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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
5/35

その標的

 それから数日が経過した。

 街では「森が枯れたらしい」という噂が広まってはいたものの、それ以上の情報は出回っていなかった。そもそも森の奥に神殿があり、そこに守護神ガーディアンがいるということ自体ほとんど知られていないのだ。

 人々は声をひそめ、よからぬことの前兆では、などとささやき合った。


 一方、イサキオスとレミは、そんな世間の動向などお構いなしに、次の森へ足を踏み入れていた。

 守護神は残り五体もいるのだ。悠長に休んでいる暇はない。


「ちょっと待って! 歩くの早い!」

 レミの猛抗議に驚いて、小鳥たちが飛び立った。

 旅には慣れていないらしく、杖によりかかるようにしながら、やっとといった様子でついてくる。

 イサキオスはしかし振り返りさえしない。

「日が暮れちまうぞ」

「ちょっと休憩! 休憩しないとあたし怒るよ!」

「ひとりで休憩してろ」

「なんでそういうこと言うの? あんた、人の心ないの?」

「捨てたんだよ、そういうのは」

「バカ! アホ! 悪魔!」

 魔女に言われる筋合いはない。

 イサキオスはかすかに溜め息をつき、とにかく先を目指した。食料の詰まったバッグだけでなく、ハルバードまで担いでいる。なかなか重たいのだ。早めに着いて、少し休憩をとって、コンディションを整えてから戦いに挑みたかった。


