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大嫌いなバレンタインデー

「美佳なんて大嫌い」

 心の中でいつもそう思う。

 クラスの皆からちやほやされて、癪に触る。

 彼女と私は幼馴染み。いつも一緒に過ごしてきた。

 私は嫌だった。

 性格はおしとやかだけど、凛とした容姿に男女ともに人気がある。

 いつも地味な私をそばに置きたがる。

 きっと私のことは引き立て役にしか思っていない。

 そう思っている。


 巷ではバレンタインのシーズンが到来している。

 私にとっては無縁の行事。

 でも、気が付けばお菓子コーナーに迷い込んでいた。

 何となく。

 何となくだったけど、お菓子用のチョコレートを買ってしまう。

 渡す当てなど無いのに。

 もしかすると、将来渡す相手ができるかもしれない。

 練習と思って、チョコレートをレンジに入れて温める。

 レンジの終了音で、扉を開けてみるとぼそぼそに固まったチョコレート達が現れた。

「……」

 チョコレートは電子レンジでも溶けると聞いたのに。

 スマホでレシピサイトを開き、失敗した理由を探る。

 チョコレートを電子レンジで溶かすには、細かく刻んでラップをして一分がコツらしい。

 私はチョコレートを固まりで入れて、ラップをせずに長く電子レンジに入れたのが失敗した理由らしい。

 レシピ通りにはやらない。

 これが私の料理が下手な理由。

 それぞれの材料や加熱の意味を理解しないまま、料理してしまう。

「ダメだな……私」

 一人苦笑いしながらつぶやく。

 幸い、誰に渡す訳でもなく、失敗しても私の胃の中に入るだけだ。

 私は切ない気持ちを抱いたまま、ぼそぼそに乾いたチョコレートを食べる。

 それは触感は良かったが、砂糖を入れていないお菓子用のチョコレートなので、ほろ苦かった。

 その味のせいで、私は余計に寂しい気持ちになってしまった。


 バレンタインデー。

 女の子が一年のうち勇気を出して告白する日。

 ……なんて、昔の話で聞いたことがある。

 相も変わらず、コーナーには『好きなあの人に想いを届けませんか』なんてありきたりなキャッチフレーズが並ぶ。

 時代錯誤も良いところだ。

 実際には女の子同士でチョコを交換するイベントに変わってきている。

 料理が得意な男の子に至っては、男の子や女の子にっくばって回ってるぐらいだ。

 友チョコ。

 私があげる相手が居ないわけじゃない。

 でも、このイベントは嫌いだ。

 美佳が大モテする日。

 正直見てるのが嫌で腹立たしい。

 何でかわからない。

 でも、ずっと一緒にいる幼馴染みだけがモテるのは、どう考えても腹立たしい。

『私は引き立て役』

 そんな言葉が胸の中でこだまする。

 このループを何とか抜け出したい。

 私はそう思うようになっていた。


 私にとって……いや、クラス? 学年? いや下手したら学校中かもしれない。

 意外な事が起きた。

 それは、美佳が渡されたチョコレートを全て断ったのだ。

 中には泣いている女の子も居たようで、どうやら本命チョコだったらしい。

 女の子同士。

 そんなのもありなんだなとも思った。

 少数派だけど、男の子も涙を流したなんて聞いた。

 イベントの内容が変わっているとは言え、男の子が渡すならホワイトデーだとは思ったけれど。

 それはそれ。

 美佳が全部のチョコレートを断ったのは、衝撃が走っていた。

 この歳、高校二年生になってお高く決めようとデモしてるのだろうか。

 この事もあって、私はますます美佳を嫌いになった。

 けれど。

 何となく、安堵してしまう私も居る。

 どうしてそんなふうに思ってしまうのかは、私はわからなかった。


「千依! 一緒に帰ろ!」

 帰宅時間になると美佳は私のそばに来て、いつも通りの言葉を投げかける。

