第3話:魔法の仕組み
僕が藤白波学校に入学してからあっという間に1週間という月日が流れた。
学校の生活にも慣れてきて授業の方も一通りのカリキュラムの説明が終わり、通常の授業が開始された。そして、いよいよ今日から初めての魔法実習が行われる。
「天城さん・・・起きて下さい。朝ですよ」
僕は下着姿でお腹を丸出しにして寝ている遥の身体を一生懸命揺すった。最初の頃は目のやり場に困っていたが、1週間も一緒の部屋で過ごせば何も感じなくなっていた。
「・・・あと・・・5分・・・」
遥は朦朧とする意識の中、定番の言い訳を口にした。
「そう言って何時も5分じゃ起きないじゃないですか」
僕は聞き慣れた遥の言い訳を無視しながら起こし続けた。
「起きてる・・・起きてる・・・」
遥は全く眼を開かないまま曖昧な返事を続けた。
「朝ご飯、食べ損なってもしりませんから・・・」
藤白波学校の寮では朝7時半から8時までの間に食堂に顔を出さなければ食事を食べることができない。そのため、大抵の生徒は7時頃から学校の準備を始め、7時半には食堂に向かう。だが、遥の場合は8時ぎりぎりまで寝過ごしてしまうため、朝ご飯を食べ損ねることが多かった。
「大丈夫・・・むにゃ・・・むにゃ・・・」
遥は幸せそうな笑みを浮かべながらだらしなく口許を動かしていた。
(これは駄目だな・・・)
僕は一向に起き上がらない遥に痺れを切らして学校の準備を始めた。そして、準備を整えると自分独りで食堂へと向かった。
「・・・すみません。何時ものお願いします」
僕は申し訳なさそうに頭を下げると食堂のおばさんにおむすびを作ってもらえるようにお願いした。
「あいよ」
食堂のおばさんは釜からご飯を軽く握り締めると適度に塩を振って素早くおにぎりを作り上げた。
「何時もありがとうございます」
「あんたも大変だね」
僕は遥の朝ご飯を用意してもらうと自分の朝食を持って奥の席へと移動した。
(今日からようやく魔法の授業が始まるんだな・・・)
僕の頭の中は今日から始まる魔法実習のことでいっぱいであった。そして、朝食を食べ終わると遥の朝ご飯を持って自室へと戻っていた。
(天城さん、起きたかな?)
僕が部屋の前まで来ると部屋の中から何やら騒がしい物音が聞こえてきた。
「もうっ、どうして起こしてくれないのよっ。この役立たずっ」
僕が部屋に入るなり、遥は罵倒を浴びせてきた。
「ちゃんと何度も起こしましたよ・・・」
僕は自分勝手な遥に呆れかえりながら部屋の中へと移動した。
「どうぞ・・・」
僕は部屋の中に入ると遥に朝食を差し出した。
「あらっ、気が利くわね」
遥は朝食を受け取ると制服の裾に手を通しながらおむすびを口に咥えた。
とても年頃の女性が見せる姿ではなかった。
「それじゃ、私は先に行きますね」
僕は遥に朝食を届けると急ぎ足で校舎の方へと向かった。今日から行われる魔法実習のことを考えると自然と気持ちがはやってしまっていた。
(早く魔法授業の時間にならないかな・・・)
僕は誰もいない教室の中で魔法実習用の教科書を開いた。
この教科書を貰った日、僕はこの教科書を何度も読み込み、内容の隅々まで頭の中に詰め込んでいた。しかし、この教科書の内容だけではやはり魔法を発現させることができなかった。
(理論は大体理解できるんだけど・・・魔法の感覚がいまいち掴めないんだよな)
僕は眉間にしわを寄せながら魔法実習用の教科書と睨めっこした。
「・・・おはようございます」
僕が教室の中で教科書に目を通していると教室の中に麗奈が入ってきた。
「おっ、おはようございます」
僕は慌てて麗奈に挨拶を返した。
「朝から勉強熱心ですのね」
「それほどでも・・・」
僕は麗奈に褒められて微かに頬を染めた。
「今日からいよいよ魔法実習が始まりますね。お互い頑張りましょう」
麗奈は優しく微笑むとそのまま自分の席へと向かった。
(麗奈さんも今日の魔法実習のことが楽しみなのかな?)
