第62話:追い詰められた遥
「ただいま戻りました・・・お加減はどうですか?」
僕は部屋に戻るとベッドの上で横になっている遥に話しかけた。
「・・・」
遥からの返答はなかった。
「遥さん?」
僕は不思議に思って遥のベッドのシーツを捲りあげるとそこには枕が重ねて置かれており、彼女の姿は存在しなかった。
「そんな・・・」
僕はまさかの出来事に絶句した。
(一体どういうことなんだ・・・)
僕は混乱する頭で事態を理解しようとしたが、全く思考がまわらなかった。
「とにかく落ち着くんだ・・・」
僕は深呼吸すると心を落ち着かせた。
(遥さんはどこに向かったんだろうか・・・まさか辰巳の下にでも向かったんだろうか?)
僕は思考を巡らせると少しずつ状況を整理した。
「だとしても行動が早すぎる・・・」
遥が呼び出されたとしても呼び出す方法が存在しなかった。なぜなら、彼女は携帯を持っていないからだ。故に彼女が辰巳から呼び出されることは100パーセントなかった。
「それなら、彼女はどこに行っているんだ?」
僕は再び遥の向かった場所について思考した。
(遥さんならこんな時、どうするだろうか?)
僕は遥の気持ちになって行動を整理してみた。
(実の父親から金を出すように迫られて・・・お金を工面する方法は・・・)
僕は遥がやりそうなことを想像しながら部屋の中を見回した。
(教会への寄付金から出したのか?)
僕は教会への寄付金が振り込まれた通帳が入っている遥の机の引き出しに視線を集中させた。
「それはないな・・・」
僕は即座に思い浮かんだことを否定した。遥ならば絶対にそのようなことはしないだろう。
彼女はリチャルド神父にとても感謝している。そして、教会のためにお金を稼ごうとこの学校にやってきたのである。そんな彼女が教会に迷惑を掛けることは絶対にないからだ。
「他にお金を作り出す方法は・・・」
僕は視線をさらに上の方に向けると遥の机の上に置かれていたパソコンに目をやった。
僕達は勉強のために1人1台ずつのパソコンが割り当てられていた。ちなみにこのパソコンを使って遥は夏のアルバイトや宿泊施設の予約を行っていた。
「まさかっ」
僕は慌てて遥のパソコンを立ち上げた。ちなみに彼女のパソコンのパスワードは自分が忘れても言いように彼女自身から教えられていたため、簡単にログインすることができた。
「遥さんが短時間で大金を稼ぐとしたら・・・」
僕の脳裏には『援助交際』という文字が思い浮かんでいた。
普段の遥ならば絶対にそのような金の稼ぎ方などしないだろう。彼女は男嫌いなのだ。
だが、追い詰められている今の彼女ならば、それを選択してしまう可能性は零ではなかった。
(どうか・・・僕の危惧であってくれ・・・)
僕は逸る心臓を落ち着けながらパソコンのアクセス記録を確認した。するとそこには・・・
(そんな・・・)
僕は遥が男と会う約束を取り付けられたと思われる掲示板を発見した。
さすがにその詳細の遣り取りまでは復元できなかったが、ある程度のログは残されていたため、彼女達がどんな遣り取りを行ったのかは知ることができた。
「すぐに止めさせなければっ」
僕は遥の暴挙を止めるべく慌てて彼女の向かった場所へ向かおうとした。当然のことだが、このことが学園側にばれれば遥はただではすまない。最悪、退学処分もありえる。
「・・・でも、一体どこへ?」
僕は遥が向かった先がわからなかったため、すぐさま歩ませた足を止めた。
「こんな時はっ」
僕の脳裏には鴇音の顔が思い浮かんでいた。
彼女ならば昨日のように遥の向かった先を見つけ出すことなどいとも簡単にやってくれそうであった。それに遥を追いかけるためには箒が必要になる。故に僕が向かうべき場所は物理研究室以外に考えられなかった。
「とにかく急がなければ・・・」
僕は遥が過ちを犯す前に何としても彼女を止めなければならなかった。
「鴇音さんっ」
僕が物理研究部の扉を開くと鴇音は驚いたようにこちらに視線を向けてきた。
