15 ドラゴンと風の巨人③
「あの、それって、どういう意味ですか?」
私はこの、おでこの広いお兄さんとの距離感を掴みかねて、言葉をちょっと溜めつつ訊きました。
すると彼は、ん、と小さく鼻で応えながら振り向いてきました。こうして見るとこの人、けっこう背高ですね。さっきまで猫背っぽかったので気付きませんでしたが、お姉ちゃんや、パパさんよりも大きい?
「私はこの、風車っていうのを見るのは初めてなんですけど……これ、巨人なんですか?」
それはそれとして、指差しながら質問の続きです。
「なるほど。つまりきみは、僕にこう訊きたいわけだね? 風車は巨人なのか、と」
「はい。だからそう訊きました」
「だったら、その通りだと答えても、あながち間違いではないだろうね。竜が襲ってきたのも納得だ」
そしてびっくりの回答に、私は混乱してしまいました。
「でも、だって、人が作った建物にしか見えませんけど。ほら、入り口みたいなのありますし」
「うん? そうだよ。僕が作った建物設備だよ」
あっけらかんと答えられても、私にはさらに疑問が増えるばかりです。頭が熱くなってきました。え、これは、なぞなぞですか? っていうか、そもそも巨人って何ですか?
互いに首をかしげる私たち。この子はなんで僕の言うことを理解しないんだろう――みたいな顔をされても困ります。
「あ、僕が作ったとはいっても、えっちらおっちら、僕が木材を運んで組み立てたわけじゃないよ?」
「それは分かってます」
心得たとでも言いたげな彼ですが、私が訊きたいこととは、的が外れているんですよ。
「そう。これは僕が設計したんだ。巨人をモチーフにしてね」
「モチーフに? お手本にってこと? あー、そういうことですか!」
ようやく分かりました。まだ納得は出来ませんが、言いたいことは分かりました。そういう意味なら、風見鶏がニワトリ、案山子が人間、みたいなことですよね。
「だったら最初からそう言ってくださいよ。なにが『あながち間違いではない』ですかっ!!」
「でもほら、巨人といえば四つ腕だろう?」
「知りませんけど」
会話の打ち返し方が独特ですね、この人。変に、回りくどい。
そんなふうに私がもやもや感を抱えて、どうしたものかと思っている間にも、彼は目線を私から風車へと向け直していました。
「うーん?」
すると今度は、彼が小さく唸ったのです。
「やっぱり、動いてないなあ」
つられて私も改めて見上げると、たしかに、風車の羽根が止まっています。ちゃんと風は変わらず吹いているのに、ですよ。
ああー。これは間違いなく、ソラ様が壊しちゃったせいですよね?
逸らしかけていた現実問題が、やっぱり私を逃がしてはくれないようです。
「空回りしているならともかく、止まっちゃうのはなあ。このままだと他の箇所にまで負担がかかって壊れちゃうぞ」
これが独り言なのか、わざと私に聞こえるように言ったのかは絶妙に分かりません。でもこれ……もちろん風車の羽根のことだとは思うんですけど、自分のことを言われているみたいで、ちょっと耳が痛いです。
ともかく彼はひょこひょこと、風車塔の中に戻っていきました。
「あの、直すの手伝います。っていうか、手伝わせてください」
居たたまれずに私はソラ様をチラ見して、まだ倒れているのを確認してから、彼の後を付いていきました。
ちょっと歪んだ門をくぐってみれば、薄暗い内側には、粉挽き用の石臼が二つありました。止まっている石臼からはそれぞれ上に棒が伸びていて、その先は一つの大きな歯車と繋がっています。
大きな歯車からは、これまた太い柱が上に、吹き抜けを通すように屋根の辺りまで繋がっています。そこがさらに、外の羽根へと続いているのでしょう。
細かいところはともかく、仕組みとしては、たしかに水車と似たようなものみたいですね。
石臼の他には、入口からみて手前側に小麦の入った麻袋があったり、奥側にペンや紙がたくさん乗っている机や、布で隠された何かの山が目立ちます。
でもそのなかでひそやかにあって、しかし私の目を惹いてやまないのが、石臼の土台に留められている『白金の眠り猫』の紋章でした。
風車なんてこんな大きな建物を作るお金は誰が出したのか。ひょっとしたらと思っていましたが、嫌な予感に限って的中するものですね。
この紋章は、お姉ちゃんが乗ってきた馬車にも掲げてあったもので、ミュロンド家の証です。つまり、仮に私が知らんぷりを決めて逃げたとしても、まるっと一切の出来事がパパさんに筒抜けだということ。
退路は断たれました。がっくり。
「そういえば、きみ……」
小さくため息をついた私に、おでこ兄さんが問いかけてきました。
「手伝うって言ってたけど、何が出来るの?」
「金槌と手斧の扱いには慣れてます。あと、ちょっと力持ちですよ」
「うーん。それじゃあ、こっちに来てくれるかい?」
あまり信じてなさそうな声色ですね。
ともかく彼は、壁に沿ってらせん階段を登っていきました。
私はケープと編み靴を外し、腕と脚をまくってから、急いで追いつきます。
「あれ、脱いじゃったの?」
「はい。むかし、水車小屋に忍び込んで遊んでたら、服が歯車に巻き込まれて死にそうになったことがありますから」
「なるほど。いいね」
「……いいね?」
歩みを止めずにさらっと言われたので、私もつい聞き流しそうになりましたが、ずいぶんと不思議な返しですね。
「ああ、危機管理がしっかりしているねってことさ」
会話が回りくどいかと思えば、今度はまるで一段飛ばしをされたみたいな心地です。
さて、階段を登っていくにつれて、木柱や歯車のギシギシ鳴る音が大きく聞こえてきました。
さらにその上へ。屋根裏に到着すれば、風にあおられた羽根がガタガタ震えていて、今にも折れちゃわないかとはらはらします。
それでもって、窓が開いてて、こっちにまで吹き込んでくる風が冷たい!