僕の頭の中は何時の間にか魔法実習のことから麗奈のことを考えていた。そして、あれこれと考えている内に他の生徒達も次々と教室の中へと入ってきた。最後に現れたのはやはり遥であった。
「ぎりぎりセーフっ」
遥は授業開始の3分前に駆け込んできた。教室の中にいる生徒達の視線が一斉に彼女の方に向けられた。
(天城さんは何時も目立っているな・・・)
僕も呆れた眼差しで遥を見つめた。
「ちょっとっ、何勝手に1人で登校してるのよ。ちょっとくらい待っててくれてもいいじゃない。あたし達ルームメイトでしょ?」
遥は僕と視線があうとまっしぐらに僕の方へとやって来た。
「ごめんなさい・・・天城さんに合わせると何時も時間ぎりぎりになってしまうので・・・」
僕は遥の気に障らないように弱めの口調で言い返した。
「別に時間ぎりぎりでも問題ないでしょ?」
「問題はあります。授業を始める前には心を落ち着けたり、予習したりとそういう心構えを持つことは大切なことです」
僕は授業前の休憩時間が如何に重要なのかを懇切丁寧に説明した。
「そんなことしたって授業には何も関係ないじゃない」
僕の言葉は遥には全く伝わっていないようであった。
「はいはい・・・揉め事はその辺にして自分の席に戻りましょうね、天城さん」
僕達が揉めていると遥の後ろから弥生先生が教室へと入ってきた。
「もうっ・・・」
遥はまだ何か言い足りない様子であったが、弥生先生に促されて渋々自分の席へと戻っていった。
(ナイスフォローです、五十嵐先生)
僕は心の中で弥生先生に感謝した。正直、遥のことは苦手であった。僕が彼女と一緒に行動したくないのはとにかく遥の行動が目立つからである。
麗奈のように羨望の眼差しで注目されるならまだしも悪い意味で周囲から注目されると僕の正体まで周囲にばれてしまうかもしれない。なので、僕は人目のある教室などでは遥とできる限り距離を置いていた。
「それでは授業を始めます・・・」
弥生先生は教室内が静かになると授業を開始した。
(早く魔法実習の時間にならないかな・・・)
僕の頭の中はやはり初めての魔法実習のことで一杯であった。そして、昼休憩まで瞬く間に時間が流れ、遂に待ちに待った魔法実習の時間となった。
(はぁ・・・緊張するなぁ・・・)
僕は待望の魔法実習を目の前にして緊張が最高潮に達しようとしていた。
(心を落ち着けなければ・・・)
僕は高鳴る鼓動を一生懸命鎮めようと深呼吸を繰り返した。
「どうしたの?具合が悪いの?」
僕が呼吸を整えていると遥が心配そうな眼差しで声を掛けてきた。
「・・・大丈夫です。初めての魔法実習で緊張しているだけです」
僕は遥の方に視線を向けると問題ないと微かに笑みを浮かべた。
「そう・・・それならいいんだけど」
遥は僕に問題がないことを確認すると踵を返して自分の席へと戻っていった。
「それじゃ、授業を始めますよ」
授業開始の合図と共に弥生先生が大きな籠を持って教室の中に入ってきた。
「先生、その籠の中身は何ですか?」
籠の中身が気になったクラスメイトが即座に弥生先生に質問した。
籠の中では何やら怪しげな物音が聞こえていた。何か生き物が入っているのは間違いないようであった。
「この籠の中身はね・・・後のお楽しみです」
弥生先生はもったいぶるように籠の蓋を閉じたまま不敵な笑みを浮かべた。
(あの中に入っている生き物を使って何をするんだろうか?)