 私は「いいよ」とうなずくと、美佳の顔に笑顔が咲く。

 美佳はどう思っているかわからないけれど、私にとっては鼻につく。

 いくら幼馴染みとはいえ、どうしてこう私に取り入ってくるのか。

 友達なんていくらでもいるはずなのにと。

 過去には私が付け放したこともある。

 そのとき美佳は泣きそうな目をして私に訴えてきた。

 千依と一緒じゃなきゃ嫌だと。

 私はその言葉を素直には受け取れない。

 きっと、美佳にとって私は引き立て役なんだからと。

 ここまで来ると、美佳のあざとさが私にとっては鼻につくのだろう。

 こんな関係、いつまで続くのだろうかと。

 私はそう考えてしまう。

「ふふふっ」

「ん? どうしたの?」

「ううん。なんでも」

 美佳が隣に居るにも関わらず、こんな事を思案するなんて、私の方がよっぽど性格は悪いかもしれない。

 そんな自分に思わず失笑してしまった。

 こんな思惑、美佳には悟られてはいけない。

 思わず笑ってしまった事を反省する。

 一方の美佳は不思議そうに私の顔を見る。

 きっとはてなマークが頭の中にいっぱい浮かんでいるであろう。

 そんな表情でいた。


「じゃあ、ここで」

「いや、ちょっと待って」

 いつもの分かれ道。

 美佳は私を呼び止める。

 なんだか気恥ずかしそうにしているけど、私には美佳の意図を読みとることはできなかった。

「今日は何の日かわかる?」

「そういえばバレンタインデーだね。美佳はいっぱい貰ったんじゃない? 私は一つももらえなかったし、渡すこともできなかったけどね」

 ちょっと皮肉混じりに私は言う。

 いや、それは事実だ。

 美佳は大モテ。私はぼっち。

 友達は居ないことは無いけれど、美佳に付きまとわれてる身なので、大体は美佳の話題にしかならない。

 心から通じあえるとしたら、美佳ぐらいだろうか?

 いや、美佳も怪しい。

 私を引き立て役にしか思っていないのであれば。

 私は急に寂しくなる。

 美佳さえ居なければ……。

 美佳さえ居なければ、私はもっと充実した高校生活を、今までの生活をできたのではないか。

 美佳が恨めしい。

 美佳には私の持っていない物をたくさん持っているのだから。

「そっかぁ……私も……だよ?」

「え?」

「今年は私も貰ってないの」

「え? 沢山渡そうとした人、居たんじゃなかったっけ?」

「あー、わかった? 私ね。全部断ったの」

「え? なんで? かわいそうじゃない?」

「うん……。かわいそうだった。でも、今年は本命だけにしたかったの」

「そっか……。美佳も大変だね」

「うん……あのね?」

 そういって、美佳は恥ずかしそうに鞄を漁る。

 鞄に手を入れて、動きが止まる。

 美佳は動きを止めて、恥じらいながら俯いている。

 しばしの無言。

 そういえば、美佳はチョコレートを受け取るのを断ったと言った。

 本命以外は断ったと言った。

 そう思うと、断れた多数の人たちが忍びない。

 かわいそうにと。

 そして、美佳は私の目を見て、鞄から包みを取り出す。

「これ、受け取って!」

「あ、うん。ありがとう」

「じゃ、じゃあまた!」

 美佳は私にチョコであろうそれを渡すと、逃げるように帰っていた。

 一体、何だったのだろう。

 私はそのチョコを鞄に入れて、家へと帰った。


 部屋につき、鞄を机の横に投げ出し、ベッドで横になる。

 横になりながら、ぼーっと鞄を眺める。

 さっき美佳に貰った包み。

 私には開ける勇気が無かった。

 何となく。何となくだけど、内容はわかる。

 どうして美佳が全員のチョコを断ったかも、私にはわかる。

 美佳は……私のことを引き立て役なんて思ってなかったんだと。

 だから、私にだけバレンタインデーのプレゼントを渡した野だろう。

「私も、素直にならなきゃなのかな」

 ふと、天井を見つめながらつぶやく。

 私はどうして女に生まれてきたのだろう?

