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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
23/35

旧友

 修道院に戻ったイサキオスは、声のする食堂へ向かった。

 みんなでお茶をしていたようだ。

「戻ったぞ。エイミー、これがあんたのぶんの報酬だ。で、これが俺のぶん。レモネードも買って来たぞ」

 荷物をすべてテーブルに置き、そのまま腰をおろした。

 レミがぽかんとしている。

「どしたの? なんかまともな人っぽく見えるんだけど……」

「ここのルールに従ってるだけだ。俺の金はアラクネが保管してくれるんだろ? それに、レモネードさえありゃお前の苦情を聞かなくて済む」

「なにそれ! 一言余計よ! バカ!」

 怒りながらも小さな樽を抱きかかえている。

 アラクネはすっとメガネを押しあげた。

「では、こちらのお金は私が責任をもって管理させていただきます」

「うちじゃレモネードは作れないのか?」

「製法は知っていますが、肝心のレモンがあまり流通していないので。たぶん街のギルドで買い占めてるんだと思います」

「そうか」

 それだけ確認すると、イサキオスは立ち上がった。

「どちらへ?」

「戦闘訓練だ。ただのゴーレムにも勝てねぇようじゃ、神を相手にするのはムリだろうからな」

「……」


 *


 外へ出たイサキオスは、木を拾って簡単なカカシを作った。

 しかしこれが万能でないことは知っている。枝とロープで工作し、反撃してくるよう改造しなければならない。

 ああしてこうして――。いろいろ考えてみるが、まったく形にならない。

 ぼうっとカカシを眺めていると、ふと、初夏の風が麦畑を駆けた。

 じつにのどかである。

 そして平和だ。

 神々との戦いが終わったら、この修道院でゆっくり暮らすのもいいかもしれない。

 それはいいのだが、いつまで経ってもイサキオスの頭にはひらめきのひとつも湧いてこなかった。

「いや、ムリだな」

 というわけで、ふたたび院内へ戻った。


 アラクネとエイミーは地下でビールでも見ているらしく、レミだけが食堂でレモネードを飲んでいた。

「これおいしいよ! あんたも飲む?」

「いや、いい。それより知恵を貸してくれ」

「なに? 文字の勉強する気になった? それとも算術?」

「カカシが俺を攻撃するようにしてくれ」

「はぁ?」

 これはイサキオスが悪い。

 いきなり現れてカカシに襲われたいと告げたのだ。マゾヒストにしか見えなかったことであろう。

「なんかそういう魔法はないのか?」

「なに? 殴られたい願望でもあんの? あたしが叩いたげようか?」

「ふざけんな。戦闘訓練の話だ」

「ああ、そういうこと……。でもあたし、そういうのはちょっと知らないかも」

 火とバリアと植物の魔法しか知らない。

 イサキオスは溜め息をついた。

「俺は強くなりたいんだ。なんかそういうキノコとかないのか?」

「あんた、すぐモノに頼りたがるわね」

「リアリストなんだよ。自力じゃムリだと判断したら、すぐに切り替える。そのほうが効率的だ。カッコつけてたってどうにもならねぇからな」

「ま、そうよね。魔女と契約するくらいだし」

 無謀な理想を抱えているのだ。まともな手段を取るつもりはない。

 レミは立ち上がった。

「ま、あたしに相談したことは褒めてあげるわ。だから手伝ってあげる」

「なにかアイデアでもあるのか?」

「ばばさまにお願いしてみる。そういうの得意だから」

「いや待てよ。これ以上魂を取られるのは困るぜ。こないだだって手が……」

 するとレミは不審そうに覗き込んで来た。

「手が? どうしたの?」

「いや、ちょっと治りが悪かったからよ。魂を節約したいんだ」

「平気なの? アラクネに回復してもらう?」

「もう治ったよ。ほら」

「ホント? ムリしてない? 薬草が必要なら言ってね? あたし、そっちは得意だから」

「ああ」

 やけに心配してくる。

 それが鬱陶しいというわけではなかったが、イサキオスはなんだかいづらくなって食堂を出た。


 かくしてふたたびカカシの前へ。

 これをハルバードで攻撃したところで結果は知れている。スピードの速いエイミーに手伝ってもらうという手もあるが、彼女にはビール造りという大役がある。なにより、近隣住民に動く骸骨を見られたらマズい。


