第65話:父親との再開
それからのあたしは何をするにも辰巳のことが気になって意識が散漫としていた。
「・・・大丈夫ですの?」
「えっ?」
あたしはいきなり琴美に話しかけられて目を丸くさせた。
「何か最近上の空になっていることが多いみたいですけど・・・」
琴美は心配そうな眼差しであたしの顔を見つめていた。
「べっ、別に何でもないわ」
あたしは慌てて両手を振ると問題ないことをアピールした。
「本当ですの?」
「もちろんよっ」
あたしは真剣の表情を浮かべると琴美の瞳を見つめた。
「・・・わかりましたの」
琴美は微妙な表情を浮かべていたが、それ以上追求してこなかった。
(ごめん、琴美。だけど・・・他人に迷惑を掛けるわけにはいかないから・・・)
まさか実の父親から金をせびられているなどとは言うわけにはいかなかった。こんなこと茜にすら言えることではない。
「困った時は何時でも相談してくださいね」
琴美は表情を緩めると微かに笑みを浮かべた。
「うん・・・ありがとう」
あたしは琴美の優しさを感じながら感謝を述べた。
(とにかく、みんなには迷惑を掛けないようにしないと・・・)
あたしは目の前のことに意識を集中させようと気合を込めた。
「はぁ・・・」
(いよいよ今日か・・・)
あたしは辰巳との遣り取りを思い出して重い溜息を漏らした。
「遥さん、ちょっといいですか?」
あたしが考え事をしていると背後から茜に声を掛けられた。
「んっ・・・茜?どうかしたの?」
あたしは笑顔を取り繕うと茜の方に振り返った。
「最近、お疲れみたいですけど・・・何かありましたか?」
「・・・別に・・・何もないけど・・・」
あたしは真剣な表情を浮かべる茜に圧されて視線を泳がせた。
「何か・・・僕に隠し事をしていますね?」
「そっ、そんなことはないわよっ」
あたしは動揺して思わず声を荒げた。
「誤魔化さないでくださいっ」
茜はあたしの顔を両手で包み込むと真っ直ぐな眼差しであたしの目を見つめてきた。
「・・・ごめんっ」
(やばいっ、茜にばれちゃうっ)
あたしは慌てて茜の両手を振り解くと身体を後ろへと退かせた。
「部活があるから・・・」
あたしは口から出任せを吐き出すと踵を返して茜から遠ざかった。
(ごめんっ、茜。だけど・・・茜にだけは知られるわけにはいかないからっ)
あたしは奥歯を噛み締めながら学園の裏側の方へとまわった。そして、周辺に他の生徒や先生がいないことを確認すると学園の外壁を飛び越えて学園から抜け出した。
あたしはこれから辰巳と話をつけなければならなかった。
(絶対に・・・絶対に断ってやるんだからっ)
あたしは拳を握り締めると辰巳と約束した場所へと向かった。
(あいつは・・・どこにいるんだろう?)
あたしは目的地付近までやってくると慎重に辺りの様子を見回した。だけど、辺りには辰巳の姿は見えなかった。
ちょっと安心したような肩透かしを食らったような複雑な心境だった。
「・・・まだ来ていないのかな?」
あたしは駅前にある時計塔の方に目をやった。
時刻は既に16時半を越えていた。授業が終わって学園を抜け出し、ここまで来るのに結構時間が掛かってしまっていた。
(まさか帰ったの?)
あたしは辰巳が時間を過ぎたので腹を立てて帰ってしまった可能性について考えた。
(いや、それはないか・・・むしろ、あいつの方が時間にルーズなはずだから・・・)
あたしは辰巳の性格を考えて帰ってしまったという可能性を消した。
それにわざわざ10年振りにあたしに連絡をよこしてきたのだ。それなのに2、3分遅れたくらいで帰るはずもなかった。
それもこれも全ては金のためだった。
(一体どこにいるのかしら?)
あたしは駅の改札付近に背を向けると首を270度回転させながら周辺を警戒した。
「・・・遥か?」
あたしが左端の方に視線を向けていると反対側から声を掛けられた。
あたしが声のした方に視線を向けるとそこにはボロボロのジーパンにくたびれた革ジャン、サングラスを掛けた不審な男が立っていた。
「随分と綺麗になったもんだな。若い頃の母さんに似てきているな」
その人物は紛れもなくあたしの父親である辰巳だった。
「あんた・・・」
あたしは辰巳の姿を肉眼で確認して感動よりも怒りの感情が込み上げてきた。正直、こんな男になど2度と会いたくはなかった。
「まぁ、そう怖い顔をするなよ。とりあえず、あそこの喫茶店で食事でもどうだ?」
辰巳は親指を立てると上下に動かして喫茶店に行くことをジェスチャした。
「別にいいけど・・・」
あたしはすぐにでも辰巳と話をつけたかったが、一旦心を落ち着けるため、こいつの提案に乗ることにした。
「よいしょっと・・・」
辰巳は店の奥の方に腰掛けるとあたしに手前の椅子に座るようにとんとんと椅子を軽く叩いた。
「・・・」
あたしは無言のまま辰巳の目の前の椅子に腰掛けた。
「まずは飯だな・・・」
辰巳は片手を挙げると店員を呼びつけた。
「これとこれとこれ・・・あとビールを生ジョッキで」
辰巳はてきぱきと高めのメニューを選択すると最後にお酒を頼んだ。
「遥、お前も何か食うか?」
辰巳は自分のメニューを頼み終えるとあたしに食べたい物を聞いてきた。