「このレバーを引いてくれるかい?」
私まで震えていると、おでこ兄さんは足元を指差しました。そこには羽根と繋がっている箱のようなものがあり、細長い穴から変な鉄の棒が突き出ています。
「この、赤い棒ですか?」
「そうそう。ぐいっとやっちゃって」
「はい。ぐいーっと」
ガッゴンと重たい感触。レバーとやらを言われた通りに引きますと、外の羽根がまたカラカラと勢いよく回り始めました。
「わ、直りました!?」
「いやいや、安全のために、シャフトとギアの接続を外しただけだよ」
「?」
「だってほら、抵抗が少ないから、あんなに速く回っているだろう?」
「??」
「とりあえず中を修理してから、また付け直そうか」
あ、説明を諦めましたね?
「でも凄いね。本当に力持ちなんだなあ」
「ええ、まあ、よく言われます」
私が息を整えていますと、彼は気持ちよさそうに笑いました。
「普通はそのレバー、大人の男が二、三人がかりで動かすものなんだけどね」
「え、何やらせてんですか!?」
たしかに私から手伝うって言いましたけども。実際に出来ちゃいましたけども。それをまず試させてみます?
「まあ、いいじゃないか。次は……ああ、なるほどなるほど」
おでこ兄さんは箱に鍵を差して開き、中身を覗き込みました。私も後ろから見てみましたが、何か木の部品が詰まっているらしいということ以外は分かりません。
「さっきの衝撃で折れちゃってるなあ。それが挟まって、こっちは曲がってる。じゃあ、これとこれ、外してくれる?」
それからはもう、指示されるがままです。私は欠けた歯車と折れた棒と歪んだ凹型の台を、金槌で叩いて外しました。
下に着くと、おでこ兄さんは机の脇にかかっている布の下から、私が抱えているものと似た形の木の部品を選び抜きました。
「次は、これね。予備の部品なんだけど、これに沿って削ってくれる?」
それから慣れた手つきで、いくつかの箇所にインクで線を引いてから渡してきました。
「はい。やってみます」
断るという選択肢は、私には許されていません。
とりあえず私は石臼の台に背を預けるかたちで床に座り、部品が動かないように脚で挟んで、手斧を構えました。斧は刃に近いところを握って、小刻みに動かすのがコツです。
「そういえば、訊いてもいいですか?」
削りながら、机に向かって紙にペンをカリカリ走らせているおでこ兄さんに、声をかけました。特に細かいところはナイフに替えつつ。
「僕の知っていることならね」
彼も手を止めずに返します。
「巨人って、何なんですか?」
「巨人は……巨大な人間だねえ。四つ腕の」
「いやそれは分かってますけど、なんていうんですかね。ソラ様が……あの竜が、風車を巨人と見間違えたのは置いといても、なんで巨人を倒そうと思っちゃったんでしょうか」
竜が襲ってきたことも納得だとか、この人も言ってましたよね。
「僕の故郷では、巨人は竜に住処を追われて姿を隠したと伝わってる。この国では、暴れる巨人から竜が人間を守ってくれたとされているみたいだね。聞いたことない?」
「……あります」
ただこの件について、何故か、ソラ様が正解を教えてくれたことはないですけど。
「どちらにせよ、竜と巨人との間に争いがあったという点は共通しているよね。つまり、そういうことじゃないのかなあ?」
「じゃあ、巨人って本当にいるんですか? 今どき信じている人なんて……」
私自身もそうです。
物心ついたときから、ソラ様は穏やかなおじいちゃんで、やさしくて、そんな激しい戦いの歴史なんかとは結び付きませんでした。
でも最近のボケて見境なく暴れるソラ様や、今日の明らかな敵意を燃やすソラ様を見ると、ちょっと考えを改めないといけないのかもしれません。
「たしかに今でも生存しているかは分からないねえ。僕もお目にかかったことがないし、実在した証拠も無い。でもその姿は絵で描き伝えられているし、何より現に、伝承で対になっている竜のほうは今も生き続けている」
気が付くと、二人とも作業の手が止まっていました。
「僕の故郷では、竜よりも巨人のほうが馴染み深く信じられていたくらいだからね。生き残っていてほしいとは思っているよ」
こちらに首を回してきた彼の表情は、冷静に考える大人でありながら、わくわく期待でいっぱいの子供っぽさを隠せていません。
いてほしい……希望……私はソラ様にどうあってほしいと思っているんでしょうか。仮に本物の巨人が現れたとして、ソラ様に戦ってほしいと思えるんでしょうか。
もんやりしつつも私は、しばし彼と目を見合わせ――
「ところで、出来た?」
「出来ました」
削り終わった歯車を掲げてみせました。




