第5話:アクシデント
僕が魔法の実習を受けてから1ヶ月半が経った頃、僕達は初めての学力テストを迎えていた。
(明日は学力テストか・・・一応、勉強をしておいた方がいいかな)
僕は学校から支給された教科書を開くと高校に入ってから習った範囲を見直した。
(内容的には中学の頃に習った授業内容とあまり変わりないかな・・・)
僕は教科書を手早く捲ると一気にテスト範囲までの内容を黙読した。
「数学は問題なし。次は・・・」
僕は同じ要領で国語、英語、社会、理科について黙読した。
「何やってんの?」
僕が学力テストの範囲を見直していると遥が不思議そうな顔で声を掛けてきた。
「テスト勉強ですよ」
「テスト勉強?」
遥は首を傾げると更に不思議そうな表情を浮かべた。彼女は明日学力テストがあることを全く知らないようであった。
「天城さんは勉強しなくても大丈夫なんですか?」
僕は全く勉強しようとしない遥に心配の眼差しを向けた。
「勉強?そんな面倒臭いことなんてやってらんないわよ」
遥は苦笑いを浮かべると激しく手を横に振った。
(天城さんは勉強しなくても余裕ってことなのかな?)
僕は余裕綽々な態度の遥を見て羨望の眼差しを向けた。
「そんじゃ、あたしは明日に向けてさっさっと寝るとするわ」
遥は口許に手を当てると大きな欠伸をした。
(天城さんは凄いな・・・魔法の実習といい、勉強といい。流石はスカイレーサーになると宣言しただけのことはあるな。僕も見習わないと・・・)
僕はテスト勉強の続きを始めると少しでも良い点が取れるように気合を込めた。
そして、テスト当日、遥は何時ものように時間ぎりぎりに飛び起きると慌てて教室へとやって来た。
「はぁはぁはぁ・・・」
遥は肩で息を切らせながら自分の席へと座った。
教室の中では至る所でシャーペンや鉛筆の音が響いていた。
みんな、最後の頑張りで必死であった。そんな殺伐とした雰囲気の中で静かに授業開始を待っていたのは麗奈と僕だけであった。
(麗奈さんは・・・やっぱり、余裕なんだろうな)
僕はこれまでの麗奈の完璧な様子から勉強においても余裕なのだと勝手に判断した。
「それじゃ、そろそろテストを始めるわね」
遥が教室に入ってきてから間もなくして弥生先生が学力テストのプリントを持って教室に入ってきた。
「机の上の教科書は仕舞って筆記用具のみを机の上に出してください」
弥生先生はクラス全員の準備が整うとテスト用紙と解答用紙を前の列から手渡した。
「最初は英語のテストです。みなさん、頑張ってくださいね。それでは・・・始めっ」
弥生先生の開始の合図と共に教室中に再びシャーペンや鉛筆の音が響き始めた。
(まずは名前を書いて・・・)
僕は解答用紙に名前を記載すると素早くテスト用紙に目を通した。
(・・・なるほど、ほとんど中学で習った範囲の問題だな。これなら・・・)
僕はテスト内容を確認すると引っ切り無しにシャーペンを動かした。
(あとは・・・この問題だけだな)
僕は先に簡単な問題を片付けると残りの時間で難しい問題に取り掛かった。
(多分、こんな感じの答えだと思うんだけど・・・)
僕は自信なさ気に首を傾げていた。
長文の英訳を完璧に訳し切れなかったため、選択問題の1つに自信が持てなかった。
(・・・この答えでいいや)
僕はテスト時間の10分前になると自分の勘を信じて選択肢を選んだ。
(さてと・・・)
僕は全ての問題の解答がずれていないかなどの見直しを行った。
ふと僕が目の前の方に視線を向けると遥が背中を丸めてうつ伏せの状態で顔を机に埋めていた。
(天城さん、余裕だな。もう全部問題を解き終わったのかな?)
僕は遥の余裕な態度に感心を示した。
ちなみに僕の後ろの方では全ての問題を解き終えた麗奈が目を閉じて静かに瞑想していた。
(・・・ふぅ。何とか90点台は取れるかな)
僕はテストの見直しが終わると残りの時間で次の科目のテストのことを考えた。そんな感じで国語、数学、社会、理科と何も問題なくテスト時間を過ごした。
(結局、天城さんは終始寝ている感じだったけど・・・大丈夫なのかな?)