 どうして、女の子として育てられたのだろう。

 そんなどうしようもない葛藤が私の中で渦巻く。

 そして。

 私は意を決して、美佳の包み紙を鞄から取り出し、包みを広げる。

 しかし。

 私の予想を裏切る物が入っていた。

 チョコレートではなかった。

『今夜、私の家に着て下さい』

 そうかかれた手紙が一通、箱の中に入っているだけだった。

「意地悪だな」

 昔っから。

 昔っからそうだった。

 人の気持ちを見透かして、こんな仕掛けまで用意する美佳が私は嫌いだ。


 美佳の家の前に立ち、チャイムを鳴らす。

 すると、二階にある美佳の部屋、唯一明かりがついている部屋の窓が開き、美佳が顔を出して私が来たことを確認した。

 そして、窓から手を出してこまねきをしてくる。

 玄関の扉に手をかけると、鍵が開いていた。

 私はそのままは入り、鍵を閉めて美佳の家に入っていく。

 暗がりの部屋と廊下。

 幼い頃にはよく来ていたはずの部屋。

 スマホの明かりをつけて、ゆっくりと階段を上っていく。

 一筋の光が扉から漏れる部屋。

 もう、いつから来ていないだろうか。

 中学生? いや、小学生の高学年かもしれない。

 学校には一緒に行くのけれど、意識し始めたのはこのころだったと思う。

 美佳は嫌い。

 ううん、嘘。

 本当は……本当は……。

 私だけの物にしたかった……それが本当の気持ちだと思う。

 嫌いは好きの裏返しなんて言う。

 私は意識して避けていただけ。

 でも。

 でも、美佳は、私の越えられなかったハードルを簡単に越えてくる。

 私は……まだ心の準備は出来ていない。

「千依……来て?」

 私の気配に気が付いて、美佳が私を呼ぶ。

 か細い甘い声が耳をくすぐる。

 私の理性が少しずつ飛んでいく。

 いや、今は理性をとばしてはいけない。

 私は気を取り直して、ドアノブに手を伸ばして、ゆっくりとドアを開ける。


 美佳はベッドの上に布団をかぶって、こちらを見ていた。

「ねぇ……電気消して?」

 美佳の甘い声が私の頭を揺さぶる。

 言われたとおり、電気を消す。

 窓のカーテンは開いていて、月明かりが淡く美佳を照らす。

「ねえ、千依」

「なぁに?」

「ここに来たってことは……その……」

「……うん、でもまだ覚悟は出来てないかも」

「そう……じゃあ、私が後押しさせてあげる」

 そういうと、美佳はベッドから起きあがり、こちらに近寄ってくる。

 その姿、月明かりから見えるに、一死まとわぬ姿と思われる。

 そして、私の手をつかみ、手をつかんで胸に添える。

「冷たい手ね。どう? 私の胸。鼓動が響いてるでしょ? 私も緊張してるんだよ? 私も怖いんだよ?」

「うん……」

「でもね。今日は勇気を振り絞るの。もうわかるよね? 今日のプレゼント」

「うん……」

 そうして、美佳は私の手を右手にずらす。

 柔らかい乳房に手を添える。

 そして。

 私の耳元でそっとささやいてきた。

「ねぇ……貰ってくれる?」

 私の理性はその言葉で飛んでしまった。

 美佳をベッドに押し倒すと、激しく愛した。

 今までの嫌いと言っていたけれど。

 もう、嫉妬から来ている裏返しなんてとっくに気が付いていた。

 いや、気が付いているのにも関わらず、自分の気持ちから目を背けていただけだ。

 全ての気持ちを爆発させて、私も服を脱ぎ捨てて、美佳を抱いた。

 激しく、激しく。

 夜中まで……。


「も、もぅ……おわりに……して……」

 息が弾んでいる美佳にそういわれて、我に返る。

 数時間。私は美佳を好きなようにしていたようだった。

 美佳は息絶え絶えで私に甘い声をかけてくる。

「こんなに、愛してくれるのね……うれしい」

「……」

「私、千依の事大好きだから。今までも。これからも。ずっと」

「うん……」

「千依は?」

「え?」

「……はっきり言ってほしいな」

「好き……だよ?」

「もっとしっかりと!」

「美佳のことが大好きだから!」

 私は美佳の返事を待たずに口をふさぐ。もちろん私の口で。

 そして、私は美佳がおかしくなってもいいくらい、子われてしまってもいいくらいにその日を抱き明かした。

 私なしでは生きていけない。

 そんな体になってしまえと言わんばかりに。

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