 レミの苦情を聞きながら進み続けると、やがて人影に出くわした。

 巨人ではない。

 修道服を着た小柄なメガネの少女だ。髪はマッシュルームカット。まだ見習いかもしれない。

 イサキオスたちを睨んでいるようにも見える。

「あの、失礼ですが……」

 目も合わせず通り過ぎようとしたのだが、だいぶ手前で呼び止められてしまった。

 歓迎している様子ではない。むしろその逆だ。

「なにか用か?」

「それはこちらのセリフです。こんなところまで入ってきて……。奥になにがあるのかご存じなのですか?」

「まあな」

「いったいどんなご用です? 目的は? 巡礼ですか?」

 いかにも生真面目そうな態度だ。

 バカ正直に内容を説明したら、足止めを食うのは間違いなかろう。

 イサキオスは肩をすくめた。

「散歩してるだけだ」

「散歩? そんな物騒なものを持って?」

「護身用だよ」

「……」

 少女は不審そうな目でイサキオスとレミを交互に見た。そしてメガネをかけ直し、こう応じた。

「同行しても?」

「断る」

「なぜです?」

「邪魔だからだ」

「あきらかに不審ですね。ぜひ詳しい話をお聞かせ願います」

 この道は通さないとばかりに立ちはだかった。

 しかしあまりに小柄だ。武器さえ所持していない。どうやって止めるつもりなのであろうか。

 イサキオスは担いでいたハルバードを構えた。

「俺は急いでるんだ。止めたいなら実力で止めろ」

「まあ! 本性を現しましたね! この神聖な森で乱暴を働くなど、神がお許しになりませんよ?」

 このご高説に、イサキオスはつい笑ってしまった。

「は? お許しにならない? 神が? 笑わせるぜ。俺だって神を許しちゃいない。どっちの怒りが強いか、ぜひ試させてもらおうじゃねぇか」

「ま、まさか邪教の信徒……」

 少女は身をすくませたものの、それでも道をゆずろうとはしなかった。


 見かねたらしいレミが、ふたりの間に割って入った。

「ちょ、ちょっと待って! ホントに傷つけるつもり? ダメだよ! この子、関係ないじゃん!」

「口を閉じろ。そこをどけ。お前の仕事は俺の護衛であって、そのガキの護衛じゃない」

「やっていいことと悪いことがあるでしょ!」

「魔女が道理を説くんじゃねぇ。ゴチャゴチャ言ってるとお前ごとヤるぞ」

「やめてよ!」

 レミも身をすくませてしまった。

 すると今度は、その盾になろうと修道女が前へ出た。

「は、恥を知りなさい! そのご大層な武器は、あなたの仲間を傷つけるためにあるのですか!? わ、私は怖くありませんから! 神がお守りになってくださいます!」

 神。

 その言葉を聞くと、イサキオスは怒りで全身の血液が沸騰しそうになった。まさにその神とやらが村を焼き、仲間たちの命を奪ったのだ。神は敵だ。神を信奉するものも敵だ。

 イサキオスは修道服の袖を切り裂いてやることにした。ちょっとした脅しだ。軽く踏み込み、ハルバードを前方へ突き出す。

 すると修道女はとっさに身をよじった。狙いがズレて、槍の先端が腕に突き刺さった。

「あぎぃッ!」

「クソッ」

 慌てて引き抜くが、濃い血液がビュッと吹き出した。

 修道女はその場にうずくまり、激痛に震えた。

 レミも信じられないといった顔になっている。

「ちょっとあんた! なんで刺したの!?」

「黙れ」

「ね、大丈夫? あ、薬草。薬草あるから! これ使って? ね?」

 レミはバッグから膏薬こうやくを取り出し、修道女に押し付けた。それからイサキオスに向き直り、凄まじい剣幕で詰め寄ってきた。

「説明して!」

「行くぞ」

「なんで! なんでこんなことしたのか説明しなさいよ! あんた、そこまでクズだったの?」

「言っただろ。人の心は捨てたって。気に食わないならどこへでも行け。使えないヤツに構ってる暇はない」

「待ってよ! 置いてかないで!」


 修道女を置き去りにして、イサキオスは奥へ奥へと突き進んだ。

 気配がする。

 かと思うと、突如浮かび上がるようにして白亜の神殿が現れた。のみならず、すでに巨大な甲冑の守護神が座り込んでいる。

 巨人の警告が始まった。

「人の子よ望むなかれ。ただ大地を耕して、はたを織り、えーと……パンとスープを……いや違うな。音楽を奏でて……でもないし。とにかく、ここは人の子の来る場所にあらず、ということだ。ま、そんなことは承知の上だとは思うが。だがもし迷子なら、なにも見なかったことにして帰ってくれてもいい。俺は寛容だからな」

 前回の守護神とは異なり、かなり人間臭い。

 とっさにハルバードを構えたイサキオスも、つい目を丸くした。

「なんだお前は……。中に誰か入ってるのか?」

「入ってるさ。魔石がな。ただ、他の連中と違って、まだ自我があるってだけだ。この退屈な神殿に配置されたのはいいが、どうにも気が乗らなくてな。武器をおろせよ。少し話がしたい」

「話すことなどない」

 すると守護神は肩をすくめた。

「そう強がるな。隣の神殿をヤったのもお前なんだろう? そしてここへも来た。ただの観光客じゃないことくらい分かる。神の一族である俺に、意見や質問があるんだろ? ん? どうなんだ? 自慢じゃないが、俺は口が軽いぞ?」

 本当になんでもペラペラ喋ってくれそうだ。

 レミも後ろから袖を引っ張ってきた。

「ね、ちょっと聞いてみようよ。あんたの知りたいこと、答えてくれるかも」

 知りたいことは山ほどある。

 しかし「敵」が真実を語るだろうか。

 イサキオスはまず、簡単な質問からぶつけてみた。

「なぜ俺に協力する?」

 これに守護神はふっと笑った。

「協力じゃない。長いことひとりでいたもんだから、会話に餓えてるだけだ。お前が傷つけた女は、一度も会いに来てくれなかったからな」

「なら尋ねる。お前たちの軍勢は、なぜ俺の村を襲撃した?」

 すると甲冑は少しのけぞった。

「襲撃? おお、あの村の生き残りか? じゃあ今日が初対面じゃないな。じつは俺も参加してたんだ。なつかしいな。何年経った?」

「お前が……」

「そういきり立つな。俺だって驚いたんだ。人間の村を襲えなんてな。普通、神が人の村を焼くことはない。あの命令は唐突だった」

「魔女の村だ」

「そうだな。だが関係ない。魔女が村を作ろうが国を作ろうが、わざわざ神が手をくだすことはない。どんなに人間たちが祈りを捧げても、だ。神ってのはいちおう世界を監視してはいるが、なるべく介入しないもんだ。女がハルバードで襲われたくらいじゃ助けたりもしない」

「だったらなぜ攻撃した!」

 この追求に、守護神はまた肩をすくめた。

「知らない。なにも聞かされていない。ただ、隊長は少女を殺せと命じられていた気がするな。だから一番の目的は、村への攻撃ではなく、少女の殺害だったんだろう」

「リリスのことか?」

「悪いな。名前までは記憶にない。だが、俺たちが動員されたってことは、よほどの存在だったんだろう。その少女、おそらく魔女でさえなかろうな」

「……」

 魔女よりも危険な存在。

 それはいったいなんなのであろうか。

 イサキオスはひとつ呼吸をした。

「事実なのか?」

「ああ。記憶が曖昧なところもあるが、ウソは言っていない。神に誓ってもいいぞ。あの子の正体がなんだったのか、俺も知りたいくらいだ」

「当時の隊長とやらはどこにいる?」

「塔のどこかだろうな」

 村がターゲットなのではなかった。だからイサキオスは見逃されたのであろう。応戦した魔女たちは殺されたが、生き延びた子供はほかにもいた。

 真実を知るためには、やはり塔へ挑むしかない。

 イサキオスはハルバードを構えた。

「ならば塔への道を切り開く」

「血の気が多いな。もう質問はないのか? ないならいいが……。もう少し喋らせてくれてもよかろうに」

 守護神もズシリと重たい腰をあげた。背が高いから、壁のように日の光を遮ってしまう。

 そいつは手に棍棒クォータースタッフを召喚し、泰然と構えた。

 背も、武器も、イサキオスの倍はある。

 しかしイサキオスはひとりではない。後ろに魔女がいる。いずれ大魔法使いになるはずの、見習いの魔女が。

「情報の提供には感謝する。だが、敵は敵だ」

「構わんさ。世界とはそういうものだ。こちらも手加減はせんぞ。死ぬのは怖いからな」

 甲冑の巨人は冗談とも本気ともつかぬ言葉を吐いた。かと思うと、雰囲気が一変したように冷徹な構えを見せた。隙がない。

 イサキオスも呼吸を整え、正面に対峙した。

 いつでも始められる。


(続く)

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