11 ドラゴンと忌火②
「ど、どうしたんです?」
「伝言だ。村長の母親が、昨日の朝方に亡くなった。お前とあの竜を呼んで来いとさ。昼過ぎなら、お前たちも起きているだろうからって」
ジオくんが言う村長さんの母親というのは、村の最長老のお婆様のことです。うちのおばあちゃんと仲が良くて、私にも優しくしてくれました。ここ最近は足腰が悪くなって、会う機会も少なくなっていましたが。
ちなみに誤解されがちですけど、私が朝に起きられないのは基本、夜中に暴れたソラ様の後始末でへろへろになったときだけですからね。
「しかし、お前も村の一員ってことで葬式に出るのは分かるが、なんであの竜まで呼ぶんだ? でかくて邪魔じゃないのか?」
「いえ、むしろソラ様がメインですよ」
もう夜通しで家族の時間を過ごした後で、私とソラ様に声がかかるということは、やるべきことは決まっていますから。
「どういうことだ?」
「ちょっと待ってくださいね」
私は戸を開けたまま、いったん家の中に戻って身支度をしました。
「お話は、歩きながらでいいですか?」
「ああ。なんでお前の竜が、俺の宝物を食べたのか。その辺りもゆっくりとな」
うひゃー。めっちゃ根に持ってます。
彼の剣と弓が保釈金の代わりだということは、あくまで身元を保証するために預けていただけということですからね。
これは気まずいです。
私は杖を鳴らしながら、ソラ様を探して山を登ります。
この杖は、私の背丈よりも長くて、先が大きめの輪っか状になっています。輪の内側に、拳骨くらいの大きさの鈴が吊り下がっていて、歩くたびにこれがガロンガロンと鳴り響くのでした。
「まず、そのうるさいのは何だ?」
ジオくんも後ろに付いてきています。
「ソラ様にお願いをするとき用ですよ。これを鳴らせば、ソラ様のほうから来てくれることがあります」
「ことがあります?」
「気が向いてくれれば。まあ、呼べるのはおまけとして、この鈴杖を使うときは神事があるときで、これからソラ様のお仕事ですよっていう合図ですね」
「そういえばこの国では、あの竜が神様扱いなんだな」
「はい。とはいっても今の時代、神様らしい行事はめっきり少なくなりましたけど」
竜の巫女としての基礎知識。
その時々でソラ様が何をどう感じていたのか、理由や経緯は、たしかにもう計り知れません。でも事実として「竜神様」という立場が昔と今でどう違っているのかは、おばあちゃんから伝え聞いています。
「ソラ様が暇になるって、人間が神様に頼りっきりじゃなくなるわけですから。そういう意味では、行事が少ないのは良いことなのかもしれませんけどね」
などと偉そうにしんみりしている私ですが、ぜんぶ生まれる前の話なので、その移り変わりを見てきたわけではないんですけど。
「竜が、人間のためになることを、進んでやってくれたと?」
「そうみたいですよ」
「あの竜は代償を求めたりはしないのか? 生贄とか、人身御供とか」
「まさか。昔話じゃないんですから。ソラ様は人間どころか、豚やニワトリだって食べませんよ」
「俺の国で竜といえば、邪悪な怪物の代名詞みたいなものなのに」
うーんと唸るジオくん。
「ところで、俺の剣が食われたことについてなんだが」
「あ、ジオくん。あれを見てください」
木々のアーチが織りなす爽やかな山道の端に、土くれのような茶色いものがこんもりと落ちていました。
「あれがどうした?」
「ソラ様のうんちです」
「なぜ注目させる!?」
「ちゃんと持って帰ってくださいね」
「俺のじゃないのに!?」
「大丈夫ですよ。そんなに臭くないですから」
「そういう問題じゃない」
あの中に剣が欠片でも残っているかも……と冗談半分で思いつきはしましたが、その話題を蒸し返したくないので、口には出しません。
代わりに私は振り返り、抗議してくるジオくんの鼻先に杖を突きつけました。
「いいですか、ジオくん? あれは畑の良い肥やしになるんですよ。なにせ神様由来の落とし物ですからね。ご利益抜群、栄養満点。だったら、あなたにも無関係じゃないでしょう?」
「それはそうだが」
