第38話:部活動(スカイレース部編2)
次の日、僕達は箒の取り扱いマニュアルについて一通り理解すると再びスカイレース部の扉を叩いた。
「・・・すみません。昨日、入部希望に来た者ですが・・・」
「いらっしゃい。待っていたわよ」
僕達がスカイレース部の扉を叩くと中から昨日マニュアルと入部届けを渡してきた先輩が顔を出してきた。
「それじゃ、早速中に入って・・・」
僕達は先輩に案内されて部室の中へと足を踏み入れた。
部室の中は体育館のように広く、とても1つの部活で使用するとは思えない程のものであった。
まぁ、大半の生徒が所属するとなれば、これ位の大きさになるのは仕方がないことなのかもしれない。
「ここが・・・スカイレース部の部室・・・」
遥は興味津々な様子で辺りの様子を見回していた。
まるで僕が初めて藤白波学園に足を踏み入れた時のような反応であった。
「何しているの?こっちよ」
僕達が入り口付近で立ち止まっていると先輩が話し掛けてきた。
「すいません・・・」
僕達は慌てて先輩の方へと走っていった。
「津島キャプテン、今日からスカイレース部に入ってきた新人になります」
僕達は先輩に連れられて新人を指導するキャプテンらしき人物の前にやってきた。
(津島キャプテン?)
僕は見覚えのある顔に頭の上に疑問符を浮かべた。
その人物は去年まで在籍していたスカイレース部の部長だった『津島渚¨つしまなぎさ¨』であった。彼女は既に去年卒業したはずである。
「どうかしたの?あたしの顔に何かついているかしら?」
僕が渚先輩の顔を見ていると視線に気が付いた彼女が僕の目を見つめ返してきた。
「すみません・・・。津島キャプテンって・・・去年卒業しませんでしたっけ?」
僕は疑問に感じたことを質問してみた。
「本人で間違いないわよ。去年までスカイレース部の部長を務めていた」
「去年までは?それなら・・・」
僕が口を開いていると渚先輩は唐突に手を前に突き出して僕の言葉を遮った。
「その先は言わなくていいわ。確かにあたしはもうここの生徒ではない。今年はまだ新しいキャプテンが決まってなくてね」
渚先輩は今年のスカイレースの部長を決めかねていた。そのため、正式な部長が決まるまでの間、新人の指導係として藤白波学園にやってきていた。
「津島先輩は国防隊の入隊試験の準備とかしなくて大丈夫なんですか?」
僕達がスカイレーサーや特別災害レスキューになるためには国防隊に所属しなければならなかった。
その入隊試験は毎年7月に行われ、その試験に合格すれば晴れて9月から国防隊に入隊することとなる。
『なぜ国防隊の入隊試験がそんな中途半端な時期に行われるのか?』
それは魔法使いの資格試験と一般の大学の受験が重なるためである。
基本的に魔法使いの資格がなければ国防隊には入隊することができない。そのため、仕方なく国側が国防隊の入隊試験の時期をずらしたのであった。
試験に合格した後は半年の訓練期間を経て2年間の兵役が命じられ、戦線へと送られることとなる。
スカイレーサーや特別災害レスキューになるためには何度も試験を繰り返し、何度も実戦を踏まなければ決してなることが叶わなかった。
「とりえあず、魔法使いの資格は取れているから放課後に顔を出すくらいは問題ないわ」
渚先輩は口許を緩めると余裕の笑みを浮かべていた。
流石は昨年のスカイレース部の部長を務めていただけあって実力はあるようであった。
「それよりも・・・」
渚先輩は急に目付きを鋭くさせると真面目な表情を浮かべた。
「ここで無駄口を叩いている暇はないわよ。マニュアルの内容を頭に入れているのであれば、あなた達もすぐに新人の列に参加しなさい」
渚先輩は部室の端の方で整列している新人達を指差した。
「「はいっ」」
僕達は気を引き締めると急いで新人の列の中へと加わった。
「それじゃ・・・何時ものように箒を配るわよ」
渚先輩は手を大きく鳴らすと他の3年生達に使い古された箒を持ってこさせた。そして、その箒を2年生達に配ると箒の点検整備をするように促してきた。
「箒を受け取った者は速やかにエンジン部分やウィング部分の部品を分解して、隅々まで綺麗にするように」
(これが箒か・・・随分と古いみたいだな・・・)
僕は錆だらけになっている箒のエンジンを見ながら首を傾げた。正直、もっと新しい箒が配られると思っていた。
