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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
赤い砂編
29/35

砂サソリ

「人界と一緒にされては困りますな。そもそも、この魔界に太陽なんてものは存在しないのですよ。では、あの光の正体はなんなのか。答えは『神界から漏れ出した光』です」

 旅が始まると、ガニメデ男爵が得意顔で知識を披露し始めた。

 ろくに状況も把握せぬまま入り込んだイサキオスに、自分たちの世界を紹介しているのだろう。

「太陽ではありませんから、沈むこともありません。ただし、夜は来ます。あのもやもやした空をご覧なさい。あれがカーテンとなって光を閉ざします。するとこの世界は闇に閉ざされます」

「夜が来るとどうなる?」

 イサキオスの問いに、ガニメデは眼球を回転させて笑った。

「暗くなるのですよ」

「じゃあなにかを燃やして光を用意しないとな」

「な、なにか、とは? なぜ私を見るのです! 貴族ですよ! 侍従長ですよ! 男爵ですよ!」

「そう怯えるなよ。貴族サマならなにか持ってるんじゃないかと思っただけだ」

 イサキオスとて、皮肉を言われたから言い返しただけだ。本気で燃やすつもりはない。

 すると棒で樽を担いでいるマールが、かすかに溜め息をついた。

「夜になったら砂漠のモンスターが活動を始める。そうなる前に街まで行きたいところだな」


 だが、街は見えないのに、神界の光だけは徐々に小さくなっている。

 夜は近づいていた。


「なにをしているのです! 早くしないと夜が来てしまいますよ!」

 慌てたガニメデがやたらと手をぶんぶんさせた。

 とはいえ、マールはあまり早く移動できない。水の入った樽をふたつも担いでいるのだ。重すぎるから、イサキオスが手を貸してやることさえできなかった。素直にマールの速度に合わせるしかない。

