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4 ドラゴンとお宝②


 ソラ様との付き合い方、山の安全な歩き方、ごはんの作り方……そういうのは、おばあちゃんからみっちり仕込まれましたけど、罠の見破り方なんてのはさすがに聞いていません。

 

 逃げ出す手段を考える間もないうちに、この罠を仕掛けたらしい人たちがぞろぞろ現れてきました。

 ヒゲ面で筋肉もりもりの、ガラの悪そうな見知らぬおじさんが、そろって五人くらい。

 おじさんたちは私を見上げて口々に、下ネタ混じりに私を値踏みし、私の行く末について失礼な想像を巡らせています。

 ところで「田舎の娼館だったら上の中」って、これは褒められているんですかね? 喜んでいい評価なんですかね?


「やめないか。俺たちはそんな下劣なことをしにきたわけじゃない」


 私が眉をひそめていると、さっきの男の子が、おじさんたちを押しのけて前に出てきました。こうして見ると、歳も身なりもずいぶん周りと雰囲気が違いますね。ひとりだけ育ちがいい感じです。

 まだ頭に枝葉がついたままなので、いまいち格好はついてないですけど。


「まさか、追って来たのが人間の女だとは思わなかった。こちらも野蛮なことをするつもりはないんだ。すまなかったな」


 そして口を開けば、あらまあ、生意気なおぼっちゃんですこと。

 しかも、ちょっと聞き捨てならないことも言っていましたね。


「あのね。私が人間の女じゃなかったら何だっていうんですか。さっき、あなた、がっつり目が合ったじゃないですか」

「いや、それは……」

「さては、最初から私を捕まえるつもりだったんじゃないですか? 私とソラ様のことを知らずにこの山へ入ってくるとは思えませんし、あんなところで火をたいていたのも、私をおびき寄せるつもりだったんでしょう?」


 私が名推理を披露すると、彼はちょっと困った顔をしてからおじさんたちと円陣を組みました。


(そんなつもりじゃなかったけど……)

(でもあの女……)

(竜の巫女……?)

(例のドラゴンの……)

(使えそうか……?)

(じゃあそれで……)


 ひそひそ声での話し合いの結果、男の子はすっくと立ち上がって胸を張ります。


「そこまで気付かれているなら仕方ない。その通りだ。俺たちは、わけあって黒い竜を探している」

「どんなわけですか?」

「《黄金を抱いて眠る黒竜》……その伝説の財宝だ」


 なるほど……そういう目的ですか。


 この国で竜といえばソラ様のことです。昔から守り神とされてきました。

 だけどよその国では、私はあまり詳しくないですけど、邪悪なものとして恐れられているところもあるみたいなんですね。現にそういう物語やおとぎ話くらいなら、小さい頃に聞いた覚えがあります。

