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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

プレジスのお仕事

作者: ミトリ

こちらプレジスワークスの一話目です。ただ、読みづらいのでストックがひと段落したら編集して直そうかとは思います

プロローグ


 どこかの国。どこかの町。どこかの酒場。


 そこは夜を迎えた暗がりの中、まるで辺りの住人が皆、そこに集まっているかのようにランプの明かりが煌々と輝く場所だ。

 明かりに負けじと人の声は響き、楽しそうな笑い声をあげる。

「あんたら、この辺じゃみない顔だね。旅でもしてるのかい?」

 明かりの中、店主は旅人に声をかける。旅の事にうなずくと、店主は上機嫌に「嬉しいねぇ。こんな田舎によってくれるなんて。そうだ、ウチの歌い手はこの辺でも人気があるんだ。ちょっと聞いてってくれよ。」

 店主は歌い手に歌ってくれと合図を降る。それをみた他の客は会話をやめ、口々に「待ってました!」と、拍手を始める。

 歌い手にとっては心地よく、最も緊張する一瞬。歌い手は「ありがとー。まるで今日は、悲鳴をあげたグリフォンに囲まれたようだよ。」と冗談をいい、一笑い設けると、深呼吸をして静かに歌い出した。


 ―さて、これより歌いますはまだ新しき偉業。保証依頼執行人と呼ばれるとあるプレジスのお話でございます―


 ―彼が過ごした舞台は今から50年ほど昔。南東の大国イズウェルンの都市の一つ、リースフラム。交易によって今も栄えるその都市で、あるプレジスが戦いを続けていました―


 ―彼の名はランツェ。今もなお多くのプレジスにとって彼の異端とされる人生は、英雄譚として受け継がれております。なぜなら彼は、プレジスの否定された時代で最もプレジスとしての生き方を貫いたからです―


 ―彼を覚えているものは皆、恐怖を覚えたと言います。焼け焦げた炎のような髪―、金と銀の瞳に力を秘めた小さな身体……たぐいまれなる魔法の扱いと、残酷な死を与える無数の武器……まるでそれはレナウム文明に存在していた悪魔だと、誰かは例えたようです―


 ―では、彼のその人生でもっとも有名な一節。物語はそこから始めさせていただきましょう―



1章「前日譚」



 日の光が直接差し込み始める。いつの間にか夜明けを迎えたのだろう。上を見ると空が微かに青白く映り、今目の前にある光景が鮮明に映り込んでいく。

 地上からほぼ1日かけて降りてきた地下空間は湿気が鬱陶しく、例え日が上っている間だとしても底を見ることは出来ないだろう。細い小道を何度も往復し、今の場までついたときにはさすがに達成感があった。もう一度、今度は地上に戻るために同じ事をしなくてはいけないのは非常に億劫だが、そうしなくては事を終わらせられない。


 大きな岩影に身を隠し、明かりを便りに、辺りの地形に確信を持たせる。削れた岩肌は荒く、体当たりをしようものならただではすまないだろう。そう考えると寒気を感じる。

 そして、空間の中心。そこで眠りこけているのは巨大な龍だった。人間などきっとミミズ程度に見えるのだろう。龍の証である二対の角を生やし、捕まれば食い込むように貫かれるであろう爪、その身を大空へと誘う翼。灼熱色の鱗。何度確認してもそれは揺るぎない確かなものだった。

 思ったよりも小さい……そんな風に考えながら右腕で大斧を担ぎ上げながら左腕を対面の壁に向ける。腕には折り畳み式のクロスボウを取り付けており、矢が装填されている。矢じりの代わりに割れることで中の液体が空気に触れ、爆発を起こすコルク瓶が巻き付けられており、小さくともこの自然の中で異音を出すには十分なはずだ。


 僅かながらの緊張が腕に現れる。大きく深呼吸をし、視界が標的をとらえると壁に向けて、矢を撃ち込んだ。矢は弧を描いて壁に辺り、割れた瓶から小さな爆発が起きる。その音に龍の首は上へと上がり、音の方を見た。そのチャンスを逃す手はなく、影にしていた岩から蹴り上がり龍の頭が届く高さまで壁にある凹凸を便りに昇る。数秒もしない内にその高さまで蹴り上がると今度は壁を地面のように蹴り、一気に龍の頭部まで飛んだ。その音に龍は気付き、顔を向ける。だが視界にこちらを捉えたときにはもう遅く、両手を使って振り下ろされた大斧が片方の角を叩き落としたのだ。

 途端にけたたましい咆哮が洞窟を埋めつくし方向感覚を失いそうになる。振り下ろした斧をそのまま近くの壁に突き刺し、足場代わりにして体を翻し体勢を整える。龍が落ち着くのを待ったところでこちらが不利になることはわかっている。もう一度、壁を蹴り上がり龍の頭部に向かって飛び降りる。


 ―グォウアアアアアアアア!!!


 龍は顔をこちらに向けて咆哮をあげる。だがそれは最初に聞いた咆哮とは微妙に違うと気づき、危険であることを悟った。

「……相変わらず五月蝿い……」

 それがどういうものであろうと、彼にとって今の龍の体勢は絶好のチャンスだった。顔をこちらに向け、自身の弱点である角を隠そうともしない。なにかをしてくるのであれば、こちらが先に行動して邪魔してしまえば良いことだ。彼は大斧を龍に向かって投げつけた。同時に短杖を取り出して斧に向ける。

「ガスト・ボルト」

 短杖から凝縮された空気が生まれ、それはまるで矢のように斧に向かって放たれる。同時に体は突風による反動で抵抗なく矢とは逆方向に吹き飛んだ。

 斧はほぼ自身の重さだけで龍に向かって落ちていく。空中では全身の力が入らなかったからだ。勢いのついた突風の矢は斧の柄に正確に当たるとその力は全て託すかのように斧に加速と回転を与え、龍の角を目指す。


 ―グォォゴゴゴゴ……


 龍の喉が鳴り、膨らむ。青白い光が微かに口元から溢れ出したことに感じた危険が結び付く。炎のブレス。龍が次に吐き出したそれは近くにいただけでも体を灰にするであろう業火だった。幸いだったのはその炎の行き先が、突風の矢による反動で吹き飛ぶ前の位置に吐き出されたことだった。身体は行くままの壁に激突し、同時に速度を増した斧はもう片方の龍の角を砕いたのだ。

 最低限の条件は突破した。体に走る痛みを気にする暇など与えないうちに、左腕を上空へ振り上げる。

「ボルト・ロード」

 矢を放ったクロスボウが微かに光り、いつの間にか矢が装填される。空へと向かってそれを放つと矢にとりつけられた笛が金切り声のような音を響かせていった。その音は再びの咆哮に負けないくらいの勢いだった。矢が見えなくなったのを確認してから、地面めがけ壁を飛び降りる。


 ―ォォオオオオォオオ!!


 龍は我を忘れたように暴れまわり、衝撃を受けた壁は徐々に崩れ落ち始める。その矛先は地面に降りたばかりの頭上も含まれていた。

「面倒な……」

 降り落ちる岩をくぐり抜け頭上を見上げる。龍はまだ暴れ続け、このままだと地下空間自体が崩落しそうな勢いだった。

「少しは黙ってろ」

 降り落ちる岩がやんだときを見計らい、短杖を構えて詠唱を始める。

「清める塵 全てを奪いし幻惑の風 集いては命の素となる破壊の力 満たさる空の大砲 一掃する物の名は アイス・カノン」

 打ち出した氷の大砲は龍の顔に直撃すると、暴れ続けていた龍はこちらを睨み付ける。短杖を構え直し、様子を見るが、龍は何故だかこちらを睨み付けたまま動こうとはしない。

「……?」

 杖をしまい剣を取り出そうとした時、先程まで差し込んでいた光がなくなり辺りが暗くなる。上を見上げると、地下空間の半分を覆い隠す程の大岩が投げ入れられていたのだ。

「あんなに落とすか……?」

 ややその光景に呆れつつも、落ちてくる岩がなるべく少ない場所へと移動する。同じく落下する岩を避けようとする龍はその巨体ゆえに対応することなど無駄であり、始めに羽や首を岩で押さえつけられ、それから徐々に体を覆い尽され、背中に重石がのせられていった。結果、もがこうとも身動きすらとれないほどに龍の身体は埋まってしまったのだ。


