第44話:2回目の夏祭り
「・・・おはようっ」
次の日の朝、僕が目を開くと既に遥は目を覚ましており、浴衣を着ていた。どうやら彼女は僕が寝ている間に温泉に入ってきたようであった。
「・・・おはようございます」
僕は朦朧とする意識の中、遥の姿を確認すると頭を下げた。
「昨日は悪かったわね・・・」
遥は眉を吊り下げると申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「いえ、別に構いませんよ」
僕は畏まる遥に気にしないように首を横に振った。
「もともと僕が遥さんの体調を気にして練習のペース配分を考えていなかったのが原因ですから」
僕は申し訳そうな表情を浮かべると逆に謝った。
遥は本当に意地っ張りで頑張り屋であった。そのため、自分がどんなに苦しくても決して弱音を吐かず無茶ばかりしてしまうのである。
僕はそのことを熟知しているはずであった。それなのに彼女の体調面を気にしなかったのは僕のミスである。
「・・・止めましょう」
遥は悲しそうな表情を浮かべるとお互いに謝り合うのを止めることを提案してきた。
「・・・そうですね。お互い気を使ってしまうのは馬鹿らしいですね」
僕は遥の提案を受け入れると表情を元に戻した。
「それじゃ、まずは・・・勉強を始めましょうか?」
僕は昨日考えた通りのスケジュールで行動を始めようとした。
「ちょっ・・・ちょっと待って。その前に・・・」
遥はお腹を押さえると僕に昨日の昼から何も食べていないことをアピールしてきた。
「そうでしたね・・・。まだ、食事を取っていませんでしたね」
僕は彼女に指摘されて昨日の夕食を食べていなかったことを思い出した。
「それでは・・・まずは何か食べに外へ行きましょう」
僕は遥にご飯を食べに行くことを提案すると布団から起き上がった。
ちなみにこの宿屋は格安のプランであったため、ご飯は一切出てこない。
「準備できましたか?」
僕は部屋の片隅で浴衣を着替えると脱衣所にいる遥に声を掛けた。
「こっちも準備はOKよ」
遥は浴衣から私服に着替え終えると脱衣所から出てきた。
「どこに食べに行きましょうか?」
「この時間なら・・・まぁ、コンビニしかないかな?」
遥は顎下に手を添えると思考を張り巡らせた。
「コンビニですか?」
僕は遥の意見に不満そうな表情を浮かべた。
正直、旅行先に来てまでコンビニの物を食べるのは気が進まなかった。
「仕方ないでしょ。まだ通常のお店は空いてないし、それに茜の予算的にもその方がいいんじゃないの?」
遥は僕の懐具合について確認してきた。
「そうですね・・・」
僕は苦笑いを浮かべながら財布の中身について確認した。
彼女の言うとおり、これからの予定を考えると支出は少しでも抑えるべきであった。
「それが終わったら午前中は勉強ですよ」
僕はわざとらしく話題を逸らした遥に勉強のことを念押しした。
「・・・本当にやるの?」
遥は瞳を潤ませると唇に親指を当ててか弱いアピールをしてきた。
「そんな顔をしても駄目です。ちゃんと課題も終わらせておかないと後で泣くことになりますよ」
僕は心を鬼にすると甘える遥に注意した。
「・・・わかったわよ。勉強もやればいいんでしょ?」
遥は軽く頬を膨らませると不満気に僕の意見を承諾した。
「これも全ては遥さんのためです」
僕は口許を緩めると優しく微笑んだ。
こうして僕達はコンビニでご飯を買って食事を済ませると夏休みの課題に手を付けながら午前中を過ごした。
「・・・これでいいでしょ?」
遥は自分のやった課題の範囲を僕に見せると問題ないことを確認してきた。
「そうですね・・・今日の分はこれくらいでいいでしょ」
