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☆ 大地と剣の悪夢


 父と、母と、兄と、俺と……家族がそろって食事をするのは月に一度あるかないかの特別なときだ。


 父は国王で、寝るとき以外は玉座にすわって客と話をしているか、部屋で書類を読んでいるかのどちらかだ。たいてい、食事は片手でつまめる簡単な物で済ませている。誰も見ていないところでは質素なものだった。


 母は王妃として誰からも尊敬される女性でありたいと、城下町の子供たちに学問を教えたり、孤児院の仕事を手伝ったりしている。そのつながりもあって、ことあるごとにお茶会やらお食事会やらを開くものだから、家族でというのは殆ど機会がない。


 兄は次の国王に相応しい、国民に親しまれる男になれるようにと、父の仕事を補佐するかたわら街の学院で建築の勉強をしているのでとても忙しい。そのせいで悪酔いする安い酒の味を覚えてしまったことに父は顔をしかめるのだが……そもそも母が孤児院育ちの人間で、その母に惚れた父なのだから、二人に似たのだろう。


 そういう俺自身も、最近は衛兵隊に入って寮暮らし。兵長にしごかれて毎日へとへとだ。身体の動きだけじゃなく言葉遣いを注意されることも多いのだが、そこはまあ大目に見てほしい。





 この日は久しぶりに兄と狩りに出かけて、二人で(ほむら)イノシシを追ったんだ。燃えるような赤毛と激しい気性で知られるそいつを仕留めるのは大変だった。

 俺の弓がとどめを刺したんだ。兄が褒めてくれた。嬉しかった。


 焔イノシシの肉を皿に乗せて、俺の人生で一番の手柄を自慢したかった。


 そんな大事な、特別な夜に、あいつは現れたんだ。


 真っ黒い影が外から窓ガラスを破ってきて、一瞬のうちに父と母を爪で引き裂いた。

 兄がすぐ立ち向かっていったけど、噛みつかれて、投げ飛ばされて、動かなくなった。


 俺は……何も出来なかった。

 衛兵の端くれなのに、家族が目の前で怪物に襲われても、黙って見ていることしか出来なかった。手も足も震えて動けなかったんだ。


 血まみれの床の上を、怪物は匂いを嗅ぎながら歩き回っていた。その姿は物語や伝説で聞いたことのある、竜としか言いようのないものだった。


 やがてその黒い竜は、父の身体を踏み押さえ、父が大切にしていた金の首飾りを噛みちぎって呑み込んだ。


「や、やめ……」


 どうにか声を絞り出したが、直後にしゅるりと竜の尾がしなった。腹を打たれた。跳ね飛ばされて、息も出来なくなった。


 それから、竜は俺に顔を近づけて口を開いたんだ。


「よお、少年。オレが怖いか?」


 その声は不思議と親しげで、優しげだった。

 言葉遣いは全然違うのに、まるで昔から俺を静かに見守ってくれていた、父のような温かさが耳に染み込んでいった。


「げっげっげっ。隠さなくてもいいぜ。オレにも、その気持ちは分かる。すっげーよく分かる。まったく歯が立たねえ相手にぶちのめされて、ボロボロになったときは、ぶるって尻尾を巻いちまうよなあ。オレもそうだった」


「だったら憎めよ。オレを憎め。《憎悪》こそが、恐怖を克服する一番の薬だぜ」


「げっげっ。いい面構えだ」


「それじゃあ、忘れるなよ。いいか? お前の家族を殺して宝を奪った、オレ様の名前は――」



   *



「そういえばお前、あの竜のことを、ソラ様とか呼んでいたな?」

「え? あ、はい」


 この女に、今どうしても訊きたいことがある。


「それだけか? フルネームは?」

「縮めないで言った場合ですか? それなら――」


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