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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
3/35

森の死

 もう口論している余裕はない。

 鎧の巨人はすぐそこにいる。じっと棍棒クォータースタッフを構えているその姿は、ちょっとした要塞のようだ。

 男は溜め息をつき、小声でこう伝えた。

「先に俺が仕掛ける。お前はその隙をついて魔法でなんとかしてくれ」

「任せて」

 実際、ハルバードでどうにかできる敵ではない。しかも腕が一本どこかへ行ったままだから、あまり力も込められない。囮になるしかないのだ。トドメは見習い魔女に任せるしかない。


 男たちの周囲には、濃い緑の影が落ちている。その木々の隙間からは、輝くような青空が覗けている。もしピクニックに出かけるなら、最高の条件であろう。

 しかしこれは闘争だ。守護神ガーディアンを撃ち滅ぼし、神々の住まう塔へ攻め込まねばならない。血なまぐさい復讐の、その緒戦である。


 男は呼吸を整え、歯を食いしばり、大地を蹴って駆け出した。

 ガサガサと音がした。気づいた守護神がゆっくりと向きを変える。頭部のバイザーが開き、光が満ちる。

 男が身を伏せると、頭上を光線が通過した。そして急降下してくる棍棒を、横ざまへ回避。ドッと大袈裟なくらい土砂が舞い上がる。男は側方へ回り込み、巨人を翻弄した。

 隙は作った。

 あとは魔女の手並みを拝見するばかり。


 ごうと音がして、猛烈な炎が守護神の上体を包み込んだ。

 レミの放った魔法だ。せっかく持ち込んだ杖からではなく、手から炎を放っている。

 尋常でない火力だ。これが下級の魔物であれば、一瞬で灰に変えていたことだろう。

 巨人はしかしうろたえることもなく冷静に向きを変え、レミを正面に見据えた。このままでは光線による反撃が来る。男は自分へ注意を引き付けようと、とにかくハルバードを突き込んだ。ガンと金属の衝突する手ごたえ。巨人は振り向かない。

 守護神の頭部には魔力が高まっている。


 カッと閃光が起きるのと、巨人がよろめくのは、ほぼ同時だった。

 なにかに引きずられるようにして、守護神の兜が天を仰いだのだ。巨人を絡めとったのは植物の根であった。神聖な森の木々が、守護神に絡みついて動きを阻害していた。


 土中から老婆が姿を現した。

「アマいねぇ、レミ。この鎧に炎なんか効きやしないよ」

「ばばさま!」

 レミも目を丸くしている。

 まさか手を貸してくれるとは思わなかったのだろう。男も同感だった。

「婆さん、なにか手はねぇのか?」

 悠長に会話をしている時間はあった。なにせ太い根がギチギチと音を立てて甲冑を拘束している。身動きが取れないのだ。

 老婆はふんと鼻で笑った。

「この魔法生物はね、魔石を叩かなきゃダメさ」

「魔石?」

「鎧の中にある結晶さ。そいつを打ち砕かない限りは、いつまで経っても倒せやしないよ」

「どうすれば壊せる?」

「それは自分で考えな」

「なんだと……」

「動きを止めてやっただけありがたく思いなよ」

「……」

 老婆の言う通りだ。

 男は会話を切り上げ、遠心力でハルバードを鎧へ振り下ろした。ガァンと金属の鈍い音。衝撃が骨までビリビリ伝わってきた。なのに鎧はヘコみもしない。これはよじのぼって鎧を剥がさないとダメかもしれない。片腕では厳しい。

 男が思案していると、老婆はレミへ語り掛けた。

「レミ、なにぼうっとしてるんだい。この男を手伝いな」

「どうやって? あたし、火の魔法しか使えないよ……」

「なにを言ってるんだ。いろいろ教えてやっただろ」

「教えてもらってない! あたし、いつも風呂焚きばっかりで……」

「言い訳は聞きたくないよ。魔術書にはきちんと全部書いてあっただろう。そんなことさえできないから、お前は見習いのままなんだよ」

「ばばさま、ひどい!」

 レベルの低い口論が始まってしまった。

 男は構わずハルバードを置き、根をつかんで鎧をよじのぼり始めた。胴体へ近づくと、かすかにキィーンと高い音がした。魔石とやらはそこにあるのだろう。腰のナイフを抜き、鎧の隙間にぐいぐいとねじ込んだ。が、どれだけナイフを動かしても、硬い鎧は剥がれそうになかった。

 老婆が溜め息をついた。

「ほら、どうするんだい? あんたがそこでぼうっとしてたら、あの男はそのうち寿命で死んじまうよ」

 つまりこの方法では、男が老人になっても鎧は剥がれないということだ。遠回しにバカにされている。

 レミはふくれっ面だ。

「どうすればいいか分からないもん」

「はぁ、あんたはどこまでダメダメなんだい。見れば分かるだろう。木の根っこを使って鎧を絞り上げるんだよ」

「どうやって?」

「杖さ。いいかい。昔から言ってる通り、あたしらの魔法は、自然との調和から生まれるんだ。火の力に頼ることはないんだよ」

「でもお風呂が……」

「風呂のことは忘れな。杖を使うんだ。ほら、構えて」

「ばばさまが先にお手本見せてよ」

「ワガママ言うと破門だよ。ほら、構えて」

「はぁい……」

 手のかかる弟子もいたものだ。


 しかし先ほどの火力は、なかなかのものであった。うまく使いこなせていないだけで、秘めた魔力は高いのであろう。訓練すれば、そのうちいっぱしの魔法使いになるかもしれない。