 そしてその数ある話のなかには、竜がお宝を隠し持っている説があってもおかしくありません。


「伝説っていうくらいですし、ずっと昔から伝わってるんですよね? その黄金なんとかって?」

「そうだ。《黄金を抱いて眠る黒竜》だ」

「百年とか、そのくらい前から?」

「だろうな。俺の国ではみんな知っていた」


 となれば、考えるべきこと、予想されることはいっぱいありますけど――


「だから俺は、山を越え、谷を越えてここまで来たんだ。協力してもらうぞ」

「いいですよ」

「お前が竜の巫女だというのなら、あるじを裏切るようなことはしたくないだろう。だがこちらも、今さら諦めるわけにはいかない」

「だから、いいですって」

「……え、いいの?」

「はい。実は私も、今日はそこに用事があったんです。なので早く下ろしてくれません? 頭に血がのぼっちゃう」


 何にせよ今いちばん避けるべき事態は、私の目の届かないところで、この人たちとソラ様が鉢合わせになることです。

 気が立っているソラ様が何をするか分かりませんからね。




 私は両腕を後ろ手に縛られて、案内のために先頭を歩きました。

 どうにか逃げてソラ様と合流するパターンも考えはしましたが、縛るロープの先は屈強なおじさんが二人で握っているので、ちょっと確実ではありません。


「ほら、ここが竜の寝床ですよ」


 とりあえず素直に、山頂近くの巨大な洞窟まで連れてきました。

 いっぱいに敷かれた干し(わら)のおかげで夏場でもカラッと心地よいこの場所は、ソラ様お気に入り。今日の私の、当初の目的地でもあります。


「しかし、この洞窟は昨日も調べた。財宝なんか何も無かったぞ」

「まあ、そうでしょうね」

「バカにしてるのか? いや、さては、魔法の隠し通路? 秘密の呪文を唱えると、それが現れるとか?」

「そんなの無いですよ。魔法なんて、おとぎ話じゃないんですし」


 予想をすぐに否定されて、男の子は不満そうですね。


「とにかく、この辺りを探してみてください。あ、火は近づけすぎないでくださいね」


 松明を持つ男の子、私を見張る屈強なおじさん、そして干し藁をあさるその他おじさんとで手分けして、竜のお宝を探します。


「ちくちくした、固い破片みたいなのが見つかりませんか?」

「これか? 黒い、鉄の削りかすのような?」

「そう。それです」

「ふざけるな!! これのどこが財宝だ!! 黄金だ!?」

「まあまあ、話は最後まで聞いてくださいよ」


 黒い破片が集まったら、いったん外に出ましょう。




 それから鍋を用意して、ぐらぐら煮立ったお湯に破片を入れます。


「するとあら不思議。()でると銀色に戻っていくんですね」

「ほう、すごい!! ……じゃなくて、何だこれは!?」

「ソラ様の剥がれた鱗です。だからみなさん勘違いしてるんですよ」

「つまり……」

「はい。ソラ様は本当は、銀色なんです。黒でも金でもありません」


 信じられない、といった驚きが男の子の顔に浮かびます。


「昔はもっと広い場所に住んでいて、お世話役もたくさんいたからピカピカに手入れ出来ていたらしいんですけど……この山に引っ越してきてからは、ね。それでも、おばあちゃんが若かった頃はまだ銀色って言えたそうですよ。つまりどうしたって、伝説なんかになってるわけない」

 

 もしかしたら、信じたくない、かもしれませんね。

 ともあれ、そんな彼を見るおじさんたちの目が、露骨に怒りで満ちていきます。


「で、お嬢ちゃん。こいつは金になるのか?」

「いちおう、売れるは売れますよ。ただ、あんまり値はつかないですけど」

「まじか? ドラゴンの鱗なんて珍しそうだが」

「溶かせない。形を変えられないから不便なんですって。だから稼げてもせいぜい、はかり売りの石鹸(せっけん)を親指くらいの大きさだけ買ったり、刃こぼれしたナイフを研ぎ屋さんに預けたり出来る程度ですね」


 屈強なおじさんたちの質問に、私は正直に答えました。

 これでも貴重な現金収入なのですよ。まあ、おばあちゃんはやりたがらなかったですけどね。ソラ様に失礼だからって。


「なるほど、そうか……あー、やめだやめだ!! こんな金にならねえ、大ハズレだぜ!!」


 いきなり屈強なおじさんが叫び、鍋を蹴飛ばしました。もったいない。いい年した男性が恥ずかしげもなくキレる瞬間を見たのは初めてです。一周回ってちょっと面白いですね。


「待て。やめるとはどういうことだ?」

「どうもこうも、これ以上ガキんちょの遊びに付き合ってられるか」


 男の子がおじさんを抑えようとしますが、とても言って聞くような空気ではありません。


「遊びじゃない。俺は真剣だ」

「ならおれたちも真剣に訊くぜ。お宝はいつ手に入るんだ?」

「無事に本物の黒竜を探し当てれば、分け前は約束する」

「話にならねえな」

「まったく、これだから貧乏人は辛抱が足りない」

「育ちのいいおぼっちゃんが、そんな貧乏人に頼るしかねえくせに」

「たった一度の寄り道くらいで騒ぐなと言っている。もとより竜を相手に、簡単にいくわけないだろう。もっと長い目線で動くべきだ」

「おれたちには今日の酒代が大事なんだよ」


 うーんやっぱり、おじさんたちは好きで男の子に従っていたわけではなかったんですね。多分、いわゆる山賊的なあれなんでしょう。妙に人を縛り慣れている感じでしたし。

 それにしても、みるみるうちに口論がひどくなっていきますね。当てが外れたからって、男の子もむだに(あお)らなくていいのに。


「そもそも、子どもの言う黄金伝説なんか信じて、大人がぞろぞろついて来ちゃうのもどうかと思いますけど」

「あぁん!?」

「おっと、口がすべっちゃいました?」


 あわや屈強なおじさんが男の子を殴りつけようかというタイミングで、私が口を挟むと、分かりやすく怒りの矛先が変わります。

 っていうか、なんで男の子まで険しい顔でにらんでくるんですかね? ひょっとして、子ども扱いされたくないとか、女に助け船を出されたくないとか、そういう難しいお年頃ですか?


「待てよ? お宝は無かったが、収穫はあったな」

「そうだな。楽しみは残ってるな」


 私を見るおじさんたちの視線が、次第に気色悪いものに。それから、いいことを思いついたとでも言いたげに、盛り上がりはじめました。


「……おいお前ら、やめろ!! そんな乱暴は許さん」

「うるせえ、ガキは黙ってろ!!」


 男の子はその暴走を止めようとはしてくれましたが、けっきょく殴られて一発でのびてしまいました。えー、やっぱり頼りない、素人じゃないですか。




 あれよあれよという間に、私は洞窟の干し藁の上に突き倒されました。


「あれ? もしかしてこれは、噂に聞く、ぐへへ、叫んだって誰も助けに来ねえぜ、っていう展開のやつですか?」

「そうだ。なーに、怖がることはねえぜ」


 別に怖いってわけじゃないですけど、こんなことで花を散らされるのは、普通に嫌ですね。気持ち悪い。さすがに。困りました。


「いや、だったらせめて、ここでは、やめたほうがいいと思いますよ? もしソラ様が戻ってきて、私が傷つけられたって知れたら、あなたたち一瞬で骨も残りませんよ?」

「……今さら、そんな脅しにビビるかよ」


 わずかに間を置いて固唾を呑んだおじさんが、意を決したように覆いかぶさってきました。


 ですが今、それより何より注目すべきは、肩越しに見える洞窟の入り口で、光をさえぎる大きな黒い影のほうです。



「なんじゃー? お客さんが、来とるんかいなー?」



 激しいグルグル声。

 

 ガリガリと爪が地面をえぐっています。


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