表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
2/35

見習いの魔女

 魔女は、しわだらけの顔をさらに歪めて笑った。

「いいのかい? このままでは死んでしまうよ?」

 足は無事だ。両腕がなくとも立ち上がることはできる。全力で駆ければ逃げ切れるかもしれない。ただし武器は失う。回復を待つ間も宿代はかかる。時間をかければかけただけ状況は追い込まれる。次は消耗した状態での仕切り直しとなるだろう。

 男は盛大に溜め息をついた。

「分かった。降参だ。なんでもいいから寄越せ」

 見上げる森はグリーンのステンドグラスのようであった。美しい木漏れ日が空間を満たしている。

 絶景だ。

 くだらない駆け引きをするのがバカらしくなってくる。

 魔女は満足げにうなずいた。

「契約成立だ。魂を少しもらうよ。ああ、心配しなくていい。まだ見習いのガキだからね。あんまりたくさんは取らないよ。なにより、あんまり取りすぎて、あんたに正気を失われても困るんだ。怪物の魂なんて、なんの値打ちもないんだから」

 そう言って引きつるように笑った。


 初めて魔女と契約した日を思い出す。

 男は強くなかった。小銭稼ぎのつもりで挑んだ簡単な魔物退治でさえ、生きて帰ることはできたものの、まともに戦えずズタボロにされたのだ。無抵抗のカカシ相手に鍛えた技は、実践ではほとんど役に立たなかった。

 のみならず、戦闘に貢献しなかったという理由で、同行した賞金稼ぎどもに報酬をぶんどられてしまった。

 自分に特別な能力がないことは、じゅうぶん過ぎるほど理解した。

 魔女を頼るのに抵抗はなかった。もともと魔女に育てられたのだ。親のようなものだ。ただし、魔女にもいろいろいる。善良な魔女ばかりではない。いま目の前にいる魔女のように、人間から魂を搾り取ることしか考えていないものもいる。


 宙空に光の輪が現れた。

 かと思うと魔法陣が描きこまれ、そこからひとりの少女が落ちてきた。うまく着地できず、尻から。

「いたっ! ばばさま! もっとゆっくり!」

 長い金髪をふたつに結んだ少女だ。凛とした顔つきだが、魔女の言う通りまだ見習いらしく、顔つきに幼さを残している。

 フードをかぶってはいないものの、衣服は魔女のものと同じ深緑のローブだ。

 老婆は顔をしかめた。

「レミ、杖はどうしたんだい?」

「だから、急だったの!」

「はぁ、やれやれ……」

 魔法陣から杖が落ちてきた。二匹の蛇が絡み合ったような、木製の杖だ。宝飾品などははめ込まれていない。

 レミと呼ばれた少女は杖を拾って立ち上がり、男を見下ろした。

「で、あたしが護衛するのはこいつ? もう死にそうなんだけど? こんな弱いのに、よく守護神ガーディアンと戦おうと思ったわね」

「そう言うんじゃないよ。挑もうとする壁が高ければ高いほど、人間の魂ってのは価値が出るもんさ」

「それって、叶いもしない夢を追ってるヤツってことでしょ? 度を越したバカじゃない」

「バカだろうと客は客さ。あんたの昇級試験も兼ねてるんだから、しっかりおやり。この男が死んだら、あんたは下働きからやり直しだからね」

「はぁ?」

 すると先ほど切断された左腕が、ふわふわ浮いて近づいてきた。かと思うと、男の腹の上にどっと落ちた。

 魔女はふんと鼻を鳴らした。

「こいつはサービスだよ。あとはうまくおやり」

 そして彼女は土くれとなって崩れ去り、姿を消した。


 レミは杖の先で男をつついた。

「で、敵はどっち?」

「あっちだ」

 両腕がないので、男は視線で敵の位置を知らせた。

 レミは眉をひそめている。

「分かんないんだけど?」

「その前に、腕をつけてくれないか」

「くっつくの?」

「たぶんな」

 だが少女は動こうとしない。杖の先で男の肩をなじりながら、値踏みするように見下ろしている。

「なんか命令されるのムカつくんだけど」

「なんだと……」

「あたし、魔女なの。人間の命令になんて従わない。特に死にかけの弱い男なんてまっぴら」

 正直、男にしてみれば、守護神さえ始末できればなんでもよかった。魔女を頼らなければ、塔に入ることさえできないのは事実だ。目的達成のためなら、多少のことは聞き流せる。たぶん。限度はあるが。