僕は遥のやった課題の答案を素早く確認すると首を縦に振った。
彼女のやった回答は8割以上が正解していた。つまり、真面目に課題をこなしていた証拠であった。
「この間違えた部分についてはちゃんと見直してくださいね」
僕は遥の間違えた解答について赤丸を付けると後で見直すように注意した。
「それじゃ・・・早速スカイレースの練習を・・・」
遥は私服を脱ぐとあっという間に水着姿に変身した。どうやら、彼女は下着の変わりに水着を身に付けていたようであった。
「こういう行動は早いんですね・・・」
僕は遥の素早い行動に呆れた表情を浮かべた。
勉強する時とは偉い違いであった。
「ほらっ、早くっ、早くっ」
遥は自分の箒の入れ物を手に持つと僕のことを急かしてきた。
「わかりましたって・・・」
僕は半ば遥に引っ張られながら浜辺へと移動した。そして、海の家で昼食を済ませると少し休憩した後に基礎体力トレーニングを開始した。
「もうっ、折角箒があるんだから空を飛べばいいのに・・・。なんで・・・浜辺を走らなきゃならないのよっ」
遥は肩で息をしながら僕に文句を言ってきた。
「昨日のことを忘れたんですか?まずは軽い運動から済ませないと・・・」
僕は遥の方に振り返りながら足を動かし続けた。
「それに・・・精神を磨くには肉体を磨くのが一番ですから」
僕はランニングの有効性について説明した。
「早く・・・箒に・・・乗りたいのに・・・」
遥は眉間にしわを寄せると辛そうな表情を浮かべた。
「あと少しです・・・頑張ってください」
僕はある程度基礎体力トレーニングを続けるとスカイレースの練習へと移行した。
「・・・やっと・・・箒に乗れる・・・」
遥は呼吸を整えながらタオルで身体に付いている汗を拭き取ると箒の収納ケースを開いた。
「そういえば・・・このボタンって何?」
遥は箒のプロペラの方向を切り替えるつまみの下に付いている赤いボタンについて質問してきた。
彼女は大分前からそのボタンのことが気になっていたみたいだが、スカイレースの練習に没頭していたため、ずっと聞きそびれていたようであった。
「さぁ?僕も何だかわかりません」
僕は首を傾げると両手を開いてわからないのポーズを示した。
その赤いボタンを取り付けたのは鴇音であった。
「茜が作った箒なのに?」
遥は呆れた表情を浮かべると不思議そうに謎のボタンを眺めていた。
「ちなみに僕もそのボタンのことが気になって押してみたんですが・・・何も起こりませんでした」
僕は鴇音にこのボタンのことについて質問してみたが、『来るべき時が来たらわかる』としか答えてもらえなかった。
「ふ~ん・・・」
遥は怪訝そうな表情を浮かべていたが、それ以上は質問してこなかった。
「それじゃ・・・まずは軽く飛んで旋回と上昇、下降の訓練を始めます」
僕は箒に跨ると空中へと飛び上がった。
「よしっ・・・」
遥は気合を入れると僕の後に続いて空へと浮上してきた。
こうして僕達は午前中に学校の課題を、午後はスカイレースの練習に集中しながら合宿を続けた。
「・・・そういえば、今日は花火大会の日でしたね」
僕達がこの浜辺に来てから1週間ほど経った頃、僕は遥と一緒に花火を見るという約束をしていたことを思い出して彼女に確認した。
「言われてみれば・・・そうみたいね」
遥は上空から浜辺の様子を確認しながら何時以上に賑わっている状況を理解した。
「それじゃ、今日は早めに切り上げるとしましょう」
「別にあたしはこのまま続けても構わないけど?」
遥は花火を見ることよりもスカイレースの練習をすることを優先したいようであった。
「いいえ、止めましょう」
