表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
18/35

秘密

 屋敷から馬車を拝借し、街へ帰還したときにはすでに昼になっていた。

 少女たちをミゲルの手下に引き渡し、イサキオスとヤンはバケツ酒場へ向かった。


「ご苦労だったな。全員の無事を確認した。こいつが報酬だ」

 テーブルにふたつの革袋が置かれた。どちらをとっても中身は同じ。75リブラ。

 ヤンが下卑た笑みを浮かべた。

「きっと中に150リブラ入ってるんだろ?」

「75リブラだ。契約内容に変更はない」

「残りの二人は死んじまったんだ。ケチケチしねぇであいつらのぶんもよこせよ。死人に金は不要だろ?」

 ヘラヘラと笑うヤンに、ミゲルはしかし怒りもしなかった。

「いいか? 俺はあとから契約額を変更しない。増やしもしないし、減らしもしない。もし感謝したくなったら、次にウマい仕事を回す。その逆もある。ずっとそうして来た。前回も、今回も、次回も同じだ」

「あんたは立派だよ、ミゲル。あのとき戦場で生かしておいて正解だったぜ。まさかこんなご立派な男に成長するとはな」

「……」

 ヤンはすると、革袋をひとつつかんで店を出て行ってしまった。

 ミゲルはもうひとつの革袋をイサキオスへ勧めた。が、イサキオスはまだ受け取らない。

「受け取る前に、ひとつ質問がある」

「言っておくが、プライベートな質問には答えない。仕事の内容についてもな」

「あの女たちは、親に売られたのか?」

「答えないと言っただろ」

「帰りの馬車で言われたんだ。助けてもらっても、行く場所がないって」

「なにも考えるな。あんたは英雄じゃない。こちらの指示通りに仕事をこなしてくれれば、契約した額を支払う。さ、この金を持って好きなところへ行ってくれ。こう見えても俺は忙しいんだ」


 店を追い出されたイサキオスは、別の酒場でビールを一杯やってから街を出た。水で薄められているから、さほど酔うことはない。あくまで「飲むパン」としての栄養補給だ。


 修道院では、仁王立ちのアラクネが待ち構えていた。

「無断外泊とは、ずいぶん立派なご身分ですね」

 確かに連絡を入れていなかった。

 イサキオスは革袋を押し付けると、「仕事だ」と言い残して寝室へ向かった。ほとんど寝ていないから、くたくただった。

 彼は唯一の男だから、個室を与えられている。しかしベッドはない。藁と毛布だけの寝床だ。

 防具を外し、身を横たえると、溜め息をついた瞬間に眠りに落ちた。


 濃密な眠りだった。

 夢を見たような見ないような、なんともいえない感覚。

 おかげで目を覚ましたときには、気分がサッパリとしていた。


 食堂ではみんなが談笑していた。

「やっと目を覚ましましたか。おなかは空いていますか?」

「ああ」

「では座っていてください。いまご用意します」

 アラクネが立ち上がると、エイミーが「手伝います」と席を立ち、続いて「ボクも」とシドが行ってしまった。

 イサキオスはひとりになった。

 テーブルを見ると、麦を炒って茶にし、みんなで飲んでいたようだ。飲めないエイミーのカップもある。こういうのは雰囲気が大事なのだろう。


 やがてパンとスープ、野菜のピクルスが供された。

「なあ、なんでお前の作るパンはこんなにうまいんだ?」

「作り方が違いますから。そのぶん傷みやすくもあります。店と違って食べるぶんしか作りませんしね」

「パンにも種類があるのか」

「もちろん。故郷では作っていなかったのですか?」

「オートミールばかりだったな」

 麦を煮てどろどろにしたものだ。味はほぼない。あの集落での暮らしぶりはじつに質素だった。


 食事を終えたイサキオスは、自分で食器を洗った。ここではそうする決まりだ。

「イサキオスさん、ちょっといいですか」

 食堂へ戻ると、アラクネに座るよう促された。

「なんだ」

「あなた、昨晩仕事をしていたと言っていましたね?」

「金なら渡しただろ」

「70リブラありました」

「75じゃなかったか? いや、ビールで少し使ったんだっけ……」

 アラクネは溜め息をついた。

「ともあれ、現在あなたから預かっているお金は約170リブラ。で、目標額は800リブラでしたね?」

「よくおぼえてるな」

「どうせまたバケツ酒場でしょう? いまやってるケチな仕事では、目標を達成する前に命を落としてしまうのでは?」

「ケチ……」

 そうだ。たしかにケチだ。案内所で受けた岩石蟹の退治は500リブラだった。なのにバケツ酒場で受けた仕事は100と75。どうしようもなくケチだ。

 アラクネはすっとメガネを押しあげた。

「つまり、あなたは安いお金でいいように使われているのです。バケツ酒場の仕事を受けるのは、もうやめたほうがいいのでは?」

「いや、そのうちいい仕事回してくれるって言ってるぜ」

 するとアラクネのメガネが激しく反射した。

「そのうち? いつです? いい仕事というのは、具体的にどのような内容なのです? 報酬の額は?」

「だ、だから……そういうのは、まだ……」

「あなた、騙されていますよ」

「……」

 そうかもしれない。

 今回同行した常連顔の冒険者たちでさえ、イサキオスと同じ仕事をさせられていた。

 しかしミゲルがウソをついているとは思えない。

 少なくとも、あの狡猾なヤンが仕事を引き受けているのだ。マズい仕事ばかりではないはずだ。

「ちょっと考える時間をくれ」

「煮え切らない人ですね……。あなたのためを思って言ってるんですよ。正確には、あなたが死ぬと聖女さまが帰ってこない可能性があるから、それを阻止したいだけなのですが」

