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魔法使いになるっ!  作者: 東メイト
第二章 天城遥編
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第7話:遥の秘密(前編)

僕が遥の勉強の面倒を見始めてから1ヶ月の月日が流れたが、彼女のテストの点数は一向に上がる気配を見せなかった。


簡単な暗記の問題であれば、そこそこ点数が取れるのであるが、数学の計算問題、英語や国語の長文問題、理科全般が壊滅的に酷かった。


(これは一体どうしたものか・・・)

僕は遥のために用意したテスト対策の問題集の点数を眺めながら溜息を吐いた。


(そもそも天城さんはどうしてこんなに勉強ができないんだろうか?)

僕は問題集の前で硬直する遥を見つめながら頭を悩ませていた。


「どうかしたの?」

遥は僕の視線に気が付くと不思議そうに首を傾げた。


「何でもないです・・・」

僕は首を横に振ると再び机の方に視線を向けた。


まさか遥にどう勉強を教えていいのかを悩んでいるとは言えなかった。


(どうすれば・・・)

遥は決して他の生徒達よりも知能が劣っているわけではなかった。


勉強を教えている限り、それなりの理解力を持ち、それなりの記憶力を持っている。ただ、他の生徒達に比べると根本的な何かが欠落しているようであった。


(天城さんに欠けているものとは・・・)

僕は遥のことを理解しようと懸命に頭の血管を張り巡らせた。しかし、いくら彼女のことを考えてもその答えは見えてこなかった。


(もっと天城さんのことを知らなければ、これ以上はテストの点数を伸ばすことはできないかもしれない)

