12 ドラゴンと忌火③
ソラ様と一緒に村へ下りますと、井戸に近い広場で人が集まっていました。
いつもはソラ様が来ると迷惑そうに遠ざかる村人たちですが、今日はむしろ生温かく迎えてくれます。付かず離れずの絶妙な距離感と静かな眼差し。
これはこれで居心地がよいとは言えないのが悩ましいものです。
そして人だかりの中心には、丸太を胸くらいの高さまで格子状に四角く組んだ薪台と、一つの水がめが置いてあります。
その傍では村長さん一家が伏し目がちに佇んでいました。
「お待たせしました。みなさん、お別れのあいさつはお済みですか?」
そう訊ねると、村長さんは小さく頷き、私に一本のひしゃくを渡してきました。
私はひしゃくで水がめから、ぶどう酒を汲み取り、おごそかに歩いて薪台の前に立ちました。
薪台の内側には、亡くなったお婆様が膝を抱えて横たわっています。
服装は簡単な作りの貫胴衣を腰紐でくくっただけ。元は真白いものですが、今はぶどう酒で赤くひたっています。
不意に目頭が熱くなりました。
仕事を務める側として、竜の巫女の端くれとして、心を乱されないつもりでいたのに……どうしても思い出してしまうんですね。
お母さん――
おばあちゃん――
ひとつ鼻をすすってから私もぶどう酒をかけ入れ、ちょっと遅れてきたジオくんにも真似するよう促しました。
それが済んだところで、私は周りを見渡しながら鈴杖を掲げます。
「これから忌火を起こします。みなさん、並んでください!」
ゴロゴロした鈴の音に従って、ソラ様と村人たちが動きます。ジオくんも迷いながら村長さん一家に合流しました。
そうしてみんなが整列すると、村の人たちと薪台との間に私とソラ様が立つ位置取りとなりました。
私たちからはもう、ソラ様の大きな背に隔てられて薪台が見えません。
ソラ様だけがお婆様と対面している運びです。
息を整え、鈴杖を振りかざしました。
「肉は土に 血は水に」
私が唱える祈りの文言に合わせ、ソラ様は牙を打ち鳴らして首を掲げました。
「心は風に 魂は火に」
ソラ様の口で風の暴れる音がしています。
それに負けないくらい、私は精一杯に声を上げました。
「疾く等しく すこやかに 泉の定めし流れへと 還り給え!!」
私が杖の底で地面を突くのと同時に、ソラ様は胸に溜めていた炎を薪台に吹き下ろします。
すると、弾けるような音で耳と肌がびりびりしました。
そして、目も眩むほどの大きな火柱が立って青空を焦がす勢いです。
ただでさえ竜の炎は相当な強火ですのに、お酒も加わっていますからね。それはもう、ものっすごいんですよ。ソラ様越しにも熱さが伝わってきて、汗がぶわっと顔から噴き出します。
だけどこれだけ豪快だからこそ、私たちは大切な人とお別れしなくちゃいけないこんなときでも、悲しんでいる場合じゃないなって気持ちにさせられるのです。
しばらく続く火から、私とソラ様はちょっと離れました。すでに人はまばら。式の参列者も大半はそれぞれ自分の畑仕事に戻っていて、他にはお婆様と特に親しかった人たちが井戸端で話し込んでいる程度です。
それまでソラ様はおすわりの姿勢で、じっと薪台を見つめて、ときおり思い出したように尻尾だけを軽くぱたぱた振っているのでした。
私は村長さんからもらった手提げ籠を抱え、ソラ様の前足の甲に腰かけました。籠には焼き菓子が山盛りです。
「よお、おつかれ」
そこへやってきたジオくん。私の隣に立って、同じように薪台の火を眺めます。
「凄いな」
「すごいでしょう?」
「でも、燃やす必要あったのか? 埋めるだけじゃダメなのか?」
眉をひそめていますね。
「ジオくんの国では、ご遺体は焼かないんですか?」
「焼く意味が分からない」
でもその声色に、私たちを責めるようなトゲっぽさは感じられません。ただただ自分の常識との違いに戸惑っているみたいです。
「あれは『忌火』といいます」
「いみび……?」
「竜の吐く炎で、悪いものを近付けないようにしたり、亡くなった人の魂をお日様に送り返したり、ですね」
ご遺体をそのままにしておくことは、生きている人を病気にするとか、亡くなった人を迷わせるとか。悪いものをおびき寄せてしまうとか。
