10 ドラゴンと忌火①
お姉ちゃんとはベッドで寄り添いながら、夜が更けるまで久しぶりにお喋りをしました。
ベッドで……とはいっても、女同士でやましいことをしていたわけではござんせん。単純に、ランプ用の油がもったいないですからね。日が沈んでからも話を続けようとなれば、こうして肩をくっつけるのが自然当然必然なわけです。
おもに、この三年での近況を伝え合って盛り上がりました。
パパさんの商売は相変わらず忙しそうで、最近はお姉ちゃんも仕事を手伝っているみたいです。お姉ちゃんは美人で物知りですから、表に立ってよし、裏方にまわってよし。パパさんも鼻が高いでしょう。ママさんは、また太ったんですって。
ただ、お姉ちゃんが結婚する相手の男性については教えてくれませんでした――会ってのお楽しみ。きっとステラとも仲良くなれるわ――とのことですけど、まあ期待しないでおきましょう。
それと、私の仕事や、山での暮らしぶりについても話しました。
いろいろ訊かれて、改めて身に染みたのは、私はソラ様の過去を知らないということです。
もちろん今のソラ様のことは、いくらでも答えられます。好物だって癖だって分かります。解説も出来ますよ。
でも、ソラ様がどんなことをしていて、なんで神様と言われるようになったのか、どんなふうに育ってきたのか、実は詳しくないのです。
「いちおう、怪物から人間を守ってくれたり、この国から戦争をなくして平和にしてくれたり……ということがあったらしいんだけど、具体的なことは聞かされてないの。むしろ、お姉ちゃんのほうが詳しかったりしない?」
「諸説あるのよね。その怪物っていうのも、暴れ者の巨人、悪い竜、うごめく死者の軍団と、いくつも種類があって」
「そのくらいまでだったら、私も憶えあるんだけど」
「ねえ、直接ソラリス様に訊いたことはないの?」
もちろん気になっていた時期はありますよ。だけどソラ様は、今ほどボケがひどくなる前からして、まともに答えてはくれなかったんです。
「恥ずかしいからって、ごまかされてばっかりだった」
「何それ、かわいい」
「で、おばあちゃんに訊いても結果は同じ。ソラ様が話したがらないことを勝手に言うわけにはいかないんだって」
うーん。これは、今にして思えば、おばあちゃんも本当は知らなかった説が浮上してきましたよ。
と、いうわけで、お姉ちゃんが都に帰ってから数日経った今も、ちょこちょこ時間をつくって家中を探しているわけですが、そうそう見つかりませんね。
たとえば、おばあちゃんやお母さんの日記とか、歴代の竜の巫女が残した秘密の伝承とか。
そんなのがあれば、ですけどね。無いなら無いで仕方ないんですけど。
ベッドの下、書き物用机の引き出し、雑貨棚のすみっこ……ありません。
もういっそ、気にしないほうがいいのかも。
そう思ってふと、椅子に腰かけて反り返ったとき、天井にある小さな板の隙間が目に入りました。こないだソラ様が家にのしかかってきたとき、ちょっと歪んじゃったんですかね。
あとで直さないと……天井? 屋根裏!?
どんぴしゃ、発見しました。
じめっと蒸し暑い、ほこりだらけの狭い場所に、初めて見る木箱がひとつ。大きさは胸の前で抱えられる程度で、鍵はかかっていません。
さっそく下ろして開けてみますと、中には手紙らしきものが何通も重なり収まっていました。
らしきものとしか言えないのは、そのほとんどが染みになっていたり、がびがびに貼り付いていたりして、もう読めそうになかったからです。つまみ上げたら鼻がむずむずして、くしゃみと一緒に粉と消えたものまでありました。
まともに残しておくつもりがなかったのでしょうね。
そんななか、まだ辛うじて読めるくらい綺麗なのが二通だけありました。
差出人は「タイガ=ミュロンド」……パパさんの名前ですね。
宛先は「ネブラ=リィンヴルム」……うちのおばあちゃんです。
そして、どちらも日付は三年前。
物覚えが悪いと言われがちな私ですけど、これはピンと来ました。
お姉ちゃんと住んでいた都の家から、この故郷の山に戻ってくる直前と直後で一通ずつ。これはこれは、ソラ様の歴史を追っていたつもりが、はからずも私の過去が掘り出されそうですね。
しかし、いざ読もうとしたこんなときに、いきなりドンドンと戸が強く叩かれました。胸のどきどき馬車が衝突事故ですよ。
まったく誰ですかね。先日の野菜畑の件だったら、うちの倉から小麦粉袋を出して弁償したので、話は終わっているはずですけど。
開けてみれば、薄い金色の髪と目の少年がそこに、不機嫌そうな顔で立っていました。
「おや、ジオくんじゃないですか」
我ながら白々しい出迎えの台詞。
そういえば、彼の剣がソラ様に食べられちゃった件については、何も後処理していませんでしたっけ。どうかその話題を切り出してきませんように。




