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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
6/35

信仰の対象

 地中から木の根が飛び出した。

 すると守護神ガーディアンは飛びのいて、バイザー内部から熱線を放った。

 イサキオスは身をかがめて回避。そして重心を落とした勢いで、一気に飛び出して距離を詰めた。が、まさに一撃を加えようという瞬間、横から棍棒クォータースタッフが来た。ハルバードで受けるが、凄まじい衝撃で全身を持っていかれた。

 また宙を舞っている。

 しかし今回は五体満足のままだ。着地のときにいくらか骨を折るかもしれないが、のたうっていればそのうち治る。とにかく武器だけは手放さないことだ。

 森へ放り込まれたイサキオスは、その枝々に抱かれながら、思いのほかダメージなく着地した。とはいえ背中を強打して、数秒の間、呼吸もままならなかったが。

「クソ、なんて力だ……」

 案の定、すぐには起き上がれない。

 しかも革鎧の隙間から枝が突き刺さっていた。それを引き抜いて、出血が止まるのを待たねばならない。

「痛ぇ……」

 こんなときのための膏薬こうやくだったのだが、すでに小瓶ごと修道女に渡してしまった。完全に自業自得だ。


 ふと、ガサガサと物音がした。

 もし野生の動物でなければ、おそらくレミが来たのであろう。巨人はこんな品のいい音を立てない。

「だから言ったのです……。神に歯向かってはならないと……」

 それは修道女だった。

 冷徹な目をしている。

「お前か……。なにしに来た?」

「無益な争いを止めるために来ました」

 冗談を言っているふうではない。

 むしろ一切冗談の通じない顔をしている。

 イサキオスはしかし笑った。

「止める? どうやって? 見たところ丸腰のようだが、まさか魔法でも使えるのか?」

 これに修道女も不敵な笑みを浮かべた。

「魔法? 多少の心得はありますが、私の魔法は戦いの道具ではありません」

「ならどう止める? 俺を殺すか?」

「それもいいかもしれませんね。見たところ、あなたは人間ではないようです。救われるべき民ではありません」

「殺れよ。いまなら動けねぇからよ。だがグズグズしてたら、すぐにお前を殺してやる」

「野蛮な……」

 顔をしかめた。

 先ほどの傷口はふさがっているようだ。

 すると男の脇に、ぽんと小瓶が投げられた。

「先ほどいただいた傷薬です。お使いください」

「どういうつもりだ?」

「私の得意分野は回復魔法です。薬に頼らずとも自らを癒せます」

 そのまま行こうとしたので、イサキオスは身をよじって手を伸ばした。

「おい待てよ」

 つかむことはできなかったが、修道女は足を止めた。

「まだなにか?」

「いま行ったら死ぬぞ」

「侮辱するのですか? 神の御使いが、その信徒を攻撃するわけがないでしょう」

「うるせぇ! するんだよボケ!」

「イヌみたいに吠えて、みっともない……」

「忠告したからな! 後悔すんなよ!」

 だが彼の言葉も虚しく、修道女は行ってしまった。

 イサキオスは溜め息とともに小瓶を回収し、中の薬を傷口に塗り込んだ。焼けるような熱さだ。が、信じられないスピードで傷口がふさがった。彼に備わった回復力を、薬が加速させているのだ。

「もう治った……のか? けど痛ぇ……」

 いくら傷はふさがったとはいえ、上空から大地へ叩きつけられたダメージまで回復するわけではない。


 仰向けになって木々の隙間から空を見上げ、新緑の空気を吸い込んでいると、いくらか痛みのやわらぐのを感じた。

 が、遠方から女の悲鳴が聞こえてきて、イサキオスは飛び上がった。

 誰の声かは判断できない。が、ふたりのうちどちらかであることは間違いない。

 武器を抱え、とにかく駆け出した。


 現場へ駆けつけると、レミが魔法のバリアを展開し、守護神の光線から修道女を守っていた。

 レミは苦しげな表情でイサキオスへ告げた。

「なにぼうっと見てんのよ! 早くあいつをなんとかして!」

「分かってる」

 ハルバードを構え、イサキオスは果敢に突進した。ビームを撃ち切った守護神は魔力を消耗している。このタイミングで仕掛ければ、敵に隙ができるだろう。するとレミが樹木で捕捉しやすくなる。

