいない。
一匹もいない。
「なあモネ、不気味なくらい何もいないな……。ファイアクリスタルとか回復キノコとか、珍しい素材は沢山あるのに。……なんでだ? 」
「だよな。なんて言うか……気味が悪い。人が入った痕跡はないのに。」
「そうだよね……。」
弓使いのプラグ、道具職人のジオも私と同じことを思ったらしい。
「わあ、すごいっ! 見てみてリセウス、マジカルストーンが沢山あるよ! 」
「こっちにも色々あるぞ! 」
「すごいな、ここ。」
反対に、剣士のリセウスや槍使いのルナ、ヒーラーのイージスは珍しい素材に興奮している。
まあ、彼らが喜ぶのも仕方がない。このルートは今まで見たどのダンジョンよりも珍しくて高価な素材が多い。
この先の人生で、ここよりも素材が豊富なダンジョンはもう見ることが出来ないと思うレベルだ。
「ここさ、ひょっとしてだけど……。」
「うん。」
私の今までの経験上言える、モンスターがいない理由。
理由一。すぐ前を別のパーティーが捜索中で、道中モンスターを一匹残らず倒した。
……だけど、その場合素材は取り尽くされるし、入口が岩で塞がっていたことを考えるとおそらく違う。
理由二。ダンジョン内が狭く、モンスターが発生できる空間がない。
……でも、私達がしばらく歩ける空間があるし、分かれ道も沢山あったからこのダンジョンは広いはず。この仮説もおそらく違う。
理由三。モンスターが内側から倒された。
どういうことかと言うと、モンスターを倒す……というより吸収するドラゴンが、このダンジョン内にいるということだ。
ドラゴンは住んでいるダンジョン内ならどんなに遠いところにいるモンスターでも吸収できると聞いたことがある。
また、素材があまりにも豊富すぎるのは長い間モンスターがいなかった、あるいは少ししかいなかったから食べられなかったということだろう。
さっきプラグが言いたかったことは、きっと「この素材の量とモンスターが居ないことを考えると、数年前からドラゴンがここに住んでいるかもしれない」といったところだろう。
「本当にドラゴンがいたらまずいね……。私達全員で戦っても確実にこっちが全滅する。」
「だよな。ドラゴンの可能性はさっきリーダーに伝えた。でも、ここの素材は高価なものばかり。できれば取り尽くしたい……と言っていた。」
「その考えも一理ある。ドラゴンに会う前に取り尽くして帰る、というのがベストだが、そう上手くいくか……? 」
「まあ、まだドラゴンがいると決まってもいないしね」
とりあえず私は何かあってもいいように、警戒心MAXで全員を見守ることにした。
「みんな、一旦ストップ! 息を殺せ! 」
先頭を行くヴェーラの鋭い声が聞こえて、私は嫌な予感がする。
まさかドラゴンがいたのではないか……。
恐る恐るヴェーラの方を向くと、何かと目が合った。
恐怖より先に、直感が働いた。
…………こいつはきっと、ドラゴンだ。