「別にいらないわよっ」
あたしはマイペースな辰巳にいらいらとしながら目付きを鋭くさせた。
(一体何を考えているのよっ)
あたしは辰巳の気持ちが全く理解できなかった。
「それで・・・あんたはあたしにどうしてほしいのよ?」
あたしはさっさと話を終わらせたかったため、辰巳に本題を突きつけた。
「まぁ、そんなに焦るなよ。とりあえず、腹を満たすまで待ってろよ」
辰巳はあたしの意に反してゆっくりと話を進めようとしていた。
「ふざけないで・・・こっちは外に出ていられる時間が限られているのよ」
あたしは学校に無断で外出していた。もし、このことが学校にばれれば、それなりの処分を受けることになる。
それに今頃、学園では茜があたしのことを心配して探し回っているかもしれない。そう思うとできる限り早く学園に戻りたかった。
「ちっ・・・もう少し家族との感動の再会ってやつを味わっていたかったんだがな・・・」
辰巳は舌打ちをするとらしくない言葉を口にした。
「感動の再会?あんたにそんな人間らしい気持ちがあったの?」
「当たり前だろ?俺達は家族なんだぜ。久々に会えば、そういう気持ちにもなるもんだ」
あたしは辰巳の言葉に自らの耳を疑った。
実の娘にお金を要求し、その娘を保護してくれた教会を脅迫しようとしている男の言葉とは思えなかった。
「・・・それで?あんたの要求は何?」
あたしは辰巳の言葉を受け流すと再び本題を確認した。
「随分と荒んじまったようだな。昔はあんなに素直で可愛かったというのに・・・」
「誰かさんのおかげで変わったのよ。こんな性格にでもならなきゃ、生きていけなかったわ」
あたしはあくまで腰を据えようとする辰巳に皮肉をぶつけた。
「そいつはすまなかったな・・・」
辰巳は急に態度を改めると両手を机に突いて視線を下へと向けた。
「あの時は・・・ああするしかなかったんだよ。でないとお前に迷惑が掛かると思ったからな・・・」
辰巳は声を震わせると申し訳なさそうに自らの行動を詫びてきた。
「どういうこと?」
あたしは態度を一変させた辰巳に心を動揺させると彼の言葉に耳を傾けてしまっていた。
「あの時、本当は・・・お前のことも一緒に連れて行ってやりたかった。だけど・・・そんなことをすればお前も借金取り達に目を付けられてしまうと思ったからな」
辰巳は視線を机の方に向けたまま、あたしのことを気遣っていたようなことを言い始めた。
「そんなお前が無事でこんなに大きく育っていたなんて・・・つい嬉しくなってな。こうして、お前に会いたくなったと言うわけさ」
辰巳は顔を上げると寂しげな表情を浮かべながらあたしの顔を見つめてきた。
「それならどうして・・・どうして、あんなことを言ったのよ」
あたしは『お金を貸せ』と言ってきたことや『教会を訴える』と言ったことを指摘した。
「ああでも言わなきゃ、お前が俺に会ってくれないのではないかと思ってな。だから、つい脅すようなことを言ってしまった」
辰巳はあたしに頭を下げると自分の暴言について謝罪してきた。
「それじゃ・・・お金を貸さなくてもいいし、教会を訴えたりはしないってことなの?」
あたしは色々と辰巳の言動に矛盾を感じながらも彼の言葉を信じようとした。
「それは・・・」
辰巳は都合が悪そうにあたしから視線を逸らすと口を閉ざした。
「ねぇ?答えてよ。これは大切な質問なんだから・・・」
あたしは煮え切らない態度の辰巳に口を開くように促した。
「・・・無理だ。俺にはどうしても金が必要なんだ」
辰巳は首を横に振るとあたしの質問を否定した。
「どうしてなの?どうして、そんなにお金が必要なのよ?」
あたしはそこまでお金に拘る辰巳の気持ちがわからなかった。
「それは・・・お前と一緒に暮らすためさ」
「えっ・・・」
あたしは辰巳から思わぬ言葉が飛び出して目を点にさせた。
「俺はお前と一緒に暮らしたい。別れた妻とはよりを戻すことはできないけれど・・・お前とならまた一緒に暮らすことができるからな」
辰巳は真剣な表情を浮かべるとあたしの瞳を見つめてきた。
(本当に・・・)
あたしは辰巳の言葉に呑まれて一瞬だけ彼のことを信じそうになったが、彼の瞳の奥を見てすぐにその考えを改めた。
なぜならば、彼の瞳はとても濁っていたからだ。
あたしはリチャルド神父と過ごした日々の中で教会へと懺悔にやって来た人達をたくさん見てきた。彼らはみんな心の底から自分の犯した過ちを後悔し、反省するために教会へと訪れていた。
そんな彼らの瞳の奥には深い悲しみや苦しみなどの感情が秘められていたのだが・・・辰巳の瞳の奥からはそういった感情が一切感じ取られなかった。つまり、彼は明らかにあたしに対して嘘を付いているようだった。
「それは嘘ね・・・」
あたしは自分の経験を信じると辰巳の言葉を否定した。
「・・・」
辰巳は黙ったままあたしの目を見つめていたが、あたしに嘘が通用しないと理解すると深い溜息を吐いた。
「やっぱり、駄目か・・・」
辰巳は再び態度を変えると食卓に運ばれてきた料理の品々を凄い勢いで食べ始めた。
「ちょっ・・・ちょっと何なのよ?」
あたしは急に態度を変化させた辰巳に圧倒されながら戸惑っていた。




