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憎悪の戦士  作者: 不覚たん
青い風編
11/35

聖レミ修道院

 大金が入ったような気持ちになったが、資金は見る見るうちに減っていった。宿をとると、一部屋を三人で借りても約75リブラ消える。二日で約150リブラ。500リブラなどあっという間に消える。

 しかもイサキオスたちが行動を起こそうとしたその矢先、街に妙な噂が流れてきた。

「また森が枯れたってよ。これでもう三度目だぜ」

「本当にこの世の終わりが来るのかもな……」

「教皇庁が調査を始めるらしい」

 イサキオスたちがやったのは二件。だから三件目が起きたとすれば、それは名も知らぬどこかの誰かの仕業ということになる。


 部屋に入ったイサキオスたちは、作戦会議を開いていた。

「どうすんの?」

「いまは動けない。教皇庁の抱えてる騎士団は精鋭だ。あんなのと鉢合わせしたら間違いなく殺される」

「じゃあ待つ? いつまで?」

「少なくとも、三件目の犯人について知る必要がある。もしそいつが捕まったら、過去のことはぜんぶそいつのせいにしてもいい。逆に捕まらないようなら、協力して戦えるかもしれない」

 いまは姑息にやるしかない。

 レミは「ふぅん」と生返事をし、座っている椅子を斜めに傾けた。

「でもさ、あんまり時間かけられないんじゃない? お金、そろそろなくなるよ?」

「ぐっ……」

 少し休んでは稼ぎ、少し休んでは稼ぎ、こうして生活していかねばならない。

 アラクネはなにやらメモを取り出した。

「どう考えても経費がかかりすぎですね。だいたい、宿代が高すぎます」

「へぇ、お前が馬小屋で寝泊まりしてくれたら節約できるのか?」

「計算のできない人はこれだから……。三人が二人になったところで、部屋代は変わらないのですよ? 私が消えたところで、たいして節約できません」

「だったら家でも買えってのか? それこそ金がねぇよ」

「城壁の内側で暮らそうとするから高くつくのです」

「外に宿屋があればそうしてもいいが」

 するとアラクネは、すっとメガネを押しあげた。

「私にいい考えがあります」

「……」

 まったく信用できない。

 イサキオスだけでなく、レミも警戒するように目を細めている。

 しかしアラクネは気にしたふうもなくこう続けた。

「じつは廃止になった修道院がありまして。すでに無人でしたから、使っても問題はないと」

「勝手に使って平気なのか?」

「神はお許しになられていますよ。というより、あのまま放っておくほうが神への冒涜となりえましょう」

「もっと冒涜して欲しいくらいだがな」

「お金の節約にもなるのです。あなたにとっても悪い話ではないと思いますが?」

「まあ、屋根がついてるならな……」

 雨風が凌げればひとまずはいいのだ。

 するとレミが身を乗り出した。

「でもさ、あんたどうやってその修道院見つけたの?」

「はい。じつは入会しようと訪れたのですが、私が行ったときにはすでに誰もおらず……」

 各所で入会を断られまくっていただけに、修道院の所在には明るいらしい。

 ともあれ、無人ならしばらく住めそうだ。

 イサキオスは渋々ではあったが、首を縦に振った。

「分かった。行ってみよう」


 *


 かくして一行は、夜が明けるや街を出て、くだんの修道院を訪れた。

 それは広大な畑の中にぽつんとあるレンガ造りの建物であった。一階建てだが、塔が併設されている。

「クモの巣だらけだな」

 イサキオスはハルバードの先端でクモの巣を払った。

 レミも口元を抑えている。

「なんか外より汚いんだけど」

 しかしアラクネは聞いていない。

「ああ、ここが私の修道院になるのですね! 聖レミ修道院と名付けましょう!」

「やめてよ!」

「お気に召しませんか?」

「だって恥ずかしいでしょ。魔女なのに」

「細かいことはいいのです。じつはここには地下もありまして、そこには醸造用の設備も残されておりました。お酒がつくれますよ」

 酒の密造を始める気である。

 イサキオスは思わず吹き出した。

「分かったよ。お前の情熱は認める。ただ、あんまり大っぴらにやるなよ。役人に目をつけられるからな」

「ご安心を。もし農家と提携できれば、彼らはビールを飲めるし、私たちには麦が手に入ります」

「じつに立派なおこないだ」

「神はまず人に言葉を与え、次にビールを与えたと『世界書』にも書かれています」


 世界書とは、この世界の成り立ちを書き留めたと言われるものだ。

 しかし作者は不明、成立年も不明であり、内容もほぼ意味不明であることから、宗教家以外には読まれていなかった。

 なにせ巨大化した王が魔物を殴り倒し、その勢いで湖ができたなどと書かれているのだ。

 以前、この内容が正しいかどうかを教皇庁が神々に尋ねたことがあったのだが、完全に黙殺されるという事件があった。教皇庁は「神は沈黙を守りたもうた」との公式見解を出したが、結局のところ相手にされなかったのである。


