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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
赤い砂編
32/35

兎の街

 乾いた大地を蹴ってイサキオスは突進した。

 ハルバードの柄を腰に抱え、先端の槍でグリフィンの巨躯を狙う。どこでもいい。とにかく当てなければ話にならない。

 並走していたマールはあまり足が速くないらしく、次第に距離があいた。


 怪鳥はクチバシを開いて絞り出すように絶叫している。

 イサキオスは怯むことなく前進。後ろから「待て!」と制止の声が聞こえたが、無視して仕掛けた。

 全体重を乗せた槍の一撃。

 だがグリフィンは羽ばたきながらサイドステップし、イサキオスの全力攻撃をいともたやすく回避した。そしてすぐさま頭部を振り回し、鋭いクチバシでえぐり込む。

 あまりにもはやい。

 イサキオスは肩口を抉られ、そのまま地べたへ叩きつけられた。無防備な背面へふたたびクチバシが降ってきたが、マールが戦斧で追い払った。

「おい! 大丈夫か!」

「ぐっ……」

 死ぬほどではない。が、しばらく動けそうもなかった。

 はじめは絶望的な表情で周囲を警戒していたマールだったが、イサキオスの傷口が徐々にふさがるのを見るや、ぎょっとした表情になった。

「き、傷が……。お前、人間じゃないのか……?」

「人間だよ。いまはまだな」

 しかもその傷口は、修復と同時に鱗のようになり、やや遅れて人間の皮膚へと変化した。

 マールは息をのんでいる。

「もしかして、見なかったことにしたほうがいいのか?」

「いや、いい。気にしないでくれ」

 イサキオスはなんとか上体を起こし、肩口をなでた。感触に違和感はない。鱗もない。

 少しふらついたが、ハルバードを拾ってマールの隣に立った。

「なあ、イサキオス。悪いことは言わねぇ。相手の動きも見ずに突進するクセを直すんだ。モンスターってのは、近づいたときが一番危険だからな」

「どうやらそのようだな」

「ただし、この手のモンスターはたいして賢くねぇ。動きさえ見切っちまえばこっちのもんだ」

「手本を見せてくれ」

「あせるな。俺も観察してる最中だ。ただ、見た目は違えど、サソリと同じような動きかもしれねぇとは思ってる」

 つまり正面から攻めれば横に回避するし、左右から挟めば動きが鈍くなるということだ。

 そしてもう一点。サソリの肉はプリプリしていてうまかった。口に入れた瞬間は水っぽいのだが、噛んでいると甘味がにじみ出た。

 今回のモンスターも、倒せばメシにありつける。


 ふと、グリフィンの頭上へ無数のひょうが降り注いだ。

 ファラの魔法だ。ダメージはないが、グリフィンはうるさがって何度もクイクイと頭を上下させている。

 仕掛けるならいまだ。

 マールが斧を構え直した。

「よし行くぞ。俺のスピードに合わせろよ。お前は足が速すぎる」

「任せとけ」

 二手に分かれ、グリフィンの側面へ回り込んだ。

 雹はなおも降り続けている。


 マールが突進したので、イサキオスもスピードを合わせて前進した。

 走りながら、イサキオスはグリフィンを観察した。

 このモンスターは、翼をうまく使って巨体をコントロールしている。風を前に煽るから、咄嗟のときは後ろに飛び退くかもしれない。

 つまりイサキオスは、ハルバードの槍で前に突き込むのではなく、後退されてもいいように斧かハンマーで横に薙いだほうがいいということだ。

 グリップを変えて斧を使うことにした。

 敵は目前。グリフィンも気が付いて翼を広げた。イサキオスの予想通り、後ろへの跳躍。遠心力で斧を振った。その刃が、羽ばたいた翼の一部へ炸裂した。

 かと思うと、イサキオスは正面からの攻撃でぶっ飛ばされた。マールの斧が地面に炸裂し、その衝撃波をもろに食らったのだ。

「はぶっ」

 乾いた地面をかなり転がされた。

「大丈夫か!?」

「大丈夫だ!」

 人に観察しろとか言っておきながら、マールは考えもなしに正面へ攻撃を叩き込んできた。文句のひとつでも言ってやりたかったが、それは戦いのあとでもできる。

 イサキオスは立ち上がり、グリフィンを追った。

 翼を切られたのが気になるらしく、怪鳥は奇妙なダンスを踊っていた。


「隊長! もう一回だ!」

「おうよ!」

 それぞれの位置からまた仕掛けた。

 敵の動きをよく見ながら、歩調を合わせ、武器を強く握る。

 ファラも雹で援護を続けた。

 接敵するや、イサキオスは腰を使って斧をぶん回した。グリフィンは地面を蹴って後退。すると今度は、翼ではなく、前足に刃が食い込んだ。しかもキレイに切断。

 かと思うと、また正面からの衝撃波でぶっ飛ばされた。

「わぷっ」

「大丈夫か!?」

「……」

 大丈夫だが、返事をしたくなかった。

 このイノシシ、賢いのだかバカなのかよく分からない。

「隊長、敵は後ろにさがるクセがあるようだ。横に攻撃するといい」

「分かった。次からそうしよう」

 だが怪鳥は、足の負傷でのたうっていた。しかも飛ぶことさえ難しいらしく、少し飛び上がっては着地し、その動作を何度も繰り返した。

 もはやいままでのような回避行動は不可能であろう。


 マールがぶんと斧を素振りした。

「よし、もう一回だ」

「今度こそ決めてやるよ」

 イサキオスもハルバードを構えた。

 グリフィンは完全に錯乱している。だから正面から仕掛けて、槍で喉を突いてやるのだ。きっとトドメを刺せる。

 マールが走り出したのを見て、イサキオスも突進を開始した。

 すでに雹はやんでいる。もはや必要ないと判断したのだろう。

 敵は隙だらけだ。

 イサキオスは狙いをすまし、グリフィンの喉元へ槍を突き出した。が、避けられたわけでもないのに、少しズレた。斧の刃がない部分がひっかかり、怪鳥が「グゲーッ!」と奇妙な声を出した。