 接近すると、守護神は棍棒をぶん回してきた。

 イサキオスはギリギリで潜り抜け、スピンして遠心力でハンマーを叩き込んだ。ガァンと肘まで痺れるような衝撃。巨人はふらつきもしなかったが、逆を言えばその場から動かなかった。大地から根が飛び出し、まずは脚部を絡めとった。

「ぐう……」

 前回の守護神と違い、この守護神はいちいち声を出す。

 それだけに少し戦いづらかった。

 木の根がぐいぐいと甲冑を締め上げると、装甲の一部がバァンと弾け飛び、魔石が露出した。

 イサキオスは根をつかみながら、なんとか鎧をよじのぼった。

 空っぽの鎧の中に、赤い菱形の結晶が浮いている。イサキオスは短く持ったハルバードのハンマー部分で、その結晶を殴打した。あまりの衝撃に、魔石より先に手首や肘が砕け散りそうだ。それでもなお攻撃を繰り返す。

 かすかに守護神のうめきがあがる。

 しかし手を止めない。

 これは手加減ナシの真剣勝負だ。命の奪い合いをしている。


 ガシャンとひときわ大きな音が鳴った。

 結晶は四散して宙空に溶け、欠片も残さず消え去ってしまった。あとにはかすかな残響音のみが、しばし空気を震わせた。

 守護神は活動を停止。

 白亜の神殿は砂のごとく崩れ去り、森も鮮やかな緑を失い始めた。


 イサキオスは無様に着地し、その場に崩れ落ちた。

「まったく、なんだってこんな……」

 もうハルバードなど握っていられないほどの痛みだ。すぐに治るとはいえ、だからといって痛みを克服できたわけではない。痛いものは痛い。それは身体も心も同じだ。


「ウソ……ウソよ……神殿が……森が……」

 修道女がふらふらと近づいてきた。

 虚ろな表情で、視点も定まっていない。

 日頃から祈りを捧げていた聖域が、ふらっと現れたよそ者の手であっという間に破壊されてしまったのだ。

 心の一部を切り取られたような気持ちであろう。


 イサキオスは、しかし手を差し伸べるつもりはなかった。人を助けたい気持ちが微塵もないわけではないが、彼は彼の問題で手いっぱいだった。逆に誰かの手を借りたいくらいである。


 するとレミが歩み寄った。

「あの、大丈夫……? じゃないよね……」

「……」

「でもあたしたちにも事情があるの。恨まないでね」

「恨む……?」

 カクリと修道女の首が動き、ギョロリとした眼球がレミを捉えた。

 かと思うと、突如ニタリと狂気じみた笑みを浮かべ、彼女の手をつかんだ。

「いいえ! 聖女さまは、私を助けてくださいました!」

「えっ?」

「大丈夫! ちゃんと分かってます! 聖女さまは、私を救うため、神の御使いとしてこちらへいらしたんですよね? だから何度も私をかばってくださって……。きっとそうに違いありません!」