「人間の魂は太陽から来ているって考えか」
「そうです。だから忌火は、火柱が高く上がるほど良いとされています」
「俺の国では、魂は大地から授かっているものだと教えられた」
「へー」
私は焼き菓子を一枚かじります。それでサクッとした音が耳に届いたのか、ジオくんが手元を覗いてきました。
「それ、村長の奥さんが作って、配ってたやつだな。もらっていいか?」
「どうぞ」
私が差し出した籠から、ジオくんも一枚、ひょいっと焼き菓子を口に放り込みました。
それから二度三度、噛んだところで彼は急に咳き込みました。
「げほっ、げほっ!!」
「どうしました?」
「か、からっ!? な、何? これ、何だこりゃ!?」
「伝統のスパイス入りクッキーですよ。お葬式のときにご遺族がふるまうものなんですけど、みんな遠慮してほとんど持っていかないんですよね」
ちなみにこれはソラ様も食べません。おかげで余った分が私に回ってくるので、当分はおやつに困らないわけですが。
「み、水……」
舌を出して顔を真っ赤にしたジオくんは、バタバタと走って水がめにへばり付くように倒れ、喉をうるおそうとしました。
でも中身はお酒ですから、また余計に咳き込んで泣いていました。おバカさん。
火が静まるのを見届けたら、お骨を村のはずれにある共同墓地に埋めます。
なのでお骨を村長さんに渡したら、そちらは文字通り私の手を離れるわけですが、ソラ様を無事に寝床へ帰すまでが私の仕事なんですよね。
ぜんぶ終わって家に戻る頃には、とっぷり夜中です。
おやすみなさい。
……。
何か忘れているような?
…………。
「手紙!!」
落ちかけていた意識をぐいっと引き戻して、ランプを灯します。
別に明日でも遅くはないんでしょうけど、半端なところで中断させられましたから、もう気になって仕方ないじゃないですか。
だって、パパさんがおばあちゃんに送った手紙ですよ?
*
一通目
怪我によって杖を必要とする身体となった貴殿を案じ、ステラが山に戻って竜の巫女を継ぎたいと訴えてきました。
今なお都暮らしを好まぬ娘です。望郷の念と反抗期を重ねた短絡的な言い分かと思い、私もはじめは反対していました。
しかしステラの意思が岩のような頑なさを見せ、しかも妻がステラに味方をしたこともあり、私も認めざるを得ませんでした。
「産まれた土で育つ花がいちばん美しい」とは妻の人生訓でございます。
ステラを竜の膝元に返すことは、貴殿の願いに反するものと承知はしております。どうか許してください。
もちろん、許せぬならば、はっきり断ってください。
肝心の最終決定を貴殿に任せてしまって申し訳ない。
*
二通目
竜の行く末を勘案すればやむを得ぬとはいえ、承諾してくださったことに感謝します。
どうか、ステラには厳しく接してください。
せめて、私から娘に課した条件として、リィンヴルムの姓を名乗らぬように言いつけております。ステラ=ミュロンドに、これを守らせてください。
また、ステラの父親については、いずれ私の口から真実を話します。それまでは秘密裏に頼みます。
最後に、この手紙はステラの目につかぬよう処分してください。
*
おばあちゃん。普通に手紙、残しちゃってますけど?
ともあれ実は、おばあちゃんに訊いても答えてくれなかった話題は、ソラ様のことだけではありません。どうして私を養子に出したのか――それについては、あまりに悲しそうな顔をされるので、触れてはいけないと思ったんです。
この手紙を信じるなら、ずっと謎だった疑問の答えを、パパさんは知っているはず。
あのパパさんが下手に出るような文章を書いているのも、私にとっては衝撃ですし。他にもつっこみたいところがありますから、ちょうどいいですね。
もうじき、お姉ちゃんの結婚式です。
ミュロンドの家に帰ったら、ぜひ訊いてみましょう。
でもそのためには、ソラ様を連れて行かなきゃいけないんですよね。
こないだはお姉ちゃんの勢いに押されて、行くって言っちゃいましたけど。
ソラ様、ちゃんと都で大人しくしてくれるんでしょうか?
山と違って、うっかり暴れた日には、とんでもないことになりそうですけど。
大丈夫です……よね? ソラ様?




