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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
8/35

冒険者

 夕日が城壁を照らしていた。

 イサキオスたちは安い宿へ入り、一階の食堂で夕食をとることにした。メニューは選べない。出されるのはいつも同じ食事だ。石のようにカタいパンと、くたくたになるまで煮込まれた野菜スープのみ。希望すれば酒も提供される。


 こういうところに集まるのはだいたいが冒険者だ。冒険者などと呼べばまともな職業に聞こえるかもしれないが、大半は地元にいられなくなったゴロツキである。しかし必ずしも悪人というわけではない。食いつめているから、人に優しくできないだけだ。

 しばしばおこなわれる戦争のせいで、どの村も困窮していた。


「聞いたか? また森が枯れたらしいぞ」

「この国はどうなっちまうんだ」

「戦争ばかりしてる人間に、神も嫌気が差したんだろうさ」

「救いはねぇのかよ」

 冒険者たちは一様に浮かない顔で、ひっきりなしにビールをあおった。

 このビールとて、まともな酒であるか分かったものではない。許可を得ていない密造酒の可能性もある。


 アゴを大袈裟に動かしてパンを噛んでいたレミが、うんざりと溜め息をついた。

「あたし、酒場って嫌い。いい大人が飲んだくれちゃってさ。あんな泡だらけの飲み物、なにがいいんだか」

 イサキオスはしかしふっと笑った。

「大人には大人の事情があるんだ。好きで飲んだくれてるワケじゃねぇよ」

「はぁ? どう見ても好きで飲んだくれてるでしょ。あれだけのお酒があったら、薬の調合にも使えそうなのに」

「酒を薬に? バカ言うな。そんなもったいないこと」

 すると珍しく、アラクネも同意した。

「そうですよ、聖女さま。お酒はお酒のままであるべきです。薬というものは、健康な人間にとっては無用のもの。ところがお酒は、健康であろうと消費されます。つまりお金になるのですよ?」

 消費する側ではなく、あきらかに販売する側の発想だ。

 レミは肩をすくめた。

「あんた、ホントに修道女だったの?」

「いまも修道女です。修道院に所属していないだけで。それに、修道院でもお酒は作られてますので」

「どうせ密造酒でしょ?」

「はい、そうです。しかし神はお許しになられています。人間の王が禁じることはできません」

「神さまってずいぶん寛容なのね」

 だがこの発言は、イサキオスには看過できなかった。

「待て。神は寛容なんかじゃねぇ。あいつら、理由も説明せずに村を焼きやがったんだぞ。自分勝手で残虐な連中だ」

「はいはい。そうね。寛容じゃないわね。自分勝手で残虐よね。それより、早く食べないとスープさめるわよ」

「そうだ。神を許してはならない。俺たちの手で裁くんだ。それを忘れるな」

 この点ではイサキオスもまた頑固だった。


 その晩、イサキオスが寝る横で、またしてもレミとアラクネの回復魔法が始まった。

「今日はいっぱい歩いたから、ちょっと疲れちゃったかも」

 先に切り出したのはレミだった。

「癒して差し上げましょうか?」

 待ってましたとばかりにアラクネも身を寄せた。

 最初からこの部屋にふたりしかいないかのような態度だ。寝てしまった男は、もはや家具と大差ない。

「お願い。でも、あんまりいっぱいはダメだから。ちょっとだけね」

「お任せください。優しくお手当いたします」


 *


 翌朝、ゲッソリしたアラクネを引きずりながら、イサキオスは宿を出た。

 資金は底をついた。

 これから案内所で仕事をもらわねばならない。

「おい、メガネ。しゃきっとしろ。これから俺たちは命がけの仕事に挑むんだぞ。夜中まで騒いでるからこんなことになるんだ」

 アラクネは不快そうに目を細めた。

「うるさいですね……。魔力なんてそのうち回復するんですから、ほっといてください」

「お前、そんなこと言ってると、いざというとき助けねぇからな」

「ご自由に」

 他方、回復を受けたレミはごく健康体だった。肌がつやつやしている。

「ほら、行こ。早くしないと仕事取られちゃうかも」


 案内所は領主によって設置されている。

 領内の治安維持のため、魔物の討伐に賞金をかけているのだ。領主は戦争に備えたいから、こんなことで兵を出したりしない。それに、魔物はだいたいは郊外にいるから、放っておいても困るのは現地住民だけだ。重要度が低いのである。