今のジオくんは畑仕事を手伝うことを条件に、村長さんの家に住み込んでいます。ソラ様が畑を荒らしちゃったせいで人手がもっと必要になったことは、その流れを後押ししました。
言ってみれば、ソラ様のおかげでスムーズに居場所を得られたということでもあるのです。
「ね? ジオくんも、ソラ様に感謝しないといけませんよ」
ちょっとだけお姉ちゃんの笑い方を真似してみせました。
「なぜ変顔をする?」
「してないです」
年下の男の子を手玉にとって物言わずとも従わせるという、お姉ちゃん直伝の技なのですが、どうやらジオくんみたいなお坊ちゃんはこれが効くほどの情緒を持ち合わせていないようですね。ふんっ。
「まあいい。分かった。俺が持って行こう」
「はい。分かればいいんです」
「それで、俺の剣についてだが」
「あー、いたいた。やっほー、ソラ様ー!!」
ジオくんの言葉を遮ってダッシュです。
鈴杖を振り回して、何も聞こえなかったことにしちゃいましょう。
とはいえ、ごまかしたい一心で出任せを言ったわけではありませんよ。ちゃんと登った先にソラ様がいらっしゃいますからね。
ガリガリ、バリバリ、洞窟の外で岩壁を引っ掻いています。腰を下ろした姿勢で背伸びして、上半身だけを寄りかからせるように。
「まるで爪研ぎでもやってるみたいだな」
「ご覧の通り、まさに爪研ぎですよ」
「猫か!」
「ソラ様ー。ソーラーさーまー」
私はソラ様の隣まで寄って、鈴杖を掲げて大きく振りました。
そうしてやっとこちらに気付いたらしく、ソラ様は爪研ぎを止めて前足を下ろします。
「おおー、ステラ。おはようさん」
「おはようございます。ソラ様。これ、お願いできますか?」
それから差し出された鈴杖に鼻先で触れ、悲しそうに目を細めました。
「うん。わしでよかったら」
やけにはっきりとした口調でソラ様は答えると、ゆっくり山を下りるように歩き出しました。
「以心伝心って感じだな」
「神事としてお願いすること自体が限られていますからね」
「さて、俺の剣」
「あーんもう!!」
ジオくん、しつこいですね。まあ、たしかに悪いのは私なんですけど。
「なんで剣を食べたのか、あの竜に質問してくれ。気になって夜も眠れないんだよ」
弁償しろとかいう話ではなさそうですね。ちょっと安心。
「もちろん私だって気になりましたよ。でも後で訊いたら、食べちゃったことすらすっかり忘れてるみたいでした」
「ボケたふりをしてるんじゃないだろうな」
「だとしても区別つかないですね。試しにジオくんが訊いてみては?」
「試した。まるで無視された」
悔しそうにジオくんは、ぶつぶつと何か呟いています。ちょっとこわいですね。
「どうして理由にこだわるんですか?」
「《黄金を抱いて眠る黒竜》が、俺の親を殺してまでやったことは、たった一つの首飾りを奪って呑み込んだだけだった」
仇討ちが関わると、ジオくんは急に目が据わるんですね。
「ひょっとして、まだソラ様を疑ってます?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないが、何か共通点を感じないか? どちらも、人間が作った光り物を腹に収めている。わざわざ手間をかけてな」
「言われてみれば、ですね」
「だから、せめてあいつに繋がるヒントが得られたらと思ったんだが」
今ならちょっとだけ、ジオくんの気持ちが分かる気がします。
たしかに復讐とか仇討ちなんかには縁が無いですけど、求めている「理由」に手が届かない歯痒さは、私も日頃から感じているつもりです。
「ジオくん。弁償ってわけじゃないですけど、これどうぞ」
私は足元に落ちていた物に目を留め、それを拾い上げました。
「それは……竜の爪、か?」
「はい。研いでると、たまに剥がれるんですよ」
大きさは私の指先から肘までくらい。ちょっと反りがあって、白地に黄色い油を重ね塗ったような色合い。手触りは意外としっとり感。
「これをどうしろと?」
「お任せします。観察してもいいですし、売ってもいいですし。鱗の破片よりはずっとお金に換えられますよ」
受け取ったジオくんがどう思ったのかは、分かりません。それはそれとして、私はソラ様の後を追いかけていきましたので。




