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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
4/35

キノコ

 その晩、ふたりで焚き火を囲んだ。

 男はレミにパンを分けてやった。代わりにレミは、どこかから拾ってきたトカゲをくれた。

「トカゲか……。いかにも魔女らしいな」

 すると両手でトカゲを頬張っていたレミが、不満そうに眉をひそめた。

「なに? イヤなら食べないで」

「そうじゃない。好き嫌いがないってのはいいことだ」

「嫌いなものはあるわよ。ピクルスとか……。ていうか、あんたの腕大丈夫? なんか生えてきてるけど」

 彼女の指摘通り、男の右腕は肘まで再生していた。

 メシを食うと回復する。

 そういう体だ。

「言っただろう。あの婆さんと契約したんだ。普通の体じゃない」

「どういう原理なの?」

「俺に聞くな」

 魔女の技を魔女に質問されても困る。

 男はよく焼けたトカゲの肉を食いちぎった。

 火おこしは簡単だった。レミが魔法で火をつけたからだ。あやうく森全体を焼きそうになったが、ともかく火は簡単に手に入った。

 レミはしかめっ面でパンを齧った。

「カタいパンね。スープが欲しいわ」

「贅沢言うな」

「ね、そういえば、あんたの名前ってなんていうの?」

「イサキオス」

「変な名前ね」

「お互いさまだろ」


 食事を終えると、イサキオスは横になった。特に断りもなく。

 これにレミが立ち上がりかけた。

「え、寝るの? 急に?」

「見ての通り重症なんだ。休んだっていいだろ」

「しばらく一緒にいるんだし、自己紹介とかしないワケ?」

「知る必要がない」

「はぁ?」

 イサキオスとて、普段は人間社会に溶け込んで暮らしている。最低限のマナーは知識として持っているつもりだ。が、魔女に自己紹介するほど社交的でもなかった。

 それに、相手のことを知って思い入れを持つのも怖かった。失うときのことを考えてしまう。


 レミはふんと鼻を鳴らした。

「あっそ。じゃあ勝手にして。あたしも寝るから。言っとくけど、いくらあたしが魅力的でも、手を出そうなんて考えないでね。強い魔女なんだから。ま、そんなのにビクビクするようなあたしじゃないけど。魔女になるとき、もっとおぞましいものとも交わったし」