僕は一人で悩むことを止めようと思った。


彼女のことは彼女自身にしかわからない。


「ねぇ、天城さん、1つ聞いてもいいですか?」

「何?」

遥は僕が話しかけると視線をこちらに向けた。


「僕は天城さんのことをもっとよく知りたい。だから・・・天城さんのことをもっと教えてくれませんか?」

「いきなり何を言い出すの?」

遥は唐突な僕の質問に戸惑っていた。


「多分、このままテスト勉強を続けていてもこれ以上は天城さんの点数を伸ばすことができません」

僕は正直に自分の心の内側に止めている悩みを遥に打ち明けた。


「そうなの?」

遥は眉をひそませると悩ましげな表情を浮かべた。


「だからこそ・・・天城さんのことをもっとよく知らなければなりません。だから、あなたのことを教えてくださいっ」

僕は真面目な顔で遥に迫った。


「ちょっ・・・ちょっと待って・・・」

遥は突然の出来事にうまく言葉が出てこないようであった。


「すみません。少し焦りすぎたようですね・・・」

僕は取り乱す遥の様子を見て自分が結果を急かしすぎていたことを反省した。


「あたしのことを知りたいって・・・具体的にはあんたはあたしの何が知りたいの?」

遥は心を落ち着けると僕の質問に対して質問を返してきた。


「そうですね・・・」

僕は遥の何を質問すべきかを頭の中で整理した。


「まずは誕生日とか?」

僕は遥を緊張させないために当たり障りのないことから質問を始めた。


「あたしの誕生日?」

「そうです。ちなみに僕の誕生日は9月の30日です」

僕は遥が答えやすいように自らの情報も付け加えた。


「へぇ、あんたは9月生まれなのね。あたしは7月3日生まれよ」

遥は無邪気な笑顔を浮かべると楽しそうに僕の質問に答えた。


「次は血液型についてですが・・・天城さんは何型ですか?僕はO型です」

「あたしの血液型はA型よ」

「天城さんが好きな食べ物は何ですか?僕は・・・ハンバーグが好きです」

「ハンバーグって・・・お子様っぽいわね」

遥は僕のことをからかうように小馬鹿にした。


「ほっといてください。それよりも天城さんはどうなんですか?」

「あたし?あたしは・・・秘密」

遥は僕にからかわれないように自らの好物については語らなかった。ちなみに彼女の大好物はオムライスである。


「それじゃ、次の質問は・・・出身地は何所ですか?ちなみに僕の出身地は北海道です」

「本当に?あんたも北海道だったんだ。あたしも北海道出身よ」

遥は僕が自分と同じ出身地であることを知ってより強い親近感を懐いた。


「あたしは旭川の方に住んでいたけどあんたは?」

「僕は札幌市内の方に住んでいました」

「札幌市内?・・・そういうことかっ」

遥は僕の出身地を聞いて唐突に何かを納得したように手を叩いた。


「どうかしましたか?」

僕は突然の遥の行動に目を丸くさせた。


「あんたがこないだ話をしていた大災害って北海道大地震のことだったのね」

遥は僕が災害にあった具体的な場所を知らなかったため、僕の出身地を聞いて初めてそのことを理解した。


「そうです・・・僕は北海道大地震で被害に遭いました・・・」

僕は昔の恐怖体験を思い出して表情を暗くした。


「ごめんなさいっ」

遥は暗くなった僕を見て申し訳なさそうに謝った。


「いえ、気にしないで下さい。その体験があったからこそ今の僕がいるんですから」

僕は両手を横に振ると遥に気にしないように促した。そして、彼女との会話を続けた。


こうして僕は彼女と取り留めのない会話を交わしながら少しずつ遥のことについて理解を深めていった。


(そろそろ核心について迫っても大丈夫かな?)

僕は遥との距離が充分に近づいた頃合を見計らって彼女の勉強ができない核心について質問した。


「次の質問は・・・天城さんはどうしてこの学校に来ようと思ったんですか?」

「この学校に来ようと思った理由?そんなの決まっているじゃないっ。あたしはスカイレーサーになるためにこの学校に来たのよ」

遥は僕が特災レスキューを目指すように一貫してスカイレーサーになることを夢見ていた。


「天城さんはどうしてそんなにスカイレーサーに拘っているんですか?」

「スカイレーサーになればお金持ちになれるからよ」

遥は目を輝かせながら拳を強く握り締めた。


「天城さんはどうしてお金持ちになりたいんですか?」

「それは・・・」

僕がお金持ちになりたい理由を聞くと遥は唐突に口を閉ざした。


(何か触れてはいけないトラウマに触れたかな?)

僕は言い辛そうにしている遥の姿を見てこれ以上彼女のことについて立ち入らない方がいいのではないかと判断した。


「言いづらければ・・・言わなくてもいいですよ」

僕は辛そうな遥の表情を見ていられなかったため、話を打ち切ろうとした。


「ううん・・・この際だからあんたには教えておくわ。あたしの秘密を・・・」

遥は首を横に振ると彼女の生い立ちについて語り始めた。


「あたしはね・・・小さい頃に両親に捨てられたのよ」

遥は悲しそうに瞳を潤ませると辛そうな表情を浮かべた。


「大丈夫ですか?」

僕は珍しく志雄らしい遥の姿に心配な眼差しを向けた。


「・・・大丈夫だから」

遥は小さく深呼吸をすると話を続けた。


「あたしの父さんはあたしが生まれる前はインディーズでミュージシャンをやっていたらしい」

遥は小さい頃に母親から聞いた話を思い出しながら話を続けた。


「あたしの父さんは歌うことしか才能がなかったからプロになることを目指して我武者羅に頑張っていた。そして、母さんはそんな一生懸命な姿の父さんに惚れてお父さんと一緒になった」


よくある話である。夢を必死に追い求める者は他者から見れば、とても眩しくカッコよく見えるものだ。遥の母親もきっとそう見えていたのだろう。


「その結果、父さんと母さんの間にあたしが生まれ、幸せな家庭が築かれるはずだった。だけど・・・」

「そうはならなかったんですね」

遥の否定の言葉がこの先の展開を容易に予想させた。


「そう・・・あたしの父さんは頑張っても頑張っても決してプロにはなれなかった」


これは仕方のない話である。


なぜならば、治癒魔法の応用である形状魔法を使えば顔を整形することはいくらでも可能であり、声帯を弄れば好きな声になることも可能であった。


つまり、顔や声で売れてもいくらでもコピーが可能であるため、芸能界でプロとして活躍できる者は他者を圧倒できるほどの歌唱力、演技力、または、カリスマ性が絶対不可欠なのである。


