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隔てた食事 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 やあ、こんばんは。またしかめっ面しながら、キーボード叩いているねえ。そのゼリー飲料と携行食の組み合わせ、いかにも追い詰められていますって感じが半端ないんだが。

 そりゃアーティスト活動において孤独になりたい気持ちは分かるが、コミュニケーション取るのも、題材探しには大切じゃないかい? 

 こう、もっと襟元を開くというのも手だよ。画面から顔離してさ。「いかにも暇ですよ〜」って雰囲気を醸し出すのも、ありなんじゃない? だいぶ話しかけられやすくなると思うよ。あとは自分から話しかけにいくとかね。

 まあ、僕なんかが説教できる立場ではないけど。

 

 ――第一声からドン引きされたから、しばらく声をかけに行きたくない?

 おお……そりゃ、ご愁傷様だ。一発目から地雷を踏む可能性って、ゼロじゃないからなあ。

 まったく人付き合いってのは、趣味からその日の心情まで、細かいボーダー変更が多すぎる。勇敢に向かった人が、銃口突き付けられてホールドアップとか、溜まったもんじゃない。それが二度、三度と続いたら……簡単に人間、というか自分不審だよねえ。

 せめて相手にそんな思いをさせないよう、常日頃、自分の心の敷居は低く、裾野は広く、地雷は極力撤去しておきたいものだね。

 まあそれには「コスト」がかかる。ほいほいできるなら、それは素晴らしい才能だ。たいていは、今の君がやっているように、「立ち入り禁止」のロープでも張っている方が、よっぽど楽だろう。

 それでも、自分の周りが何をしているかは、できる限り把握するようにした方がいいだろうね。

 そう思ったきっかけの話、聞いてみないかい?

 

 僕は昔から自分の好みを、誰かに見せるのが嫌いだった。というのも、僕は自分に興味のあることしか、関心をなかなか持てなくてね。その手の得意の話題が出れば、これでもかというくらい舌が長くなるんだが、それ以外はほとんど口を出さなかったよ。

 怖かった。にわかだって、バカにされるのが。

 だったら自分の熟知したフィールドのみで勝負する。それが恥をかかないのに大切な心構えだろ? でも、はたからみたら、気にくわない奴この上なかったみたいだ。

 ある時。興味のある話題が上がったとたん、それに乗りこんでいった僕を見て、ひとりがうつむきながら、ぼそりとつぶやいたよ。

「また、おしゃべりになりやがったよ」って。


 その一言で察したよ。いかに自分がうっとおしがられていたか。そして、いかに自分の生きていけるフィールドが、限られているのか。

 彼には、卑賎で矮小な趣味に思っていたかも知れないけど、当時の僕にとっては、世界のすべてと言ったって過言じゃなかった。聞こえていないふりをして、話を続けていたけれど、口を開くたびに取り込む空気が苛めてくるかのような痛みが、肺の中でチクリチクリと走ったよ。


 それから僕は、自分をあまり出さないように、心掛け始めた。話に加わるのはもちろん、服とか筆記用具を始めとするグッズ。それらをひたすら無地で目立たないものばかりにし始めたんだ。

 以前は「わあ、どこで買ったのそれ?」とか「いいなあ、うらやましいな」という言葉を素直に受け取って喜んでいた自分がいた。

 でもあの言葉を受け取ってから、それらの言葉の後ろに見えないカッコで「お前が持っている限り、台無しだけどな」と付け足されているような、そんな気がしてしかたなかったんだ。

 口に出さなくても、貶められている。持ち物を褒められると喜ぶ人もいるだろうけど、僕は怖くて仕方なかったよ。

 被害妄想? いいさ。そう思ってくれて結構。

 あの言葉を耳にした時から、誰ものぞけない僕の心の中に、抜けない茨が刺さったんだ。ふと気を抜くと、目からポトポト、赤い何かがこぼれ落ちてしまいそうだよ。誰も見えないけどね。

 この痛みは、妄想でも何でもない。僕が味わった真実だ。

 

 そんな調子の僕が、給食のなくなった高校時代。便所飯をいただくようになるのに、さして時間はかからなかった。

 中身を作ってくれたのは母親で、具とかに評価や突っ込みをもらっても、それが僕の評価につながるわけでもないのに。

 関心のポーズ。そして、そこに隠されているだろう「カッコのついた言葉」。そんなものたちにさらされるなど、ノーサンキューだ。僕は物理的にも壁を作る、うってつけの場所を手に入れたんだよ。

 

 ところで便所飯の経験、君にはあるかい? 実際やるとしたら洋式じゃないときついよ〜。和式だと色々な悲劇が巻き起こるからね。

 フタができる便座の上。ここが僕なりのベストポジションだよ。ちょっと傾斜のあるポリプロピレンだけど、味気ない木の机よりも旅行先の雰囲気に近づけるかな。気分は、一人ビジネスシートだね。はは……。

 誰にも見られないため、出入りに気を遣わなきゃいけないってのが、あの特等席の利用料ってとこ? 慣れればいいものだよ。

「鼻をつままれるもの」。たとえ自分の思い込みだとしても、そんな奴が居座るのに、これほど空気を読んだ場所もないだろう?