「・・・どうしたの?突然?」
「あの・・・その・・・だから・・・えっと・・・」
僕は焦りすぎて上手く頭が回らなかった。
「・・・いいから。落ち着きなさい」
鴇音は呆れた表情を浮かべると部室の冷蔵庫から水のような物が入ったペットボトルを投げてよこしてきた。
「それでも飲んで・・・」
「はい・・・」
僕は鴇音から貰った飲み物を口に含んだ。
「・・・ぶはっ」
僕は思わず口の中の水分を吹き出しそうになった。
その飲み物は炭酸飲料のように口の中で弾けて喉の奥を刺激した。
「げほっ、げほっ・・・一体何を飲ませたのですか?」
僕はおそるおそる飲み物の正体を訊ねた。
「別に・・・ただの炭酸水だけど?」
鴇音は妖しく眼鏡を光らせると不敵な笑みを浮かべた。
(絶対に嘘だっ。これはただの炭酸水じゃないな・・・)
僕は妖しげな鴇音の表情からそう確信していた。
何はともあれ彼女のおかげで僕は平常心を取り戻すことができた。
「それで?一体何があったの?」
鴇音は僕が落ち着くと再び質問を繰り返した。
「実は遥さんがいなくなりまして・・・」
「それから?」
鴇音は僕の慌てようからそれだけじゃないことを察しているようだった。
「いなくなったのは・・・知らぬ男性から・・・お金を貰うためみたいで・・・」
「なるほどね」
鴇音はそこまで聴くと全てを理解したようだった。
「あなた達の部屋は確か54番だったわね・・・」
(どうして僕達の部屋番号を知っているんだ?)
僕は迷わず僕達の部屋を言い当てた鴇音に思いっ切り退いた。
「ハッキング完了っと・・・」
鴇音は学園のネットワークから僕達の部屋にあるパソコンにアクセスするといとも容易くハッキングを行った。
「さてと・・・」
鴇音はパソコンを強制的に立ち上げると今度はパソコン内部のデータについて検索を始めた。
「一体何を・・・」
「ちょっと消されたログについてメタ情報から復元しているだけよ」
僕には鴇音が何を言っているのか、さっぱりとわからなかった。
「ふむふむ・・・なるほどね」
鴇音は遥と待ち合わせをした男との遣り取りのメールを完全に復元すると待ち合わせた時間と場所を割り出した。
(この人は・・・本当に何でもできるんだな・・・)
僕は鴇音の頭脳に冷や汗を滲ませていた。
「さてと・・・これで遥の場所はわかったけど?どうするつもり?」
「もちろんっ、連れ戻しますよ」
僕は当たり前の質問をしてくる鴇音に首を傾げた。
「まぁ、あなたならそう言うと思ったけど・・・その後の問題よ」
「その後の問題?」
「今回の遥の行動を阻止したとしても根本的に彼女の問題は解決しない。何度も同じことを繰り返す気がするんだけど・・・」
鴇音は遥の今後について危惧しているようだった。
「遥さんと相談して一緒に解決してみせますっ」
「それによってあなたにも多大な厄介事が降りかかってきたとしても?」
鴇音は遥のことを追い詰めている辰巳のことを気にしているようだった。
もう後がない奴ならば、どんな手段を用いたとしても遥から大金を引き出そうとするだろう。
そうなれば、僕が遥達の間に立つことで僕自身に災いが降りかかってくることは火を見るよりも明らかなことだった。
「・・・構いません。このまま遥さんを放っておくことなんてできませんから」
例え、どんな不幸が降りかかることになるとしても僕は遥のことを絶対に見捨てることなどできなかった。
「・・・そこまで覚悟を決めているのなら、これ以上は余計な心配ね」
鴇音は頬の筋肉を緩めると呆れたような安心したような微妙な表情を浮かべた。
「それじゃ、作業を続けるわよ」
鴇音は前回と同様に遥達が待ち合わせしている場所の周辺の防犯カメラのデータにアクセスすると待ち合わせをした男の目印を割り出した。
「・・・見つけた」
「本当ですかっ」
「この男で間違いないようね」
鴇音は援助交際男の顔を画面に拡大させると僕に見せてくれた。
