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6 ドラゴンとお宝④


「う、うぅ……」


 ふるえる男の子の、うめき声。


 あーよかった。

 生きてますね?

 あー、よかった!


 とはいえ、どう見ても無事ではありません。よいしょっ。

 いったんうちのベッドまで抱えて運び、寝かせました。


 さて、これからどうしましょうか。

 見たところ、血が出ているとか、大けがをしているとか、そういうのではなさそうです。

 でもそうなると、ちょっと私ではお手上げなんですよね。

 血止めの薬草は常備してますけど、他の何か変な病気だったらどうしようもないですよ。毛布をかけて安静にさせるくらいしか出来ないですよ。

 私もおばあちゃんもほとんど病気してないですし、ソラ様もお身体は丈夫ですから、いわゆる看病らしい看病は慣れてないんですよね。


「もしもーし、大丈夫ですかー?」

「うーん。うーん」


 かといって、この苦しそうなのを放っておくのも嫌じゃないですか。私の家に死にそうな人がいて、それを見ているだけっていうのも。話しかけたって、うなるばかりで何をしてほしいか分かりませんし。


 それでは、しいて言えば……おまじないでもやっときましょうか?


 両手のひらをすそすそとすり合わせてから、その熱を分け与える気持ちで、男の子の手をぎゅっと握ってあげます。


「……元気になーれ。元気になーれ」

 

 かなり小さい頃のことなのでちょっとおぼろげではあるのですが、お母さんが寝込んでいるときには、こうしてあげると嬉しそうにしていた記憶があります。

 

「こ、ここは……」

「うひゃっ」


 男の子が目を開けると、私はとっさに手を離してしまいました。

 やってる途中で話しかけられると、けっこう恥ずかしいですね。っていうか、小さい頃だから許されるわざですね。


「俺を、助けてくれたのか?」

「私の家の前で倒れてたんですよ。お喋りできますか? どこか痛いところありますか?」

「さ、寒い。腹が、痛くて、死にそうだ」


 おなかいたい、ですか。


「……ひょっとして、変なもの食べました? この山は、きのことか素人には危ないですし、野草だって意外と毒あるの多いですからね?」

「バカにするな。植物の毒を警戒するのは、旅の常識だ。だから俺は、食料を現地調達する場合は、動物を獲ると決めている」

「そうなんですか。で、何を食べたんです?」

「卵だ」

「たまご……」

「弓を手放したから獣を狩れない。そこで代わりに、鳥の巣から卵を失敬してな。それを、いつも火起こしを任せていたあいつらもいないから……」

「え、まさか生で?」

「ああ」


 思わずペチッと、彼の頭をひっぱたいてしまいました。


「な、なにをするのだ?」

「アホですか、あなた。そんなの、お腹こわすに決まってるじゃないですか!!」

「なんだと!? そんなバカな!? 実家で食べていた卵はいつも安全だったぞ!?」

「それは飼われてるニワトリさんだからですよ。あー、心配して損した」


 そして改めて分かりました。

 この美少年は、生粋のおぼっちゃんなのですね。

 ニワトリ農家があんな格好いい剣や弓を持てるわけないですからね。


 ひとまず安心したところで、ふと、ある疑問が浮かびました。

 彼はたった一人になってまで、ソラ様があの伝説の黒竜なんかじゃないって知りながら、どうしてまたこの山に入ろうと思ったんでしょうか。ろくに火も起こせないくせに。


「そういえばお前、あの竜のことを、ソラ様とか呼んでいたな?」

「え? あ、はい」


 先手を打たれちゃいましたね。


「それだけか? フルネームは?」

「縮めないで言った場合ですか? それなら……ロード=アウラ=ソラリス、ですね」

「そうか。やっぱり……そうか!!」


 すると急に、男の子が起き上がって、目の色を変えました。

 なんとこれが、たとえ話とかじゃないんです。本当に目が、さっきまで普通の薄い金色だったのに、今は何か変にギラギラと、赤黒く光っているんです。


「殺してやる。あの竜は、絶対に俺が、この手で……」

「な、なんて物騒なこと言うんですか。ねえ、聞いてます? ちょっと待ちなさいって!!」


 ベッドから飛び降りて駆け出す男の子を、慌てて私はその肩を掴んで、正面から止めました。

 ですけど、え、何ですかこの力?

