第70話:茜の覚悟
※今回から茜の視点で物語が進みます。
ここからの物語は高見澤茜である僕が語ります。
僕達が辰巳と決別してから数日後、藤白波学園には多くの報道陣が押しかけていた。
それは遥から大金をせしめ損ねた辰巳の腹いせのようなものであった。
辰巳は遥を追っていた記者に接触すると彼女の情報よりも面白いネタがあると持ち掛けて男なのに女子高に通っている僕についてあらぬことをぶちまけていた。そして、その記事が週刊誌に掲載されると各メディアは一斉に僕のことを槍玉にあげて好き勝手に不名誉な記事をでっちあげた。その結果、現在の状況に至っている。辰巳の狙いは思惑通りに動いているようであった。
「本当に酷い記事ばかり・・・」
遥は鴇音が集めた週刊誌や新聞紙を見ながら声を震わせていた。
彼女が声を震わせるのも無理はなかった。僕のことを載せた記事には『乱れた性生活』、『変態男子高校生の実態』、『深夜の乱交パーティー』、『知られざる密会』などの言葉が面白おかしく踊っていた。そして、そのほとんどの情報が真実とは掛け離れていた。
「まぁまぁ・・男なのに女子高に通っているというのは事実ですから」
動揺する遥とは対照的に僕の心境は至って落ち着いていた。
「どうして、そんなに落ち着いていられるのよ」
「こうなることは覚悟していましたから・・・」
辰巳の要求を断れば彼が腹いせにメディアへ僕の情報を流すことは火を見るより明らかなことであった。
予想外だったのは辰巳が起した騒動がここまで大きくなるとは思っていなかったが、それでも遥のことを守れたのであれば充分に納得いく結果であった。
「こんなことになるなら、あの時・・・」
遥は目尻を下げると目尻に涙を溜めた。
「駄目ですよ、遥さん。そうさせないために僕は決断したのですから」
僕はスカートからハンカチを取り出すと遥の目尻の涙を拭った。
「どの道、辰巳の言うとおりにしても遥さんが不幸になるだけです」
「だけど、それじゃ、茜は・・・」
遥は再び瞳を潤ませると僕の顔を見つめてきた。
「僕のことなら大丈夫ですから・・・遥さんは何時もみたいに笑っていてください」
「そんなの無理よ・・・こんな騒ぎになってしまったら茜の夢だって・・・」
「そのことなら大丈夫ですよ」
僕は悲しそうな遥の顔を見ながら明るく微笑んだ。
「どうして?」
「もし、仮に僕がこの学園を去ることになったとしても僕は特別災害レスキューの夢を諦めるつもりはありませんから」
「諦めないって・・・どうやって叶えるつもりなの?」
遥は具体的な方法について訊ねてきた。
「それは・・・この国を出て海外に行きます」
「海外に?」
「そこで国際の災害レスキューチームになります」
その方法は遥からリチャルド神父の話を聞いた時に思いついた方法であった。
もし、万が一にも学園に僕の正体がばれてしまった時の備えとして海外に出ることも視野に入れていた。
「国際の災害レスキュー・・・そんなに簡単になれるものなの?」
「簡単ではありません。ですが・・・この学園で身に付けた魔法を磨いて挑戦すれば絶対に叶うと信じています」
僕は自信に満ちた表情で大きく胸を張った。
「・・・本気なの?」
「もちろんですっ。ここで僕が夢を諦めてしまったら一生遥さんに後悔をさせてしまいますから」
「・・・」
遥は呆然とした様子で僕のことを見つめていた。
「だから・・・遥さんも僕がいなくなったとしても絶対にプロのスカイレーサーになってくださいね」
「・・・絶対になるっ。例え何があろうともあたしも絶対にプロのスカイレーサーになってみせるわっ」
遥は眼光に強い光を宿すと固い決意を示した。
「その意気ですっ。お互いに頑張りましょうっ」
僕は遥に誓いを交わすための手を差し出した。
「うんっ」
遥は僕の手を力一杯握り締めた。
「お取り込み中のところ悪いけど・・・」
僕達が熱く燃え上がっていると唐突に鴇音が会話に入ってきた。
「どうかしましたか?」
「お迎えが来たようよ」
鴇音は部室の扉の方を指差すとそこには中の様子を窺う人影が見えた。どうやら僕のことを呼びにきた人物のようであった。
「わかりました・・・。今まで色々とお世話になりました」
僕は遥の手を離すと鴇音に頭を下げた。
「その台詞はまだ早いわね。正式に退学を言い渡されたら言いに来なさい。それまでは聞かなかったことにしてあげるわ」
鴇音は口許を緩めると静かに微笑んだ。まるで彼女には僕が退学にならない勝算が見えているようであった。
「・・・すみません。少々、早まってしまったようですね。それでは・・・また後で」
僕は鴇音に再び会うことを約束すると部室の扉の方へと向った。
「あたしも一緒に行くわ」
遥は慌てて僕の後ろに付いてきた。
「・・・高見澤さん。用件は聞かなくてもわかっていると思うけど、一緒に校長室まで来てくれるかしら」
僕が物理研究部の扉を開くとそこには弥生先生が立っていた。
「わかっています。行きましょう」
僕は弥生先生に頭を下げると先生の後に続いた。
「弥生先生・・・」
僕は校長室の前までやって来ると弥生先生に声を掛けた。
「何かしら?」
僕は弥生先生が振り返ると勢いよく頭を下げた。
「今まで本当にありがとうございました。そして、今まで騙していてすみませんでした」
僕は頭を下げたまま感謝の言葉と謝罪の言葉を口に出した。
