第50話:作り物競争とのどかな昼食
「・・・そろそろ菊花ちゃん達の試合が始まりますね」
「それじゃ、作り物競技の会場に行きましょう」
遥は僕の手を取ると次の試合会場へと導いてくれた。
「それにしても・・・遥さんはよくこんな人混みの中をするすると抜けていけますよね」
「慣れているからね」
遥は他の小さな子供達を連れて海や山など人気の多い場所に行っていたため、この様に人の多い場所を通り抜けるのに慣れていた。
「おかげで会場まで早く辿り着けます」
「どーんと任せておきなさい」
遥は得意気に鼻を高くさせた。
「それで・・・菊花ちゃん達はどこに?」
僕は作り物競争の会場に着くと菊花達の姿を探した。
「ほら、あそこじゃない?」
遥は試合会場の人混みの中からいとも容易く菊花達の姿を見つけ出した。それも遥が共同生活で身に付けた特殊技能の1つであった。
「本当だ・・・」
「おーいっ!」
遥は菊花達に向けて大きな声を掛けると手を振った。
菊花は遥の声援に気が付くと小さく会釈した。
「可愛らしいわね・・・ところで彼女達はどんな作戦で行く気かしら?」
「とりあえず、司令役は菊花ちゃんのようですね」
僕は作り物競争の参加選手達の中心にいる菊花を見てそう判断した。
彼女ならば指示役としては最適であった。
なぜならば、鴇音の下で様々な研究の助手をしてきた菊花は鴇音の無理難題を解決してきたため、物事を的確に判断できるだけの能力が備わっているからだ。
「それじゃ・・・この通りによろしくお願いしますね」
菊花は籤引きで引き当てた対象の設計図を素早く書き上げるとその設計図を部分的に分けて参加者全員に配った。これもまた鴇音の下で身に付けた技能の1つである。
作り物競争は制限時間30分内に引き当てた対象をどれだけ大きく、そして、正確に作れるかがポイントであり、素材となる物は障害物競走でも使われている分厚い鉄の塊から生成する。そのため、正確な設計図が素早く作り上げられれば、かなりのアドバンテージとなる。
「菊花ちゃん達が作るのは『自由の聖女』のようですね」
自由の聖女とは某大国で男性達の圧制から女性達を解放したとされる英雄の魔女でその功績を称えられた彼女を模して作られた巨大な女神像のことである。海外では言わずと知られた観光名物の1つである。
「へぇ・・・テレビでしか見たことがないけど、あんな感じなのね」
遥は見る見る内に作られていく自由の聖女を見ながら感心の声を発した。
「結衣ちゃんはどうしているのかな?」
僕はあまり姿の見えない結衣のことが気になった。いくら菊花がいるとはいえ、彼女はこんな多くの人の視線に晒される場所は苦手であった。
「あそこにいるわよ」
僕が結衣の姿を探していると遥は自由の聖女の片隅で作業をしている結衣を指差した。遥の目は会場中を本当によく見通していた。
「結衣ちゃんもちゃんと頑張っているようで良かったです」
結衣の姿を確認できて胸を撫で下ろした。もしかしたら、彼女が競技を辞退したのではないかと心配していた。
結衣は菊花の設計書とずれてきている細かな線形を修正する作業を行っていた。結衣もまた菊花と共に鴇音の無理難題をサポートしてきたため、菊花との掛け合いは完璧で菊花の設計図と違う箇所を素早く見付けられる特殊技能を身に付けていた。
「頑張れえええ」
遥は一生懸命作業する菊花達に大きな声援を贈り続けていた。
「頑張れっ!」
僕もまた遥を見習って大きな声を張り上げた。
「・・・そろそろ終わりの時間ですね」
僕は会場のモニター画面に表示された時間を確認しながら菊花達の努力の結晶を見守った。
「それまでっ!」
モニター画面の時間が0になると審判が競技の終了を告げた。そして、複数の判定員達が各学校が作り上げた対象物の出来栄えについて採点していった。