「どうして?」
遥は不満そうな表情を浮かべると僕の目を見つめてきた。
「休養を取るのも練習の内です」
僕は遥に気分転換をしてもらいたくてスカイレースの練習を続けることよりも花火を見に行くことを提案した。
「・・・まぁ、茜がそう言うならそうした方がいいかもね」
遥は初日の失敗を思い出して素直に僕の言うことを聞いてくれたようであった。
「それじゃ、一旦宿屋に戻りましょう」
僕達はスカイレースの練習を打ち切ると荷物を宿屋へと持って帰った。そして、私服に着替えると再び宿の外へと繰り出した。
「・・・懐かしいわね。茜と出会ってもう1年以上が経っていたなんてね」
遥は去年の夏休みのことを思い出しながら物思いに耽っていた。
「そうですね・・・時間の流れとは早いものです」
僕も遥と過ごした日々を思い出しながら微かに口許を緩めた。
あの時はまさか彼女とこんなにも深く係わり合うことになるなんて思いもしていなかった。
「あたしが学園を退学にされずにスカイレーサーを目指せているのは全て茜のおかげだわ」
遥は唐突に僕の方を見つめると真面目な表情を浮かべた。
「いえ、僕だって遥さんには色々と助けてもらっていますから」
僕は満面の笑みを浮かべると遥に感謝した。
僕達はこの1年間でお互いに何度も助け合って多くの困難を切り抜けてきた。
「それはお互い様だわ」
遥は恥ずかしそうに僕から視線を逸らすと周辺の屋台に目を向けた。
「何か食べますか?」
僕は遥に何か欲しい物はないかを確認した。
「そうね・・・」
遥は辺りの屋台から欲しい物を見つけ出すと綿菓子の屋台を指差した。
「綿飴ですか?」
「今までに・・・一度も食べたことがないから・・・」
遥はこれまでバイトをしていても全て教会のためにお金を寄付していたため、こういった屋台の食べ物をほとんど食べたことがないようであった。
「わかりました。ちょっと待っていてください」
僕は綿菓子の屋台に向かうと店の主人から綿飴を1つ貰って戻ってきた。
「どうぞ・・・」
僕は買ってきた綿飴を遥に差し出した。
「・・・貰うわね」
遥は照れ臭そうに頬を赤く染めると僕から綿飴を受け取って一口分だけ口の中に頬張った。
「・・・美味しい」
遥は口の中の綿飴をよく味わうと幸せそうに微笑んだ。
「これが・・・『幸福の味』ってやつなのかもしれないわね」
遥は瞳を潤ませると目尻に微かな涙を浮かべた。
「遥さん・・・」
僕はそんな遥の切ない笑顔を見て胸を高鳴らせた。
まさか綿菓子1つでここまで喜んでくれるとは思ってもみなかった。
「そんな目で見つめないで・・・恥ずかしいから・・・」
遥は自分のことを見つめる僕の視線に気が付くと困惑した表情を浮かべた。
「すっ、すみません」
僕は慌てて遥から視線を逸らした。
「そういえば・・・茜の分は?」
遥は気持ちが落ち着くと再び僕に話し掛けてきた。
「僕の分は大丈夫ですから」
僕は別に綿飴を欲しいとは思っていなかったため、自分の分は買っていなかった。
「それなら・・・茜も食べてみれば?」
遥は食べていた綿菓子を僕の方に差し出してきた。
「・・・いいんですか?」
僕は遥の好意に戸惑っていた。
「美味しいわよ?」
遥は僕に綿菓子を食べるように勧めてきた。
「・・・頂きます」
僕は遥の気持ちを汲んで綿飴を貰うことにした。そして、ゆっくりと綿飴の方に顔を近づけると一口分だけ口の中に含んだ。
「・・・美味しいです」
僕は口許を緩めると満面の笑みを浮かべた。
彼女の言うとおり、綿飴はなんだか幸福の味がするような気がした。
「良かった・・・」
遥は僕が笑顔を浮かべると安心したように胸を撫で下ろした。