 つまり、冒険者とかいう二束三文で命を投げ出す輩に、魔物を討伐させるのが案内所の目的だ。ゴロツキは日銭を稼げる。領民は安心を得る。


 案内所は朝から混雑していた。

 壁には依頼書が張り出されているが、それは誰も見ていない。文字が読めないからだ。だいたいの冒険者はカウンターで役人に相談する。


 イサキオスもカウンターに並ぼうとしたが、レミに呼び止められた。

「待って。あたしたちが読むから」

「簡単そうなので頼むぜ。まだ始まってもいねぇのに、メガネが死にそうだからな」

 節制とは無縁の修道女だ。修道院を追い出されるわけである。

 ぐったりしたアラクネはともかくとして、レミは片っ端から依頼書を確認していった。

「うわぁ、なにこれ。ドラゴン退治が300リブラだって。安すぎない? これ絶対ただのトカゲよ。だいたい、ドラゴンなんて実在するわけないじゃない」

 銀貨一枚が1リブラ。ひとりあたりの宿代が、食事込みで約50リブラ。ビールが約5リブラ。300リブラでは、一ヶ月も暮らせない。ホンモノのドラゴンではなかろう。

 この依頼書は、現地の住民から寄せられた情報を、ほぼそのまま掲載していることがある。おそらく役人も現場を見ていないのだろう。金額設定もメチャクチャだ。

 イサキオスは溜め息をついた。

「そいつはパスだ。ドラゴンなんて相手にしてたら命がいくつあっても足りねぇからな」

「そうね。なんだかうさんくさいし。別のにしましょ。あ、これなんてどう? 岩石蟹だって。けっこう大きいのかな」

「蟹? 食えるのか?」

「知らない。釣りの邪魔になるから殺してくれってさ。500リブラだよ」

「邪魔だから殺せ、か。人間ってのも勝手だな」

 とはいえ、神が村を焼いたときは説明さえなかった。「釣りの邪魔」という理由があるだけマシかもしれない。

 レミが責めるような視線を向けてきた。

「沼地だけど、平気?」

「どういう意味だ?」

「あんた、飛び道具は使えるの? 使えなかったら、ただ見てるだけってことになるけど」

「俺がサボるとでも言いたいのか? バカにするな。石くらい投げられる」

「ま、いいけどね。あたしの魔法で焼けばすぐ終わるはずだし」

「……」

 まったくアテにされていない。

 しかしたしかに、レミの火力は桁外れだった。蟹くらいなら一瞬で片付くであろう。

「よし、じゃあ決まりだ。蟹を始末しに行くぞ」

「その前に、係の人に申請しなきゃ」

「そうだったな。おっと、その前にひとつ言っておくぞ。『500リブラ』は俺でも読める。あと『岩石蟹』もな」

「へえ、凄いんだ。じゃあ次から自分でお願いね」

「……」


 *


 村へついたときには、すでに日も暮れていた。

 鬱蒼とした森に囲まれた小さな集落だった。

 手配書を見せると、代表者の家へ案内された。

「まさか本当に来るとは思いませんでしたぞ。もう何年も前から依頼を出しとったのに、ちぃとも音沙汰がなかったからのぅ」

 出迎えたのは白いヒゲを伸ばした老人だ。

 その娘とおぼしき中年女性が食事を出してくれた。

「お口に合うか分からないけど、どうぞ召し上がってください」

 街から派遣されたから、都市部の人間だとでも思われたのだろう。

 出されたのは魚料理だった。例の沼でとれたものだろう。

「わあ、おいしそう!」

 レミが飛び跳ねた。

 宿で出されるいつもの食事にうんざりしていたのだろう。

 それはイサキオスも同じだった。街の食事はじつに簡素で、生きるための栄養補給でしかなかった。ビールのほうがマシなくらいだ。実際、ビールは「飲むパン」としての側面もあった。それに、あまり水質がよくなくとも、味でごまかせる。

 いまテーブルには大皿が置かれており、香草とともに煮込まれた魚が転がっていた。どれもまるまる太っていて、じつにうまそうだ。


 イサキオスは老人に尋ねた。

「で、その蟹ってのは、どんなヤツなんです?」

「そうですのぅ。いつから沼に棲みついたのか、山のようにドデカい蟹で……。魚が育つ前に食い散らかしちまうもんで、みんな困っとるんですわい」

「村人を襲うと?」

 この問いに、老人は表情をほころばせた。

「いやいや、そこまで凶暴ではありませんぞ。むしろ人間には興味もないくらいで。ま、近づきすぎれば船をひっくり返されることもありますがな」

 本当の本当に「釣りの邪魔」ということでしかないらしい。

 老人は自慢のヒゲをなでた。

「以前、アレに挑んだ若いものもおったのですが……。いっつも船をひっくり返されて泥まみれで帰ってきて、お前は毎日泥遊びでもしておるのかと笑われておったくらいで。いっそ無視してしまったほうがマシ、ということになったのですわい」

 無害ではないが、有害というほどでもないようだ。

 すると中年女性も笑った。

「お父さん、ダメよ。その話するとマノーリンが怒るから」

「なんだ。あれはまだ気にしておるのか」

「もう漁なんて出ないって言い出して。気の毒なんですよ」

「はぁ、だらしのない男だのぅ。ちょっと笑われたくらいなんだというのだ。まったく、最近の若いものときたら……」

 おそらく他の依頼も似たような内容なのであろう。300リブラのドラゴン退治とやらだって、専門の人間が対応すればきっとすぐ終わるはずだ。

 退治しなくても村はやっていける。退治すればもっと魚がとれる。それだけの話だ。


「ね、このお魚すっごくおいしいよ! あんたも早く食べなよ!」

 レミは能天気に食事を続けている。

 しかも「食べなよ」と人に勧めておきながら、大皿にはすでに一匹しか残されていなかった。


(続く)

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