 しかもげっそり顔のファラが、「そろそろ休まない?」と足を止めたがる。普段から転移魔法に頼っていることもあり、あまり徒歩での旅に慣れていないのだろう。

 ガニメデが眼球を動かした。

「あなた、見たところ魔法使いですよね? 疲れたなら空を飛べばいいのでは?」

「うるさいトカゲだわ。いろいろあって魔力を使い果たしたのよ」

「いろいろとは? 具体的に説明してみてください。できないのですか? できないなら私の勝ちとさせていただきます」

 トカゲはいちいち他人の神経を逆なでするクセがあるようだった。

「覚えてなさいよ。魔力が戻ったらその口を二度と開けないようにしてやるから」

「なんと! 野蛮な人間ですね。イノシシさん、これは立派な脅迫罪です。いますぐ逮捕なさい!」

 トカゲはフリルのタイをゆるめもせず、ハイテンションで喚きたてている。砂漠にも適応できる種族なのだろう。

 マールはブルルと鼻を鳴らした。

「男爵どの、まことに残念ですが、ここは俺の管轄外ですよ」

「ではガニメデ男爵の名において、あなたに権限を付与します。逮捕なさい。ほら早く!」

「なら逮捕しますがね。道具もないんで、このまま連行しますが構いませんか?」

「結構。王都についたら、すみやかに法務官へ引き渡してください」

「ええ、そうしますよ。おぼえていたらね」

「ご安心なさい。私は忘れませんから」

 眼球をフル回転させながら、トカゲは愉快そうに身をゆすった。

 ファラはしかし微塵も気にしていない。

「なんでもいいわ。それよりお水をくださらない? このままじゃ死んでしまうわ」

 喉ならイサキオスも渇いている。

 街を出てから、これまで一度の休みもない。

 マールも足を止め、かすかに「ふむ」とうなった。

「分かった。じゃあそこの岩場でキャンプだ」

 突き出した岩が日影を作っている。もし強風が吹き付けても少しは助けになるだろう。

 しかしガニメデが抗議の声をあげた。

「なんですと!? キャンプ? 岩場で? このガニメデ男爵が?」

「お嫌でしたら構いませんぜ。先に街へ行って宿でもとっていてください」

「あなたね、それは国家反逆罪ですよ! 王都の頭脳が失われても構わないと?」

「ええ、構いませんとも。俺らオークを辺境に飛ばしたトカゲが死ぬんだ。その借りを返す絶好の機会ってワケだ」

「それは私ではなく、祖父が決定したことで……あっ。いえ、いまのは聞かなかったことに」

 魔界も一枚岩ではないらしい。

 マールは岩場へ樽を置いた。中で水の動く重たい音がした。

「いいですとも。聞かなかったことにしておきましょう。ただし、この旅は俺に仕切らせてもらう。この砂漠を渡るのは簡単じゃない。経験者の意見を尊重してもらいたい」

「わ、分かりました。そうしましょう」

「さっきの逮捕もナシだ」

「ええ、まあ……彼女が反省しているなら……」

 もちろん反省などしていない。


 枯れ木や枯れ草はそこらに落ちていたから、火はすぐに起きた。

 全員が腰を落ち着けると、マールはバッグから赤黒いドライフルーツを取り出して配り始めた。

「こいつが食料だ。栄養満点だぞ」

 トカゲはそれを指でつまみあげ、また眼球を動かしてしげしげと眺めた。

「デーツですね」

「俺たちはこれを食ってデカくなる。味もいい」

 イサキオスは躊躇なく齧った。

 深い甘味。滋味といってもいい。疲れた体の欲する味だ。果実を干すと味が凝縮される。

 ファラも品よく両手で持ち、少しずつ齧った。

 ガニメデだけが、いつまでも長い舌で舐め回していた。習性なのだろうか、なかなか口に入れようとしない。かと思うと味わう様子もなく、いきなり丸呑みしてしまった。

 どこまで行ってもトカゲはトカゲだ。

 イサキオスは、いずれ自分もこうなるのかと思うと、なんだか哀しくなった。


 魔界の空に星はなかった。

 その代わり、ときおり音もなく稲妻のようなものが空を駆け巡った。ガニメデの話では、空で魔力がほとばしっているのだという。


 予想外に体が冷えたので、イサキオスは焚き火に近づいた。

 砂漠地帯ということもあり、空から光が消えると急激に温度がさがるようだ。

 しかし氷の魔女ファラも、毛深いマールも、トカゲのガニメデも、まるで寒そうにしていない。三名とも寒さには強いようだ。


 会話が途絶えると、あとは木々の爆ぜる音と、鋭い風の音だけとなった。

 夜とはいえ、周囲は完全な暗黒ではない。青黒い景色に、うっすらと地形のシルエットが確認できる。かすかに神界の光が漏れ出しているのであろう。


 ザンと砂が舞い上がった。

 樹木が、いきなり砂を突き破って生えてきたのだ。否。ただの木ではない。それは周囲をうかがうかのように蠢(うごめ)いている。

 夜行性のモンスターだ。


 マールが戦斧を手に、重たい腰を上げた。

「厄介だな。砂サソリだ。毒があるから注意しろ」

 ガニメデは「ひぃ」と情けない声でうずくまっているし、ファラも危機感もなく寝そべっている。

 この二名は戦闘に参加しないつもりだろう。

 イサキオスはハルバードをつかんで立ち上がった。

「毒だろうが関係ない。要は当たらなきゃいい」

「まあそんなに強い毒でもないが。あの棘で刺されたら、毒なんて関係なく死んじまうぞ? 後ろにいたほうがいいと思うが」

「俺が倒す。あんたは見てろ」

「……」