 大岩の雨がやみ、特に自分に関しての被害もなかった為、すぐさま状況を確認するために積み重なった岩に登る。そして幸いなことに龍は首以外を動かすことなど出来ず、身体を岩で押さえつけられ状態だった。顔の近くまで行くと、龍はこちらに気がつきそのまま静止する。

「……」

 警戒するように牙をこちらに見せているものの、明らかに様子はおかしかった。少なくとも角を折る前と折った後では明らかにこちらをみる目や覇気が無かったのだ。

 この状況に似た経験はあったがここまで分かりやすく待っていることなど無かったのだ。

「……待ってるのか?」

 あることを確認するために手帳を取り出し、以前彼らに言われた言葉を書いたページを開きその言葉を投げ掛けた。

「ヘリマウチキサーリ・シキイウーサケ」

 龍はその言葉に確かに反応を示した。剥き出した牙を抑え、力が徐々に抜けていくように見える。


<……やはりそうか。貴様がプレジス・ランツェか>


 龍は言葉を発した。それは普段聞きなれているはずの人間よりもより鮮明に聞き取れ、言葉の意味を瞬間的に理解できる程に分かりやすいと感じるものであった。

「……」


 ランツェはしかめ面をする。

<どうした>

「龍がしゃべるのはこれで二回目だからな。旧語で問いかけろと言ってきた割には客よりも聞き取れる文明語で話されると驚くだけだ。」

<私達は貴様に直接話しかけているだけだ>

「直接?……そうか念話か」

 意思を使って伝える念話は、言葉や文化、精神の違いによって齟齬が生まれる相手に対しても最も伝わりやすい解釈で伝わる会話方法であり、少なくとも今の時代ではその存在すらおとぎ話のように扱われ、信じられることもなかった。

「最も都合のいい解釈……だからといってここまで理解が簡単にできるとは思わなかった。」

<私達は初めからこれを行い、続けてきた。聞くことは出来なかったが知ることはできたからだ。>

「そう。不思議なものだな。」

 今しばらくこの貴重な体験を噛み締めていたいとも思うランツェだが、自身では出来ないことに熱の下がりも早かった彼は、解釈されているのかわからない言葉に早々に区切りを付けた。

「それより。お前が俺の意思を直接読み取っていたとしても俺は言葉で聞く必要がある。」

 ランツェは龍の瞳に自分が映る場所まで積まれた石をかけ上がると自分の左腕を前につきだした。

「こいつの力は身をもって実感した。高いところから落ちても怪我ですむし、身体を無茶に動かしたってついてこれる。」

 左腕の装備をはずしながらこれまでの体験談からの推論を龍に問いかける。

「お前達を殺せば殺すほどその力は増すし、この腕にある……」

 袖をめくり上げて、腕を龍に見せつける。

「鱗の数が増える以上、お前達が関わってるってことは分かった。」

 細くも筋肉質な肌には、鱗のようなものがまるで6麟。陽炎のように浮かび上がっては消えるを繰り返し、それは明らかに人間による呪いで出来たものとは違う禍々しさを秘めていた。

「だからこれはお前達が俺に渡している力だというのはよく分かった。だから知識として聞きたいのはお前達がこれをやる理由だ。」

<理由?>

「この腕を使ってお前達は何をしたいんだ?」


 龍は目を閉じて語り始めた。

<私達は角によって死ぬことも老いることも、行動することも許されぬ。我らのライフストリームによって意思を持ちながらにしてそれを飾りのように扱われたまま、もう幾千もの時が経ったのだ。>

 ライフストリームという言葉にはランツェは聞き覚えがあった。

「お前達は死を不浄の者が行う愚行だと考えたんだろう。自らを神格化させたいが為だけに命の終わらせ方を定めて、それがおとぎ話にもなっている。それが望んだことだろう。」

 彼らは不死の角と不老の角を作り、自分達のライフストリームを構築したが、死を否定したことが神の怒りを買うこととなり、不老と不死を持つものの意思を否定するように罰を与えたのだった。おとぎ話が目の前にいる本物から直接、それが事実による結果だということを聞かされたランツェは高揚感に浸ることができた。

<私達は天上によって作られたライフストリームに管理されることを望んでいる。>

「改宗か。天上は死を受け入れて、生き方による精算を行い済んだ物から次に生まれた器の魂として扱われる方法。お前達は龍の魂に誇りがあると思ったが気のせいか。」

<龍として生きる事が出来るのであればこんな結末など望まぬ。ならば我らは龍として生き、死を迎えることにしたのだ。>

 思った以上の欲の固まりを聞いてランツェの龍への関心は徐々に薄れていき、呆れたように「そうか」と言葉を返すだけだった。

<私達が死を迎えるためには私達と同等の力を持たねばならぬ。人間程度の知恵によって私達は死を迎える事はできるが、苦痛による死を受け入れたくはないのだ。>

「つまりこれはお前達を優しく殺す事ができる力ってことか。」

<そうだ。>


 ランツェは嫌悪した。これではまるで都合のいい物として扱われているのと同じであり、自分勝手にもほどがあると感じていたのだ。

「傲慢だな。自分達のやり方が気にくわないから変えたいのに、苦しみたくないなんて。」

<傲慢なのは貴様達ではないのか?浅はかな目論みによって森を殺し、同種を殺し、そして私達を苦しめて殺す。まるで悪魔のようだ。>

「そんな人間にこの力を渡したんだ。悪魔に頼るなんて龍にはプライドなんてものはないんだな。」

<ならばこの場で力を取り上げてしまおうか。貴様には対価として魂を差し出してもらおう。>

 それはランツェにとって完全に予測していなかった言葉ではなかったが、それを信じることなと簡単には出来なかった。

「……どういう事だ」


<時間切れだ。もうじき角が元に戻る。貴様がまた、私の角を破壊できるというのであれば止めぬがな>

 龍から発された意思はランツェを嘲笑していた。まるで自身が勝ち誇ったかのように無邪気な会話を楽しんでいるように思えた。

 ランツェは龍の額に上がり膝をつくと、ゴーグルをかけて腰に差していた短剣を抜き、その剣先を額の中心に向ける。

「劇薬を塗った魔法剣だ。せいぜい苦しまずに死ね!」

 両手で短剣を持って、ランツェは勢いよく振り下ろした。龍の鱗は硬く、通常のもののなら弾かれて終わりだが魔法で保護をした剣は、彼の力も合わせてまるで水に腕を突っ込んだように軽々と突き刺さったのだ。龍の身体は痙攣するかのように何度か動くと、やがて突き刺した剣を押し返すようなおびただしい血がまるで間欠泉のように吹き出し始め、彼の身体を赤く染めていく。


 埋まった身体が抵抗しようとのたうち回るが、それも始めの内だけであり血がランツェの身体を飲んだ頃には、剣に塗った毒で痛みごと意識を奪われ、この龍が次に目覚めることはなかった。

 剣を突き刺したまましばらくすると血の量は減り、同時に彼の身体や辺りに溜まる血潮は高熱を発し蒸発を始めた。辺りには湯気と鉄の灰が残り、ランツェの身体を覆った血も、一見するとまるで彼が溶けてしまっているかのような水音と湯気を上げて蒸発していった。僅かな獣臭さが混ざった鉄の臭いと身体にへばりつくような高温はランツェにとって地獄のようにも思えた。


「臭い……」

 龍に突き刺した剣を使って何度が抉るように動かし、龍が完全に反応しなくなった頃、ようやく一段落ついたような安堵感があった。剣を抜いてみると、魔法で保護をした刀身は全体的に氷のように溶け始めており、鋼と血が混じった水滴が滴っていた。

「……研げばまだ使えるか?」

 一抹の希望を望みながらランツェは上空をみる。辺りに差し込む光は既に日が昇りきったということを知らし、彼の徹夜は無駄ではなかったことが証明できた時だった。

「……はぁ」

 緊張の糸が途切れ、眠気が襲うがそれを気にしている暇など無かった。蒸発する血でベトベトになったゴーグルを頭にずらし、矢を飛ばすために7麟になった左腕にクロスボウを装着する。

「ボルト・ロード」

 上空に装填された矢が撃ち出される。矢には前に撃った時と同じように笛が取り付けられており、矢は金切り声をあげながら地上まで飛んでいった。そのまましばらくすると、数本の太く硬いロープの片方が勢いよく降り落ちてきた。

