16 ドラゴンと風の巨人④
新しい部品を付け直してから、さっきのレバーを、ガッゴンと押し戻します。
するとどうでしょう。外の羽根がゆっくりになった代わりに、内側の柱や歯車がゴロゴロと回り始めたではありませんか。
「直りました? 直りましたよね?」
「やったなあ。ありがとう!」
おでこ兄さんと、互いの手のひらを打ち合わせます。
まさか自分に木工芸の才能があったなんて、びっくりですね。自分の有能さがこわいです。ふふん。
「で、ですね。私のおかげで、いち早く風車が直ったわけですけど……」
ですが、いい気になっている場合ではありません。二人で階段を下りながら訊ねます。
「その分、弁償代って安くなりませんか? 小麦粉袋いくつで足ります?」
うちの山と村で起きたことなら大抵、いつもは強気と無心で済ませてしまいます。だけどお姉ちゃんの結婚式という名目があるとはいえ、竜の巫女である私がソラ様を連れ出した結果のことですからね。
ここはしっかり務めておかないと、先代であるおばあちゃんに顔向け出来ません。
「ついでに、事故の原因とかは内緒でお願いしたいんですけど」
あと、パパさんに怒られたくないですし。
するとおでこ兄さんは、ぷはっと吹き出しました。
「あっはっは。急に何を神妙にしてるのかと思えば、そんなことかい!?」
お腹まで抱えて、ちょっと笑いすぎじゃないですかね。
「そ、そんなにおかしいですか?」
「ごめんごめん。でも、弁償なんて気にすることないよ」
「本当に? 本当です?」
「この風車はまだ試作段階だからね。このくらい壊れることも想定内さ」
本当に? 本当さ、ともう一往復してから、私はようやく胸をなで下ろしました。肩まで軽くなった気がします。
「それに予算は、きみのお父さんから沢山もらっているからね」
しかし続けられた台詞に、私はまたちょっと固まるのでした。
たしかに『白金の眠り猫』の紋章からして、彼の後ろにパパさんがいるのは間違いないでしょう。ミュロンド家、商会、パパさんがお金を出しているはずです。
ですが――
「私、自己紹介しましたっけ?」
「ううん。でも、竜と一緒にいたり、すごく力持ちだったり、あと服装や持ち物で、きみがあのステラ=ミュロンドだと判断するには充分だよ。合ってるよね?」
「……合ってます」
ここで嘘ついても面倒ですし。
「うん。よかった」
「おでこ兄さん、あなた、何者なんですか? うちのパパ……父から、あることないこと聞いてます?」
「きみは心の中で、僕を『おでこ兄さん』と呼んでいたのかい?」
苦笑いされました。うっかり。
「あ、すみません」
「まあいいよ。僕はレオナルド。いろんな物を観たり描いたり作ったりするのが好きなんだ。タイガさんとは仕事で知り合ったんだよ」
話しているうちに下へ到着。石臼もちゃんと動いていますね。
私はまたケープと靴を着直してから、もうちょっとレオさんに訊き込んでみたい気もしつつ、まずはソラ様の様子を見に外へ出ました。
いません。
さっきまで倒れていたはずの場所に、姿がありません。
「あれ? どこ行っちゃいました?」
目を覚ましたとして、風車を攻撃してこないということは、正気に戻ってくれたのだとは思うんですけど。
すると、そう遠くないところから歓声が聞こえてきました。喜び、はやし立てるような賑わいです。何事でしょうか。麦畑のほうから?