「いや、あたし魔女なんだけど……」

「まあ! 魔女を名乗ることでみずからに試練を課すなんて! なんという罪の意識……」

 露骨に現実逃避している。

 神の御使いだったはずの守護神から攻撃され、祈りを捧げていた聖域までもが消滅し、信仰の対象を失ってしまった結果、少し優しくしてくれただけの少女にすがりついている。

 修道女はさらに距離を詰めた。

「さ、私に祝福をお授けください」

「ちょっと近すぎ……」

「ええ、そうです! 近づきました! さ、私の頬へ!」

「なに? 叩けばいいの?」

「いえ、口づけを……。しかし聖女さまが望むのであれば、叩いてくださっても構いません! さあ! どうぞお好きなように!」

 見るからに錯乱している。

 レミは戸惑った様子で、イサキオスに助けを求めてきた。

「あの、あんたさ、見てないで助けなさいよ! この子、ぐいぐい来ちゃうから……」

 イサキオスはしかし斜め上を見ただけで返事さえしなかった。

 関われば面倒なことになる。

 こういうときはイエスともノーとも答えないのが一番だ。

 この隙に修道女はさらに距離を詰めた。

「さ、聖女さま、祝福のキスを」

「待って! ちょっと待って! ね? 唇は、その……んーっ……」

「……」

 濃厚なものが始まってしまった。


 帰路、疲れ切ったイサキオスの後ろを、ぷるぷる震えたレミが何度も振り返りながらついてきた。さらに後方には、ニタニタと笑みを浮かべた修道女の姿。

「ねえ、助けてよ」

「自分でなんとかしろ」

「もとはと言えば、あんたが刺したのが原因でしょ?」

「じゃあまた刺すか?」

「暴力はダメ! もっと平和に追い払いたいの。このままじゃあの子、宿までついて来ちゃう」

 それはイサキオスにとっても問題だった。宿賃が余計にかかる。

「なら婆さんに頼んだらどうだ?」

「どうやって呼ぶの?」

「俺が知るかよ」

 来るかどうかは老婆の気分次第だ。

 おそらくこの状況を監視しているはずだから、必要なら出てくるはずだ。しかし出てこないということは、出たくないということだ。ヘタすると老婆の寿命が縮む。


 修道女はずっとぶつぶつ「聖女さま」とつぶやいている。

 おかげでレミはずっとビクビクしている。

「あたし、あの子とキスしちゃった……」

「魔女になるとき、もっとすごいのと交わったんだろ?」

「ち、違うの! あれは古い儀式の名残で……子ヤギに軽くキスしただけだもん……。でも動物だからセーフだし……。舌も入れなかった……」

「……」

 イサキオスも、さすがに気の毒になってきた。

 普段なにかと強がってはいるが、レミはまだ大人になりきれていないのだ。それがあんな濃厚なキスをされては、少なからずショックであろう。

 彼は足を止めた。

「よし、ここでキャンプだ」

「はぁ?」

「刺すのはダメなんだろ? なら話し合うしかない。俺も手伝ってやるから」

「ホント? ちゃんと説得できる?」

「たぶんな」


 それから火をおこし、丸太を椅子代わりにして、ふたりは腰をおろした。

 ちょうど日も傾いていたころだ。

 イサキオスは頃合いを見て、遠巻きに立っている修道女へ声をかけた。

「おい、女。こっちへ来て座れ。少し話し合おうぜ」

「……」

 返事はなかったが、彼女はじわじわ近づいてきて、丸太へ腰をおろした。表情が壊れているせいで、なにを考えているのかまったく読めない。

 レミは警戒したように押し黙っている。

「あー、つまり、俺が言いたいのはだな……。こいつが聖女じゃないってことだ。魔女なんだよ。正真正銘のな」

「……」

「聞いてるか? 俺たちは次も守護神を殺すぞ。神と戦うためにな。最終的にはあの塔を攻撃する。聖女がこんなことするか? しないよな? なあ? 返事は? パン食うか?」

「……」

「えーと、さっきは薬をありがとな。助かったぜ。でも、ついてこられちゃ困るんだ。なんていうか……邪魔だしさ。戦えないヤツを連れてく余裕がない」

「……」

 完全無視だ。

 イサキオスは溜め息混じりに何度かうなずくと、交渉を諦め、ポンポンとレミの肩を叩いた。

「え、もう終わり? 早っ! 説得してくれるんじゃなかったの? あんた、ホントにその武器振り回す以外になにもできないのね」

「全面的に認めるから、あとは自分でなんとかしてくれ」

「こいつ……」

 イサキオスは敗走することに慣れている。死ぬよりマシだ。


 覚悟を決めたらしいレミが、強い表情で修道女の目を見つめた。

「いまの話、聞いてたよね? あたし、ホントに魔女なの。悪いヤツなんだ。だから、あんたの期待には応えられないの」

「回復魔法……」

 少女はようやく口を開いた。

 しかも出てきたのは意味不明な言葉。

「えっ? 回復魔法? どうしたの?」

「フルパワーで使うと、とてもハッピーな気持ちになれるんですよ……。修道院で教えてもらって……。聖女さまも一緒にどうですか?」

「いや、どうって言われても……。怪我してないから、回復する必要もないし」

「ふふふ……」

 ひときわ怪しい笑みが出た。


 このとき、レミはまだ知らなかった。

 過剰な回復魔法がもたらす真の効果というものを。


(続く)

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