 その後、三人で修道院の掃除が始まった。

 イサキオスは神を殺すために立ち上がったのに、なぜか神の信徒のための施設を掃除させられている。屈辱であった。


 日も暮れたころ、三人は掃除を切り上げて食事をとることにした。

 持ち込んだ食料は、いつものカタいパンと、あとは瓶に入った魚のピクルスのみ。食糧事情はあまりいいとは言えなかった。

「ヘビでもなんでもいいからお肉が食べたい……」

 レミはパンを手で引きちぎりながら、そんなことをつぶやいた。彼女はピクルスを食べられないから、パンしか口にできなかった。

「諦めてピクルス食えよ」

「うん……。でもあとで……」

「好き嫌いしてると体壊すぞ」

「クモがいたらそれ食べるから」

「お前なぁ……」

 しかしアラクネが「まあまあ」と割って入った。

「明日の朝、近くの農家と交渉してみますから。この修道服で訪れれば、彼らも信用するでしょう。間違ってもイサキオスさんはついてこないでくださいね。山賊だと思われますから」

「ちゃんとヒゲは剃ってるだろ」

「人相がよくないと言っているのです。髪もボサボサですし」

「分かったよ」

 メシを調達してくれると言っているのだ。わざわざケンカして機嫌を損ねる必要はない。


 ふと、上でコツと音がして、三人は同時にそちらを見上げた。

「ネズミでしょうか」

「まさか、崩れるんじゃないだろうな」

「幽霊かも!」

 レミは身をちぢこめた。

 イサキオスは思わずきょとんとしてしまった。

「幽霊? いや、いないとは言わねぇが……。魔女が怖がるようなモンなのか?」

「バカじゃないの! 魔女とか関係ないから! あんただって、いたら怖いでしょ!」

「そりゃ怖いさ、本当にいたらな」

 するとアラクネもぷるぷると震えた。

「ああ、幽霊を怖がる聖女さま……。なんて尊いのでしょう! 命に代えてもこのアラクネがお守りいたします!」

 イサキオスはこっちのほうがはるかに怖いと感じた。


 しかしその後、特に異変もなく夜は更け、そして明けた。

 アラクネはレミの恐怖心につけこんで密着しながら熟睡していた。イサキオスは少し離れた場所で寝た。


 一面の麦畑を、やさしい風が吹き抜けていた。

 朝日もどことなくやわらかい。

 人の姿はない。

 ただ麦の穂が並び、遠方に地平線の見えるのみだ。城はだいぶ遠い。


「聖女さま、朝ですよ。聖女さま。ふふ。かわいい寝顔ですね」

 アラクネはレミの頬を指先でつんつんとつついている。

「ううん、なによ……」

「朝です。新しい一日の始まりですよ?」

「うん、分かった……」

 昨晩、回復魔法ごっこはおこなわれなかった。さすがのアラクネも、ゲッソリした顔で農家を訪れるのはマズいと考えたのであろう。


 朝食も昨日の晩と同じ。

 石のようにカタいパンと、酸味の強烈なピクルスのみ。

「いいか? こうしてパンを千切ってだな、間に挟んで食うんだよ。そしたら酸味も気にならなくなる」

「えーっ」

「お前なぁ、ワガママ言ってるとデカくなれねぇぞ」

「ならなくていいもん」

「婆さんの試験にも合格できないぞ」

「できる! 勝手なこと言わないで! 怒るよ!」

 試験の話をした途端、レミは座ったまま両手をぶんぶん動かした。

 よほど気にしているらしい。

 アラクネはしかしほくほく顔だ。

「聖女さま、ご安心ください。食料はこのアラクネが調達してまいります。私がいる限り、決してあなたさまを餓えさせたりはいたしません」

「ありがと。アラクネはホント頼りになるよね」

「ああ、もったいなきお言葉!」

 茶番である。


 その後、アラクネが出かけると、イサキオスとレミで掃除をすることとなった。

 とはいえ、まともな掃除用具さえない。せいぜいが雑草を束ねて作った箒があるくらいだ。

 腰を痛めながらなんとか埃を掃き出していると、レミが唐突につぶやいた。

「あのさ……」

「ん? なんだ? どうかしたか?」

 イサキオスが振り向くと、レミはかなりもじもじしていた。

「ちょっと言いにくいんだけどさ……」

「なんだよ」

「昨日のこと……おぼえてる?」

「は? ピクルスの話か?」

「違う! 幽霊のこと!」

「ああ、それか。なんだよ。まだ気にしてんのか?」

 とはいえ礼拝堂の上に部屋はないから、音がしたのは屋根の上か、あるいは塔からであろう。

「あんたは気にならないの?」

「気になるさ。崩れるかもしれないからな」

「ちょっと見に行かない?」

「行きたいのか? ああ、いいぜ。ぜひ行ってきてくれ。ひとりでな」

「はぁ?」

 箒が投げ捨てられた。

 かと思うと、レミはずんずん近づいてきた。

「上に悪霊が住んでるのよ! 問題でしょ!」

「いるとは決まってないだろ」

「いるかもしれないじゃない! それとも確認しないで、ずっとビクビクしながら暮らすつもり? あんたそれで平気なの? 信じらんない!」

 だが、イサキオスも気にならないわけではなかった。もし塔が崩れたら、この礼拝堂も巻き込まれることになる。だから確認したいとは思っているのだ。

「分かった。そこまで言うなら行くよ」

「最初からそうしてよ!」

「そんなに怒るな」

「うるさい。いちおう武装しておいてね? 激しい戦いになるかもしれないから」

「なにと戦うんだよ……」


 かくしてふたりは塔へ挑む!

 そこに待ち受けているものの正体とは!?


(続く)

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