僕は全てのテストでうつ伏せになっていた遥の姿を見て流石に不信感を懐き始めていた。
「・・・天城さん、テストはどうでした?」
僕は自分の部屋に戻ると遥にテストの出来具合について確認した。
「テスト?・・・そりゃっ、もうバッチリよっ」
遥は自信満々な様子で親指をピンと垂直に立てた。
(何だ・・・僕の考えすぎか。やっぱり、天城さんはできる人なんだな)
僕は自信有り気な遥の姿を見て懐いていた疑念を掻き消した。そして、次の日、早くも学力テストの結果が掲示板に張り出された。
掲示板に張り出されるのは上位30位までの生徒の名前である。
(僕の名前は・・・)
僕は上の順位から自分の名前を探した。
(今回は5位か・・・結構自信があったんだけどな)
僕は少し眉をひそませると残念そうな表情を浮かべた。
(1位は・・・やっぱり、麗奈さんか・・・魔法実習といい、学力テストといい、麗奈さんは何でも完璧だな)
僕は気を取り直すと1位の場所に掲げられた麗奈の名前に羨望の眼差しを向けた。
(そう言えば・・・天城さんの名前がなかったな。今回はそんなに良い点じゃなかったのかな?)
僕は掲示板に遥の名前が見当たらなかったので不思議そうに首を傾げた。
その日の放課後、遥は職員室に呼び出された。
「やっと・・・テストが終わった・・・」
僕は久しぶりに過ごす独りの時間に開放感に浸りきっていた。
何時もであれば遥が部屋の中で五月蝿く過ごしているのだが、その騒がしい彼女は職員室に呼ばれていたため、室内はひっそりと静まり返っていた。
「テストも終わったし・・・久々に魔法の練習でもするかな」
僕は何時もの日課にしている治癒魔法の練習をするためにガラスケースの中で飼育している殿様蛙を取り出した。
「ごめんね・・・少し痛い思いをさせるけど絶対に治すからっ」
僕は手早く蛙を蒲鉾板に貼り付けると引き出しからメスを取り出して蛙のお腹を切り裂いた。
「ぐげっ」
蛙は苦しそうな呻き声を上げた。
「大丈夫・・・大丈夫・・・」
僕は蛙が安心するように語り掛けると手をかざして呼吸を整えた。
(細胞よ・・・増殖しろっ)
僕は蛙のお腹の周りの細胞を増やすようにイメージを膨らませながら蛙のお腹の傷を治療した。
「ふぅ・・・」
僕は蛙のお腹の治療が終わると安堵の溜息を吐いた。
最初の頃は30分以上時間が掛かっていたが、何度も繰り返す内に今では5分以内に治せるようになっていた。
僕はY染色体が混じっている分、他の生徒達よりもX染色体の共鳴度が低く魔法が発動するまでに時間が掛かるため、他の生徒達以上に魔法を要領よく使う必要があった。
「よし・・・もう一度だっ」
僕は少し休憩を入れると再び蛙のお腹を切り裂いて何度も同じ行為を繰り返して治癒魔法の反復練習を行った。
僕が治癒魔法の練習をしていると時計の短針は何時の間にやら午後5時を差していた。
「今日はこれくらいにするか・・・」
僕が蛙を元のガラスケースの中に戻すと遥の蛙が僕の方に近付いてきた。
「何だ?君も治療してほしいのかい?」
遥の蛙は彼女が何度も治癒魔法に失敗したため、すっかりと細胞が変質してしまい、まるで鎧を身に着けているかのようであった。
ここまで来るともはや殿様蛙というよりは武将蛙と言う方が正しいのかもしれない。
「君のご主人様は帰りが遅いね」
僕は遥の蛙に優しく語り掛けると人差し指で軽く蛙の頭を撫でた。
「・・・天城さんが戻ってくる前にお風呂に入っておこう」
僕は治癒魔法の練習で汗を大量に掻いていたため、お風呂に入って身体を綺麗にすることを考えた。
藤白波高校の寮には大きなお風呂と室内用に小さなお風呂が完備されている。
僕は遥が大きなお風呂に入りに行くとその合間を縫って室内用のシャワーで体を洗っていた。
「今日はゆっくり湯船に浸かって入るかな」
僕は遥が戻ってこないことをいいことに久々にゆっくりお風呂に入ろうと考えていた。そして、お風呂の準備を手早く済ませると着替えを用意してお風呂場に向かった。
「ふぅ・・・久々に羽が伸ばせるな・・・」
僕は体を洗い終えると湯船の中で大きく背伸びをした。
「いい湯だな・・・」
僕は何ヶ月ぶりかにゆっくり浸かる湯船の気持ち良さに思わず転寝気分になった。
僕がお風呂の中でのんびり過ごしていると何時の間にやら遥が部屋の中に戻ってきていた。僕は彼女が戻ってきたことに全く気が付いていなかった。
「高見澤さん・・・いる?」
遥は珍しく気弱そうな声を上げると僕の姿を求めて部屋の中を探し始めた。
(いけない・・・いけない・・・ついつい転寝をしてしまった・・・)
僕は朦朧とする意識の中、お風呂から出ようと湯船から上がろうとした。
「なんだ・・・お風呂に入っていたの?」
遥はお湯の流れる音を聞いて脱衣所へと入ってきた。
「それなら・・・あたしも一緒に入るわ。丁度、あんたに相談したいこともあるし・・・」
(えっ?えっ?天城さんっ)
僕は急に脱衣所に入ってきた遥にとても動揺していた。
(今、一緒に入るって・・・えっ?)