「本当に・・・幸福の味がしますね」
遥は僕が彼女の言葉を繰り返すと恥ずかしそうに目を逸らした。
「馬鹿・・・本当に馬鹿ね・・・」
遥は独り言を呟くように静かに口を動かした。
「他に何か食べたいものはありますか?」
「・・・今はいいわ。これだけで充分にお腹が一杯になったから」
遥は僕の方に視線を戻すと再び満足そうな笑みを浮かべた。
「それよりも・・・もっと屋台を見て回りましょう」
遥は僕の手を握り締めると人混みの中を掻き分けていった。
こうして僕達は充分にお祭りを楽しむと去年花火を見た場所へと移動した。
「まさか今年もこの場所に来ることになるなんてね・・・」
遥は去年と同じ場所に腰掛けると顔を空に向けた。
「なんかあっという間の1年でしたね」
僕は遥の隣に座ると彼女と過ごした日々について思い返した。
「本当にね・・・」
遥は空に視線を向けたまま僕との会話を続けた。
「・・・そろそろ始まりそうですね」
僕は携帯電話に表示された時刻を確認すると夜空を指差した。
それから間もなくして暗闇のキャンバスに大輪の花が開いた。
「綺麗ですね・・・」
「・・・そうね」
遥は艶っぽい声を出すと静かに空を見上げていた。
(こうして、静かに見ている分には可愛いのにな・・・)
僕は何故か花火よりも遥の顔を見つめていた。
「・・・あたしの顔に何か付いてる?」
遥は僕の視線に気が付くと僕の方に視線を向けてきた。
「別に何も付いていませんよ」
「そう?何かさっきからあたしの方ばかり見ている気がしたから・・・」
「すみません。なんか花火よりも遥さんのことが気になりまして」
僕は素直に気持ちを打ち明けると遥に謝った。
「あたしのことが?」
遥は驚いたような表情を浮かべると自らを指差した。
「どうして?」
「・・・わかりません」
僕は遥の質問に答えることができなかった。
なぜならば、僕自身もどうしてこんなにも彼女のことが気になるのか、その理由がわからなかったからである。
「変なの?あたしなんかよりも花火を見た方がよっぽど綺麗なのに・・・」
遥は眉を潜ませると困惑した表情を浮かべていた。
「そんなことありませんよ。遥さんだって・・・綺麗ですよ・・・」
僕は顔を真っ赤にさせながら遥の意見を否定した。
「つっ・・・」
遥は薬缶のように一瞬で顔を真っ赤に染めると唇を震わせた。
「馬鹿っ、そんな気障っぽい台詞なんて・・・10年早いわよっ」
遥はようやく口を開いたかと思うと力一杯僕の背中を叩いてきた。
「ちょっ・・・ちょっと痛いですって、痛いですよ、遥さん」
僕は全力で叩いてくる遥を宥めると苦悶の表情を浮かべた。
「もうっ、茜がらしくないことを言うから・・・」
遥は恥ずかしそうに唇を噛み締めると艶やかな表情を浮かべた。
「すみません。思ったことがつい口に出てしまいまして・・・」
僕は顔を叛ける遥に頭を下げた。
「本当に?本当にそう思っているってこと?」
遥は再び僕の方に視線を戻すと真剣な眼差しで僕の目を見つめてきた。
「・・・本当です。僕は嘘なんか吐いていません」
僕は遥の視線を真っ向から見つめ返した。
「そう・・・それなら仕方がないわね・・・」
遥は表情を和らげると嬉しそうに口許を緩めた。そして、僕の手を探ると力強く僕の手を握り締めた。
(温かい・・・)
僕は遥の手を握り締めながら心臓の鼓動を高鳴らせた。
「茜・・・来年も一緒にこの場所に花火を見に来ましょうね・・・」
遥は夜空の花火を眺めながら来年の約束を求めてきた。
「そうですね・・・来年も来ましょう」
僕も花火の方に視線を向けたまま遥と来年の約束を交わした。
※次回は遥の視点で物語が始まります。




