3 ドラゴンとお宝①
うーん。これはちょっと困りました。
今週分に配給された小麦粉袋を倉に収めおわったのですが、それでもところどころスペースに空きがありますね。
もちろんうら若き乙女の一人暮らしには多すぎる蓄えではあります。だけどソラ様の食べる量を考えると、届けてもらう分だけでは足りないわけですよ。
いちおう私だって節約を心がけています。
食べられる物をできるだけ山で調達したり、ソラ様のごはんを作るときに、こっそり水を、それこそ水増しして小麦粉の量を抑えたり。私の食べる分も少なくしたりね。
それでも配給量自体を減らされるときびしいです。
なんでも、予算が縮小、されているとかで。
さらに言えば、都から届けられるのって小麦粉ばかりなんですよ。いくらソラ様の主食だからってねえ。おかげで最低限、食べるだけなら充分なんですけど、これでは自由に使えるお金がありません。
そこでいつもなら余った分を、ふもとの村で野菜と交換したり、行商の人に買い取ってもらったりしているわけですが、その余裕も無いとなると……。
これはちょっとだけ、副業に手を出すしかないですね。
それもなるべく即金になるやつを。
その名も――『竜のお宝回収作戦』
「あー、本当はこういうのしたくないんですけどね。物が無いとソラ様をしっかりお世話できませんからね。仕方ないですよね、少しくらい」
おばあちゃんへの言い訳を独りで呟きながら、仕事道具を用意していきます。
折りたたみケープ、すべり止めも兼ねた編み縄のブーツ、やわらかい鹿革の手袋……まだ暑さの残る季節ですが、山歩きでは防御力重視です。トゲを踏んでも痛くありません。
金槌、手斧、ナイフ……攻撃力も大事です。すぐ取り出せるようベルトに差します。
ロープ、火打金、獣除けの鈴、保存が利く固いパン……便利アイテムも欠かせません。ソラ様以外にも危険な動物はいますからね。ベルトに備え付けの小物入れにいろいろ詰めて、鈴は小物入れの外に紐留めしました。
そうして出発、山頂に向けて歩いていきます。
山は全体に豊かな種類の木々が生い茂っているのですが、上のほうへいくにつれ、木がアーチ状に伸びて大きなトンネルみたいになっている場所が目立つようになります。これは何故かというと、ソラ様のよく通る散歩道だからなんですね。木がソラ様を避けるように成長するんですって。
木苺の実がふさふさなっているのとか、蜜をたっぷり溜めていそうな蜂の巣とか、そういうのを途中で見付けてちょっと心躍りしましたけど、今はスルーです。
山の恵みはソラ様のおやつとして残しておくのが優先ですから、私も村の人たちも、必要以上に採ってお金に換えたりするのはルール違反。
するとふと、前のほうから、私にとっては高すぎるアーチさえ塞いでしまうくらいの大きな影が近付いてきました。
「あ、ソラ様。おはようございます!」
「やあー、ステラ。おはよう。きょうはー、早起きさんなんじゃねー」
「私だって、いっつも寝坊してるわけじゃないですよ。もう」
何気ないあいさつを交わしながらも、私は違和感を覚えて立ち止まりました。
たしかにソラ様の喋り方は、いつものゆったり系です。
でも普段だったら、まず私のにおいを嗅いだり舐めたりしてくるところなのに、それがありません。どころか、ときおり前足で地面を掻いて、どうも落ち着かない様子。
何より、のどの辺りから鳴っているグルグル声です。
甘えているときのぐるぐる声と似ていますが、こっちは何かを警戒している証拠。これらを聞き分けられないと竜の巫女は務まりません。
「ところでソラ様は、お散歩ですか?」
「うーん。何か、悪いものが、来ておるような、気がするんじゃー」
「悪いものが来ている、ですか?」
「そろそろ、来そうなー」
「来そうな?」
「来るかも。たぶん」
「その、悪いものって?」
「よくないもの?」
「首を傾げられましても」