 ランツェはその内の一本に腕を絡ませ、二度軽く引くとそれに反応するようにロープが引き上げられ始めた。身体が浮き、足が地面を離れていき、ロープを離してしまえばただではすまない高さまで上がる。時折壁に当たりそうになるため、足を使って壁との距離を保ちながら地上まで上がっていった。


 崖縁から昇りきると、今までいた空洞を背にして少し離れる。大きく深呼吸をしていると声をかけてくる人物がいた。

<ヘイキ ?>

 彼らの母語である「蛮勇語」で話しかけてきたのは「オーク」だった。ランツェよりも二回りほど大きい図体、筋肉質な黄土の肌。間接は太く、近づけば僅かな獣臭さを感じるのが特徴であり、どうやら彼がロープを下ろしてくれたのだろうと言うことが分かった。

「ん……あー……<ヘイキ コロシタカラオリレル>」

 目の前のオークはランツェが発した蛮勇語を理解し空洞の周りからこちらをみるオーク達に降りれることを咆哮し、伝えた。

 とたんに周辺は忙しくなり、彼らと共に乗ってきたキャラバンからは巨大な鉄でできた籠や、木で作られた足場などがオーク達の手によって運び出され始めた。

 全員に伝わったことを把握し、オークはランツェに尋ねる。

<オマエハヘイキ?>

「<ソウビヲアラウ ミズガヒツヨウ>」

 オークは近場の森を指差す。

<ムコウノモリ タキガアッタ ミチハワカルハズダ>

「<ワカッタ>」


 言われた通りにその森に向かうと、人の手がついていない鬱蒼とした木々が視界を妨げるものの、獣道によって地面はある程度整っており、その道の先には小高い山を伝って滝のように水が流れ降りている場所を見つけた。水が溜まり、湖となった場所に装備を投げ入れ、自身は滝の下へと向かう。

「流石に服はこのまま洗うしかないか。」

 首元に手を伸ばし、青と赤が斑に混ざった石が取り付けられた首輪を軽く動かしながら、ランツェはうんざりしていた。

 きっと今の今まで話していたことは「向こう」には理解されない。今回のことを改めて説明するにしても、きっと真面目にとられることもない。腕のことを説明しても、見ることが出来ないものに納得などしてはくれないだろう。

 これからのことの言い訳を考えながら蒸発した血の残り煤を洗い流していると、ふと龍の言葉を思い出した。

「死ぬことを望む……か。なら、そう望めるまで考えるのは止めてしまおう。」

 ランツェは少しの間、煩わしさを忘れて水浴びを楽しむのだった。


「……あ、斧忘れた。」



2章「依頼」



 龍退治から数日が過ぎた。オーク達は龍から採れた爪や牙を自分達の集落へ持ち帰り、民芸品に役立てているようだ。ランツェもオークの集落へ向かい、そこで預かってもらった馬を使い、自身が今住む街。リースフラムへと帰ってきていた。

 部屋の半分が倉庫となった中で、運よく見つけてもらった大斧を立て掛けベッドに倒れ込む。そのまま眠りこけてしまい、目が覚めたのは翌日の夕方だった。眠気眼のまま、ランツェは戻ってきた報告をするために彼が働く冒険者酒場。「アナグラ亭」へと足を運んだ。

 街からやや北東にあるまだ歴史的には浅い店ではあるが外観は薄汚れており、その姿を見るたびに「掃除しないといけない」とは思うが、どうにも行動を起こすのが面倒だった。

「空樽……後で片さないと」


 カランカラン―


 店の扉を開けると、そろそろなにか代わり映えがあってほしい内装に落胆しつつも、いつも通りの騒がしさと人の多さに不思議と帰ってきたという感覚を思い出す。従業員はランツェを含めても二人しかいないため、できた料理や酒は常連が運んで勝手に食べるという信頼関係のみで回っているのはこの店の唯一の長所なのかもしれない。

「ん?……おう!嬢ちゃんじゃねえか!」

 丁度、料理を運んでいた冒険者の一人がランツェをみるやいなや歓喜の声をかけてきた。その言葉に反応するように冒険者達はランツェに注目した。

「よう!ランちゃん!久々だなぁ!いつ帰ってきてたんだ?」

「昨日の夜だ。さっきまで寝てた。」

「ハハハッ!嬢ちゃんらしいな!今回は何をやって来たんだ?」

「龍殺し。世話になってたオーク達のだ」

「マジかよ……また、龍を殺ってきたのか?」

「今回は楽だった。お前達でも行けるはずだ。」

「あームリムリ。そもそも俺達、蛮勇語はてんでだ。しかも嬢ちゃんみたいに身軽じゃないからな。一瞬で溶けて終わりよ。」

「……確かに。」

「おいアックスマン!バカにされてんぞ!腕相撲で肩ぬいちまえよ!!」

「うるせぇ!テメェいい加減それひきずんの止めろ!」

 過去の話題に火がつき始め一層と笑い声が店内を包み始めたとき、ランツェはふとカウンター奥でこちらを見ている男に気がつく。


 油がのり、昔よりも額の範囲が広がったような気がする中年の男は顎と鼻の下のラインを無精髭が包み、細目でこちらを睨み付けている。初めて見た人はこれがアナグラ亭の店主である「モグラ」だということには誰も思わないだろう。

「戻った。これは今回のだ」

 モグラの元へと向かい、ランツェは首輪に取り付けていた青い石を外し、カウンターの上に置く。

「……やっと起きたか」

「なんだ。帰ってたこと知ってたのか?」

「丁度見たやつがいたんだよ。ほぼ丸1日仕事をほっぽりやがって。」

「少しは休みたい。」

 モグラは変わらず剣幕な表情でカウンター下にしまっていた紙を叩きつける。

「休みなんてねぇ。依頼だ。」

 依頼と聞いた瞬間。眠気眼だったランツェの表情は変わり、別人のように振る舞う。

「内容は。」

「グリフォンだ。昼に期限が切れて保証対象になった。緊急じゃねぇ分、誰も手を出さねぇんだよ。」

 モグラは依頼状の下、頭金と報酬金を指差す。


 冒険者の酒場には協会と呼ばれる国家組織から依頼状が発行され冒険者達はそれをこなして生活をする。依頼は国民が協会に頭金と報酬金を持ち込み、手続きの上で発行してもらうのだが、それが緊急性を伴うと判断された場合。協会が報酬金にさらに上乗せ等が行われる。

 依頼状には頭金はなく、上乗せされた値段にも思えない。背面にかかれてある依頼内容にも「鳴き声がうるさいから討伐してほしい」としか書かれていない。

 グリフォンは比較的大人しく、こちらが干渉しなければ向こうも手出しをしない。ただ一度逆鱗に触れてしまえばグリフォンは群れで襲いかかってくる。報酬を見ても三体以上を相手にした時点で受けたことを後悔する程度でしか無いことに名声をかけてまで受ける理由はなかった。

「ひどい内容だ。」

「そんなもんだろ?まぁ理由もなく殺される鳥にとっちゃひどい話だがな。で、受けんのか?」

「ああ。保証依頼であるなら引き受けるのがプレジスだから。」

「あいよ……まぁグリフォン程度ならワケはねぇだろうが今は繁殖期だ。面倒にすんじゃねぇぞ。」

「俺がいつ面倒を起こした。」

「いつもだろうが」

 一切の覚えがなく、ランツェは首をかしげる。それを見てモグラはため息をついた。

「……まぁいい。ほら、もってけ。あと、ほら。」

 モグラは依頼状と、赤い石をカウンター上に置く。ランツェはそれを見て、やや不快に「面倒だ」と、不服そうに呟く。

「黙ってつけろ。でなきゃ俺が言われる。」

 モグラに一喝され、ランツェはしぶしぶと首輪に石を取り付けていた時だった。


 カランカラン―


 店の扉が開き、鎧をまとった女性が入ってきたのだ。酒場である以上、何ら珍しい事ではないが顔馴染みでないことも確かだった。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」