その結果、菊花達が作り上げた自由の聖女は文句なしの優勝を果たした。
「優勝しちゃったわね・・・」
遥は菊花達の作り上げた自由の聖女を見つめながら感心の声を漏らした。
「当然といえば、当然の結果ですよ」
僕は感心する遥を尻目に鼻を鳴らした。
菊花が作成した設計書は完璧であり、結衣の細かな修正作業は自由の聖女の完成度を格段に引き上げていたため、当たり前の結果であった。鴇音の無茶振りは良い意味で後輩達の成長を促していた。
「そろそろ茜の出番じゃない?」
「その前に昼食ですね。僕の参加するウォーターフラッグは午後の初めの方で行われるので・・・」
「それじゃ、ご飯にしましょう」
遥は昼食と聞いて声を弾ませた。
「まずは場所の確保をしないとね」
遥は辺りの様子を見回すと昼食を取るのに最適な場所を探し出した。
「この辺でいいかしら?」
「そうですね。それじゃ、近くの売店に・・・」
「大丈夫っ!茜はここで場所取りをしていて」
遥は僕にこの場所で待機するように指示を出すとそのまま何処かへと走っていった。
「あんなに慌てていかなくても・・・」
僕は遠ざかる遥の後ろ姿を見つめながら考え事を始めた。
(今日の作戦はうまく行くだろうか?もしも、失敗したら・・・)
僕は遥がいなくなると急にウォーターフラッグのことが心配になってきた。
(駄目だっ!こんな弱気なことを考えていてはっ!みんなの期待に応えるぞっ)
僕は拳を握り締めると弱気な気持ちを必死で押し殺した。
「お待たせ・・・」
僕がウォーターフラッグの作戦についてシミュレーションしていると遥が息を切らせて戻ってきた。
「お帰りなさ・・・何ですか?そのバスケットは?」
僕は遥が持ってきた大きな籠を見て目を丸くさせた。
「これはね・・・」
遥は息を整えるともじもじと恥ずかしそうに身体をくねらせた。
「茜のためにお昼を作っておいたのよ・・・」
遥は顔を真っ赤にさせながらバスケットを差し出してきた。
(そういえば・・・遥さんは今日の朝は随分早く起きていたな。まさかこれを作るために早起きをしていたのかな?)
遥はこの昼食を作るために前以て食堂のおばちゃん達に調理場を貸してもらえるようにお願いしていた。
そして、朝早く起きると余った食材を分けてもらって調理していたのであった。
「本当に頂いてもいいんですか?」
「当たり前じゃないっ!茜に食べてもらうために作ったんだから・・・」
遥はさらに顔を赤くすると早く受け取るようにバスケットを上下に動かした。
「ありがとうございます・・・」
僕は感動で胸を熱くさせながら遥からお弁当を受け取った。
誰かにご飯を作ってもらうなど中学校以来の出来事であった。
「・・・凄く豪華ですね」
僕はバスケットの蓋を開くと生唾を呑み込んだ。
そこには溢れんばかりの料理が詰め込まれていた。運動会にありがちなサンドイッチや唐揚げなど定番な物ばかりであったが、どれもこれもひと工夫が凝らされており、とても美味しそうに見えた。
「それじゃ、頂きますね・・・」
僕はサンドイッチを手に取ると静かに口の中に含んだ。
(この味は・・・)
僕は遥の作ったサンドイッチを食べてほっこりとした。
遥の料理の味はどことなく懐かしく母親の作ってくれた料理を思い出させてくれた。
「・・・どうかしら?」
遥は心配そうに瞳を潤ませると僕の感想を求めてきた。
「・・・とても美味しいです」
「そう・・・良かった。茜の口に合うか、とても心配だったけど問題ないようね」
遥は顔を明るくさせると優しく微笑んだ。
「それじゃ、あたしも食べるとするわ」
遥は唐揚げを素手で掴むとそのまま口の中へと放り込んだ。
