5 ドラゴンとお宝③
こころなしか、ソラ様の鼻息も荒く聞こえます。
翼をバタつかせて洞窟のなかに風を送る仕草は、自分の寝床を荒らす不届き者の反応を確かめているのですね。
「あ、おかえりなさい、ソラ様! 寝床のお掃除をしていたんですよ」
「おお、ステラかー。どうした他にも誰か、おるんかー?」
「はい。今日はちょっと、村の人にも手伝ってもらってました」
ソラ様は洞窟の入り口にとどまって、そわそわと匂いを嗅いでいるみたいです。
私は口から出るに任せてごまかしながら、身をよじって屈強なおじさんの下から逃れます。
「でももう終わりましたから、大丈夫ですよー」
「そうかー。ありがとうのー」
翼を閉じてソラ様は、あの巨体で音も無く、この洞窟に入ってきました。
するとこちらでは、ざわっと、おじさんたちの焦りを感じます。
(しーっ!! 落ち着いてくださいって)
(バレたらまずいんだろうが。なにやってんだ!?)
(暗い場所だからこそ、まだ私が縛られてることもごまかせます。あなたたちがうまく隠してくれれば、ですけど)
(まさか、おれたちを助けようってのか?)
リーダー格のおじさんと、小声でやりとり。
(……ソラ様を人殺しにしたくないんですよ)
私はこの一言に、全てを込めます。これで察してくれないおバカさんは知りません。
そうこうしているうちに、ソラ様が近付いてきていました。
狭い通路部分ですれ違うのは不自然で危険です。
私たちは奥の壁際にまで下がりました。
音楽会でも催せそうなほど高くて幅広のこの空間が、ソラ様が入ると窮屈気味です。しかもソラ様の身体が温かいこともあって、空気が一転してじっとり。蒸し暑くて汗ばんできました。
やって来たソラ様は、干し藁をふみふみ、感触を確かめます。いつの間にかグルグル音も止んでいて、とりあえず機嫌は直ったみたい。宝探しのためにかき回したおかげで、藁がふかふかになっていたのが逆に良かったんでしょうか。
ほどなくソラ様は姿勢を変え、頭を外側に向けて腰と胸を下ろしました。それからじゃまにならないよう尻尾を曲げて、ゆっくりと首を伏せたのです。
こんな見知らぬ山賊おじさんたちが息を殺して並んでいる目の前で、ここまでリラックスした伏せ姿になるなんてびっくり。多分このおじさんたちこそ、ソラ様の言っていた「悪いもの」だと思うんですけど。
まだ日が高いのに、よっぽどおねむさんだったのですね。
そういえば、おばあちゃんが前に言ってましたっけ。
おばあちゃんが若い頃に比べて、ソラ様の昼寝が多くなってるって。
ひょっとして、最近のボケと関係あったり、なかったり?
ちょっとだけ物思いにふけっていると、おじさんに肘をつかれました。
我に返って、抜き足、差し足、忍び足。
こうして洞窟の外まで出てしまえばひと安心……と、おじさんたちは思ってるんでしょう、ね。
「あっ!!」
だけど私は、ソラ様のまさに鼻先で、思い出したように大声を上げました。
おじさんたちは揃ってビクンと跳ねて、ソラ様はのっそりあごを浮かせます。
「そういえばソラ様、変なもの拾い食いとかしてないですか?」
「いや、むにゃむにゃ」
「本当ですかぁ? さっき何か歯にはさまってませんでした?」
「そうじゃったかのー?」
「ちょっと見せてもらっていいです? 虫歯になったら大変ですからね。はい、あーん」
「あーん」
ぐわぁっと鋭くギザついた牙を露わにするソラ様の大顎。
後ろでおじさんたちが声も出せずに大慌てなのを無視して、私はそこに身体をひねり入れました。
ちょっとつらいけど、のけ反る体勢で、後ろ手に縛っているロープが舌に触れないよう注意して。
「うーん。どこもおかしくなさそうですね……ごめんなさい。気のせいだったみたいです」
ソラ様に異常が無いことを確認してから、まあ正直にいうと暗くてよく分からないんですけど、身体を抜け出しました。
「それじゃあソラ様、おじゃましました」
「うむ。またのう」
牙の先っぽをやさしくなでなでしてあげると、ソラ様はくすぐったそうに鼻息を小さく吹いて口を閉じました。
「さ、行きましょうか」
私はおじさんたちに向き直り、彼らの後ろについていきます。
そうして今度こそ洞窟の外に出て、ソラ様の目が届かない位置にまで逸れて、やっと、ホッとひと息……ついたところですかさず、私は腰から金槌を振り抜いて、手近なおじさんを一人ノックアウトしました。
他のおじさんたちは何が起きたのか分かっていなさそうな様子で、こちらを振り向いたまま立ち止まっていますが、私は止まりません。止まるつもりはありません。
素早く金槌を持つ手を返し、カチ上げて二人目のあごにクリーンヒット。
「なんでお前、まさかさっき……!?」
「気付いたって、遅いですよ」
そうです。実は私は、ソラ様の牙のギザギザに引っかけて、こっそりロープを切っておいたのですよ。どうですか、さすが私!!