 ランツェは女性の姿に覚えはなかった。

 肩まで伸びた黒髪。彼女の体型に合わせたのだろう鎧には装飾が加えられいる。少なくとも貴族的立場の人間であり、周囲と比べると明らかに浮き足立っていた。

 冒険者であることには間違いはなかった。全体的な雰囲気からではなく彼女の右腕には、協会から冒険者である事を示すための銅色の腕章を付けていたからだ。

 女性は周りが話題のタネとして使っていることも無視し、一直線にランツェとモグラがいるカウンター前に向かってきた。

 その形相から呑みにきたという判断はできなかったモグラは彼女に対して冒険者として尋ねることした。

「いらっしゃい。なんか入り用かい?」

「ここにグリフォン退治の依頼があるって聞いたのだけど。」

「あぁ……それなら昼に期限が来ちまったよ。今はもう受けれねぇな。」

「でも依頼状はまだあるはずよ。ならそれで受ければいいじゃない。」

「それはできねぇ決まりだ。それにもう依頼ならこいつが受ける事になってる。」

 モグラはランツェを指すと、黒髪の女性は不思議そうに彼の顔を見た。

「あなたは受けれるのに私は何故ダメなのかしら。不公平よ。」

「こいつはプレジスだ。期限の過ぎた依頼の保証をすんのがこいつの役目なんだよ。」

 黒髪の女性はプレジスの言葉に反応するように、表情が険しくなる。

「……そう。貴方がプレジスですのね。ですが。冒険者がその依頼を受けると言ってるのですから、貴方は感謝して私に寄越すべきではないのかしら。」

「……なぜ?」

「それが当然だからよ。本来なら冒険者だけが受けることのできる名誉に、プレジスごときが横入りだなんて随分と勝手ね。」

「保証依頼をこなすのがプレジスの仕事だ。」

「それが勝手だと言ってるの。とにかく依頼状を渡しなさい。」

 ランツェはモグラの方を軽く見る。それに気づいたようにモグラは退屈そうに、手で払うジェスチャーを見せる。


「今日はもう休む。」

 女性に背を向ける形で店を出ようとする。

「ちょっとまちなさいよ!」

 声を荒げ、女性の伸ばした手がランツェの右肩を掴んだ瞬間。

「!」

 ランツェはその腕を掴み自分の前に引っ張り出すと片足で彼女の内腿を踏みつけ、強引に膝をつかせたのだ。そのまま首に這うようにランツェの指がまとわり、爪が動脈を軽く押し込む形となった。

「……ぇ?」

 頭のなかでは未だに肩に触れているという認識の誤差に女性は状況を理解することが出来ず、本能的に抵抗しようとする。だが立ち上がろうとしても、だが膝にも肩にも力をいれることができなくなったように彼女の身体が左右に揺れることしかできなかったのだ。

「邪魔をするなら敵対行動と見なす。」

 ランツェの言葉がまるで冷気のように耳に入り込んでくる。広がるように肌が粒だち、冷や汗が溢れでる。状況を理解するための悲鳴をあげようにも声は出ない。出させてくれない。息をするために動く身体がいつ彼の敵対行動と見なされるかわからない。触れられた箇所から感覚が無くなっていくような錯覚が、不安と恐怖を噛み締めさせようとしたのだ。


「ランツェ」

 背後でモグラの声が静かに響く。女性はそれを聞くことはできなかったが、首筋に当てられた爪が離れていき、ランツェは扉から外へと出ていった。彼の姿が完全に見えなくなるまで、流れる汗の一粒に命を背負わせているような理不尽さを、必死に堪えているしかなかった。

「平気か?嬢ちゃん。」

 モグラの声はまだ遠い。心臓の音が耳なりのように響くなかで女性は後ろを向いた。

「悪かったな。あいつにとっちゃ邪魔はいらないと判断するしかないんだ。」

「あ……ぅ。」

 言葉が出なかった。ようやく彼女は今抱えているものが恐怖であるということを判断できるまでに至ったからだ。口はパクパクと魚のように動くだけで本人としてはなにかを話しているのだろうが、モグラには何一つ理解できなかった。

「……あー。こりゃ完全にワケわかんなくなっちまってんな。おい、お前ら。ちょっとこの嬢ちゃんを席に座らせてくれや。」

「あいよー!」

 一部始終を見ていた冒険者達が、置物のようになった彼女を立ち上がらせ、カウンター前の席に座らせる。

「っとと。やっぱ美人はいいぜ。ちょっと手を滑らせても…?」

「ダメに決まってんだろ?問題起こしたら俺達がランちゃんに絞められちまうぜ。アレはさすがにこえーよ。」

「でもあの目、ちょっと興奮すんだよな。」

「マジかよ……よいしょっと。これでいいか?」

「あぁ。ありがとよ。」

 いつものことのように振る舞う男達は呑み直すために座っていた席へと戻っていった。

 女性は未だに、自我を取り戻しているようには見えなかった。モグラは目の前に水の入ったグラスを置く。


「安心しろ。もう、怖いのはいなくなったぞ。」

「……?こ……ぅ?」

「周りにいないだろ?ほら、水飲んで落ち着け。」

 頭が軽く左右へ揺れる。周囲にはランツェの姿もなく、いるような雰囲気も感じなかった事を確認すると目の前におかれたグラスを両手で掴み一気に飲み干した。瞳には光が戻り、嗚咽をしばらく漏らすと彼女はようやく自分に何が起きていたのかを頭のなかで整理することが出来たのだ。

「あ……ぅぐ。っは……っ。な、なんなのよ……あれ。」

「あいつにとっちゃ仕事の邪魔をされただけだしな。それに今回はお前さんが悪い。プレジスとしての仕事を否定したんだからな。」

「そんなの……冒険者なら名誉のために。」

「てめぇにとっちゃロマンを追いかけるだけのおままごとかもしんねぇが、あいつは誰かを助ける事を仕事にしてるんだ。特に不安な事は全部解決するのがランツェのやり方だ。」

「……冒険者だって、おなじよ。その報酬として名誉とお金をもらってるんじゃない。それに、なんなのよあの強さは……」

 顔を背けて、憎たらしそうに悪態をつく。モグラはその姿に深くため息をついて、知らせることした。

「一つ、いいことを教えてやるよ。この名誉と交易によって栄える大都市リースフラムで最も強いのは、豪傑のフリッツダランでも雷帝ミジュターでもねぇ。プレジス・ランツェ。あいつだ。」

「プレジス……ランツェ」

「だからあいつの逆鱗には触れんじゃねぇぞ?この国の人間じゃ、誰にも止められねぇからな。」

 女性はなにも返すことができなかった。名だたる冒険者の実力でさえ止めることができないとモグラは侮辱しているのだ。だが彼女はそれに完全なまでの否定ができなかった。とっさに出てくるはずの冒険者への期待を飲み込んでしまったのだった。

「全く……どうしてあんな風に育っちまったかなぁ……」

「親父さんが子育てしてるところなんて見たことねぇぞー!」

「そうだそうだー!」

「うるせぇ!代わりにアイツがやる事務の窓口だって俺がやってんだ!これも子育てだろうが!」

「感謝もされてねぇけどな!」

「あぁー!?」

 モグラはカウンターを乗り上げ、酔っぱらう冒険者と喧嘩を始める。女性はただ空いたグラスを見つめ、夜が更けていくまであることを考え続けていた。



3章「行動」



 プレジスは基本的に夜に依頼を受けたものは、夜にこなすものでなければ翌日の朝から行動を始める。ランツェもそれに従い、半覚醒の眠気眼で千鳥足を交えて馬車へと向かった。

 グリフォンは基本的に山で巣を作り生活する。今回の依頼も町の近くの山にグリフォンが居着いていることに対する依頼だったため、まずはその村までの馬車に乗って移動することにしたのだ。

 交易に栄えたリースフラムでは、基本的に馬車は決まった時間に大所帯で出発している。周辺の街との商売があるため、近場の町であればほぼ毎日のように馬車があり、そこに乗せてもらえればプレジスが依頼を受けた際に酒場から渡される準備金をほぼ持ち逃げできるのだ。それに余程の事がなければ難しい依頼でもない。いつも持っていく短杖とボウガンに加えて長弓と矢に、突き刺すのに適した形状の短剣程度しか準備をしてこなかった。