だんだん答えが曖昧になっていきましたが、それでもグルグル声は鳴りっぱなし。
「……それじゃあのー」
説明を諦めたっぽいソラ様は、私と触れ合わんばかりの幅ですれ違うと、その不穏な見回りに私を付き合わせるようなおねだりもせず、尻尾を引きずりながら去っていきました。
やはり普通ではありませんね。
今日の予定は『ソラ様尾行作戦』に変更です。
獣除けの鈴が鳴らないよう小物入れにしまってから、脇道に入ります。
それから遠巻きに、こっそりと。
とはいえ「悪いもの」が何なのか見当もつきませんし、もしかしたらソラ様自身もよく分かっていないのかもしれません。
ひょっとして、変なものが来るという被害妄想も含めて、新たなボケの症状なんじゃないでしょうか――ただ当てもなさそうに歩いている姿をずっと眺めていると、そんな気さえしてきます。
だって本当に、何かを探しているとかいう感じじゃなくって、ただ歩いているだけなんですもん。蟻さんの行列だってもうちょっとはよそ見しますよ。
「これ、放っておくべきですかね?」
ため息と独り言を吐いたところで、不意に私の鼻がぴくっとしました。
「……?」
かすかにですが、焦げたようなにおいが漂ってきています。
ただし、ソラ様が歩いて行ったのとは別方向から。
一瞬だけ判断を迷いはしましたが、あとはすぐに駆け足で、においを辿ります。
行き当たった先では、少し開けた場所で、灰の跡と小動物の骨が見つかりました。
まずはホッとしました。今まさに山火事、というほど差し迫ったことになっていないのは結構です。
さて次に、問題は、ここで火を使っていたのは誰でしょう?
もちろん私ではありません。
そして村の人だったら、ここまで登る場合には事前に話が来るはず。私を嫌っている人がいても、そこの線引きはしっかりしている人たちです。それに、村から見てここは山の反対側ですから、わざわざ場所がここである理由も無いでしょう。
ソラ様は火を吹けますけど、動物を焼いて食べるなんてありえません。
だったら、つまり――。
よそもの。
侵入者。
よくないもの。
悪いもの?
それが、まだにおいが残るくらい近くに、この山に、いる!
急に、ぞわっと、鳥肌が立ちました。
胸がドクドクと高鳴ります。
奥歯から全身に、力がみなぎっていく。
私は何故か、たまにこうやって、変に身体が熱くなるときがあります。
理由や原因は自分でもよく分かりません。
分かっているのは、こんなときは目も耳も敏感になるということ。
だから今ここでは、とても都合がいいのです。ある意味ラッキー。
耳を澄ませてみると、ほら、身をひそめてこちらを見張っている、緊張した息遣いが聞こえてくるじゃないですか。
「――ッ!?」
私がそちらへ一直線に詰めていくと、よほど予想外でびっくりしたのか、その人は後ろ向きに転んでから慌てて立ち上がりました。
目が合うと、私もちょっとびっくり。
こんな山奥には似つかわしくない、なかなかきれいめな男の子。
年は十四か十五か、たぶん私よりも少し年下でしょう。枝葉のからまっている明るい色の髪の毛は、私よりさらさらなんじゃないでしょうか。うらやましい。
「じゃなくって、あ、こら待ちなさい!!」
男の子は一目散に走り去ろうとしました。背負っている矢筒や、腰に提げている高そうな装飾付きの剣がカチャカチャ鳴っています。
まったく逃げ方が素人ですね。
そんなのでは、この山で私を振り切るなんて出来ませんよ。
ほら、もうすぐ追いつ、く――
伸ばした手が男の子に触れようかというまさにそのとき、足首にピンとした引っかかり。
「もわぶっ!!」
うっかりおかしな声が出るほどに、何が起こったのか分からないうちに、私の身体は逆さまになって飛び上がりました。
ひっくり返った姿勢でぶらぶらと揺れて、目もくらくらして、身動きがとれません。網みたいなものでぎゅっと包まれているみたいです。
これは……ちょっと困りましたね。