13 ドラゴンと風の巨人①
お姉ちゃんの結婚式に出るため、都へ行く準備。
「荷物、よし」
おやつ、お弁当、手紙、火打金……小物入れにぎゅうぎゅう詰め。ひつじ革の水筒もいっしょにベルトへ括り付け。
「装備、よし」
ケープに手斧、ナイフに金槌……いつもの仕事道具は、すぐに手が届くよう腰の後ろに差しておきます。
「お天気、よし」
家の前では、空が全体に青くて、白い雲がまばらにある程度。
まあ晴れていようがいまいが、あまり関係ないんですけどね。そこはノリですよ。
「ソラ様のご機嫌、よし」
ぐるぐる声に振り向けば、べろりと大きな舌が私を舐め上げてきます。
「じゃあソラ様、お願いします」
気が済むまで舐めさせたあとで、私は輪っか状に結び目をつくったロープを放り投げました。結びがソラ様の首と背の境目にあるトゲに引っかかったら、前足を駆け上がって背に乗るのです。
そして乗ったらまず、そのトゲを股に挟んで、お尻の位置を座りよくしましょう。
ちなみにこのトゲには、不自然な鉤っぽい溝が入っていて、ここにロープを固定することが出来ます。トゲといっても結構な長さと太さがありますので、せっかくだからと、昔の竜の巫女が使いやすいように削り込んだらしいです。もちろんソラ様も承認済みですよ。
「うむ。ちゃんと掴まっとるんじゃぞー」
いつになくソラ様、しっかりとした喋り方です。今日は頼もしいですね。
私はロープを自分の腰にも結びつけると、コツコツと金槌でトゲを叩いて合図を出しました。
「はーい。いつでもどうぞー」
するとソラ様の翼が、ぶわり、ぶわり。
羽ばたきが、辺りの草や木の枝を波立たせました。
「それじゃあ、行くぞーい」
その口振りに似合わない速さで駆け出したソラ様は、山の高台から飛び出すのと同時に、翼を大きく打ち下ろします。
ほんの一瞬だけ宙を沈みそうになった直後、ぐわりと身体が持ち上がって、ソラ様は風に乗りました。
ソラ様の肩幅で真下こそ見えませんが、ちょっと斜め前の下は覗けます。ふもとの畑では村の人たちが種まきをしていました。
この時期から作る野菜といえば、大カブとかタマネギでしょうか。私、タマネギとニンニクの酢漬けが好きなんですよね。楽しみです。
ソラ様がさらに羽ばたくと、あっという間に村が後ろに遠ざかりました。
速さこそありますが、いつぞやの私を振り落とそうと暴れていたときと違って、揺れたり跳ねたりはしていません。ときおり上下にふわふわしますものの、意外と髪がぐわぐわするようなことはないんですね。
それというのも実は、私を乗せて飛んでいるときのソラ様は、あまり翼を動かしません。
たまに力強く羽ばたいたあとは翼を横に広げて、後ろ足を伸ばした姿勢で、空をすべるようにしているのです。今の私からは見えませんが、前足は胸元にたたんでいるはずです。
そうして街道沿いに都へ向かっていると、不意にソラ様が首を下げて、口を開きました。
「おお、ステラー。見よ、牛がおるぞー」
「そうですね。牛さんですね。牧場ですね」
そこは沢山の牛が放し飼いにされている、青々とした土地でした。この辺りで採れる牛乳は、バターやチーズになって私たちの食卓を豊かにしてくれます。
しばらく進むと、またソラ様が下を見るよう促してきました。
「おお、ステラ。馬がおるぞー」
「はい。お馬さんですね。ここは駅ですね」
平屋の建物と柵で囲われたなかに、何十頭もの馬が、のびのびとしています。
駅とは街道が交わっているこの場所で、馬を交換したり休ませたり出来る施設のことです。荷物や手紙の受け渡しとかもしてくれるそうですよ。
他にも駅の近くには、宿屋、食事屋、雑貨屋が集まっていて、小さな町みたいになっているのが特徴です。
ちなみにここまでの途中で、立派なぶどう畑もあったりしたのですが、そういうのにソラ様は興味を示しませんでした。動物のほうが気になるみたいですね。
さらにしばらく進むと、またまたソラ様が声をかけてきました。
「おお、ステラ。何か変なのがあるぞー」
「そうですね。変なのが……変なの!?」
うっかり見過ごしてしまうところでしたが、収穫の終わってすっきりした小麦畑の真ん中に、たしかに見慣れないものがありました。少なくとも三年前には、あんなの無かったはずですよ。
さて何でしょう、あれは?
塔? やぐら?