「眠い……」

 立ち止まり大あくびをした時、背後から声をかけてくる人物がいた。

「ねぇ。貴方……」

「?」

 振り向いて確認するとその人物は昨日、依頼を受けようとしていた女性だった。

「その……昨日は申し訳なかったわ……」


「……どちら様?」

「は?」

 ランツェは女性を全く覚えてなかった。

「すまないが人の名前と顔を覚えるのは嫌いなんだ。」

「昨日あれだけの事をしておいて?!」

「昨日……?…………パン屋の店員?」

 首をかしげるも、ランツェに考える様子は全く見られない。

「違うわよ!依頼のことよ!」

「依頼の……?……いた?」

「昨日のことよ……?」

 青ざめる女性を他所にランツェは馬車を見回す。

「そんな事より、何の用?馬車を探すのに忙しいんだが。」

 女性はその様子にもう付き合えないと感じ、ため息をつくしかなかった。

「……まぁいいわ。端的にいうと今回の依頼は護衛としてついていくことにしたの。」

「いらない」

「いら…な……じゃなくて、護衛はもう決まったことですわ。」

「依頼にはそんな条件はなかった。」

 ランツェは依頼状を開き目の前につき出す。

「依頼の条件としての護衛じゃないわ。貴方の護衛よ。モグラさんからの許可もあるわ。」

「…モグラが?」

「ええ。貴方が本当に強いのかを見るため。私が受けるはずの依頼を横取りしたのだから貴方がちゃんと依頼をこなせるか見せてもらうことにしたの。だから……」

「わかった。なら行こう」

 ランツェは女性の言葉を最後まで聞かず、見つけた馬車の方へと向かう。

「えっ……ちょっと、許可証とか見なくていいの?」

「モグラが言ったのなら俺はそれに従うだけだ。早く馬車に向かおう。」

 女性は唖然とした。そして確かにモグラが言ったことは正しかった。


 昨晩。あれから落ち着いたモグラに対してどうにかして依頼を譲ってもらえないか粘った結果、プレジスの護衛として雇うという結論に至ったのだ。

 モグラは渋々とプレジスの護衛証明書を書きながらもこの条件を提示したのは、「美人に危害を加えてはならない」というポリシーからくる罪悪感もあったからだ。

「あいつ。名誉とか評判とかそんなのはどうでもよく考えてるからなぁ……まぁとりあえず嬢ちゃんが護衛した証明として書いとくが、俺が許可したって言った方があいつは理解すると思うぜ?」

「プレジスにとっては眼中にないでしょう?」

「そんなのは10年も前の話だ。今はなんでもやるだけの協会の人間ってだけだ。」

「彼はそんな風には考えていないようですが?」

「あいつは特殊だ。プレジスとして仕事をすることだけを考える。依頼さえこなせれば他のもんなんて気にもしねぇし、それで4年以上やって来たんだ。今じゃ他のプレジスにも恨まれる始末だ。」

「そんなのを野放しにしてるのね。」

「言っただろ?あいつを止められるやつなんてもう誰もいねぇ。龍に殺されちまうか不運を願うしかねぇんだ。」

 それを聞いて女性は身震いをする。出来事がフラッシュバックのように断片的に写り、息を忘れてしまいそうになる。幸いにも追体験から戻ることができたのはモグラが証明書を直ぐに書き終えたからだった。

「うっし……嬢ちゃん、名前を教えてくれ。」

「え、ええ。イーディス、イーディス・フラーダ・グラッドストンですわ。」

「………フラーダ……グラッドストン……っと。出来たぞ。」

「助かりましたわ。」

 モグラはイーディスに証明書を見せる。それを取ろうとするとモグラは手を引いた。

「……こいつを手に取る前に一つ覚えといてくれ。」

「?……何かしら。」

「あいつの戦い方を見て、生き方を考えんじゃねぇぞ。」

「何をいってますの?」

「納得いかなくても納得しろ。じゃねぇと自分がワケわかんなくなっちまう。」

 モグラは何を言っているのだろう。何がどうという具体的な説明もなく、ただ気を付けろと。イーディスは言葉の意味を翌日まで持ち越すことなど考えずに頷く。そして、既に眠り始めたランツェと共にイーディスは馬車に乗り込んで山に囲まれた町、テロカルへと向かうのだった。


………

……………

…………………


 馬車は一日をかけて依頼者のいる町、テロカルへとたどり着いた。他にも依頼を受けたのだろう冒険者達が、役目を終えた者達と入れ違いになるように馬車の乗り降りをしていた。

「始めに何処に行くのかしら。」

「酒場。店主に依頼を受けたことを伝えて情報を貰う。依頼者が何処に住んでるかなんて知らないし、酒場側から事の経過を伝えてもらった方が早い。」

「はぁ……」

 テロカルの町には何度も足を運んでいる。酒場の場所を覚えているランツェは寄り道もせずに酒場へ向かい、イーディスは周りを見渡しながらその後ろに付いていった。

 酒場に入ると店主の明るい声が二人を歓迎する。それがランツェであるということがわかると店主はすっとんきょうな声をあげた。

「おや、ランツェさんではないですか。また依頼の方ですか?」

 ランツェは店主の事を全く思い出そうともせずに、ただ依頼書をカウンターの上に広げた。

「グリフォンの討伐。この辺りで鳴いてる山は?」

「この町の依頼ですね……グリフォン……それでしたら確かデグネス山の方でしょうか。ここを出て左側の山ですよ。」

「そうか。」

「貴方なら簡単に済んでしまうでしょう。今日の宿はこちらにしておきますか?」

 店主はニコニコと答えながら、ふとランツェの後ろで物珍しそうに周辺を見ているイーディスに目がいく。

「ところでそちらのかたは?」

「護衛」


 店主はその一言に「は?」と甲高い声を出す。それに気がつきイーディスは店主の方を見ると、店主はやや忙しなく「本気ですか?」と一言呟く。

 ランツェは何の躊躇もなく頷くと店主はとたんに笑い声をあげ始めた。

「冗談でしょう!?貴方に……護衛……」

 笑うのは失礼だと体を押さえ息を止めるが、愉快な声が時より漏れだし、どうしても止めることはできなかった。

「モグラの指示」

「くっ…ふっ。そ、そうでしたか……金章のプレジスに銅章の冒険者が護衛とは……あ、貴方の気苦労も耐えませんね。」

「腕章は名誉と時期。実力は関係ない。」

「ふ、ふぅ……そうですね。申し訳ないです。話は戻りますが、宿はどうしますか?」

「夕暮れまでに戻らなければ」

「分かりました。ではこちらで依頼の方は伝えておきます。」

「助かる。」

 その場をあとにするランツェ。イーディスもその後について行くが店主を睨み付け、店を出るまで顔を膨らませ不機嫌そうにしていたのだった。


……………


「なんですの!あの失礼な方は!」

 足踏みは重く、力を込めながらランツェに愚痴を漏らしていた。

「私は冒険者ですわ!協会が認めた正規の冒険者であるにも関わらず、大笑いだなんて!」

 ランツェはなにも言わず、店主に言われたデグネス山を目指してただ歩いていた。

「全く……腕章ごときで判断して、なんだというのです。この腕章がそんなに重要だというのですか!」

 イーディスは自分の右腕につけている腕章を怨むように言葉を吐く。それを聞いてランツェは軽く振り返る。

「腕章は職業によって紋様も違えば重要さも変わる。自分の尺度でしか把握できない言葉なら気にするだけ意味がない。」

「重要って……腕章に意味なんて……」

「冒険者は名誉。酒場は人気。刀匠やマギ師のような生産と販売は資格。職業によって腕章によって意味は異なる以上、それを人目で示すために協会が試験として用意し、それが最終的には信頼として扱われる。」