僕はあの籠の中身が気になって仕方がなかった。
「魔法実習を始める前に先に魔法の基礎知識についてお浚いしましょう」
弥生先生は黒板の方に振り返ると魔法の基礎知識について穴埋め形式で書き出した。
「まずは・・・魔法を使うのに必要なものは何でしょうか?」
弥生先生は再びこちら側に振り返ると質問してきた。
「わかる人はいませんか?」
「・・・はい」
一番に手を上げたのは麗奈であった。
(これくらいの問題なら僕にも・・・)
僕は麗奈に続いて手を上げた。
魔法の基礎知識については中学生の頃に散々調べていたため、さほど難しい問題ではなかった。僕らが手を上げた後にも数人が手を上げた。
「それでは・・・最初に手を上げた藤ノ宮さん」
弥生先生は最初に手を上げた麗奈を指名した。
「魔法を使うのに必要なもの・・・それは2つ以上のX染色体と魔法を使うための原理についての知識です。複数のX染色体同士を共鳴させること、それと発動する魔法の原理を理解することで魔法が使用できるようになります」
例えば、重力魔法を使う場合、ニュートンの万有引力の法則を理解していなければ、どのように重力場を形成してよいのかをイメージすることができない。つまり、魔法といえども物理の法則を理解することが必要であった。
「見事な答えですね。ちゃんと補足説明までしてくれて・・・とても助かります」
弥生先生は麗奈の言った回答をそのまま黒板に書いた。
「それでは次の問題です。どうして複数のX染色体同士を共鳴させると魔法を使えるのでしょうか?高見澤さん、答えることができますか?」
弥生先生は2番目に手を上げた僕を指名してきた。
「それは・・・」
僕は頭の中で魔法の基礎知識について整理すると再び唇を動かした。
「X染色体を共鳴させることで地球の中心に流れているマントルが作り出している地核エネルギーと共鳴して、そのエネルギーを体内に宿すことができるからです」
僕は知り得る限りの知識で弥生先生の質問に答えた。
「見事な模範解答ですが・・・それでは完璧な答えとは言えません」
弥生先生は不敵な笑みを浮かべながら補足説明を続けた。
「X染色体を共鳴させて地核エネルギーと共鳴するところまでは合っていますが、それ以降の回答が曖昧ですね。地核エネルギーを体内に宿すのではなく、地球と繋がると言った方が正しいです」
「地球と繋がる?」
僕は弥生先生の説明が大雑把すぎて首を傾げた。
「もっとわかり易く表現するならば・・・『自分自身が地球の一部になる』ということです」
「地球の一部に・・・」
「そうです。地球と1つになって地球の起こしている現象を自らも引き起こす・・・それこそが『魔法』という事象なのです」
「地球の引き起こしている現象を引き起こす?」
僕は再び首を傾げた。同様にクラスの大半の生徒が首を傾げていた。
「私達が使う魔法の全てが地球で起きている現象を基盤として構成されています」
弥生先生は黒板の方に振り返ると基礎となる3つの魔法について書き始めた。
「まずは治癒魔法について・・・治癒魔法は地球が育んできた生命を育てる力を基本としており、私達が持っている細胞などを活性化させたりします」
「生命を育てる力・・・っと」
僕は弥生先生の言葉を胸に刻みながら黒板の文字をノートに書き写した。
「私達の細胞の活動を活性化させることで新たな体組織を作り出して、傷付いた箇所の修復を行います。それが治癒と呼ばれる魔法です」
「なるほど・・・」
僕は治癒魔法の原理を知って素直に感心した。
魔法の基礎についてはネットなどでも調べることができたが、魔法の原理や実践方法についてはネットでは一切調べることができなかった。魔法を悪用されることを防ぐため、ネットなどではそういった情報が全て遮断されていた。
「次に重力魔法について・・・重力魔法は万有引力をもとに構成されています」
「万有引力・・・っと」
「万有引力は物体と物体が引き付けあう力で私達は常に地球から引っ張られながら、この地上に立っています。重力魔法はその関係性を操作することで物体を重くしたり、軽くしたりします」
弥生先生は重力魔法の原理について簡易的に書き出した。
「詳しい説明については2年生になってから教えますのでこれくらいにしておきます」
僕は弥生先生が書いた黒板の内容を夢中で書き写した。
「最後に時間魔法について・・・この魔法は浦島現象と呼ばれる現象をもとに構成されています」
「浦島現象・・・っと」
「浦島現象とは地球の中心に近付くほど時間の流れが早く、地球の中心から遠ざかるほど時間の流れが遅くなると考えられているものです」
「う~ん・・・」
僕は浦島現象についていまいち具体的なイメージが思い浮かばなかった。そして、それは他の生徒達も同様のようであった。
「そうですね。わかり易く例えるならば・・・雲の動きをイメージしてみてください」
僕は弥生先生に言われるまま空に浮かぶ雲を想像した。
「雲は実際には凄い速さで動いています。ですが、地上から見ている私達の目からはとても遅い動きで動いているように見えますよね?」
弥生先生は生徒の反応を見ながら具体的な事象について説明を続けた。
「なるほど・・・」
僕は浦島現象について何となく理解した。
「そして、その浦島現象を基礎として体現されたのが時間魔法になります。魔法の中ではかなり高度な魔法で体力、精神力をとてつもなく消費します」
圧縮された、あるいは、引き延ばされた時間を維持することは他の魔法を使うよりも何倍も精神力を消耗するらしい。そして、その空間の中で体を動かすことも通常空間よりも遥かに大変のようであった。それはまるで水の中を動くような感じなのかもしれない。
「とりあえず、時間魔法については3年生になってから教えるので頭の片隅にでも覚えておいてください」
「ふむふむ・・・」
僕は弥生先生の話した内容をきっちりとノートに書き記した。