木造の、高い建物。
その屋根の辺りから、十字型に伸びた四枚の板みたいな物が突き出ていて、ゆっくり回っているのです。
「ちょっと寄っていきますか?」
「うん」
私が提案するより早く、ソラ様は身体を半分縦にして、ゆっくり羽ばたきながら着陸にそなえていました。
変な塔の周りには人だかりが出来ていますので、まず彼らを驚かせないように遠くへ下ります。
私もソラ様から降りてみれば、やっぱり不思議な建物ですね。見れば見るほど面白いといいますか、あの四枚の板? それとも羽根? みたいなものは、どうしてひとりでにくるくる回っているんでしょうね。
試しにもうちょっと近付いてみようとしましたが、ソラ様の背に繋いだロープがピンと張って、おすわりポーズのまま動いてくれません。
まさかソラ様でも、初めて見るものは怖くて近寄り難かったりするんでしょうか。あの建物はソラ様より大きそうですから、なおさらですかね。
「ソラ様、来ないんですか?」
「んー」
「それとも、放っといて先に進みます?」
「ぬー」
なま返事で、回る板を、じっと眺めています。
まさに、うわのソラ。
なんて言ってる場合じゃなくて、前触れも無く急にこうなっちゃうと、にっちもさっちも行かないんですよね。なんで下りちゃったんですか。せめて何か反応してくださいよ。
「じゃあソラ様、ちょっとここで待ってますか? あれが何か調べてきますから」
「んー」
だけど私自身が気になってしまっているのもまた事実なんですよね。だから私はロープを腰から解いて、小走りで人だかりに寄っていきました。
「こんにちは。ちょっと訊いてもいいですか?」
「おう、何だい……おうっ!?」
適当なおじさんに話しかけてみますと、おじさんは快く振り返ってから、私の肩越し遠くで座っている竜に驚いて、二度見をしました。
「あ、あちらは気にしないでください。ただの神様ですから」
「あれ竜神様か? 意外と黒いんだな。ってことは、お嬢ちゃんは竜の巫女かい?」
「はい。そうです」
「山から出るなんて珍しいな」
「いろいろ、たまには用事がありまして」
寝ぼけたソラ様が山を下りることはちょくちょくありますけど、駅を越えるまではめったにないですからね。ともあれ、おじさんが信心深いと、話が早くて助かります。
「それより、この変なのが回ってる塔みたいなの、何なんですか?」
「こいつは『風車』って名前らしいぞ」
「ふうしゃ……?」
うーん。答えを聞いても分かりません。
というより、おじさんもあんまり詳しくなさそうな物言いですけど。
「お嬢ちゃん、水車は知ってるかい?」
「はい。知ってますよ」
川の水で歯車を回すやつですよね。小麦を挽いたり、糸を紡いだりするあれですよね?
うちの村は野菜作りが主なので置いてないですけど、都の近くの川で見たことがあります。
「あれと同じで、水の代わりに風で羽根を回すんだよ」
「え、そんなこと出来るんですか? だって風って……風ですよ? あんな大きいのが動くんですか?」
「でも実際、出来てるからなあ。この辺りは、いつもいい風が吹いてるんだ。それに竜神様だって、あんなに大きいのに、風で空を飛んでいるんだろ?」
なるほど。その発想は無かったですね。
だけどよく考えたら、ソラ様も鳥みたいに羽ばたくということは、風を起こしているということですから、言われてみれば納得です。
もしかして、風の力って、思ってたより強いんですかね。
改めて見上げると、羽根板がゴロゴロと鳴っていて迫力があります。
「たしかに。すごいことを考える人がいるものですね」
「それで今日、ちょうど試し運転をしてるところなんだよ」
おじさんは嬉しそうで、わくわく感がこちらにも伝わってきます。
「こいつが完成してくれたら、わざわざよその村まで行って、高い使用料を払わなくて済む」
水車小屋は、使うときにお金が必要だったり、挽いた粉のいくらかを持っていかれちゃうのが普通です。
使う側としたら、いちいち取られることがやっぱり不満なのでしょうね。一方で管理する側にしてみれば、そうでもしないと壊れたときに直すお金が無いということらしいですけど。
「なるほど。ありがとうございました」
「ああ、竜神様によろしくな」
私はおじさんに手を振ってから、嬉々としてソラ様のもとに戻ります。
「ソラ様、ソラ様、聞いてくださいよ! あれ、風車っていうんですって」
さっき聞いたばかりの面白い話を披露したかっただけなのに。
「巨人じゃ!!」
ソラ様の反応はびっくり大きくて、しかも予想外なものでした。
「いえ、あれは風車……」
「巨人じゃ……」
威嚇のグルグル声が、私のお腹にまで響いてくるほどです。
「何故、巨人が、こんなところにおるんじゃ? 今までどこに潜んでおったんじゃ。あの姿は、鎧をまとっておるのか? いつの間にそんな技術を? さてはまた人間達から技術を奪ったのか……人間が、どうして巨人と一緒に、仲良さそうにしておる? こんなことがあって堪るのか」
え、ソラ様?
こんなに早口で喋れたんですか!?
「まさか秘術……《友愛》が奴らの手に渡ったとでもいうのか」
そして、何を仰ってるんですか!?
「やはりそうか。まずいのう。ならば見過ごすわけにはいかん。強行手段を採るしかなさそうじゃな」
誰も何も言っていないのに、ひとりで勝手に納得して、ソラ様は二回、前足で軽く地面を引っ掻きました。
強行手段だなんて、そんな難しい言葉を使えたんですか……って、言ってる場合でもないですよね。
「あの、ソラ様? 落ち着いてください。ソラ様ってば!!」
「ステラ、離れておれ。ここは危ないぞ」
ソラ様は翼をたたんで、ぐっと頭を低くしています。
今までにソラ様が、言葉も通じないほど我を失ったり、寝ぼけたまま暴れたりすることは何度かありました。
だけど、ちゃんと会話が出来るのに止めようがない、というパターンは初めてです。
それからソラ様は伏せた姿勢のまま、腰をちょっとだけ浮かせました。
「みなさーーーーーーん!! 逃げてくださーーーーーーーーーーーーッい!!!!」
私が我に返って叫ぶのと、ほぼ同時に、ソラ様が地面を強く蹴り出しました。