「信頼……そんなの聞いたことなかったわ。」

「誰もそんな風に思わなくなったからだ。」

「……それじゃあ結局自分の尺度でしか見れないじゃない。」

 落胆した声にランツェは一呼吸おいて「そうだな」と肯定した。


 森の中に入り徐々にそのまま山道となる所を歩いていくと、徐々に人が通ったという形跡は無くなるものの、木の生えていない道筋は上へ上へと続いている。

「ところで、先程の方はやけに貴方の事を知っていましたのね。」

「あの町には何度も行った。それにプレジスに対して関心があるんだろう。」

「期限内に依頼が達成されなかった場合、それが保証付きのもので、尚且つその店にプレジスがいればその依頼を冒険者の代わりに執行することができる。でしたわよね?」

「プレジスについては流石に知ってるのか。」

「ええ。プレジスの設立によって依頼の受託期限は短くなり、貴方達協会に認められたエリートと冒険者の名声が比べられることになったのだから。」

 イーディスは皮肉を強調するように声を上げ下げするが、ランツェはプレジスについて調べていることに関心を持った。

「依頼を受けなくても貴方達は毎月、酒場からお給金も貰える。依頼をこなせばそのお金も貰えるのですからいい話ですわよね。」


 ランツェは上半身をイーディスの方に向ける。

「依頼をこなして貰えるのは全体報酬の2割。給料は基本的にその土地で暮らせる最低限の額。」

「だけれど家や装備は、領収書を発行すれば店持ちになるのよね?」

「必要だと判断されれば、協会が費用を代わりに払う。」

「衣食住が必要ないなんてあるわけないわ。」

 ランツェはなにも言わず、前を見る。あまりにも露骨なそれはイーディスにある疑問を沸かせた。

「……領収書……だしていないの?」

「……協会が認めなかった場合は店側が払うことになる。食事や装備はなんとでも出来るし、家はモグラが出している」

「貴方はエリートなのでしょう?なら協会は……」

「そんな装備や食事が無くても依頼の一つや二つは簡単にこなせる。それが協会の言い分。」

「それって……」

 ランツェは大岩に飛び乗り、辺りを見回しながらイーディスに話す。

「協会は、プレジスを必要としていない。だから自分で何とかするしかないんだ。」

 必要とされていない。それなら何故、目の前にいる男はプレジスなんかを続けているのだろう。イーディスは立ち止まり、ランツェを少し離れたところで見ていた。

「岩肌がある。グリフォンはあの場所かもしれない。」

 ランツェは見つけた場所に向かって道筋になっていない岩々に飛び乗り、直進していった。

「ちょっと……待ちなさいよ!?」

 岩の向こう側に消えてしまったランツェを追いかけようとするが、彼女の装備ではせいぜい手の届く高さの岩にしか登れない。手を伸ばしたり跳ねてみるものの状況が変わることなどなく、イーディスは反対方向から山道を駆け上がり、数十分を要して彼が言っていた岩肌の付近にたどり着く。


 息も絶え絶えに辺りを見回すと、退屈そうに岩を背にして座るランツェの姿があった。

「遅かったな。」

「遅かったじゃありませんわよ……貴方と違って私は装備が重いのですわ」

「その装備なら、寧ろ体力は有り余ってなければ死ぬと思うのだが……」

 ランツェは岩影から顔をだし、周囲の様子をうかがう。

「……何をしてますの?」

「グリフォンだ。あの場所が寝床なんだろう。」

 ランツェが見ている所を確認すると、そこには巨体を隠すほどの翼をまるで布団のように使って全身を被い、虚ろながらも大量の木々によって組み合わせられた鳥巣から頭を出して周囲を確認するグリフォンの姿があった。

「あれが……グリフォン……」

「もう少しで完全に目を閉じる。そうしたら頭を貫いて……」

 ランツェが背負っていた弓に手を伸ばそうとしたとき、イーディスは岩影から飛び出してグリフォン目掛けて矛を構え、全速力で駆け出したのだ。

 ランツェが気づき、静止を促そうとしたときには既に遅く、地面を蹴る度に鎧の擦れる音がグリフォンの耳に、その音の方から矛先をこちらに向けた人間の姿を眼に捉えてられてしまった。

「うあああぁ!!」

 走りながら力をいれやすくするために矛を持ち直す。グリフォンはその様子から少なくともこちらに敵意を持っていると判断し、立ち上がる。

 イーディスの背丈など優に越すその巨体を目の当たりにしても、彼女は既に矛を止めることは出来なかった。

 間合いに入りイーディスは矛を振り上げる。そのまま力の限り振り下ろすと、矛は立ち上がりきったグリフォンの首元に深く突き刺さったのだ。

 浅い――。ランツェはグリフォンの頭部を狙って弓を引く。だが、そのまま矢を放つことはなくただじっと待っていた。


 ―キュオォォォォォォォォン!!


 グリフォンはその場で暴れまわり、悲鳴が空に木霊する。辺りが振動するほど高く響くその声は耳を押さえたくなるほどだった。

「ぐっ……!」

 イーディスはその衝撃で、矛を引き抜く形で地面に叩きつけられる。グリフォンの足元に転がり、同時にその足が大きく降り上がった。

「っ!この!!」

 頬を霞める形で振り下ろされた足を避け、手の平を向けて詠唱を行わずに火矢を放つ。精度自体は低くも放射状に広がり爆発する矢は真上にいるグリフォンの身体に強い衝撃を与え、もう一度振り上げようとした足とは反対の方を軸にて倒れる。


 ―キュオオォォォ!!


 もう一度悲鳴が木霊する。イーディスは立ち上がり矛を構え直し首に狙いを定める。

「……!待て!まだ鳴いて……!」

「あぁぁああああ!!」

 力を込めて振り下ろした矛は、首の骨で受け止めるまでに深く到達し、グリフォンは悲鳴を止める。

 彼女は既に冷静ではなく、もう一度矛を引き抜き振り下ろす。骨に勢いを止められてしまい、切断することが出来ないことに焦りを感じ、もう一度振り下ろして骨を砕いたのだ。

「っ……はぁ…はぁ。」

 疲れによって周囲の状況を冷静に見れるようになるとおびただしい量の血が矛を濡らしていることに気がつき、イーディスはようやくグリフォンを殺すことが出来たと実感する。

「…や、やった……!」

 達成と興奮による快楽が彼女に笑みを作らせていると岩影から不愉快そうに見つめるランツェの姿を見つける。

「ほら!やりましたわよ!こんなにも簡単に!」

 自慢げに言葉を弾ませるイーディスの元へ歩きながらランツェは周囲を確認する。

「あんなもの達がなんと言おうと私はやったのですわ!当然よ!」

 横を通りすぎ鳥巣近くの平地に矢筒を置くと、筒から紐で縛ってある杭を引っ張り出して、地面に突き刺していく。


 杭の音を聞いてイーディスは振り返りその光景を不思議そうに確認する。

「何を……してますの?」

「戦闘準備。」

「準備……そんなことしなくてももうグリフォンは死んでますのよ?他に何が来るというのです?」

「…………」

 ランツェは二本の杭を打ち込み振り替える。

「やっぱり、知らないんだな……」

「何がですの?」

「……グリフォンの悲鳴を止めると言うことは、助けを呼べる状況じゃなくなったってことだ。つまり今、私は死にましたという事を周囲に知らせる結果になったんだ。」

「グリフォン程度がそんなことわかるはず……」

「メルフォラは基本的に群れを形成することはないが、単純な命令ですぐに統率を取れる厄介者だ。」

 ランツェは矢筒の前に立ち、短杖を構える。

「この物に大気の守りを与えたまえ 天上を憐れみ慈しむ者に願いたまう ヴェール」

 矢筒全体が光輝くと、ランツェはその中の一本を手に取り全体を見回す。

「確かにかかってる……聖霊術も奥が深いな。」

「さっきの話は本当ですの?」

「周りに同種がいなければいないで済むことだ。いるならもうすぐ……」


 ―キュオオォォォォォォン!!


 遠くでグリフォンの鳴く声が聞こえる。それも単体による者ではなく幾つかの鳴き声が連鎖的に地平線から聞こえてきたのだ。

「!!」

「死んだことが伝わったみたいだな。準備をしておけ。」

「そんな……逃げないのですか?」

「依頼を破棄するのか?」

「グリフォンは討伐したではありませんか!」

 ランツェは自分のポーチから折り畳んだ依頼状を広げて見せる。

「書かれているのは、“鳴き声がうるさいから討伐して欲しい“……だ。この鳴き声はお前の耳には届かないのか?」

「……っ。」

 ポーチに依頼状をしまい直し、弓を引く。

「来るぞ」

 言葉と同時にグリフォンの群れが雲を突き抜けて集まろうとする。イーディスはその光景にたじろぎ矛に身を寄せるが、ランツェは顔色を変えることなく引いていた矢を放った。

 保護をまとった矢はグリフォンが放つ乱気流をもろともせずに直進し、向かってくる一体の頭を貫く。力が突然抜けたように地面に落下していく同種を視線で追いかけはするものの、彼らの戦意は変わらなかった。


「一体じゃ無理か。」

 ランツェは矢筒を水に手に取り、弓の弦にかける。その間には既に彼の狙いは定まっており、弓を引き絞りきった反動をつけて、まるで風が嘶いているかのように強く矢を放っていく。

 放たれた矢はどれも正確に迫ってくる鳥獣を捉え、突き刺さった獣達は皆、頭を垂れるように地面に墜落していく。

 見ると、どれも頭に一本の矢が刺さっているだけであり、それ以外の傷は少なくとも今出来たものではなかった。

「……………」

 イーディスはその光景に思考が追い付かなかった。彼女は未だ、矢がグリフォンの翼から放たれた乱気流をもろともせずに飛んでいくことを理解する事ができず、ただそれをまじまじとそれを眺めてしまっていた。