 すると足元の土が盛り上がり、にわかに老婆が姿を現した。

 さすがに慣れたとはいえ、前触れがないからいつもぎょっとする。

「なんの用だ? 魂はやらんぞ」

「五つ目の森が枯れたよ」

 しわだらけの顔をしかめ、彼女はそう告げた。

「やったのは誰だ?」

「魔王の軍勢さ」

「あいつらも塔を狙ってるらしいな」

 イサキオスの言葉に、老婆はまず溜め息で応じた。

「なんでこうなるかね……」

「なんだよ? 俺のせいだって言いたいのか? 関係ないだろ」

「いや、いいよ。あんたはなにも知らないだろうからさ。能天気な男だ。能天気なまま死んでいくのがお似合いさ」

 真意は分からないが、皮肉を言われているのは分かる。

「なあ、婆さん。俺は頭がよくねぇんだ。言いたいことがあるなら、俺にも分かるよう言ってくれ」

「こいつは頭の問題じゃないよ。というよりね、あたしにも分からないんだ。たしかに魔王は神の塔を狙ってるよ。けどね、そんなのは何百年も前からずっとそうなんだ。いまに始まったことじゃない」

「俺がそのきっかけを作ったってのか?」

 これに老婆はうなずかなかった。

「きっかけ……。それはあたしにも分からないよ」

「婆さんに分からないんじゃ、俺にも分からねぇよ」

「あんたの幼馴染のリリスはね、じつは魔王の娘なのさ」

「そ……いまなんて?」

 あまりに唐突すぎて、イサキオスは老婆を二度見した。

 リリスは魔王の娘――。

 頭で繰り返してみてもなお理解できない。

「ある日を境に姿を消して……。魔王も行方を探してたのさ。けれど、ずっと見つからなくてね。なかば諦めかけていたんだ」

「じゃあ、神はリリスの存在に気づいたからあの村を襲ったのか?」

「そうさ。人間たちの暮らす世界には、神も魔族も入らない約束だからね。魔族が約束を破ったと思って、軍を差し向けたんだろうさ」

 訓練どころではなくなってしまった。

 イサキオスはハルバードを置き、老婆へ向き直った。

「いや、それじゃ……。どいうことだ? あんた、最初から全部知ってたのか?」

 老婆はするとギョロリと濁った眼球を向けてきた。

「そんなわけないだろ。知ってたらあんたなんかと契約しないよ。こんな面倒な男……」

「じゃあ、いつ……」

「三つ目の森が枯れたときさ。映像はシドに見せてもらったろ? あたしもアレでピンと来たよ」

「あの女は誰なんだ?」

「あんたのほうがよく知ってるんじゃないのかい? 幼馴染のリリスだよ」

「そんなバカな……」

 間違いなく殺されたはずだ。イサキオスもその瞬間を見た。

 だから、あれは姉か妹に違いない。

 老婆はかすかに息を吐いた。

「おそらく仮死状態だったんだろうさ。言っとくが、人間の基準で考えるんじゃないよ。魔族なんだ。ちょっと刺されたくらいで死んだりしないよ」

 イサキオスもそうだ。

 魔女と契約したとは言え、刺されたくらいでは死なない。

「俺を育てた魔女たちは、そのことを知ってたのか?」

「おそらくね。あの女たちは、魔女の中でも異端だった。戦争で親を亡くした子供を集めては、村で保護して……。ちゃんちゃらおかしいよ。魔女が人助けなんて……」

「だが俺は助けられた」

「リリスもね。魔女たちもさぞ困ったろうさ。とんでもないのを拾っちまったってね。だが、いっぺん拾っちまったものを捨てるわけにもいかなかったんだろう。その優しさがアダになったね」