「美味しいわね。流石、あたし・・・」
「遥さんらしいですね」
僕は無邪気に笑う遥を見て心の底から笑顔を浮かべた。
「あら?随分と美味しそうな物を食べているじゃない?」
僕達が楽しく食事をしていると横から遊馬が話し掛けてきた。
「私も食べていいかしら?」
遊馬は僕達の隣に腰を下ろすと遥の弁当をくれるように要求してきた。
「別にいいけど・・・」
遥は明らかに不服そうな表情を浮かべていた。
「それじゃ、遠慮なく・・・」
遊馬は唐揚げに手を伸ばすとそのまま口の中へと運んだ。
「う~ん・・・なかなか美味しいじゃない?これは高見澤さんが作ったのかしら?」
「いえ、僕じゃないですよ」
「それじゃ・・・」
遊馬は意外そうな表情を浮かべると遥の方に視線を向けた。
「あたしが作ったのよ。何か文句がある?」
遥は目付きを鋭くさせると遊馬を睨んだ。
「別に文句はないわ。ただ、意外だなと思ってね・・・」
「意外で悪かったわね。それより・・・茜との昼食を邪魔するならさっさと何処かへ行ってくれないかしら?」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃない?去年はお互いに全力で戦いあった仲じゃない」
「あんたと仲良しになった覚えはないわよ」
遥は鼻を鳴らすと遊馬に冷たい態度を取った。
「まぁまぁ、そう言わず・・・。どうせ、あんたも今年は短距離のスカイレースに出るんでしょ?」
「あんたも?ってことは・・・まさか、あんたも今年のスカイレースに出る選手なの?」
遥は驚きの表情を浮かべると遊馬を指差した。
「そうよ。私も今年のスカイレースに参加するわ。よろしくね」
遊馬は不敵な笑みを浮かべると遥に手を差し出した。
遊馬はトリプルエックスの染色体を持っていなかったが、魔法の才能はかなりのもので去年も1年生の中ではかなり期待されて障害物競走に参加していた。
「何よっ!ライバルなら余計に仲良くしている場合じゃないじゃないっ」
遥は遊馬の手を強く払い除けた。
「もう・・・そんなに怒らないでよ。私はあんたと仲良くなりたいだけよ」
「あたしと?」
「そうよ。私はあんたの実力を認めているからこそ良い好敵手となると思っているの」
遊馬は爽やかに微笑むと再び遥に手を差し出した。
去年の遥との戦いで遊馬は底知れぬ遥の実力を感じ取っていた。そして、そんな遥に興味を持った遊馬は遥と友達になることを望んでいた。
「・・・仕方ないわね。そこまで言うなら友達になってもいいわよ」
遥は鼻息を荒げると渋い顔をしながら遊馬の手を取った。
「それじゃ、よろしくね」
「こちらこそ・・・」
遥は力強く遊馬の手を握り締めた。
「それじゃ、昼食の続きとしましょう」
僕は遥達の話がまとまると食事を再開することを勧めた。
こうして僕達3人はしばらくの間、団欒とした雰囲気の中、楽しく食事を続けた。
「それじゃ・・・午後も頑張ってね。私はそろそろ行くわ」
遊馬は遥のお弁当を口の中に頬張りながらその場を立ち去っていった。
「たくっ・・・騒がしい奴に懐かれたわね」
遥は満更でもない表情を浮かべながら遊馬の姿を見送っていた。
「さてと・・・」
僕は大きく背伸びをすると準備運動を始めた。
いよいよ僕の本番であるウォーターフラッグが始まろうとしていた。
「茜・・・頑張ってね。応援しているから」
「任せておいてください。絶対に優勝してみせますからっ」
僕は遥に自信満々な顔で応えた。
「それじゃ・・・」
遥は手を振ると空になったバスケットを持って選手控え室へと向かっていった。
「絶対に優勝するぞ・・・」
僕は拳を強く握り締めると自らの胸の上に置いた。そして、必ず勝利をこの手に掴むことを心に誓った。