 彼女が背後から襲いかかって来たグリフォンに気がつくことができたのは統率のための鳴き声による幸運だった。背後から響いた声にイーディスは振り向き、持ち手をつき出す。獣の足が持ち手に強く押し付けられ彼女はそれに耐えられずに情けない声と共に尻餅をついてしまった。

「っひゃ!………」

 グリフォンはもう一度突撃しようと高度をあげようとするが、ランツェがそれを逃す訳もなく、放たれた矢に当たり斜面から転がり落ちていった。

「起きれるか?」

「ええ……」

 イーディスは矛を地面に突き立て、立ち上がろうとする。

 人の事をただ見ている暇などなかった。自分も戦わなくてはと心の中で唱える。矛が届かないのであれば、魔法で撃ち落とせばいい。マナを抑える為の魔法石は懐に忍ばせている。恐れる必要などないと彼女の中で奮い立たせ、空を見上げる。

 そこには視界に映る空を半分以上は隠す鳥獣の大軍がそこにはいた。鉛色の空によって獣達の姿は目立ち、こうして見ている今現在でさえ、一体。また一体と雲を突き抜け、敵意を向けた眼差しの数が増えていくのだ。


 ―死ぬ。奮い立った勢いなど砂のように流れきり、彼女はこれから死ぬ以外の事を考えることが出来なくなった。自然と身体の力は抜け、上空から迫る死の大軍に彼女はもう戦うことを止めたのだ。

 視界はぼやけ、黒い靄のような物体が死を告げる音をならし徐々に大きくなっていく。きっとこちらに向かっているのだろうと欠片ほどの意識が危険を伝えるが、応えるために頭差し出すようにして目を閉じ、彼女は待った。

 肌に感じる風が強くなり、一瞬だけ強い突風が吹く。それから何度か強い羽ばたきの音が聞こえ、もう一度高い音が響いた。

 それからも彼女は待っていたが死はいくら待っても来ることはなかった。僅かに感じ取れたのは地面を叩く音と滴り落ちるような水の音であり、彼女は疑問を覚えた。

 水など何処かにあっただろうか?目を開けて彼女は顔をあげた。


 視線の先には1人の男がいた。赤黒い髪を靡かせ、片腕で鳥獣の嘴を握りしめ、片足でその足の付け根を踏みつけていたのだ。男はただ無表情で空を見上げると、何かを呟きゆっくりと嘴を掴む腕を外側に捻り始めたのだ。

 痛みを恐れ必死の抵抗をしようとするが、彼女には既に気絶している鳥獣の一体を締め上げてるとしか思えなかった。

 なぜなら、抵抗するならば翼を使うと思っていたからだ。それなのに今目の前に映る獣はまだ動くであろう手足を痙攣させ翼を動かしているようには……

「あ……」

 思わず魔の抜けた声が漏れた。

 男が持っている獣には翼がなかったのだ。身体を覆い隠すほどの翼が見えないなんて事はあり得ない。無意識に近づき確認しようと、這うように手を前に出す。


 ピチャリ――、水の音がなる。それは籠手の軋む音とほぼ同時に聞こえた。前に出した手を持ち上げ見ると、手の平には真っ赤な液体がベッタリと付いていた。それが何なのかが分かろうとした時、空にいた鳥獣の群れによる怒りが鳴り響いていることにハッとして彼女は周囲を確認する。

 眼下に広がったのは、鉄の臭いを帯びた赤い液体の海だった。肉の塊と翼が点々と海に浮かび、その源泉とも言える位置にランツェと今まさにおびただしい量の血を流すグリフォンが見せつけられるように拷問を受けていたのだ。

 目を閉じている間に何が起きたのだろうか。彼女にそれ知るための手段はなかったが、これから何が起きようとしているのかだけはしっかりと見る事ができた。

 ランツェは腰に下げていた細身の剣を握っていた。其を使い、グリフォンの腹に切り口を作ると彼は一度上空を見る。鳥獣達は怒りを見せようともこちらに迫ってくる様子はなかった。その様子を見て彼はゆっくりと嘴を握りしめる手を上へと上げる。

 身体はギリギリと鳴るようにして痙攣を始める。抵抗をしようと頭を動かすが彼は其を無視して、手の力が徐々に捻り上げていくものに変えていく。腹の切り口からは血が徐々に溢れ始め、次第に勢いは変わらないままその量だけが増えていくと次第に切り口から上と下を繋ぐ為の肉と皮の量が減っていったのだ。

「もういいか」

 ランツェが呟いた言葉を今度はしっかりと聞き取る事ができた。そして、それがもう「用済み」であるという意味だということも彼女には理解できた。


 ブチリ――、その言葉の直後。肉の弾ける音が獣達の声をかき消す。腕を勢いよく振り上げると、グリフォンの身体は真っ二つに引き裂かれたのだ。ランツェはそのまま鳥獣達が見ている方向へ残骸を見せびらかすように軽く腕を振る。

 鳥獣達は怒りの声を震わせる。ように思えた。確かに鳴き声は一層に大きくなったが、先程までとは違って声に統一された意志が無いように思えた。

 やがてその内の一体が雲の中へと逃げ出すと、それに追従するように各方面へと飛んでいき、徐々に夕暮れを示す光が雲を照らす頃には空を覆い隠していた大軍は何処かに消え去ってしまった。


「終わり」


 空に向かって呟く。イーディスはその言葉を聞くとその場に崩れ去るように倒れ、眠りについたのだった。

「……?」

 倒れる音を聞いてランツェは振り向く。眠っている彼女の姿を見て、きっと疲れたのだろうと彼女を抱えて少し離れた場所で寝かせる。

「血で臭い……。水と火で片付けないと」

 装備の幾つかを近くの岩に立て掛けると、そのまま彼は先程の場所まで戻り適当に捨てた残骸を拾いにいくのだった。



4章「帰宅」



 パチパチと焚き火の音がなる。その音で目を覚ましたイーディスが起き上がると対面で火を見ていたランツェが気づく。

「起きたか。」

「あれ……ここは、何処ですの」

「岩場から少し降りたところだ。流石にお前を抱えて夜を歩くのは嫌だから今日はここで寝る。」

「……グリフォンはどうなりましたの?」

「帰った。流石にあれ以上は疲れるし、面倒になる前に帰ってくれて良かった。」

 ランツェはおもむろに麻袋に入った水を渡す。

「水。」

「助かりますわ。」

 やや掠れた声を潤しながらイーディスはふと横目に、焚き火よりも明らかに高さの違う炎が少し離れた位置で勢いよく燃え盛っている事に気がつく。

「……あれは……?」

「……ああ、後始末だ。グリフォンの焼けた臭いは同族や他の魔除けにも聞く。あれだけ火が上がるならしばらくは何も寄ってこないだろう。」

「焼けた臭い……」

 イーディスはうつむき、考え事をする。しばらくすると彼女はうつむいたまま口を開いた。

「私はまた、失敗してしまったようですわね。」

 焚き火を弄る手をやめ、彼女の方を見る。

「私は、知識や力は少なくとも周りよりあると自負していましたわ。学校でも負けたことなんてありませんでしたし成績だって優秀。なのに、周りにも先生にも"お前は冒険者に向いてない"と言われましたの。」

「……グリフォンの生態についてか?あれは知らなければ……」

「知ってましたの!でも、せいぜい山にいるグリフォンが対象になると考えていましたわ……所詮は獣……その程度のものだと自分の中で納得していましたわ。」


 彼女は青ざめた表情で言う。

「"お前は冒険者としては臆病だ。だから持っている知識も力も使えずに失敗をする。お前は冒険者に向いていない"……卒業前に校長先生から言われましたわ。確かにその通りでしたわね。怖くなって頭の中が真っ白になって……そして、諦めた。」