そこに映し出された男は何とも醜悪な姿をしていた。それはまるで昔見たことのあるファンタジー映画に出てくる豚の化け物のような男であった。
「こんな男に・・・」
僕は身の毛を震わせた。
こんな化け物に遥の大切なものを奪われるなんて絶対に許せなかった。
「とりあえず、現場に向かいますっ」
僕は男の顔を確認するとすぐさま遥の後を追いかけようとした。
「これを持って行きなさい」
鴇音は昨日と同様にインカムを渡してきた。
「もう待ち合わせ時間まで猶予がないわ。遥達が合流した後の行動を確認したらすぐに指示を出すから・・・」
「お願いしますっ」
僕は物理研究部の準備室から箒を持ってくると中庭へと移動した。
「それでは・・・」
「頑張りなさい。彼女のことを助けることができるのは今のところ、あなただけのようだしね」
「はいっ。色々とありがとうございました」
僕は出発する際に鴇音に頭を下げると色々と協力してくれたことに感謝した。今日ほど彼女と知り合いになっていて良かったと思ったことはなかった。
「それでは・・・」
僕は重力魔法を使用して箒を浮かせるとエンジンのスイッチをオンにして上空高く舞い上がった。
「気を付けてね」
鴇音はそれだけ呟くと踵を返して研究室へと戻っていった。
(絶対に・・・あんな醜い男なんかに奪わせるもんかっ。早まらないでください、遥さんっ!)
僕は一心に遥の身を案じながら全力で待ち合わせ場所へと向かった。
「・・・遥と男が接触したようよ」
僕が目的地の3分の2まで辿り着いた時、鴇音から連絡が入った。
「遥さんは大丈夫ですか?」
「戸惑っているようだけど・・・今のところは無事みたいよ」
鴇音はこと細かく状況を説明してくれた。
(・・・もっと早くっ、もっと早くっ)
僕はなかなか目的地に辿り着かないもどかしさに身を捩らせた。
「落ち着きなさい。心乱せばそれだけ到着は遅くなるわよ」
鴇音は僕の心の中を察するかのように忠告してきた。
「どうして、わかるんですか?」
僕は鴇音の鋭い指摘に疑問を感じた。
「簡単なことよ。あなたが身に付けているそのインカムには通信機能の他に体温や呼吸、心拍数などの生体情報を感知する機能が付いているから」
鴇音はそれらの情報をもとに僕の心境を読み取っていた。
「本当に・・・抜け目のない人ですね」
僕は鴇音の言うように呼吸を整えると箒を飛ばすことに意識を集中させた。
「2人は○○ホテルに向かったようね」
「○○ホテル?」
「ええ、間違いないわ。彼らの先には他にホテルは見当たらない」
鴇音は地図を確認しながら遥達の向かった先を推測していた。
「ありがとうございます」
僕は鴇音の教えてくれたホテルへと方向を修正した。
「・・・状況はどうですか?」
僕は目的地のホテルの近くまでやって来ると鴇音に遥の状況について訊ねた。
「彼女なら・・・11階の5号室に入ったみたいね」
鴇音はホテルのパソコンにアクセスするとその時刻付近でチェックインした男の情報を引き出していた。
そのおかげで僕は遥達の向かった先の部屋を簡単に知ることができた。
(11階か・・・。地上に降りていたら間に合わないかもしれない・・・)
僕は迫り来る時に焦りを感じていた。
「・・・そろそろやばいわね。2人が部屋の中に入ったわよ」
「部屋の場所はどこですか?」
僕は鴇音に遥達のいる部屋の場所を確認した。
「ビルの南側の左から数えて5番目の位置だけど・・・どうするつもり?」
「このまま直接、部屋に突っ込みますっ」
僕は地上に降りるよりも外側から直接向かった方が早いと判断した。
「あまり無茶なことはしないようにね・・・」
「・・・」
僕は鴇音の言葉に応えなかった。正直、僕にはそんな余裕など残されていなかった。頭の中にあるのは遥を守ることだけであった。
「遥さあああんっ!」
僕は肉眼でベッドの上にいる遥の姿を確認すると形状魔法で身体を硬化させた。そして、彼女の名前を叫びながら部屋の窓目掛けて突進した。