 相手はまだ身体が温まってない、本調子じゃないはずなのに、私が押されてます? 本当にこの子、おじさんに一発でのされちゃってた貧弱坊やですか?


 グォガアァァァァァオッ!!


 しかも、まさかこのタイミングで、もっとヤバくて物騒な叫び声が、山の上から響いてくるじゃないですか。

 それも木をなぎ倒すような激しい足音といっしょに、凄い速さで迫ってきているじゃないですか!!


 直後、ズドシンッと家が揺れました。


 壁と屋根がミシミシいってます。

 そして屋根の上からは、あのグルグル声と、爪のガリガリひっかき音。

 めっちゃ興奮してますね。

 怖い夢でも見たのかしら、なんて言ってる場合じゃないですよねこれ。


「やめてソラ様!! 家が潰れちゃう!!」


 男の子の手を引いて外に出ると、ソラ様はすぐにこちらへ首を向けてきました。


 出来ればこのまま逃げて、ソラ様が村へ下りないように、落ち着くまで山のなかで追いかけっこをしたいところですけど、問題はこの男の子ですよ。


「殺して、やるっ」


 こっちも無駄に興奮してまして、私の手を振り払うなり、あのソラ様に突撃していったのです。無謀にもほどがありますって。


 もちろん、あっという間に彼は押し倒されてしまいました。

 

「ソラ様、やめて。食べちゃダメ!! ぺっ、して。ぺっ!!」


 私が必死で押し返そうとしても、なだめようとしても、かないません。

 ついにソラ様は、その大口で彼を呑み込むように覆いかぶさり――


「ソラ様、やめてぇっ!!」


 べろんべろんと、全身を舐めまわしていきました。

 最初は息を荒げて抵抗していた美少年も、いつしか、されるがままに。


「やめて……あげていいんじゃないですかね? そろそろ?」


 えっと、私は何を見せられているんでしょうか。

 これは誰が得する絵面なんです?




 ひとしきりソラ様の気が済んだ頃には、男の子はすっかりぐっすりお眠りあそばされていました。小憎らしいくらい安らかな寝息ですよ。

 いつの間にか身体も温まっていて、今度こそ本当に心配なさそうです。


 改めて彼をベッドに運んでから、私は外に戻ってソラ様に寄りかかりました。


「ひょっとして、男の子を治そうと駆けつけてくれたんですか?」

「んあー」

「ありがとうございます。でも、あれは怖かったですよ」

「ぬーん」


 ソラ様も眠たそうですね。ちゃんと聞こえているのでしょうか。


 とりあえず、今はこの夜の静けさがちょっと気持ちいいです。


 落ち着いたところで、やっぱり気になってしまうのは、あの男の子の異常な殺意。

 昼間はソラ様の鱗を銀色に戻してみせることで、伝説の黒竜じゃないと説明しましたけど……実はあれだけだと、ソラ様が悪いことをしていないという証明にはなっていないんですよね。


 私の知らないところで、だれか黒い竜が、彼の恨みを買ったのは確実でしょう。もちろんソラ様じゃないとは思いますけど。


「ねえ、ソラ様……?」


 ――最近、人を殺したりしました?


「最近、じゃなくてもいいんですけど……どこかにお宝を隠し持ってたりしません?」


 私はソラ様の過去を知りません。

 訊けるのは、今はこれが精一杯です。


「ステラー」

「はいはい」

「お前さんが、わしのお宝じゃよ」

「……」


 不意打ちですよ。これは、にやにやしちゃうじゃないですか。


「も、もー、そんなこと言っても、明日のごはんが大盛りになったりしませんよ?」

「悪いものは去った。《憎悪》は大きな力を与えるが、目を曇らせる」

「え、何か言いました?」

「むにゃむにゃ」


 いよいよソラ様は目を閉じ、その場で伏せりました。

 じゃあ私も寝ますかね。


 おやすみなさーい。

 と、言いたいんですけど……。



 家 扉 ソラ様 私 ←今ココ



「ちょ、これ家に入れないじゃないですか。ソラ様、起きて、せめてちょっとずれてくれません? ねえ、ソラ様? ソーラーさーまー」


 私の嘆きは夜空に吸い込まれていきました……みたいな喜劇的な実況を(まじ)えないと、やってられませんて。


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