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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
赤い砂編
31/35

事情

 同刻、魔女の里――。

 昼だというのに薄暗い、鬱蒼とした森の中。少しひらけた場所に、簡素な小屋が並んでいた。

 どの煙突からも灰色の煙があがっている。

 ここは人を受け付けていない。

 道には結界があり、来訪者は魔女が許可するまで声をあげ続けなければならない。無視されることもある。ごく閉鎖的な集落だ。


 広場というには狭い場所に、石が六つ置かれていた。そこへ黒のローブをまとった老婆が集まり、テンションの低い雑談をしていた。

「虚無婆さんとこの若いのが、魔界で迷子になったらしいね」

「ははぁ。たしか小屋をぶっ飛ばしとったガキじゃろ? あたしゃね、いつかやると思っとったよ」

「無暗に弟子を取るからだよ。いまさら魔女なんか増やしたって、誰のためにもなりゃしないってのに」

「虚無婆さんの考えはよく分からんぞな」

「ふぇふぇふぇ」

 人の悪口を言う以外、ここには娯楽がない。

 しかし言われたほうもいちいち気にしない。そういう集落だ。


 その虚無婆さんの自宅は、まだ半壊したまま、かろうじて屋根がふさがれている状態だった。

 中では「ばばさま」とレミとシドが、遅めのランチをとっていた。

「ばばさま、食欲ないの? ちゃんと食べないとダメだよ」

 食事用のテーブルと石竈いしかまどがあるだけの、質素な家だ。

 皿にはまるまる太った山ネズミが寝転んでいる。もちろん調理済みだ。レミの火力で必要以上に焼いてある。

 そのレミからの苦情に、老婆は顔をしかめた。

「歳を取るとね、あんまり食べなくなるもんだよ」

「ダメだよ。ばばさま、最近あんまり食べてないもん。体によくないよ?」

「だったらもう少し丁寧に焼いておくれよ」

「それは謝るから……」

 レミがしゅんとすると、椅子で足をバタバタさせていたシドが満面の笑みを浮かべた。

「じゃ、次はボクがお料理するね」

「やらなくていい。あたしが作るから。あんたらは勉強でもしてな」

「でもボク、もう勉強することないし……」

「生意気なことを言うんじゃないよ、シド。あんたは魔法のコントロールだけは立派だが、薬草の知識がサッパリだろ。あたしらはただの魔法使いじゃないんだ。魔女なら魔女らしくおしよ」

「えーっ」

 足のバタバタが激しくなった。

 人には得手不得手がある。


 魔女は口をへの字にして溜め息をついた。

「まったく、どいつもこいつも身勝手だね。才能だけで魔女になれたら誰だって苦労しないよ」

 ファラが魔界へ行ったことは彼女も把握している。

 だが、魔界のどこかまでは分からなかった。だから監視もできないし、追いかけることもできない。

 そのことはレミもシドも気にしてはいるのだが、師匠の機嫌を損ねるのが分かっているからあえて質問しなかった。


 食事が終わると、老婆は小屋を出てしまった。

 残されたのはレミとシドだけ。ふたり並んで食器を洗ってから、またテーブルに戻った。

「ねえ、シド。あんた魔法得意なんだからさ、ファラの場所分からないの?」

「ムリだよ……。ばばさまでも分からないのに……」

「はぁ? あんた、ばばさまにないモノついてるんだから、なんとかできるでしょ?」

「それ言わないでよぅ……」

 泣きそうになってしまった。

 あまりいじめるとまた小屋が吹き飛ぶ。

 レミは溜め息をつき、ふたつに結んだ金髪の毛先を指でもてあそんだ。

「やっぱりあたし、護衛やめるべきじゃなかった」

「……」

 シドは返事さえせず、代わりに抗議じみた目をするばかりだ。

「なによ。なんか言いなさいよ」

「レミは勝手だよ。イサキオスさんなにも悪くないのに、ひとりで怒っちゃって……」

「うるさい。あたしだって分かってるんだから。ただ、なんか納得いかなくて。なんであんな女のこと、あんなに……」

「魅了の魔法のせいなんでしょ?」

「そんなのウソよ。もしホントだったとして、もうとっくに切れてる。魔力の気配も感じなかったんだから。だから、むかし好きになったまま、その勘違いがずっと続いてるだけなの。あいつ、そんなことも分からないんだから……。思い出したらまたムカついてきたわ!」