 そこへマールの斧が炸裂。アバラを折りながら胴体を深々と切りつけ、力任せに振り抜いた。

 肺をやられた怪鳥は、もはやまともな鳴き声さえ出せなくなっていた。

 イサキオスも気を取り直し、トドメの一撃。今度こそ喉に当て、後頭部まで貫通させた。

 グリフィンはビクビクと痙攣し、やがて絶命した。


 *


 まだ空は明るかったが、食事のために腰を落ち着けた。

 火をおこし、グリフィンの肉をよくあぶる。

「ううむ、意外と筋っぽいな。これならサソリのほうがマシだった」

 マールはお気に召さないようだったが、ダメージを負ったイサキオスは一心不乱に食った。失った血液を補給するには、肉を食うに限る。

 ファラは顔をしかめている。

「ちょっと獣臭いわ」

 魔女が口にするのは小動物だ。あまりクセのない虫やトカゲに比べれば、グリフィンはたしかに獣のにおいがキツかった。

 ガニメデはまだ気絶している。

 慌てて食っていたイサキオスがむせると、マールは苦い笑みを浮かべた。

「おいおい、大丈夫か? あんまり食いすぎるなよ。気持ち悪くなるからな」

「大丈夫だよ」

「旅ってのはバランスなんだ。食えるときに食うのは鉄則だが、この量はさすがに多すぎる」

「分かってる」

 もちろん分かっていない。


 旅が再開されると、マールの指摘通り、イサキオスは体調を崩した。食いすぎたせいで水が欲しくなり、水をがぶ飲みした結果、腹がゆるくなったのだ。

「クソ、なぜこんなことに……」

「だから言っただろ」

 イサキオスはずっと腹をさすっている。

 マールは右肩に樽の天秤、左肩に気絶したガニメデを担いでいた。戦斧はファラが持っている。

「この斧、捨ててもいいかしら? 重たすぎるわ」

「そう言うなら樽かトカゲと交換してくれ。俺の肩はふたつしかねぇんだ」

「あーもー。悪かったわよ」

 樽はふたつで100キログラム以上ある。ガニメデの体重は約50キロ。それに比べて斧は5キロもない。


 数日ほど歩くと、ようやく街が見えてきた。

 まだ乾燥地帯ではあるが、川から水を引き込んでいるらしく、街には緑があふれていた。住んでいるのは二足歩行の兎たちだ。

「おや、南から客人だね。オークに、人間に、竜人族の貴族さまと来た」

「こんにちは、旅の人」

 かなりフレンドリーだ。

 なぜかみんなニンジンを手にしている。常に齧っているらしい。

 しかもガニメデが尋ねる前に、彼らのほうからこう言ってきた。

「ねえ、貴族さま。ちょっと来てくださいよ。転移装置の調子がおかしいんですよ」

「ぐぬぬ……」

 ここもアウト。

 つまり街の装置に問題があるのではなく、あきらかに王都の装置が機能していないのだ。

「え、どうしました? 俺、なんか変なこと聞きました?」

「いえ結構。どうやら王都の装置に問題が起きているらしいのですよ。復旧するまでしばしお待ちなさい」

「あ、そうなんだ。分かりましたぁ」

 兎は行ってしまった。

 かと思うと別の兎が来た。