「……ソラ様、何やってるんですか?」
畑の真ん中で、人々に囲まれて、ソラ様は不思議な行動をしていました。
踊っている、と言えなくもない。腰を落としたまま胴体と腕を高く伸ばして、片手だけで風を切ったり、両手を合わせて引き下ろすようにしたり、のっそりゆらゆら。翼を大きく広げて、身体が傾きすぎないように保っています。
それに対して周りの人たちは、ソラ様が動くたび楽しそうに沸き立っているのでした。
ソラ様のあんな仕草は見たことがありません。
それでいて、あの動きそのものはどこかで見覚えがあるのです。
「ネコが頭上のおもちゃを取ろうとするのにそっくりだね」
「それ、それです!!」
後ろから来たレオさんの言葉が、すとんと胸に落ちました。どうりで、見ていて温かい気持ちになるわけですよ。
そして、どうりで見たことがないわけですよ。だってソラ様は首が長いですから、高いところにあるものを取りたかったら、口で咥えたほうが早いんです。
「ソラ様ー、ソラ様ー」
私は小走りでソラ様の前に行きました。
「おおー、ステラ。おはようさん」
「おはようございます。何をしていたんですか?」
ソラ様はおすわりの姿勢になって、尻尾を振りながら私の身体をひと舐めしてきました。
「これはなー、お祈りじゃよ」
「お祈りですか?」
「うん。太陽の力を、こうして集めてなー」
言われてみれば、今のソラ様は、お日様と正面で見合うような身体の向きですね。つまりさっきのは、何かお日様を掴もうとでもしていたのでしょうか。
「集めた力を……」
「…………?」
「……………………」
説明してくれようとしたソラ様が、いきなり止まってしまいました。ぱたぱたと尻尾だけは動いていますけど。
「……太陽を、あれするんじゃ」
「どれですか!?」
ようやく続けたと思ったら、いろいろとすっ飛ばしすぎていて分かりません。
「ところでステラちゃん。あの竜はいったい何をしていたんだい? とても面白い動きをしていたけど、あれにはどんな意味があるのかな? ああいうのは、よくやるのかい?」
いつの間にか私の横に来ていたおでこ……レオさんが、興味津々に早口で訊ねてきました。ですけど、ごめんなさい。むしろ私が聞きたいです。
ここは、竜の巫女の名にかけて、正直に答えるべきかどうか悩ましいところですね。
「あれは『日打ち』じゃねえか? おれの爺さんが若い頃には、何年かにいっぺん来てくれてたってな」
そこで私の迷いを知ってか知らずかフォローしてくれたのは、さっき風車について教えてくれたおじさんでした。
「麦を刈り取った後の祭りの時期にな、ああやって太陽の恵みを土に打ち込めてくれるんだ」
おじさんの言葉を裏付けるかのように、ソラ様は地面をふみふみしています。ただしあまり力強い感じではなく、打ち込むというより、もみ込んでいるような。
「なるほどなるほど。竜王ソラリスは豊穣神でもあるわけか」
「そうそう。そうすれば豊作が続いて、人も麦も病気知らずになるんだと」
「是非とも、僕も恩恵にあずかりたいね」
「だったら今度、うまいパン食わせてやるよ」
「いいですね。この国は食べ物が美味しいから好きだなあ」
「そういえば日打ちのときには竜神様と竜の巫女がいっしょに踊ってたらしいんだが、お嬢ちゃんは踊らねえのか?」
レオさんとおじさんが意気投合したと思ったら、急に興味の矛先がこちらに向かってきました。まったく油断がなりません。
「え? ああー、ごめんなさい。お医者さまに止められてるんですよ」
ここは適当に嘘ついてもいいところでしょう。多分。
「そうなのかい? どこが悪いんだい? 怪我? 病気? 筋肉? 骨? 実は僕、医術の心得もあるんだよ。あれだけきびきび動けたんだから、怪我ってことはなさそうだけど。何か内臓の病気なら、どんな自覚症状がある? よければ診させてくれないか? それで治った暁には、是非とも竜と巫女が揃った完全な日打ちの儀を僕に見させてくれないかなあ? その姿を絵に描いてみたいんだ!」
「ごめんなさい。嘘つきました。踊りなんて知りません」
するとレオさんがぐいぐい来たので、私はすぐに手のひらを返しました。やっぱり人間、正直が一番ですよね。ついでに私の正直な心の声として、この人ちょっと苦手かもです。
それにしても、日打ちとか踊りとか、本当に聞いたことないですね。
おばあちゃんは教えてくれませんでしたし、それをやっている様子もありませんでした。
私が知っている神様と巫女っぽい仕事といえば、お葬式と忌火くらい。
おばあちゃんは脚が悪かったですから、踊れないのは当然です。
そのわりに、斧で泥棒を退治する方法とかはかなり厳しめに仕込まれたのが、今にして思えばすごく謎ですね。
「そうか。残念だなあ。だとしたら気になるなあ。いつから、どうして、日打ちをやらなくなったんだろう?」
疑問が尽きることがなさそうなレオさんは、しばらく土をふみ続けているソラ様を仰ぎ見ていましたが、やがてその視線をおじさんに向けました。
レオさんに見つめられたおじさんは、その疑問を丸投げするように、私に目線をくれました。
もちろん私だって正解を用意できませんので、私はすがるようにソラ様を見上げました。
私からの無言の訴えに気付いたらしいソラ様は、手を止めて私と目を合わせ、不思議そうに小首をかしげて口を開きました。
「……ごはん?」
違いますけど、そういうことにしておきましょうか。
けっきょくレオさんがソラ様に直接、何度も訊きましたが、ちゃんとした答えは得られませんでした。
忘れているみたいだから仕方ない、ということで私たちは気持ちを切り替え、挽きたての小麦粉で作られたパンをごちそうになりました。
風車を壊そうとして迷惑かけてしまった分は、さっきの日打ち踊りがとてもかわいらしいと好評でしたので、うやむやで許されちゃっています。太陽の恵みを期待してのことでもあるのでしょう。さすが神様!