「もー」

 この件に関してはレミも強情だった。

 どうしても受け入れられないのだ。

 リリスは、魔法でズルして相手を好きにさせておいて、せっかく追いかけてきたのに槍で刺して、普通なら憎悪の対象となるべき女だった。なのにイサキオスは考えを改めない。

「シド、魅了の魔法ってどうやるか知ってる?」

「知らないよ……。なにに使うつもりなの?」

「別に。誰でもあたしのこと好きになるのか、ちょっと実験したいだけ」

「そんなことして好きになってもらっても、お互いのためにならないと思うよ……」

 シドは弟子の中では最年少なのに、しばしばもっともらしいことを言う。

 苦労人なのだ。

 レミは、そんなシドの頭を乱暴になでまわした。

「あんたってかわいいわよね。ムカつくくらいに」

「やめてよぅ……」

「でもあんたの言う通りよ。魔法で心を操るなんて、クズのすることだもん。それに、あたしだってじゅうぶんかわいいんだから、好きにならないほうがおかしいわ」

「できれば性格もかわいくなってね……」

「その一言は余計よ」


 *


 翌日、イサキオスたちは魔界の荒野を進んでいた。

 砂漠ほどではないにせよ、かなり乾く。遠方には蜃気楼。

 ガニメデはずいぶん静かになった。もし王都が滅んでいれば、彼の肩書も意味を失う。だからなかばただのトカゲになっていた。

 代わりに喋るようになったのはファラだ。

「ねえ、イサキオス。王都についたらどうしたい?」

 歩き疲れているようで、少し元気がなかったが、それでも挑発するような態度だ。きっと暇つぶしにからかっているのだろう。

 イサキオスはあえて乗ってやることにした。

「リリスを探す」

「会えたらなにを話すの?」

「俺たちの結婚式をいつどこで挙げるのか、だな」

「気持ち悪いわね」

 そんなことは分かっている。

 それに、もし近づけたところで、また攻撃を受けるだけだ。彼女の攻撃を回避できないようでは、求婚さえままならない。


 すると樽を担いでいるマールが会話に加わってきた。

「そういうお嬢ちゃんは、王都でなにをする気だ?」

 理由はシンプルだ。もちろんリリスが進軍した理由を探りに来た。

 なのだが、ファラは一瞬、なぜか不快そうに目を細めた。

「だから……。リリスのしたことを問いただすのよ」

「人界に進軍したんだったか。だが本当なのか? もしそんなことをしたら、神が黙ってないだろう」

「神がなにを考えてるかなんて、私の知ったことじゃない」

 つんとそっぽを向いてしまった。

 なにが彼女の怒りに触れたのかは分からない。

 代わりにイサキオスが応じた。

「どうにも動きの読めない連中でな。俺が神殿を攻撃したときも、まったく無反応だったしな」

 マールはぎょっとした顔になった。

「攻撃した? 神殿を? なぜ?」

「言わなかったか? 俺たちは神と戦ってるんだ」

「おいおい、そいつはずいぶんと……」

「あいつらに村を襲われた。その復讐だ」

「村を……」

 あまり理解できていないようだ。

 無理もない。基本的に、神は人界へ介入しない。自分たちの神殿を破壊されても反撃しないような連中だ。

 だからこれは、イサキオスにも理解のできない話だった。

 神を動かしたリリスには、きっとなにか特別な秘密がある。その秘密を暴かない限りは、すべてを理解することができない。


 無気力な目のトカゲが、チロチロと舌を出した。

「人界も大変なようですがね、こちらはもっと大変なのですよ。王都で問題が起きているかもしれないのですから……」