「……」

 本当に優しい魔女たちだった。


 イサキオスにとっての「母」のイメージは、まさに自分を育てた「魔女」であった。泣けばあやしてくれたし、腹が減ればオートミールを食わせてくれた。

 魔女の力をよきように使えば、いつかは悪く言われることもなくなる。村の魔女たちはそう信じていた。

 事実、近隣の村とも良好な関係を築いていた。

 人々は困りごとがあると魔女を頼ったし、逆に魔女へ食材やハーブを分けたりもした。

 平和だった。

 イサキオスにとっての原風景だ。魔女がいて、子供たちがいて、オモチャがあって。泣いたり笑ったりしながら、とにかく毎日を夢中で生きていた。


 思わず溜め息をついたイサキオスは、老婆を直視することもできず、代わりにカカシを見つめた。

「俺はどうしたらいいんだ?」

「そいつはあたしが知りたいよ」

「なあ、婆さん。俺が困るのは分かるぜ。だが、あんたにとってはたいした問題じゃないだろ? 俺が神と戦うことを、あんたは反対しなかったよな?」

「そうさ。反対しなかったとも。塔へ挑む前に、体がもたないと思ったからね。怪物になった時点で契約はシマイさ。あんたは意識を失って、森をさまよう無害な怪物となる」

「だが、五つ目の森が枯れた」

 標的はあと一つ。

 老婆はまた溜め息をつき、こう応じた。

「本来なら、あたしはあんたにあれこれ指図する立場にないんだがね。今回は特別だ。あんたに頼みがある」

「内容による」

「最後の森へ行くんだ。そこでリリスと話して、なにが目的なのかを聞き出しておくれ。今回の件、どうやら魔王の意に反して、リリスが勝手に行動しているようだからね」

「もし彼女が俺のことを忘れていたら?」

「あたしに聞くんじゃないよ。その答えはあんたの中にしかない」

「そうだな」


 もしリリスが自分のことを忘れていたら――。

 イサキオスは、生きる意味を失う。

 神への復讐を誓ったのは、自分が苦しめられたからではない。育ててくれた魔女が殺されたからでもない。村が滅んだからでもない。もちろんそれらも重要ではあったが、一番の理由は、リリスを奪われたからだ。

 リリスのために戦ってきた。

 だから怪物となるリスクを負ってまで魔女と契約した。

 自分の体が壊れようが、それでも神に知らしめたかった。リリスという存在がいかに大切であったかを。


「だが、最後の森には教皇庁の義勇兵がいるだろう」

「おびえた素人の集団さ。どうせ魔王軍に蹴散らされる。あんたが行くのはあとからでもいい」

「あとから? 終わってから駆けつけても間に合わないぞ」

「あたしの魔法陣で飛ばすさ。その時が来たら、また迎えに来るよ」

「分かった。だが、なぜあんたがこんなに介入してくるのか、まだ答えてもらってないな」

 すると魔女は、ふんと鼻を鳴らした。

「神と魔王の両陣営から苦情が来たんだよ。お前んとこの客が状況をややこしくしてるってね。このままじゃ、あたしの立場も危ういんだよ」

「俺は自分のすべきことをしているだけだ」

「そうだろうさ。神だってそうだし、魔王だってそうさ。みんなが勝手に動くから運命の糸がこんがらがる。そういうもんだろうよ」

 魔女が会話を切り上げようとしていたので、イサキオスは最後の質問をぶつけた。

「なあ、婆さん。そもそもリリスは、なぜ行方不明になったんだ? 親がいるんだから、孤児ってことはねぇだろ?」

「そこが一番の謎さ。ふらっと出かけて迷子になったか、あるいは誘拐されたか……。ま、あんなちびが魔界から出てくるわけもないから、きっと悪いヤツにさらわれたんだろうよ」

「犯人は?」

「知らないよ」

 うるさそうに顔をしかめ、老婆は土くれとなって消え去った。

 次に会うのは、魔王軍が行動を起こすときであろう。それがいつになるかは分からないが。


 イサキオスはその場に腰をおろし、空を見上げた。

 日が傾きかけている。

 このままぼうっとしていれば一日が終わる。


 いくらリリスが魔王の娘とはいえ、あれほど苛烈に村を焼くことはなかったはずだ。だからイサキオスは、神を許すつもりはない。

 しかし、だからといって魔族に加担するつもりもない。


 民間にはこう伝わっている。

 かつての世界は、魔族に支配された暗黒の時代であった。そこへ神が現れ、魔族を打ち払い、初めて世界へ光がもたらされたのだと。

 だから人々は神へ供物を捧げるし、人の王を誰にするのか神にお尋ねする。


 神と世俗の間を取り持つのは教皇庁だ。神の言葉は彼らによってもたらされる。

 それ以外に、神が人界へ介入することはない。特別な場合を除いては。


 太陽が燃えている。

 大地へ沈むと、次に月が出る。

 かくして日が一周する。


 イサキオスは動けなかった。

 リリスに会える。

 そこには期待もあり、不安もあった。


(続く)

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