「随分と汚いわね。もっと新しい箒はないの?」
遥は僕が言えなかったことをあっさりと口に出した。
本当に怖いもの知らずである。
「遥さんっ、しー・・・」
僕は遥に口を閉じるように促した。
「茜だってもっと新しい箒の方がいいでしょ?」
茜は僕の意図を理解せず、それどころか同意を求めてきた。
「それはそうですけど・・・」
「そこっ、無駄口を叩いている暇があるなら口よりも手を動かしなさいっ」
僕達が話をしていると渚先輩は真面目に作業をするように語気を荒げた。
「すいません・・・」
僕は申し訳なさそうに頭を下げると手元に意識を集中させた。
(遥さんに関わると本当に目立ってしまうな。しばらくは話しかけないでおこう)
僕は行動の目立つ遥と距離を置くことを考えた。
そして、僕達はひたすらにエンジンを分解しては各部品に付着している錆を念入りに落としていった。そうして、部活の初日は終了した。
「本日の練習はこれまでとします。明日以降もしばらくは現在の作業を続けますのでしっかりと自分が乗る箒について理解を深めておいてください」
渚先輩はこれからの部活内容について説明すると部活の終了を告げた。
「結局・・・重力魔法は使わなかったわね」
遥は細かな作業ばかりでとても不満そうであった。
「仕方ありませんよ。僕達が使う箒の仕組みを知ることが大事なのは確かなことですから」
僕は遥を宥めると彼女と共に使用した箒を倉庫の中へと片付けた。
その日から僕達は放課後になるとスカイレース部の部室でひたすら同じ作業を繰り返し続けた。
「毎日・・・毎日・・・もういい加減してよっ。この3週間、ずっーーーと箒のエンジンやウィングの整備ばかりじゃないっ」
遥の堪忍袋は切れる寸前であった。
彼女ではないが、僕も同じ作業ばかりでいい加減飽きてきていた。
「一体何時になったら・・・空を飛ぶ練習ができるのよっ」
「僕に文句言われましても・・・」
僕は遥に絡まれて眉を吊り下げた。
「明日こそは部活の先輩に文句を言ってやるわっ」
遥は暴れ馬のように鼻息を荒げると拳を固く握り締めた。
「まぁまぁ、遥さん。落ち着いて・・・」
僕は荒ぶる遥を宥めると心を落ち着けるように促した。
「そんなこと言われても・・・」
遥は全然納得していないようであった。
「そういえば、遥さん・・・知っていますか?」
僕は遥の気持ちを紛らわせるために別の話題を振った。
「もうすぐ次の重力魔法の実習が始まりますね」
僕達は既に15ポンドのボーリングの球を余裕で浮かせることができるようになっていた。そのため、重力魔法の実習は次の段階へと移行されようとしていた。
「それがどうかしたの?」
「その実習がこなせるようになれば、きっと先輩達も別の練習メニューをやらせてくれますよ」
僕は遥が前向きになれるように明確な目標を掲げた。
その実習が終わる頃には僕達も先輩達から別の練習メニューを与えられるようになると信じていた。
「・・・そうかな?」
「きっとそうですよ。だから頑張りましょうっ」
僕は明るく微笑むと必死で遥のことを励ました。
そして、僕達は重力魔法の練習場を体育館から屋内プールへと移すと次の授業内容へと移行していった。
「それではこれより『水渡り』の授業を始めます」
弥生先生はセクシーな競泳水着を身に纏うと僕達の前に仁王立ちした。
(目のやり場に困るな・・・)
僕は無駄に色気を振り撒く弥生先生の水着を直視できなかった。正直、男である僕にとっては刺激が強すぎるようであった。
余談であるが、僕達も先生と同様に競泳水着を身に付けており、僕は他の女子生徒に男だとばれないように形状魔法を使って股間を目立たないようにしている。
そのため、刺激が強すぎる物を目にすると必要以上に股間に圧力が掛かってとても痛かった。
「いいですか、みなさん?みなさんにはこのプールを素足で渡ってもらいます」
「そんなこと、本当にできるんですか?」
クラスメイトの1人は水の上を歩くという高等技術に驚きの声を上げた。
「可能です。2つの重力魔法を上手く使えば誰にでも水面の上を歩くことができます」
弥生先生は水面に向かって飛び込むと静かに水の上に降り立った。そして、静かにプールの中央付近まで歩くとそこで踵を返した。
「どうですか?」
弥生先生の声と共にクラスメイト達は一斉に歓声を上げた。
(一体どうやったらあんな芸当ができるんだ?)