さてようやく状況が呑み込めたっぽいおじさんが二人、反りのある刀で斬りかかってきました。まったく予想通り、自分よりも背の小さな相手には、そうやって上から振るのが普通なんでしょうね。おばあちゃんの教えにもあります。
そういう場合に私の答えは、手斧で敵の武器をまとめて弾き飛ばす、です。
びっくり相手がひるんだ隙に、折りたたみケープを解放して、投網みたいに動きを封じました。
「おばあちゃん仕込みの斧術と金槌が――」
全身が熱い。
奥歯がうずく。
血が沸き立つようなこの感覚のときは、とっても身体が軽い。
「どうせ弱い者いじめしか出来ない山賊なんかに、負けるわけねーのです!!」
目隠しされた二人を続けざまに叩いて気絶させたあとは、逆上したリーダーおじさんの突きを跳んでかわし、その勢いのまま鼻っ面を蹴飛ばして終了です。
「なんじゃー? なんか騒がしいのー?」
「いーえー。ちょっと、お掃除の続きをしてただけでーす」
洞窟の奥からしたのびやかな声に、私は何事もなかったふうに返しました。
事実、今日はソラ様にとっては本当に何事もない、平和な一日。悪いものなんて来なかった。いいですね?
竜から人を守る。
人から竜を守る。
両方やらなくちゃいけないのが、竜の巫女のつらいところですね。
とりあえず五人のおじさんと一人の美少年は、まとめてふんじばって、ふもとの村長さんに引き渡しました。
男の子については、まだ最後に私を守ろうとしてくれたので、罪が軽くなるように口添えしてあげてもいいですけど、まずは頭を冷やしてもらいましょう。
ともあれ、ぐったりさんを六人、ソラ様の手を煩わせずにふもとまで運ぶのは、荷車を使っても大変でした。引き渡しのときに状況説明を求められたりもして、ぜんぶ片付いて家に帰った頃には、もう日が沈みそうでした。
外での仕事は、今日はおしまいですね。
拾ったソラ様の鱗も行方不明ですし、どっと疲れました。
……?
すっかり寝入っていた私ですが、真夜中に目が覚めてしまいました。
何か外で物音がしたっぽいんですけど、気のせいでしょうか。
いつもだったら寝直しちゃうところですが、今日は穏やかじゃないことがありましたからね。ちょっと用心しておきましょうか。
真っ暗闇のなか、手探りで枕元の火打ち金と石を掴み、オリーブ油のランプに灯を点けます。
おずおずと戸を開ければ、ギィッと木板のきしむ音が夜の静けさに吸い込まれていきます……なんて詩的な実況でごまかしちゃう程度には、こういう雰囲気って好きじゃないんですよね。
さて、ぱっと見は何も無さそうなのですが、辺りを見回しながら歩いてみると、急に変なやわらかい感触が足先に、ボスン。
「なな、何ですかー!?」
思わず叫んで見下ろしますと、ランプと月の明かりに照らされて、人が倒れているじゃないですか。しかもこれは、あの、例の男の子!?
なんでここに?
まさか脱走して?
でも、なんでここに?
っていうか、ちょっと待ってください。これひょっとして――
触ってみると、なんだか冷たい。
……え、もしかして死んでます?