「そして、母さんのサポートを受けている内に父さんは自分よりも遥かにお金を稼ぐ母さんに対してとてもストレスを溜めていった」

遥の母親は魔法関係の仕事をしており、彼女の父親よりも多くのお金を稼ぐことができたため、そんな母親に対して父親はとても後ろめたい感情を懐いていた。


「そのストレスが積み重なった結果、父さんは酒に溺れ、ついには母さんの稼いだお金をただただ消費するだけの能無しになってしまった・・・」

遥は瞳を潤ませると少しの間、沈黙していた。彼女にとって父親の記憶はとても悲しいもののようであった。


「そして・・・母さんはそんな父さんに愛想を尽かして家を出て行ってしまった」

「天城さんはお母さんと一緒に家を出なかったんですか?」

「そうね・・・もし、母さんがあたしを一緒に連れて行ってくれたなら・・・あたしはこの学校に来なかったかもしれない・・・」

遥は更に悲しそうな表情を浮かべた。


「どうして天城さんのお母さんは天城さんを連れて行かなかったんですか?」

僕は気まずい雰囲気を変えようと遥に質問を投げ掛けた。


「あたしは母さんから言われたの・・・」


『あんたを連れて行くことはできない。あんたはあたしにとってお荷物でしかないっ』


「そうきっぱりと・・・」

遥の母親は育児に疲れており、また、自分が新しい人生を歩むためには娘を連れていくわけにはいけなかったのである。そのため、彼女のことを思いっ切り突き放した。


遥はその時の記憶を呼び起こして唇を震わせていた。


「それで・・・その後はどうなったんですか?」

「父さんはお酒が止められず・・・お金をあちらこちらから借りて借金を積み重ねていった」


何所にでもよくある転落の人生である。


遥はそんな父親の転落人生に巻き込まれて幼い頃からひもじい思いをしてきたようであった。


「それで・・・天城さんはお金に拘るようになったんですか?」

これ以上遥に悲しい思いをさせないため、僕は早々に話を終わらせようと結論を急いだ。


「それだけじゃないっ。あたしがお金に拘るのは他にも理由があるわっ」

遥は力強く首を横に振ると再び自分の過去について語り始めた。


「父さんが借金をしてあたしの家にはたくさんの借金取りが押し寄せるようになった・・・。そして、ある日、突然、父さんはあたしを家に残したまま帰ってこなかった・・・」

借金取りはまさか遥の父親が自分の娘を残して行方を眩ませるとは思っていなかったため、父親の行方を完全に見失っていた。つまり、彼女は父親の借金を押し付けられたのである。


「あたしは帰らない父さんを何日も待ち続けた・・・だけど、父さんは戻ってこなかった。そして、あたしは空腹に負けて遂には雪の降りしきる街の中へと飛び出した・・・」

遥は自分が餓死する前に何とか食料を得ようと最後の気力を振り絞って家の外へと飛び出したのであった。


「だけど、世間はとても冷たかった・・・あたしのような貧乏人に手を差し伸べてくれる人間は誰一人いなかった」


遥の周辺の人間に借金取りに追われた子供に救いの手を差し伸べる優しい大人はいなかった。


そんな人間に関われば自分達まで面倒事に巻き込まれてしまうため、みんな見て見ぬ振りを決め込んでいた。


「そして、あたしはある教会の前で遂に力尽きて死を直感した・・・。そんな時だった・・・」

絶望していた遥の目に再び力強い光が宿り始めた。


「あたしが軒先で倒れているのに気が付いた神父様があたしに救いの手を差し伸べてくれたの」

遥が辿り着いた先は孤児を引き取り、一人前になるまでの間、面倒を見てくれる孤児院であった。そして、彼女はそこの神父に命を助けられたのである。

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