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魔法使いになるっ!  作者: 東メイト
第五章 課外活動編
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第34話:インターンシップ 遥編(2)

「何かあったの?」

あたしは男性の様子からただならないことが起きていることを察した。


「浜辺で・・・浜辺で人が倒れているんですっ」

男性は言葉を詰まらせながら状況を説明してきた。


(一体何が・・・)

あたしはいまいち状況が飲み込めずに沈黙していた。


「遥くんっ、急患だ。行くぞっ」

あたしが頭を悩ませていると男性の話を聞いた春人があたしよりもいち早く行動を起こした。そして、診療鞄を手に握り締めるとそのまま脱兎の如く走り去っていった。


「まっ・・・待ってよっ」

あたしは病院のことを忘れて慌てて春人の後を追った。


あんなに俊敏な彼の姿は今までに見たことがなかった。


「あれかっ」

春人は浜辺で人だかりができている場所を瞬時に判断するとその場所を目指して走っていった。


(春先生でも・・・あんなに急ぐことがあるのね・・・)

あたしは息を切らせながら春人と同じ場所を目指した。


「退いてくれっ、医者だっ」

春人は砂浜に倒れた男性の周りに群がる人混みを掻き分けるとその男性の傍に近づいた。そして、診療鞄から聴診器を取り出すと患者の胸に当てて心音を確認した。


「大変だっ。心臓が痙攣を起こしている。すぐに処置を行わなければ・・・遥くんっ」

春人は人混みの中からあたしの名前を叫ぶとあたしのことを呼び寄せた。


「何ですか・・・春先生・・・」

あたしは息を整える間もなく春人の下へとやって来た。


「遥くん、すぐにエコロケーションを」

「エコロケーション?」

あたしは春人が何をさせようとしているのかを理解できなかった。


「わからないかい?・・・それなら耳の神経を大きくさせるんだ」

春人はあたしでもわかるように言葉を選びながら説明を続けた。


「わかったわよ・・・」

あたしは春人に言われるまま形状魔法で耳の神経を大きくさせた。


「次は彼の胸に耳を当てるんだ」

「はいはい・・・」

あたしは倒れている患者の胸に耳を当てた。


(ん・・・?心臓付近から微かに変な音が聞こえる・・・)

それは心臓が痙攣を起こして神経が小刻みに震える音だった。


「どうだい?状況は飲み込めたかい?」

春人はあたしの顔を見ながらあたしの様子を窺ってきた。


「・・・ええ。心臓の付近から微かに変な音が聞こえてくるわ」

「それは心臓が痙攣を起こしている音だよ」

春人は冷静な顔で患者の状態を説明した。


「どうすればいいの?」

あたしは心臓が痙攣を起こした患者の治療方法がわからずに春人に判断を委ねた。


「いいかい?こういう場合は・・・まずはこことここの神経を締めるんだ」

春人は患者の胸の付近を指差すとあたしに心臓付近の神経を小さくするように指示をしてきた。


あたしは彼に言われたまま作業を続けた。


「・・・春先生っ、大変よっ。患者の心臓が完全に止まっているわっ」

あたしは患者から心臓の音が消えたことに気が付いて慌てて春人の顔を見つめた。


「それでいいんだ」

「えっ・・・」

あたしは春人の言葉に自らの心臓も止まりかけた。


「何を暢気なことを言っているのよっ、患者の心臓が停止しているのよっ」

あたしは妙に落ち着いている春人に対して怒りを露わにした。


「遥くん・・・人はね。直ぐには死なないものだよ。心臓が止まっても10分以内であれば充分に助けることができる。それよりも・・・」

春人は焦るあたしを宥めると次の指示を出してきた。


「こことここの筋肉を大きくさせたり、小さくさせたりしながら心臓を揉むように動かすんだ」

(一体何を考えているの・・・)

あたしは春人に疑念を懐きながらも彼の指示通りに患者の心臓付近の筋肉を大きくさせたり、小さくさせたりして直接心臓をマッサージした。


それから間もなくして患者の心臓が再び動き出した。


「先生っ、患者の心臓が動き出したようよ・・・」

あたしは患者の心臓が再び動き出して胸を撫で下ろした。


「いい感じだよ。そのまま患者の気道を確保しつつ、心臓のマッサージを続けて・・・」

あたしは患者の意識が戻るまで春人の指示に従いながらマッサージを続けた。


マッサージに関しては老人達の相手で十分に経験を積んでいたため、何の問題もなく続けられた。


「ここは・・・」

「大丈夫かい?」

春人は患者の意識が覚醒すると患者の状態を確認した。


「どうして・・・僕は倒れたんですか?」

男性は自分に起きた事態が飲み込めずに戸惑っているみたいだった。


「それは君がこの寒い海の中でサーフィンなんかするから心臓が痙攣を起こしてしまったんだよ」

春人は周囲の状況から男性に起こった事態を推測して彼に起きたことを説明した。


彼は冬でもサーフィンを楽しんでしまう程の重度のサーフィン好きだそうだ。


その結果、冷たい海の水で心臓がびっくりしてしまい、痙攣を起こしてしまっていたようだった。


「そうなんですか・・・」

男性はいまいち納得していない様子で首を傾げていた。


「これに懲りたら冬は家で大人しくネットサーフィンでも楽しむんだね」

春人はドヤ顔でとても寒いギャグを口にした。


「・・・気を付けます」

男性は一瞬目が点になっていたが、状況を理解すると静かに頭を下げた。


(本当にしょうもない先生だな。だけど・・・凄い先生だ)