「ハッキリ言いやがる……」

「とにかく! 忠告はしましたからね! 勝手に死んだら許しませんから!」

「死なねぇよ」


 *


 だがその晩、部屋に入ったイサキオスは、アラクネの言うことにも一理あるのではと思い始めていた。

 ミゲルはウソつきではないかもしれない。

 それでも、いつになったら800リブラを稼げるのかは分からない。

 100リブラの仕事を八回こなせば800リブラなのは分かる。しかしその100リブラの仕事でレミは負傷した。次は自分かもしれない。命を落とす可能性がある。


 金を稼ぐのは難しい。

 家業のない人間が手っ取り早く稼ぐには、傭兵になるか、あるいは冒険者になるしかなかった。


 イサキオスは以前、街で鍛冶屋の丁稚をやっていた。あのときはまともに給料さえ支払われなかったが、食事と寝床を与えられた。

 親方にハルバードの値段をしつこく尋ねたら、安いものでも100リブラだと言われた。月の小遣いは5リブラ。それもレモネードで確実に消えてしまう。

 体がそこそこ大きくなると、職人を続けるか、神と戦うかを選ぶ日が来た。

 イサキオスはそして神と戦うことを選んだ。

 いま使っているハルバードは、そのとき親方からもらったものだ。それも100リブラの安物ではない。500リブラの特注品だ。

「いいか、小僧。こいつは俺の中でも会心のデキだ。持っていけ。止めてもムダだろうからな。ただし、こいつを使ってみっともないマネだけはするな。なるなら英雄になれ」

 名の知れた名工というわけではなかったが、真面目な男だった。

 本当は貴族の注文を受けて作られたハルバードだった。しかしその人物が戦死してしまったため、ずっと倉庫で眠っていたのだ。


 だが、その後のイサキオスは英雄とは程遠い人生を送った。

 案内所で仕事を受けてはボロボロになり、まともに報酬も受け取れず、正攻法を諦めて魔女にすがりついた。

 その時の魔女が例の「ばばさま」だ。

 イサキオスが協力を求めたとき、魔女たちは露骨に迷惑そうな顔をし、互いに担当を押し付け合った。その後、仕方なく「ばばさま」が引き受けることとなった。

「あんたはどうなりたいんだい?」

 その問いに、イサキオスは困惑した。

「強くなりたい……」

「強さにもいろいろあるよ。どうなりたい?」

「神を殺せる力が欲しい」

 すると魔女はふんと鼻で笑ったが、否定はしなかった。

「ならドラゴンにでもなるしかないね。分かった。願いを叶えてやるよ。あんたの魂と引き換えにね。さ、これが契約書だよ」


 眠くなかったこともあり、イサキオスはずっと部屋で考え事をしていた。

 余計なことばかりを思い出す。

 村が襲われたこと。必死で草原を駆けたこと。街の鍛冶屋で働いたこと。冒険者になったこと。魔女と契約したこと。守護神ガーディアンと戦ったこと。

 一通り思い返すと、また最初から繰り返した。何度も何度も同じことを考えてしまう。


 ドアが開いた。

 シドだった。ドレスを脱いで、下着姿になっている。とはいえ露出の高い恰好ではない。少し薄めの服だ。

「起きてる? ボク、半分は男だから、たまにはこっちで寝ようかなー、なんて……。ダメ?」

「ダメだ。布団がひとつしかない」

「ボクはいいよ……」

「どういう理屈だよ」

 諦めてスペースをつくると、シドはそこへ横になった。

 だが、ただアマえに来たわけでないことは、その雰囲気で分かった。小さな魔法の障壁を展開したのだ。

「これでばばさまにも気づかれないよ……」

「なにをする気だ?」

「教えてあげる……。誰が三つ目の森を壊したのか……」

「えっ?」

 シドはガラス玉のような瞳をしていた。

 のばされた小さな手が、イサキオスの頬に触れる。

「魔王の軍勢がね……塔を攻撃しようとしてるの……」

「魔王? 悪いが、俺はお伽話は卒業したんだ」

「信じない……?」

「もし事実なら信じたいが、もう少しヒントというか、証拠が欲しいな」

 するとシドはぐっと身を寄せ、イサキオスの体に顔をうずめた。

「証拠ならあるよ……。ボクの記憶を転送してあげるね……」

 映像が頭に流れ込んできた。


 いつの間にか朝になっていた。

 まるで起きたまま悪い夢を見ているようだった。

 イサキオスはなかば放心状態で、寝室の天井を見つめた。


 シドに見せてもらった映像は、上空からの映像であった。あるいは鳥の目を借りたものであろうか。

 異形の魔物を従えた女が、守護神の神殿を襲撃していた。

 音はなかった。

 しかしハッキリと見えたのだ。

 部隊を指揮していた女の顔が、記憶の中のリリスとそっくりであった。

 しかし彼女はすでに死んだ。ならば母親だろうか。それにしてはあまりに若い。姉か妹かもしれない。

 それくらい似ていた。


 リリスは魔族だったのだろうか。

 もしそうなら、神々が村を襲った理由も分からなくはない。

 なにが正しいのか分からなくなる。

 確かなのは、すべてを奪われた恐怖と憎悪だけ。

 それだけがイサキオスのよすがであった。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