僕の頭の中はパニック状態で今の状況に思考が追い付いていなかった。
「ちょっ・・・」
僕は慌てて遥の侵入を防ごうとお風呂の扉を押さえようとしたが、時既に遅かった。
彼女は僅か数秒で衣服を脱ぎ捨てると一糸纏わぬ姿で風呂場の中へと入ってきたのであった。
(天城さんの裸・・・)
僕は不覚にも遥の姿を見て身動きを止めてしまった。いくら彼女が男勝りな性格をしていても身体は立派な女性であった。
「どうかしたの?」
僕が呆然と遥の裸を眺めていると彼女は不思議そうな顔で僕の顔を見つめていた。
(やっ・・・やばいっ)
僕は慌てて股間についているアレを手で覆い隠した。
「何してるの?」
遥は唐突に僕が股間を隠したことでそちら側に視線を向けてしまった。
「べっ・・・別に・・・」
僕は苦笑いを浮かべながら必死で股間のモノを誤魔化そうと遥から後ずさった。
「さっきから何を隠そうとしているの?怪しいわね?」
遥は僕の股間に意識を集中させると疑惑の眼差しを向けてきた。
「なっ・・・何も・・・何も隠していません・・・」
僕は最も指摘されたくなかったことを遥に言われて動揺を隠し切れないでいた。
「嘘ね・・・目が泳いでいるもの。いいから見せなさいっ」
遥は動揺する僕に不信感を露わにすると力尽くで僕の手を撥ね退けようとした。
「やっ・・・止めて・・・・」
僕は必死で抵抗したが、彼女の力は何故か男である僕の力よりも強く、遂には股間を完全に丸裸にされた。
「えっ・・・これは・・・何?」
遥はあまり見たことのない男性シンボルに興味津々な様子であった。
「これは・・・」
僕は遥の質問にまともに答えることができなかった。
というか、この場から消え去ってしまいたかった。
僕の顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まっていた。
まさに顔から火が出るような思いであった。
「ねぇねぇ、これは何なの?」
遥はそんな僕にお構いなく質問を続けた。まるで拷問のようであった。
(死んでしまいたい・・・)
僕は心の底からそう思っていた。
まさか自分がこんな辱めを受けることになるなんて思いも寄らなかった。
「ねぇ?教えてよ」
遥は僕が質問に答えるまで質問を止める気はないようであった。
「これは・・・お・・・お○ン・・・○ン」
僕は消えてしまいそうな声で微かに呟いた。
「えっ・・・なんって?」
遥は僕の言ったことが理解できなかったように首を傾げていた。
「だから・・・お○ン・・・」
「あなたって・・・もしかして・・・男なの?」
遥は僕が質問に答えるより先に股間についているものを理解すると目を点にして僕の顔を見つめた。そして、自分が裸であることを思い出すと大きな声を上げた。
「い・・・いやあああああ」
次の瞬間、遥は僕の頬に強烈な一撃を叩き込んだ。
その一撃はとても女性の一撃とは思えなかった。
「うぶっ・・・げぺっ」
僕は空中で綺麗な弧を描くとそのまま風呂場のタイルに叩きつけられた。
(終わった・・・全てが終わった・・・)
僕は薄れゆく意識の中で自分の夢が粉々に崩れ去っていくことを感じていた。
耳元では遥が何かを懸命に叫んでいたが、もはや何を言っているのか、その声は僕には届いていなかった。