 イサキオスの態度が強情だったせいだろう。マールはその場に構えたまま先を譲った。


 ザザッと砂を払いながら、砂中からサソリが躍り出た。尾だけでも人の背丈ほどのサイズだったのに、飛び出してきた本体も同じくらいの高さがあった。

 外殻は砂と同じ赤色。


 イサキオスは砂を蹴り、ハルバードを構えて真正面から突進した。

 するとサソリは足を巧みに操り、横へ移動。のみならず、上から尾の棘を突き込んできた。

 イサキオスは横っ飛びでなんとか避けた。転がりながら立ち上がり、ふたたびサソリと向かい合う。

 サソリは威嚇のつもりか、尻尾を上下させている。


 呼吸を繰り返しつつ、イサキオスは思った。

 これはたぶん勝てない。

 サソリはあらゆる動作を難なくこなしているのに、自分は大きく動かないと攻撃も回避もできない。

 スタミナの消費量を考えれば、時間をかければかけるほど不利になる。

 しかし短期決戦に持ち込もうにも、ハルバードでさえリーチが足りない。

 リーチを埋めるためのスピードが足りない。

 スピードを生み出すためのパワーが足りない。

 やはり人のまま戦うには限界がある。


 すると側面からマールが攻めた。戦斧を振り下ろし、サソリをカサカサと後退させた。攻撃は回避されたものの、かなりのパワーだったらしく、派手に砂を巻き上げた。

「俺がやるって言っただろ」

「ああ、聞いた。だがお前に任せてたら朝になっちまう」

「ふん」

 チームで戦えば強いことはイサキオスも理解している。だが、だからこそひとりで挑みたかった。いつも誰かに助けられてばかりだ。

 マールは不審そうにイサキオスを見た。

「お前、命を無駄にしたがっているように見えるな」

「余計なお世話だ」

「言っただろ。この旅は俺が仕切る。お前も従うんだ。さもなきゃ逮捕だぞ」

「分かったよ」

 おそらくマールはわざと強い言葉を発している。旅の仲間を死なせたくないのだ。砂漠の警備隊としての責任を感じるのだろう。

 イサキオスもそれが分かったから、素直に応じることにした。

「で、あのサソリをどう倒すんだ? 弱点はないのか?」

「ないな。だが左右から同時に仕掛けると、あいつは一瞬動きを止める。そのとき足をくじくしかない」

「分かった」

 サソリは正面にハサミを構え、六本の足で自由自在に移動する。見た目に反して軽快な動きだ。愚直に挑んでも翻弄されてしまう。


 イサキオスたちは二手に別れ、遠巻きに回り込んだ。

 サソリはじっと動かない。様子をうかがっているのだろう。あるいはすでに混乱しているのかもしれない。

 真横へ回り込んだところでマールがうなずいた。

「行くぞ!」

「おう!」

 砂を蹴立てての猪突猛進。

 サソリはヒクヒクするだけで向きを変えなかった。どちらに対処すべきか迷っているのだろう。

 イサキオスは全速力で距離を詰めた。ハルバードを横に構え、殻に覆われた足へ遠心力で叩き込んだ。バキリと音を立てて刃が食い込み、体液が飛散した。

 サソリは悲鳴の代わりに、軋むような音を立てた。

 マールも戦斧で強烈に切りつけた。ひと薙ぎするたび足が切断され、サソリの身体がガクンと傾(かし)いだ。

 サソリはそれでも役に立たなくなった足をもぞもぞと動かし、腹這いのまま必死に向きを変えようとしていた。

 足を片付けたイサキオスは、今度は高々と掲げられた尾へ、斧を叩き込んだ。一度、二度、三度。ハルバードを引き戻しては叩き込んだ。外殻が弾け飛び、中の筋肉が見えた。そこへさらに攻撃を集中させる。


 やがてイサキオスは戦いをやめ、その場に座り込んだ。

 サソリは動かなくなっていた。

 背中に飛び乗ったマールが、真上から頭部を潰したのだ。

 結局、尾は切れなかった。腕力が足りなかった。ハルバードを握れなくなるほどしつこく攻撃したのに、だ。

「よくやったな」

 戦斧を担いだマールが近づいてきた。

 お互い無傷。

 イサキオスにはしかし達成感などなかった。

「なあ。あんたならあの尻尾、切り落とせるか?」

「どうだろうな。だが横に切るより、上から切ったほうがよかったんじゃないか?」

「俺は方法を聞いてるんじゃない。あんたの力ならどうか聞いてるんだ」

 力を使い切ったせいか、まだ呼吸が乱れたままだ。

 マールは山のような肩をすくめた。

「そう突っかかるな。お前はよくやったよ。その武器だって、人間が振り回すにしては大変なんだろ? じゅうぶんだ」

 ハルバードのサイズは、マールの戦斧と同じくらいだ。これをマールは片手で振り回す。

 イサキオスは、マールにさえかなわないだろうと感じた。いまの実力では、神の塔に足を踏み入れた瞬間に殺される。

「そうだな。悪かった。俺にも、あんたみたいな力があったらと思って……」

「いいさ。お前にはお前の事情があるんだろ。それより気づいてるか? 目の前にご馳走がある。今夜はこいつで宴会だ」

「毒は?」

「俺は砂漠のプロだぜ。きちんと『調理』できる」


 魔界へ来たイサキオスは、必要以上に身構えていた。きっとすべてが異様なのであろうと。しかしそこには気のいいヤツもいれば、嫌味なヤツもいて、人界とあまり変わりがなかった。

 デカい獲物を狩れば食事もする。同じだ。


(つづく)

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