 反論をすべて飲み込み、彼はこう言い直した。

「どうすればいい?」

「もっと丁寧にお願いして? 大魔法使いのレミさまが気分よく応じたくなるように」

「いいからつけろ」

 限度はある。

 レミは少しビクッとしたものの、すぐに余裕ぶってこう応じた。

「へぇ、それがあんたの態度ってワケ? あたしの魔法で、その腕をこんがり焼き上げることもできるんだけど?」

「……」

 議論している余裕はない。

 男はもう少女に頼まず、自力で腕をつけることにした。体をゆすって腕を落とし、それを両足で挟んでなんとかくっつけるのだ。

 しかしそうしている間にも、切断面からは血液がしたたっている。血圧が低下して、細かい動作がままならない。足で挟むところまではいくのだが、それを持ち上げようとするとぶざまにひっくり返ってしまう。

 少女は怯えたように身をすくませている。

「え、なに? 本気?」

「見てるだけなら失せろ。邪魔だ」

「なによその言い方! あんたが呼んだんでしょ?」

「俺が呼んだのは戦える仲間だ。お前みたいなクソガキじゃない」

「はぁ? クソガキ? あたしこれでも大人なんだけど!」

「ガキにしか見えない」

「うるさい! 大人になったばっかなの!」

 明確な大人の基準などない。体が育っていれば大人とみなされる。育っていなければガキだ。男の率直な感想では、このレミという少女は大人ではなかった。

 すると彼女は杖を放り投げ、男に近づいてきた。

「ああ、もう! 見てらんない! 貸して! つけたげるから!」

「そうか」

「なぁーにが『そうか』よ! いい大人が子供みたいにゴロゴロして!」

 大声で会話していても光線が照射されないところをみると、だいぶ遠くまで飛ばされたものらしい。いずれにせよ、ただの人間なら死んでいるところだ。

 少女はおそるおそるといった様子で腕をつかんだ。

「なんか痛そう……」

「痛いんだ。早くしてくれ」

「うん……」

「逆だ、逆! なにやってんだ!」

「待って! あんまり動かないで!」

 レミは少し震えている。腕が血まみれなのを気にしながら、慎重に男の切断面とくっつける。

 激痛が背骨まで駆け巡るのを、男は歯を食いしばってこらえた。痛みはすぐに引く。切断面がミチミチと不気味な音を立て、結合し始めたのだ。

 やがて男は手をグーパーし、調子を確認した。ちゃんと動くようだ。

 レミは不審そうな表情を浮かべている。

「気持ちワル……。ホントにくっついちゃった」

「魔女がなに言ってんだ。あの婆さんの魔法でこうなったんだぞ」

「あたしまだ見習いだし……」

「魔法は使えるんだろうな?」

 この問いに、少女はぐっと眉をひそめた。

「バカにしないで! みんなのお風呂沸かしてたの、あたしなんだから! 火くらい起こせるし」

 強気なものだ。

 男は一息ついて立ち上がり、まずは周囲の状況を確認した。じつに静かだ。守護神が動いている気配もない。追ってこないところを見ると、あまり神殿から離れたくないのかもしれない。