 こうしていると、フリルのついた派手な衣服さえ、演劇用の偽物に見えてくる。明らかに荒野を行く格好ではない。

 イサキオスもさすがに気の毒に思えてきた。

「元気出せよ。全部あんたの想像だろ? たまたま装置が故障してるだけかもしれない」

「はぁ、じつに羨ましいことですな。私もあなたのようになにも考えずに生きてみたいものです」

「この野郎……」

 あまり深く考えていないことは認めてもいい。しかしイサキオスだってなにも考えていないわけではない。自分の計画が無謀であることは自覚しているし、巻き込んでしまった人間には申し訳ないとも感じている。だからこそ、最低限の配慮はしたいと思っているのだ。

 ただし、レミには配慮できなかった。

 イサキオスは思ったのだ。自分が神に憎悪を抱いたように、レミも過去に魔族との因縁があったかもしれない、と。だからきっと魔族であるリリスを許せないのだ。気づいてやるべきだった。


 イサキオスはトカゲとの会話を切り上げ、ファラに話を振った。

「なあ、もし生きて帰れたら……。俺の代わりに、レミに謝っといてくれないか」

 ファラは凍てついた瞳を向けてきた。

「謝る? なにを?」

「俺が魔族と仲良くしたがってること。あいつ、魔族が嫌いみたいだから。そのせいで怒らせちまって……」

 するとファラは、フフフと愉快そうに笑った。

「ええ、安心して。伝えておくわ。きっとレミも許してくれると思う。あの子、とても純粋だから」

「そうか。悪いな」

「いいえ」

 ファラは、その後もずっと肩を震わせてひとりで笑っていた。

 イサキオスは、しかしジョークを言ったつもりはない。彼としてはかなり真剣に相談した。真剣すぎて笑われたのかもしれない。


 ふと、トカゲが足を止めた。

「あ、あ、あ……」

 眼球をグルグル動かしている。いろいろ考えすぎて頭がどうにかなったのであろうか。

 マールがブルルと鼻を鳴らした。

「どうした? 雨でも降るのか?」

「あ、あ、あ……」

「あ?」

「あーっ! あーっ! あーっ!」

 ある方向を指さして、激しくなにかを訴えている。

 イサキオスもその方向を注視した。

 遠方に蜃気楼がある。そしてヒビ割れた大地と、散在する草木。ほかにはなにもない。


 ふと、魔力が満ちた。

 巨大なシールドが展開したかと思うと、そこへ巨大な獣が衝突した。イサキオスが見たのは、鋭い鉤爪だった。

 かと思うと、大気を切り裂くような怪鳥の絶叫。

 ワシの上半身を持ち、ライオンの下半身を持った怪物、グリフィンだ。

 そいつは障壁に弾かれて飛びのき、翼を使ってふわりと着地した。

 あきらかにイサキオスたちを狙っている。


 マールはやれやれとばかりに樽をおろすと、立ったまま気絶しているガニメデをその場に座らせた。

「お嬢ちゃん、こいつが食われねぇよう守ってやってくれ」

「ファラよ」

「頼んだぜ、ファラ」

「ええ」

 彼女ならきっと守るだけでなく、魔法での援護もしてくれるだろう。後衛としては最適だ。

 イサキオスもハルバードを構えた。

「作戦はあるのかい、隊長さんよ」

「悪いがなにも思いつかん。こんなのに出くわしたのは初めてだしな。だがまあ……俺たちならなんとかなるだろう」

「もちろんだ。なんとかする」

 グリフィンは初めてでも、デカいヤツを相手にするのは初めてじゃない。そのためのハルバードだ。

 イサキオスのモットーは「攻撃していればそのうち死ぬ」だ。始まればどちらかが死体になる。いつものことだ。今回もそうなる。


(つづく)

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