 魔女にもいろいろ事情があるらしい。

 イサキオスはふっと笑った。

「安心しろ。俺のは使い物にならない」

「えっ?」

「信用できないってんなら、縛ってもらってもいい。ただし置き去りにするなよ。イヌの餌になるのはごめんだからな」

「違うの。べつにそこまでは……」

 消沈している。

 少しは悪いと思ったのだろう。

 魔女にしては殊勝である。


 *


 翌朝、朝日に照らされてイサキオスは目を覚ました。

 森はすでに死んでいるから、鳥たちの声もしなかった。

 ただ枯れ切った木々の合間に、日の光が差し込んだだけの朝であった。

 イサキオスは喉の渇きをおぼえ、水筒から水を飲んだ。腕の再生は肘のところで止まっていた。もっと栄養をとらないともとには戻らない。

 レミは自分のローブに包まって眠っている。頭からフードをかぶっているおかげで、まだ朝の到来に気づいていないのだろう。あどけない寝顔をしている。


 イサキオスは立ち上がり、食料がないか周囲を見渡した。

 が、すべて枯れている。

 動物たちも逃げた。

 なにもない。

 腹だけが鳴る。


「ん、もう朝? おはよ」

 レミが眠たげな目をこすり、身を起こした。

「悪いがメシを調達できそうにない」

「トカゲは?」

「見当たらない」

「なら虫でも探すしかないわね」

「……」

 イサキオスもこれまで過酷なサバイバルをしてきたが、虫だけは可能な限り避けてきた。なのに目の前の少女は、さも当然のようにそれを口にするという。

 するとレミは、男の様子を見て勝ち誇ったような表情を見せた。

「なに? 虫が怖いの?」

「そんなこと言ってないだろ。あまり馴染みがないってだけだ」

「ふーん。なら見つけたげるから、一緒に食べましょ?」

「ああ……」

 腕が再生するまで街には戻れない。そして街に戻れない以上、どこかで食料を調達するほかない。


 だが、救いの女神が現れた。

 土くれが隆起し、老婆が姿を現したのだ。

「起きたかい? 様子を見に来てやったよ」

「ばばさま!」

 駆け寄ろうとするレミを、老婆は魔法のバリアで弾き返した。

「いたっ! なにすんのよっ!」

「アマえるんじゃないよ。あたしはね、あんたらの行動を監視に来たんだ。いまは試験中でもあるんだからね」

「なにそれ! ちゃんとやってるじゃない!」

「どうだか」

 すると宙空に魔法陣が浮かび上がり、そこからカゴいっぱいのキノコが落ちてきた。

「これは?」

「ふん。採りすぎたから処分してもらおうと思っただけさ。言っとくが、毒キノコも混ざってるからね。もし食べるならきちんと選別するんだよ」

「毒? ばばさま、あたしを殺す気?」

「見分け方は前に教えただろ」

「教えてもらってない!」

 朝から口論が始まってしまった。

 レミは半泣きだ。

「ひどい! きっと食べたら死んじゃうから! ばばさま、あたしを殺す気なんだ!」

「バカだねぇ、この子は。あんたを殺したって一銭にもなりゃしないだろ。それに、いままで教えたことだって全部台無しさ」

「でも毒……」

「いいかい。この赤いのは、黒い斑点のあるほうが毒で……」

「こっちのは?」

「それは平気さ」

「これは?」

「平気」

「どれが毒なの?」

「斑点のキノコだけさ。食べても死にゃしないよ。しばらく体がかゆくなるだけでね」

「ひどいよ!」

 しかし結果として、すべての答えを教えてもらっている。試験どころではない。

 老婆は溜め息をついた。

「分かった分かった。毒のは持って帰るよ。それと、こいつも使いな。煮炊きするなら必要になるだろう」

 水筒と鍋まで出てきた。

 もはや過保護とさえ言えるだろう。

「ばばさま! やっぱり優しい!」

「勘違いするんじゃないよ。あんたがあんまり不出来だから、仕方なくだ。手を貸すのはこれが最後だからね。二度と頼るんじゃないよ」

「はぁーい」


 疲れ切った様子の老婆に、イサキオスはつい吹き出した。

「婆さんも大変だな」

「これで分かったろ。あたしの寿命をすり減らしてるのは、間違いなくこいつらさ。手のかかる弟子ばっかりで困るよ。さっきもくだらないケンカで家が半分ふっ飛んだところさ」

 昨日言っていた「ほかに出せるのがいない」というのは冗談ではないらしい。魔女の家をふっ飛ばすようなヤツは、きっと敵と一緒にイサキオスをもふっ飛ばす。レミが一番マシというわけだ。


 *


 老婆が去ると、レミは調理を始めた。

 なんだかんだ言って、老婆は去り際にカブまで置いて行った。レミの試験を応援しているのかもしれない。

「やっぱりばばさま、あたしに期待してるのね。だってね、あたしが一番優秀なんだもの」

「少なくとも俺をふっ飛ばしてないな」

「いい? あたしはこれから大魔法使いになるの。だからそんな皮肉を言うのはやめて。分かった?」

「分かったよ」

 コックの機嫌を損ねるのは得策ではない。

 カブとキノコが鍋の中で煮込まれて、かすかにうまそうなにおいがしてくる。

 レミはそれを棒切れでつつく。

「あたしの同世代に、ファラとシドってのがいるの。どっちも最悪よ。魔法だけはそこそこだけど……。なんていうか、人間的に終わってるわ。皮肉ばっかりのファラと、おどおどしててなんにも言えないシド。シドなんて、魔女なのに男のモノまでついてるし」

「それは魔女なのか?」

「両方ついてるみたい。ちっちゃいけどね。でね、ファラがいっつもシドをからかって、それで最後はシドがドッカーンってなっちゃうの。ガキよね。あんなのでも試験を合格できたんだから、あたしだって楽勝のはずよ」

 つまり合格できていないのはレミだけということだ。

 イサキオスはその指摘をしかけて、すんでのところで飲み込んだ。口は災いのもとだ。

「ほら、煮えたわよ。好きに食べて」

「ああ……」

 赤、青、紫、緑に黄色。どのキノコも毒々しい色だ。しかし毒キノコは取り除かれたはずだから、どれを食っても問題なかろう。

 イサキオスはキノコのひとつを串で突き刺し、慎重に一口齧った。

 かすかにカブの甘味がする。が、その他は特にクセもない。

 レミも熱さを気にしながら、少しずつ口にしている。

 なんの変哲もないキノコだ。

 そう思っていた。最初だけは。

 ふと、イサキオスは身体の内側がマグマのように熱くなるのを感じた。かと思うと、肘までしかなかった右腕がニョキニョキと再生し始めた。

「うわあっ」

 急にそれが始まったので、つい間抜けな声をあげてしまった。

 レミも目を丸くしている。

「え、なに? 毒?」

「あのババア、なにを食わせやがった!?」

「嘘でしょ? あたしも体が変……」

 両者、ともに食事を中断し、しばらく成り行きを見守った。

 なのだが、身体が熱くなり、イサキオスの右腕が再生したほかは、特に異変はなかった。

 レミがポンと手を叩いた。

「あ、思い出した! この青いキノコ! 体の回復力を高めるやつだ!」

「いや、いま俺が食ったの赤いキノコだぞ」

「きっと成分が染み出したのよ」

「大丈夫なんだろうな?」

 するとレミは眉をひそめた。

「はぁ? あたしが知るわけないでしょ!」

「いや、婆さんはちゃんと教えたって……」

「教えてもらってない!」

 どちらが事実を語っているのかは分からない。あるいはどちらも事実なのだろう。老婆はきちんと教えたのに、レミが聞いていなかったということだ。

 レミはローブを脱いだ。

「なんか体が熱いんだけど……」

 もちろん中にはシンプルなチュニックを着ている。

「たしかに熱いな」

 イサキオスも一枚脱いだ。

 回復のためとはいえ、ずいぶんなキノコを食わされたものだ。

 額の汗を拭い、彼はこう尋ねた。

「だが、便利なキノコだな。そこらに生えてるものなのか?」

「ううん。魔界に行かないと採れないと思う」

「魔界? そんなお伽話みたいな世界があるのか?」

「知らない。見たことないもの」

 魔女とはいえ、レミはまだ見習いだ。ほとんどなにも知らないのだろう。

 とにかく、腹を満たさねばならない。

 イサキオスは次のキノコへ串を突き立てた。


(続く)

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