「顔をお上げなさい。一体何を謝る必要があるというの?」
「えっ・・・」
僕は思いも寄らぬ言葉が返ってきて驚いた表情で顔を上げた。
「あなたは私の教えをよく理解し、努力し、そして、自分の力として身に付けた。そんなあなたのことを責める理由なんてありませんよ」
弥生先生は優しく微笑むと僕の頭を軽く撫でてくれた。
「だから・・・もっと堂々と胸をお張りなさい。あなたは私の生徒として立派な誇りですから」
「弥生先生・・・」
僕は弥生先生の優しい言葉を聞いて思わず涙を溢しそうになった。
「そんな泣きそうな顔をするものではありませんよ」
弥生先生はスーツのポケットからハンカチを取り出すと僕の目尻に溜まった涙を拭ってくれた。
「・・・ありがとうございます」
僕は涙を払われると明るい笑顔を浮かべた。
「それじゃ、行きましょうか?」
弥生先生は僕が落ち着く頃合を見計らうと校長室へ入室することを促してきた。
「わかりました」
「・・・失礼致します」
弥生先生は校長室の扉を叩くと中の様子を確認しながら部屋へと足を踏み入れた。
「・・・失礼します」
僕も弥生先生の後に続いて校長室へと入った。その後から遥も校長室へと入ってきた。
「天城さん?あなたは呼んでいませんが?」
校長先生は遥の姿を確認するとすぐさま指摘してきた。
「いえっ、これはあたしにも関係のあることですからっ」
遥は断固として部屋の中から出ていこうとしなかった。
「・・・まぁ、良いでしょう。あなたがそうしたいというのであればあなたの意志を尊重します。くれぐれも失礼のないように・・・」
校長先生は遥の同行を認めると理事長に話しかけた。
「理事長・・・高見澤さんが来られました」
「そう・・・」
理事長は向けていた背中を反転させると僕の方に顔を向けた。
「高見澤くん、あなたは・・・なぜここへ呼ばれたのか?その理由がわかりますか?」
理事長は凄い威圧を放ちながら僕に質問してきた。
「はい・・・」
僕は理事長のプレッシャーに圧されながら静かに頷いた。
「では、その理由を述べてみてください」
理事長は真剣な眼差しで僕のことを見つめていた。まるで何かを試されているような気分であった。
「それは・・・僕が男なのに女と偽ってこの学園に入学したからでしょうか?」
「・・・違います」
理事長はきっぱりと僕の回答を否定した。
「それでは・・・僕の素性が世間にばれてしまったせいで学園に報道陣が殺到したからでしょうか?」
「それも違います」
理事長は首を横に振ると再度僕の回答を否定した。
「それでは・・・男である僕に退学を言い渡すためにこの場に呼んだのでしょうか?」
僕は半ば核心に触れた回答を選択した。正直、それ以上の回答は僕には思い付かなかった。
「・・・場合によってはそうなるかもしれませんね。ですが・・・まだ今はその回答には至っていません」
理事長は僕の核心に触れた回答をも否定した。
「それでは何のために僕はここへ呼ばれたのでしょうか?」
僕は理事長の意図がわからずに眉をひそませた。
「それは・・・あなたの意志を確認するためです」
「僕の意志?一体僕の何を確認したいというのでしょうか?」
「今回、男性であるあなたが魔法使いを目指したことでこのような騒ぎが起こってしまいましたが・・・それでもあなたは魔法使いになりたいと願うのですか?」
理事長は真剣な眼差しで僕の顔を見つめていた。
「それは・・・」
僕は理事長の雰囲気に飲まれて口を閉ざした。
当然、理事長への答えは『YSE』であるのだが・・・それを口にするの容易なことでなかった。
それは不正がばれてしまった政治家が世間から批判されても最後まで使命を全うしますと政治家の椅子にしがみ付くようなものでとても往生際が悪いものだからだ。ここで素直に退学を表明した方が藤白波学園のためかもしれなかった。
(そうか・・・これは理事長からの『素直に退学を認めよ』というメッセージなんだ・・・)
僕は勝手な憶測で理事長の気持ちを理解すると退学の意志を固めようとした。
「・・・当たり前じゃないっ。茜はこれからも魔法使いを目指すに決まっているわよ」
僕が口篭っていると僕の代わりに遥が口を開いた。
「天城さん・・・あなたの気持ちはお察ししますが、これは高見澤さんの問題です。あなたが答えを言うべきものではありませんよ。お黙りなさい」
理事長はやんわりと遥を注意すると口を紡ぐように命令した。
(遥さん・・・僕は一体何を悩んでいたのだろうか?)
僕は最後まで諦めない遥の姿を見て先程遥と交わした約束について思い出した。それは何があったとしても絶対に魔法使いになってみせるという誓いであった。
(何も悩むことなんてないじゃないか・・・どんなに惨めでも、どんなに恰好悪くても、僕はそこに魔法使いになれる可能性があるのであれば最後まで意志を貫き通すべきなんだっ)
僕は自分自身を鼓舞すると強い意志を瞳の奥に宿らせた。
(ありがとうございます、遥さん・・・)
僕は心の中で遥に感謝すると真剣な眼差しの理事長に正面きって向き合った。
「・・・なりますっ。例え、どんなことがあったとしても僕は必ず魔法使いになってみせますっ」
「それは・・・この学園を辞めることになったとしてもですか?」
「・・・もちろんですっ。僕は絶対に諦めたりなんてしませんっ」
僕は理事長に包み隠さずにありのままの気持ちを打ち明けた。