あたしは研修に来てから初めて春人のことを尊敬した。


まぁ、普通に考えてみれば男性が医者になるだけでも凄いことだった。


基本的に治癒魔法が使える女性の方が医者の現場などでは必要とされ、魔法が使えない男性は女性以上に医療の知識を身に付けなければ必要とされなかった。そのため、医者を志す男性は女性に比べて非常に少なかった。


「春先生・・・どうして一度彼の心臓を止めたの?」

あたしは患者の心臓を止めた理由がいまいち理解できていなかった。


「心臓付近の神経に流れる電気を止めることで神経に起こってしまった痙攣を治めただけだよ。まぁ、結果として心臓が止まってしまったが、形状魔法を以ってすれば止まってしまった心臓を再び動かすことなんて簡単にできるからね」

春人はあたしの力を考慮したうえで最も的確で最速の方法を選択していた。


「春先生は・・・人の心臓を止めてしまうことに抵抗はなかったの?」

「この職場で仕事しているとね。溺れた人、心臓が止まってしまう患者なんて珍しくないからね」

春人はあたしの方に振り向くと苦笑いを浮かべた。


その術は彼がこの海辺の診療所で積み重ねた経験だった。


ちなみに後で知ったことだが、彼が何時も眠そうにしていたのは日の出前から漁に出かける漁師達の体調を診察したり、早朝の海で泳いでいるサーファー達の様子を確認したりと朝早くから活動しているためだったそうだ。


(春先生も色々と苦労してきたんだな・・・)

春人のくたびれた背中が彼の苦労を物語っていた。


こうして、あたしは春人の下で様々なことを学びながらあっという間に2週間の月日を過ごした。


(そういえば・・・今日はバレンタインデーか・・・)

あたしは研修が忙しすぎてバレンタインデーのことをすっかりと忘れていた。


(茜にチョコレートでも作って送ろうかな。だけど、届く頃にはとっくの昔に時期が過ぎてるだろうし・・・どうしようかな?)

あたしはチョコレートを茜に送るべきか否かを悩んでいた。


もし今の段階で彼にチョコレートを送ったとしたらかなり時期がずれているため、あたしの気持ちは多分彼には伝わらないだろう。


(どうせなら直接渡して茜の喜ぶ顔を見たいんだけどな・・・)

あたしには残念ながら直接渡しに行く手段がなかった。そのため、チョコレートを作ることを躊躇していた。


(何かいい方法はないかな・・・)

「おーいっ、遥あああ」

あたしが考え事をしながら歩いていると海岸の方からあたしの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「この声は・・・」

あたしは声のした方に視線を向けた。


そこには釣竿を片手に釣りをしている源太の姿があった。


「そんな所で釣りなんかしてると危ないわよっ」

あたしは高波に浚われやすい場所で釣りをしている源太に注意した。


「大丈夫だよっ。こんなのへっちゃらだっ」

源太は調子に乗って高台の上で両手を大きく振った。


「きゃっ」

源太が手を振った瞬間、どこからともなく激しい突風が吹き上げた。そして、あたしが再び目を開くと高台にいたはずの彼の姿がどこにも見えなかった。


「源太?・・・源太あああ」

あたしは慌てて源太がいたはずの場所に向かったが、その場所には何もなかった。残されていたのは波で濡れた地面だけだった。


「まさか・・・」

あたしは海の方に視線を向けた。


源太は波に浚われてしまったようだった。


「源太あああああ」

あたしは大きな声で源太の名前を呼んだが、彼からの返事はなかった。


(一体どこに・・・)

あたしは必死で海の方に視線を送ったが、源太の手掛かりは何も見つからなかった。


どうやら彼は波に呑まれて海の底に沈んでしまったようだった。


「どうしよう・・・」

あたしは突然の出来事に頭の整理が追いついていなかった。


(落ち着けっ、あたしっ)

あたしは両頬を力一杯叩くと心を落ち着けた。


もはや風前の灯の源太の命を助けられるのはあたししかいなかった。


(どうすれば助けられる・・・茜ならこんな時どうする?)