 一呼吸整えて、彼女はランツェに向かってやや強ばった笑みを浮かべる。

「貴方がいなければ私は死んでいましたわ。ありがとう……ございます。」

「感謝される筋合いなんてない。それに本当の臆病は依頼さえも受けないことだ。」

「それは依頼を成功させれば、私を認めて貰えると思いましたし、何より受けなければ始まらないと教わりましたから……」

「依頼を受けるだけ受けて、無理だと分かれば命を差し出す。そんなのは臆病者じゃなく、裏切り者だ。」

「裏切り……者……」

 ランツェは持っていた枝を焚き火の中に放り込み、横においていた枝でまた火の中をつつきながら話す。

「依頼人は依頼を解決してほしい。その為には大勢の人間が犠牲になっても構わない――と、そう考えていた。だがそんなのは古い話だ。今は達成するのが当然だと、冒険者は無意識による期待と信頼をおかれてる。お前はその無意識を裏切って死ぬことを選んだ。」

 ランツェはイーディスを見る。その瞳は冷えきっており、映り込んだ火がやや不気味に見えた。

「名誉なんて言えば簡単だ。名誉ある行動。名誉ある実績。名誉ある死。そんななんにでも捉えられる物、他から見ればそんなものどうだっていい。ただその人間が信頼できるか、――それだけだ。」


「……信頼……私は」

 うつむく彼女を見ながらランツェは持っていた枝の切れ端を火に捨てる。

「幸いにもお前は生きている。裏切り者ではなく、生きて帰ってくるのが当然の冒険者として。」

「ですが私は何も……」

「グリフォンを殺した。そして戻って依頼完了の報告をする。それ以上が必要か?」

 うつむいたまま彼女は首を横に振る。しばらくして、彼女は顔をあげて問いかける。

「あの……貴方のその力は一体……」

「…………呪いの副作用だ。その力を使ってる。」

 平然と答えるランツェにイーディスは目を丸くする。

「……怖く、ありませんの?呪いの力なんて……」

「自分の意思では使ってない。だが使わずに死ぬのなら、呪いだろうと力を使って生き延びた方が得だ。それに、魔法だってそうだ。」

「魔法も?」

「体内に溜まるマナを使って想像を具現化する。魔法の概念はその一言しか書かれていない。其を安全なものだと。呪いではないと言えるか?」

「そう言われますと……私にはどうにも……」

「捉え方や習わしなんてそのときの考え方で全部変わる。偉人が臆病が武器だと言えば教祖は魔法が神が与えた力だと言う。乞食が金は悪魔と言えば富豪は時間を才能だという。結局信じられるのは自分がどう考えるか。考え方次第だ。」

「……なんだかとても大変な生き方ですわね。」

「モグラにはもう少し可愛いげを持てと言われてるがな。」


「フフフ…」

 イーディスは口に手を当てて笑う。青ざめた表情はいつの間にか、反射する火の灯りでオレンジ色の肌に見えるまで明るくなっていた。自然な笑みを見せ彼女は明るげに言う。

「そうですわね。考え方次第ならこれからの事をしっかりと考えてみますわ。」

「……そうか、だが考える前にそろそろ寝た方がいい。俺は火の方を見てくる。」

 ランツェはそう言いながら立ち上がり先程の場所へ戻ろうとする。

「あ、あの!」

「?」

「その……携帯食料がもうなくて……もし、余っているのなら少しいただければと……」

「ん。……芋の砂糖干しと……後は肉なら沢山あるが。」

「肉……い、いいえ。芋だけ頂けますか?」

「グリフォンの足の肉は筋肉質だが繊維上に裂けやすい。特に新鮮な内は甘味も強いが。」

「いえ……大丈夫ですわ。」

「……雄は小振りで食べやすい……」

「要りません。」

「…………そうか。」


……………


 後始末として焚いていた炎は翌朝には消え、代わりに大量の灰と、周囲には木にグリフォンの翼や足をロープで縛り、ぶら下げた物があった。イーディスがその事を尋ねると「翼は細工師に。足は血抜きして置けば保存食に。灰によって虫も寄らなかったはずだ。」と答えた。

 ランツェは山になった灰を吹き飛ばすと、その中から形も大きさもバラバラな真っ黒な物体を幾つか拾い上げる。これも「炭焼きだ。錬金術師と、細工師にだ。」と拾いながら答え、彼女の方を見て言う。

「何かいるものはあるか?」

「私もいいですの?」

「流石に二人分の用意は出来なかったが初めから山分けはするつもりだ。好きなものを持っていってもらって構わない。」

「……では、この爪を……」

「雌の爪か。ならこれも細工師に渡せば上等な装飾品も作れるはずだ。」

 ランツェはそう言いながら持っていた黒い物体を渡そうとするがイーディスは首を横に振る。

「これは、記念に持っておきたくて……」

「……そうか。だったら翼を持っていけ。羽を織れば防寒具にはなるはずだ。」

「……少し大きくありませんこと?」

「加工する腕があるなら構わないが、どちらにせよ持って帰らないと面倒事が増える。」

「……私が運ぶのですね。」

「そうしてくれ。少な目にしたつもりだったが結局運べない量になってしまった。」

 ランツェはまるで人一人が入っているかのような麻袋を2つ両肩にかけ、イーディスは巨大な翼と身体を縛り付けて持ち帰ることになった。大きなため息を付きながら翼を背負い、町についたのは昼前であったがそこから彼女の煩わしい一日が始まった。


 昨日のグリフォンの大軍は町にも当然見えていた。何か問題があったのだろうと騒ぎになっていた為に二人の姿を見や否や町の人は事情、安否を尋ね、行商人は儲けの話を持ちかける。ランツェがプレジスであるということから早々に話題からは外されたが、イーディスはそうはいかなかった。

 結果的に彼女が人の波から解放された時には日は西側に傾き始めていたときだった。うんざりとしながらランツェの姿を探すと、既に酒場で依頼の報告を行った彼は一足先に馬車に乗り熟睡をして待っていた。

 涼しい顔で眠っているランツェの姿は幾ら待っていたとしてもイーディスの怒りを買う事になり、嫌がらせに顔に背負っていた翼を乗せて放置をした。だが、その状態のまま彼はまるで死んだように眠ってしまっているのを見てどうにもバカらしく感じてしまった彼女は、疲れも合間って横になって眠ることにした。

 深く眠りに落ちる合間、ふとイーディスはモグラに言われた事を思い出す。

 納得いかなくても納得しろ――。モグラが言ったことはどうにも曖昧に感じたが、同時に分かったような気がした。

「生き延びる……その為の強さ……」

 うわ言のように唱えながら彼女は目を閉じた。


……………


 馬車は翌日の昼にはリースフラムへたどり着き、イーディスは眠り続けるランツェの頭を叩いて起こす。眠気眼を擦り大あくびをする姿からはグリフォンを大量虐殺した時の雰囲気等まるで感じなかった。

「では、ここでお別れですわね。」

「……ああ、そうだな。」

「……まだ眠そうですわね。」

「当然だ。眠いからな。」

 焦点が定まってないかのようにランツェの頭がフラフラと動く。それを見てイーディスはため息をついて言う。

「貴方に対して抱いた恐怖心なんて今となってはなんだったのか分かりませんわ。」

「考えるだけ無駄だ。その時その時で人の感情なんて変わるものだからな。」

「……今はどう考えてますの?」

「帰って眠りたい。」

「……はぁ……。なんだか変に考えすぎてる私の方が苦労してるみたいですわ。」

 イーディスは前に手を出して握手を求める。ランツェもそれに気がつき、応える。

「色々考えないように、これからの事をちゃんと考えてみますわね。」

「そうか。」

 手を離してイーディスは最後に笑みを見せると、背を向け歩き始めた。始めに見たときとは変わって何処か吹っ切れたように表情は明るかったがランツェは既にその事など覚えておらず、ただ彼女が背負う翼は重そうだなと考えながら酒場に帰ることにした。


 相変わらず埃が溜まったような外観を見るたびに掃除をしなくてはという焦燥感に刈られるが既に何もかもが面倒になって眠っている頭ではそんなものなど無意味に近かった。

 軋む扉を開けて中にいる常連に返答を聞かないツケの催促をしながらカウンターに向かう。丁度店の奥から出てきたモグラはランツェを見や否やカウンターの下から一枚の紙を出す。

「内容は。」

 彼の目はいつもの冷えきった物へと変わっていた。

まとめて1話分と思ってメール投稿したら章ごとにまとめられなくて半日過ぎました。読みづらくてごめんなさい。

このお話は「そういえばゲームのクエストとか依頼って期限付きがあるけどダメな場合はどうなるんだろう」と思って自分なりの理由づけに書いてみたのがきっかけです。いろいろとファンタジー感を出すために色々と言葉を出してみましたがあんまり深く考えてなかったです。

ではでは

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