「守護神を焼けるのか?」

「は? 疑ってんの? ちょっとそいつの場所教えて。いますぐぶっ倒してやるから」

「あっちだ。俺は武器を探してくる」

 いくら無謀な男とて、素手であの鎧に挑むほど愚かではない。

 すると少女は急に不安そうな顔を見せた。

「え、待って。どこ行くの?」

「言っただろ。武器を探すんだ」

「ひとりで?」

「お前の邪魔をしたくない」

「なんで? 待って! 話が違う! あたし、あんたの護衛しないといけないし……」

「得意の魔法でなんとかするんだろ?」

「で、でも! ひとりでやったら、あたしが強いってこと分かんないじゃん!」

「ぐっ……」

 いきなり肩をつかまれたので、右腕に激痛が走った。

「あ、ごめん……」

「本気で痛ぇ……」

「待って! 怒らないで! 怒ったら泣くから!」

 もうすでに涙目になっている。

 泣きたいのは男のほうだ。

「怒らないから安心しろ。だが、なんだ? ひとりじゃ困るのか? 倒せるんだろ?」

「た、倒せるけど……。でも初めてだし……」

 あの魔女が送り込んできた女だ。見た目の若さはともかく、実力はあるのだろう。しかし実践で活かせるかは別だ。それは男も身に染みて分かっている。

「分かった。だが武器を探すのが先だ」

「武器ならあるから」

 ふわーっとハルバードが浮遊しながら近づいてきた。しかし先端部の槍が男のほうを向いていたので、とっさに横っ飛びで回避した。

「お前! 危ないだろ!」

「ち、違うの! わざとじゃないから!」

「いいから一回下に置け!」

「うん……」

 ハルバードはUターンして男のところへ戻ってくるところだった。それが重力に引かれて草むらに落ちた。

 男はおそるおそるそいつを拾い上げた。

「お前……まさかとは思うが、あんまり魔法が得意じゃないのか?」

「違う! ちゃんと使えるから! ただ急にいろいろありすぎて、調整がうまくいかなくて……。でも火は得意なの! いまから見せるから! ねっ? あんたも得意なことと不得意なことあるでしょ? それと同じだから!」

 あまりに必死すぎてむしろ不安になる。

 男はしかし反論しなかった。仲間の機嫌を損ねてもいいことはない。

「分かった。信じる。念のため、俺が先に仕掛けて隙を作る。お前はその隙に魔法で倒してくれ」

「うん……」

 緊張しているのか、返事に元気がない。

 が、ひとりでやるよりマシなはずだ。男は自分にそう言い聞かせ、なんとかいいイメージだけを思い描くことにした。片手でも攻撃を仕掛けることはできる。決定打にはならないかもしれないが、今回は魔法がある。

「頭を低くしろ。俺はあっちから回り込む。お前はお前のタイミングで仕掛けてくれ」

「え、あっち行くの? ひとりで?」

「一緒に行くわけにはいかないだろ」

「なんで……」

「役割分担だ。安心しろ。あいつは遠くの標的には攻撃しない」

 次回もそうなるかは不明だが、少なくともこれまではそうだった。ダメージを受けるのは男だけであろう。

 少女はそれでもまだ不安らしい。

「死なないでよ? あんたが死んだら、あたし昇級できなくなるし……」

「ああ」

 男も死ぬつもりはない。死んでしまったら神を滅ぼせなくなる。自分が死ぬのは、神が滅んでからだ。


 その後、特に言葉を交わすこともなく、男は茂みの合間を進み始めた。ガサガサ音を立ててしまうが、そんなに大きな音ではない。

 しばらくして、男は進行を止めた。

 敵の巨体が、棒立ちになっているのが見えた。まるで死んでいるかのように静止している。が、長い棒を手にしているところを見ると、まだ警戒を解いていないのであろう。

 男も気を抜くわけにはいかない。

 レミと連携し、必ず打ち倒すのだ。

 そう思い、レミの居場所を確認するため振り返ると、真後ろのレミと目が合った。

「お、お前……なんでついてきて……」

「しーっ。気づかれちゃうでしょ?」

「……」

 男はこのとき心に決めた。もしこのまま守護神を倒せたら、すぐさまあの老婆を呼び出して、別のヤツに変えてもらおうと。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