「まぁ、貴族さま! 遠いところをようこそいらっしゃいました! わたくし、ここの市長をしておるものです! ここへは観光に? それともなにかお仕事で? なにかお手伝いできることはございませんか?」

 中年の女性だ。彼女も会話の隙にちょこちょこニンジンを齧っている。

 ガニメデは溜め息をついた。

「宿を用意してください。水と食料もいただけると助かりますな。王都へ戻ったら、皆さんの貢献を魔王さまへお伝えします」

「まぁ、なんと光栄な! ささ、こちらへ! わたくしめの家へご案内いたします」


 ここらの家々は木造建築であった。大部分は畑となっており、どこへも豊富に水が流れ込んでいた。

 荒んだ猫たちの生活様式とは大きく異なっていた。

 こうなってくると、今度こそ人界と変わりがない。イサキオスにもなじみのある田園風景だ。


 ただし案内された家はややサイズが小さく、マールなどはずっと身をかがめていないといけなかった。斧もハルバードも入らない。

 イサキオスから見ても天井が近いから、かなりの圧迫感があった。

 もちろん小さすぎて椅子にも座れない。


「あらぁ、そちらのイノシシさんはちょっと窮屈そうねぇ! でも大丈夫よ! ちゃんと入ったんだから!」

 市長は適当なことを言い放ち、ひとりでオホホと笑った。

 マールが少し暴れたら家ごと壊れてしまいそうだ。

 小さな子供が怯えている。

「ママ、この人たち誰……?」

「お客さまよ。狭いから、あなたたちは上へ行ってなさい。ね?」

「うん」

 あまりにもいづらい。

「あ、ぜひここの特産品召し上がってくださいね。ニンジン。いっぱいありますからね。ほら。ね?」

 棚からニンジンを取り出し、大皿にそのまま積み上げた。好きに食べてくれということらしい。

 みんな面食らったようで、イサキオスしか手を付けない。

「遠慮なくもらうぜ」

 シャリッと歯ごたえのあるニンジンだ。採れたてらしく、かなり瑞々しい。クセもない。噛んでいると甘味がある。

 誰も手を付けないので、イサキオスは二本目を食った。


 市長はしばらく台所をうろうろしてからテーブルへ戻ってきた。

「それで、貴族さま、こちらへはいつまでご滞在を? この村でよろしければ、百年でも二百年でもいてくあさってかまいませんよ? あら、でもそんなに経ったらみんな死んでしまいますわね! オホホ!」

 兎族にとっては面白いジョークなのかもしれない。

 が、急いでいるガニメデにとっては、まったくシャレになっていなかった。

「市長、あなたのもてなしには感謝します。しかし私たちは少々急いでおりましてね。明日にでも出発しようかと」

「あらそうですの? 残念ですわね。でも、またいつでもいらしてくださいね。この町はどなたでも大歓迎ですの。オホホ!」

「……」

 ガニメデは困惑したように眼球を動かしまくっている。


 魔界には、じつにさまざまな住人がいる。

 イサキオスは三本目のニンジンを齧りながら、そんなことを思った。


(つづく)

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