 そのうち……。できれば自分が死ぬ前にそうなって欲しいと、男は思った。


 すると根が軋みをあげ、鎧を締め上げだした。かと思うと、バァンと装甲の一部が弾けた。内部は空洞だが、魔力に満ちていた。鎧がさらに歪むと、菱形をした魔石がちらと見えた。

 地面に置いたハルバードが、ふっと浮き上がって男の手元へ来た。

「使いな」

 老婆だ。さすがにコントロールがいい。

 男はうなずいてハルバードをつかんだ。魔石が出てきたら全力でぶっ叩いて砕く。それで勝てる。


 根はさらに鎧を締め上げた。あまりに強大な力がかかったせいか、子供にわしづかみにされた人形のように、守護神は奇妙な格好になった。

 やがて歪みきった胴体から、魔石が露出した。

 男は短めにハルバードを持ち、戦鎚を叩き込んだ。キィーンと甲高い音がして、手にも衝撃が来た。ハンマーで岩を叩いているような衝撃だ。それでもなお叩く。叩いて叩いて叩きまくる。

 ふと、守護神の足が根に切断され、どこかへぶっ飛んでいった。おかげで全身が傾き、男は転げ落ちそうになった。

 これには老婆も渋い顔だ。

「レミ、もうやめな。十分だ」

「いいの?」

「あんたの目的は、鎧を締め上げて隙間をつくることだよ。その目的を終えたら止めていい。ひとつのことに集中しすぎるのはあんたの悪い癖だ」

「なにそれ! せっかくうまくやったんだから少しは褒めてよ!」

「やれやれ……」

 老婆も弟子の育成には苦労しているらしい。


 男は手首の砕けそうになる痛みに耐えながら、ひたすら魔石へ打撃を繰り返した。やがてピキリとひびが入り、次の打撃で完全に砕け散った。

 途端、魔法の力でつながっていた鎧はバラバラとなり、地面へと転げ落ちた。


 終わった。

 加護の消失は、誰の目にも明らかだった。

 白亜の神殿が砂のように崩れ去り、青々とした清浄な木々は急速に枯れていった。

 森が死んだ。

 残されたのは、木の根に絡まれた冷たい鎧のみ。


 男は大地に着地し、ほっと息を吐いた。

「助かったよ。礼を言う」

 しかして老婆は眉をひそめたままだ。

「ああ、まったくさ。客と弟子を同時に失うところだったよ」

 彼女にとっては、なにも得るもののない無償労働であったことだろう。

 だが、レミは満足げだ。

「ま、これであたしの実力は分かってもらえたんじゃない? 大魔法使いとして天下に名をはせる日も近いわね」

 男は老婆へ目を向けた。

「ところで相談なんだが、できれば別の……」

 だが老婆の反応は早かった。

「お断りだよ! ほかに出せるのがいないんだ。いや、返事だけは素直なのがいるが……あんたの手に負えるような娘じゃない。レミで我慢おし」

 これにレミが眉をひそめた。

「我慢? どういうこと? あたし、完璧だったじゃない! なにが不満なの?」

「とにかく、ふたりでうまくやりな。契約は済んでるんだから、交渉には応じないよ。それと、火を起こすのは風呂のときだけにすること。あんたの魔法は危なっかしいからね」

「ひどい!」

 しかしレミの抗議を無視し、老婆は土くれとなって消え去った。


 周囲の景色は、清々しい初夏からいきなり冬になったような、荒涼としたものになってしまった。ふたりで立っていても寂しいだけだ。

 男は溜め息をついた。

「で、なんでお前は消えないんだ? 婆さんと一緒に帰らないのか?」

「言ったでしょ? あんたの護衛するって」

「それは戦いのときだけでいい。今日は野宿だ。帰ったほうがいい」

 だがレミは、むっとむくれてこう応じた。

「終わるまで帰れないの! どうしても帰れって言うなら魔法陣書きなさいよ! そしたら帰ってやるから!」

「無茶言うな」

 あまり金がない。この先、宿をとるにしても、レミのぶんまで払ってやる余裕がなかった。

 レミはすると目を細め、男を見下すような態度を見せた。

「もしかしてあんた、あたしが怖いの?」

「は?」

「そうよね。一流の魔女だもの。人間が恐れを抱くのも仕方ないわ。けど安心なさい。あんたのことは傷つけないであげるから。あたしを怒らせない限りはね」

「ま、ブーブー文句言わねぇならなんでもいいさ」

「なにを偉そうに」

 ともかく野宿だ。腕がもげたまま街に帰るわけにはいかない。いったん失ったはずの腕が生えてきたら、周囲から怪しいやつだと思われる。これから神々と戦わねばならないのに、人間にまで疎まれたら面倒だ。

「ちょっと薪拾ってくる」

 まだ日は高いが、明るいうちに準備しておかないと大変なことになる。

 レミは急に不安そうな顔になった。

「え、待って。なんで勝手に行くの? あたしも行くから」

 どうもひとりで待つことができないらしい。

 男は本日何度目かの溜め息をつき、そのまま枯れ木の森へ足を踏み入れた。ハルバードで枝を落とせば、薪はいくらでも手に入るだろう。あとは食料さえ確保できれば、なんとか生き延びることができる。


(続く)

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