僕は水面に立っている弥生先生の姿を見つめながら水渡りの原理について思考を張り巡らせていた。
次は僕達が先生と同じことをやらなければならなかった。
(多分、1つは自分の体重を極限まで軽くすることなんだろうけど・・・もう1つは何なんだ?)
僕は弥生先生の言っていた2つ目の重力魔法の利用方法について見当が付いていなかった。
「それではみなさんにも同じことをやってもらいますが・・・その前に・・・」
弥生先生は屋内プールの端の方に置かれている大量のビート板の方に向かうとそれらのビート板を次から次へとプールの中に投げ込んだ。
先生の投げたビート板は綺麗な円を描きながらプールの至る所に散らばっていった。
「水面を歩く自信のない人はビート板の上を飛び移りながら向こう側を目指してください」
弥生先生は全てのビート板を投げ終えると僕達にプールの水面を渡るように指示を出してきた。
「よしっ、行くわよっ」
遥は気合を込めると誰よりも早くプールの中へと1歩を踏み出した。
「きゃあああっ」
遥はプールの中に小さな水柱を立てるとそのまま水の中へと沈んでいった。
無謀にも彼女は弥生先生と同じようにいきなり水の上を歩こうとしていたが、水渡りの原理を知らない彼女が水の上を歩けるはずもなかった。
(さすがは遥さんだな。好奇心旺盛だ)
僕は後先を考えない遥の行動に感心していた。
時には彼女のように何事にも果敢にチャレンジすることも大切であった。
(やっぱり、体重を軽くさせるだけでは水の上を歩くことはできないんだな)
僕は遥の失敗を見て水渡りをするには体重を軽くさせるだけでは不十分であることを理解した。
(そういえば・・・麗奈さんはどうするんだろうか?)
僕はこのクラスで一番の実力者である麗奈がどう行動するのかを静かに見守った。
彼女なら何時ものように難なく水面を歩けるような気がしていたが、僕の予想に反して彼女は素直にビート板の上を飛び移る方法を用いてプールの反対側まで進んでいった。
(麗奈さんでもいきなり水の上を歩くことはできないか・・・)
僕は少しだけがっかりすると彼女と同じ方法を用いてプールの向こう側まで渡ることにした。
(行くぞ・・・)
僕は極限まで自分の体重を軽くさせると飛び込み台から一番近くのビート板を目指して飛び移った。
「くっ・・・」
ビート板の上は思った以上にバランスが取りづらく僕は足を滑らせてそのまま水の中へと落っこちてしまった。ビート板の上を渡るだけでもかなり困難な状況であった。
「前途多難だな・・・」
僕は水面に顔を覗かせると苦笑いを浮かべた。結局、初日で向こう側まで渡りきれたのは麗奈だけであった。
「みなさん、もっと精進してください。3学期までには水渡りを習得してもらわないと3年生にはなれませんよ」
弥生先生は眉をひそませると険しい表情を浮かべた。
僕達は何が何でもこの水渡りを習得しなければならないようであった。
「それでは本日の授業はここまでとします」
弥生先生は授業の終了を告げると再びプールの中へと飛び込んだ。そして、水渡りをしながらプールの中に浮かんでいるビート板を回収していった。
(何時か僕だってあんな風に水の上を歩いてみせるっ)
僕は弥生先生の後ろ姿を見つめながら夏休み前までに水渡りをマスターすることを決心した。
こうして僕達は水面に浮かぶビート板の上を何度も飛び跳ねた。
そして、遂に2週間掛けてプールの反対側まで渡りきることができるようになっていった。
(ようやくここまで来ることができた・・・だけど・・・)
僕は未だに弥生先生が言っていた2つ目の重力魔法の利用方法について正体を掴めないでいた。
(麗奈さんはもうあんなに上手く水の上を歩いているというのに・・・)
麗奈は僕達がプールの反対側を目指してビート板の上を渡っている間、水渡りを完全に習得していた。
どうやら彼女は2つ目の重力魔法の利用方法について気が付いたようであった。
(一体どうやったらあんな風に水の上を歩けるんだろうか・・・)
僕は優雅に水面を歩く麗奈の姿を呆然と見つめていた。
(・・・んっ?)