お食事会が終わっていよいよ私とソラ様が旅に戻ろうとしたとき、レオさんは糊付けした封書を渡してきました。
「向こうに着いたら、これを渡してくれるかな?」
「はい。わかりました」
「それじゃあ、きみの『パパさん』によろしく」
「……それは『おでこ兄さん』のお返しですか?」
「はっはっは」
否定も肯定もなく、ただ笑われただけ。やっぱり変な人です。
「さて。羽根は三枚でもいいのかなあ。塔の部分はもっと頑丈にしておきたいし、もし羽根に火が移っても中まで燃えないような仕組みにしておきたいなあ。レバーも軽くしたほうがいいかもなあ……」
そんなことを呟きながらまた風車塔に帰っていくレオさんでした。
あとは麦畑の人たちに見送られながら飛び立つ……という運びのはずなのですが、何故か金槌で合図をしてもソラ様が羽ばたいてくれません。
「ソラ様?」
「……歩きながらでよいかのー?」
首をひねって訊いてくるソラ様。そこで私が降りようとすると――
「乗ったままでいいぞい」
「そうですか? それなら……」
私がまた腰を落ち着けると、ソラ様は前を向き直し、おもむろに街道に沿って歩き始めました。
飛ぶのに比べたら大分ゆっくりです。このペースだと今日中に都へ着くのは無理そうですが、こういう旅もありでしょう。
そうしてしばらく進むと、向かう先はしっとり暗く、振り返れば西日がからっと赤くなってきた頃合いに、小高い丘と森にさしかかりました。
この森はうちの山みたいに雑多な感じではなく、まっすぐ高く伸びる木ばかりが植えられています。きれいで歩きやすい代わりに、ちょっと匂いとかがすっきりしすぎて物足りないんですよね。
「ステラはー、夢を見るかいなー?」
「夢、ですか? 寝るときに見るあれなら、ときどきですけど」
今夜はこの辺りで野宿かと考えていた矢先に、首は前に向けたまま、ずいぶん唐突ですね。
「わしは、近頃よく見るんじゃー」
「そうなんですか。どんなのをです?」
「古い記憶、新しい出来事、いろんなものが溶け合ってなー」
「あー。昔のことって、夢で思い出したりしますよね」
ふと、ソラ様が足を止めました。
「わしは、近頃よく見るんじゃー」
「へー、そうなんですか」
これは、同じことを繰り返し言うパターンに入りましたか?
「起きながら、目を開けたまま夢を見るんじゃ」
「!?」
と思いきや、けっこう普通にびっくりさせられました。
「いつ目を覚ましておるのか、たまに自分で分からんくなってきてのー」
まさか、まさかですけど、今日は巨人と戦う夢を見ていたとでもいうんですか?
その辺りをもうちょっと詳しく訊きたいところですが、肝心のソラ様は頭を垂らして足をふらふら。
うわー。完全に、おねむさんですね。
このまま寝るにしても、ソラ様の身体が街道をふさいじゃうのはいけません。しかし急いで降りて、出来るだけ森のほうに引っ張ってはみたものの、どうにか半身をずらさせるまでで精一杯でした。
うん。よくがんばった、私。
すっかり伏せて寝息を立てているソラ様の腕と首の間に、私は自分の身体をすべり込ませて、広げたケープを毛布代わりにして目をつむりました。
とてもあったかいです。おやすみなさい。