 そんな四方を囲まれたくぼ地での食事に慣れ始めた頃だ。

 便座の上に、弁当を広げる音を消すためのハンドタオルを敷いていると、誰かがトイレに入ってくる気配がした。

 別段、驚くことじゃない。用を足している音を聞いて食欲を減衰させるなど、すでに通った道。他人事として、連想を切り捨てればいい。

 だが、そいつはよりにもよって、僕の隣の個室に入って来た。四つ並んでいるもののうち、僕は一番奥の洋式だから、奥から二番目の和式。埋まっている場所のすぐ隣に入るとか、ストーカーかよって思ったね。

 こうなると僕がどう思うかより、相手がどう思うかの方が大事。僕は頭と想像を働かせる。食事の物音を立ててしまい、勘ぐられて、先生を始めとする誰かに密告されるパターンが、真っ先に考え付いた。

 便所飯禁止令が出たら、どれだけの先生が見張りに動員される? 僕は熱心な生活指導の先生の顔を思い浮かべた。あの人なら、ひとりで全部のトイレをめぐるなど、何の抵抗もなく遂げ続けるだろう。何ヶ月でも。


 知られちゃダメだ。あの居場所のない空間の中で、衆目にさらされながら食事など、耐えられる気がしない。悟られてはならないんだ。

 僕は弁当箱を膝の上に乗せると、そっと蓋を開いて便座に座った。たとえ下をのぞかれても、足の向きなどでは用を足しているようにしか見えないだろう。

 すでに休み時間に入って五分は経過している。僕の高校の昼休みは四十五分間。隣の奴をやり過ごしてからだって、まだまだ余裕はある。僕は下から見える偽装風景のために、ズボンも下ろして、じっとその時を待つ。


 十分……十五分……。先ほど誰かが入ったきり、隣の個室では動くような気配を感じない。ただ「クチャクチャ」と何かを咀嚼している音だけ、ずっと響いてくる。

 最初はガムかと思ったけれど、音がやけに変わる。水気を帯びているものばかりでなく、「モゴモゴ」とほっぺたいっぱいに頬張ったものを、必死につぶそうとしているような、曖昧あいまいな音さえ感じる。

 相手も食事をしているんだ、と僕は感じた。となると、ここは開き直って僕も食事を始めてしまうか、それとも用を足した振りをして、この場を後にしてしまうか……。


 結局、僕は便所飯を諦めた。壁ごしとはいえ、誰かと一緒に飯を食べる。その空気がまだ、怖く思えていたから。

 使っていないトイレへ律義に水を流し、あくまで本来の使い方をしているかのように装った。わざわざ出てこないお通じを装うために、「水音の源」として、母親の作ってくれた弁当の一部を便器の底に捧げた上で、だ。

 

 僕の弁当箱は、男子にしては小さい。制服の上ポケットの中に入るくらいだ。

 弁当箱を堂々とぶら下げていたら、発覚の危険が増す。働き盛りの腹にはきついが、安寧には代えられない。僕は平静を装い、閉じられた隣の個室の前を通り過ぎようとした。が、気づいてしまったよ。


 臭いんだ、その個室。臭いがきついものは、便所飯で御法度だと思っているんだけどね。

 けど、今回の臭いはにんにくとかの、食べ慣れたもののそれじゃなかった。中身がなくなりかけたスプレー缶、あれにそっくりだ。

 けれど、噴射音はしない。代わりに聞こえてくるのは、「ポチャ……ポチャ……」と断続的に一滴ずつ落ちる水音。それらに、炭酸飲料を開けた時のような「シュワシュワ……」という泡立ちが続く。

 咀嚼は、もうやんだ。代わりに「ちゅるちゅる」と音を立てて、何か細長いものを、中にいる誰かは舐めまわしている。

 その音を聞くのは、お祝い事でフライドチキンを頬張る時か。あの骨についた皮、肉、軟骨の一片さえ残さない。そんなきれいな食べっぷりを披露する時に……。

 それらが一斉に、ぴたりとおさまった。僕は、さっとトイレを出ていったよ。

 中にいる何かに顔を見られたらまずい。なんとなくそんな気がしてね。

 

 あの個室は、翌日から使用禁止になった。臭いが原因じゃなく、和式便器の一部が溶けちゃって、水を流すとその切れ目部分からしぶきが飛んでしまうためらしい。

 室内の暑さで溶けるような材質ではないし、その原因解明のためにも、使用はご遠慮願うとのこと。

 そして僕は便所飯を卒業。とはいっても誰かと一緒に食べるわけでもなく、自分の机の弁当箱を広げて、一人でだ。壁代わりに教科書や資料集を広げて、その影で食べ続けていたものだから、いつの間にかがり勉キャラ扱いされていたよ。

 でも、おかげで見えなかったものが見えてきた。

 クラスメートの顔、口に運んでいるもの。目に映るというのはありがたいものだ。それだけでも同族かどうかくらい、判別がつくんだから。

 あの「便所飯」をしていた存在は、今もまた、どこかに籠っているのだろうか。


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