僕は麗奈の足元を見て何故か違和感を覚えた。
(なんだろうか・・・今の感じは?)
僕はその違和感の正体についてすぐには気が付かなかった。
「何をぼーっとしているのよ。今はひたすら実践あるのみよ」
僕が麗奈を見て考え事をしていると遥が後ろから話し掛けてきた。そして、彼女は勢いを付けるとそのままプールの中へと飛び込んでいった。
彼女はひたすらビート板には頼らずに水面を歩こうとしていた。
(遥さんはもっと考えてから行動した方がいいですよ)
僕は水中に沈んでいく遥の姿を見つめながら心の中で注意した。
(・・・そうかっ、そういうことだったんだ)
僕は水中にいる遥を見ていて麗奈に懐いた違和感の正体について気が付いた。
僕が麗奈に感じていた違和感の正体は水面に映るプールの中の景色であった。
何故か彼女の足元の景色だけ他の水中とは違う見え方をしていたのである。
『どうして麗奈の足元の周辺だけ見え方が違っていたのか?』
その答えこそが2つ目の重力魔法の利用方法を見つけるための鍵であった。
麗奈は水同士が引き合っている分子間力を重力魔法で高めることで水の密度を上げていた。
その結果、水の屈折率が変化して見え方が変わっていたのである。
(水の密度を上げれば水が氷に変わるように水の上に足場を形成することができるかもしれない)
僕は重力魔法を使って水を凝固させることを思い付いた。
水を凝固させることは氷に変えることに等しいが、水の持っている熱量自体は変わっていないため、氷のように固まったままの状態にはならないようであった。
(水の密度を上げる・・・)
僕は自分の身体を軽くさせると共に重力魔法を使って自分が降り立つ水面の密度を引き上げた。
そうすることで僕はようやく水面に立つことができたのである。
「できっ・・・がっ、ぼっ、ぼっ」
僕は嬉しさのあまりついつい気を抜いてしまい、次の1歩を踏み出す前に水中へと沈んでしまっていた。
「げほっ、げほっ」
「大丈夫?」
僕がプールのサイドに移動するとコンクリートの上から遥が手を差し伸べてきた。
「すみません・・・」
僕は遥の手を掴むとプールの上へと這い上がった。
「茜っ!さっき一瞬だけだけど・・・水の上に立っていなかった?」
遥は目聡く僕が水面に立っていたことを見逃していなかった。
「はいっ、遥さんのおかげで水渡りの原理がわかりました」
「あたしの?」
遥は驚いた表情を浮かべると気の抜けたように口を丸く開いた。
「そうです。遥さんを見ていて気が付くことができました」
「あたしのことを見ていて・・・」
遥は恥ずかしそうに頬を赤く染めると僕から視線を逸らした。
「どうかしましたか?」
「別にっ・・・なんでもないわよっ」
遥は僕が声を掛けると慌てたように声を荒げた。
「それよりも・・・」
遥は真面目な表情を浮かべると再び僕の方に視線を戻してきた。
「水渡りの原理ってなんなの?」
「それはですね・・・」
僕は先程気が付いた水渡りの原理について説明した。
「・・・なるほどね」
遥は僕の説明を聞いて納得したような表情を浮かべた。
「それじゃ・・・早速、茜に教えてもらった方法でやってみるわ」
遥は水渡りの原理を理解すると張り切ってプールの中へと飛び出していった。
(本当に元気だな、遥さんは・・・)
僕は果敢に挑んでいく遥の後ろ姿を見つめながら感心していた。
「てやあああ」
遥は掛け声と共にプールの1歩目を見事に飛び跳ねた。
「本当に・・・できた・・・」
僕は遥が水の上を走り抜けている姿を見て驚きの声を漏らした。
「うぶべっ・・・」
遥はプールの途中まで駆け抜けると途中で水中へと沈んでいった。
原理は理解できてもプールを渡りきるためには相当の精神力と集中力が必要なようであった。
(僕だって・・・)
僕は張り切る遥に負けないように気合を込めると水の上へと1歩を踏み出した。
結局、僕達がプールの向こう側まで渡りきれるようになったのはそれから2週間後のことであった。