『空気中と水の中では音の伝わり方に大きな差があるんですよ』

あたしは夏休みに茜から習った知識を思い出して源太を救出する方法を閃いた。


「はあああ」

あたしは気合を込めると耳の神経を拡大化させて海の中へと飛び込んだ。そして、海の中で源太がもがいている音を必死に探った。


水中は空中よりも何倍も早く音を伝えるため、彼の居場所を探るのはそんなに難しいことではなかった。


『がばっ、がばっ、がばっ』

(この音だっ)

あたしは波の音以外で聞こえる音を聞き分けるとその音のする方向に向かって必死に足をばたつかせた。


(源太・・・頑張って・・・今行くから・・・)

あたしは必死で源太の下へと向かった。


(いたあああ)

あたしは海の中に沈んでいく源太の姿を発見した。


「げっ・・・ぼあ」

あたしが源太の名前を叫ぼうと大きく口を開くと容赦なく水が口の中へと入ってきた。


(やっ、やばい・・・)

あたしは一度海面に顔を出すと大きく息を吸い込んで再び海中へと潜った。


(源太はどこに・・・)

あたしは見失ってしまった源太の姿を探すとそこには力なく海の中を漂う彼の姿があった。


彼は完全に意識を失ってしまっていた。


(大変だっ)

あたしは慌てて源太の手を掴むと海面へと引っ張り上げた。


「源太っ、源太っ、しっかりしなさいっ」

あたしは必死で源太に呼び掛けた。しかし、彼の反応は全く見られなかった。


「急がなきゃ・・・」

あたしは源太の顔を仰向けにさせながら背泳ぎで近くの浜辺へと運んだ。


「完全に・・・心臓が停止している・・・」

あたしが浜辺に着く頃には源太の唇は薄っすらと紫色に変色しつつあった。


(どうしよう・・・このままじゃ、源太がっ)

あたしは頭の中がとても混乱していたため、自分が何をすべきなのかを思い付けないでいた。


「とにかく・・・春先生をっ」

あたしは春人に助けを求めようとしたが、直ぐに足を止めた。


それは状況的に言って最善策ではないことに気が付いたからだ。


源太が呼吸を止めてから既に5分ほど経ってしまっている。このまま春人を呼びに行っては心肺蘇生が可能である10分を確実に超えてしまう。


(冷静になれ・・・あたしっ)

あたしは再び逸る気持ちに渇を入れた。そして、必死で源太を助ける最善の方法を考えた。


『人はね。直ぐには死なないものだよ』

あたしの脳裏にふと春人の言葉が思い浮かんだ。


「そうだっ・・・あたしがすればいいんだ」

あたしは春人に習った方法を用いて源太の心肺蘇生を試みた。


「まずは気道を確保して・・・」

あたしは大きく息を吐き出すと源太の喉に溜まった水を吸い上げた。そして、喉の水が空になると肋骨を力強く押した。


「がはっ」

源太は口から大量の水を吐き出した。その水は彼の肺に溜まってしまった海水だった。しかし、彼の心臓はまだ止まってしまったままだった。


「次は・・・」

あたしは源太の心臓の付近の筋肉を大きくさせたり、小さくさせたりすると心臓のマッサージを試みた。


(動けえええ)

あたしは源太の心臓が再び動き出すように必死で願い続けた。


『とっくんっ・・・とっくんっ・・・』

「反応したっ」

あたしは源太の心臓が微かに動き出したことを確認すると表情を明るくさせた。


「絶対に・・・助けるからっ」

あたしは沸々と湧いてきた希望にやる気を漲らせた。そして、同じ要領で心臓マッサージをただただひたすらに続けた。


「げほっ、げほっ・・・」

源太はそれから間もなくして息を吹き返した。


「源太っ、源太っ」

あたしは必死で源太に呼び掛けた。


「・・・はるか・・・」

源太は微かにあたしの名前を呟いた。


「良かった・・・」

あたしは源太の意識が覚醒すると胸を撫で下ろした。


「俺は・・・一体・・・」

「この馬鹿っ」

あたしは源太の頬を思いっ切り引っ叩いた。


「痛っ、何すんだよっ」

源太はいきなり叩かれて怒りを露わにした。


「あんた・・・調子に乗って死にかけてたんだよっ」

あたしは源太を強く叱りつけると彼のことを力一杯抱き締めた。


「えっ・・・」

源太は先程までの出来事を思い出して体を硬直させた。そして、時間が経つに連れて自分に起きた事態を理解して大きな声で鳴き始めた。


ようやく彼は自分に襲い掛かってきた死の恐怖を実感したみたいだった。


「もう大丈夫だから・・・」

あたしは源太を抱き締めたまま彼の耳元で優しく囁いた。そして、彼が泣き止むまで抱擁を続けた。


「どう?落ち着いた?」

「うん・・・」

あたしは源太が落ち着いたのを確認するとゆっくりと体を離した。


「もう2度とこんな危ない真似をするんじゃないわよ」

あたしが源太に注意をすると彼は黙ったまま静かに首を縦に振った。


「それじゃ、あたしはそろそろ病院に行くわね」

あたしが源太から離れようとすると彼はあたしのびしょ濡れになったスカートの裾を強く掴んだ。


「どうしたの?まだ何かあるの?」

あたしは源太の気持ちが伝わらず首を傾げた。そして、何か言いたげな彼の顔に耳を近づけた。


「遥・・・ありがとう」

源太はあたしの頬に軽くキスをすると脱兎の如くその場を走っていった。


「将来は・・・俺のお嫁さんにしてやるからなっ」

源太はかなり離れた場所からあたしの方に振り返ると大きな声で愛の告白をしてきた。そして、あたしの返事を聞かないまま去っていった。


「全くもう・・・10年早いわよ」

あたしは呆れた表情を浮かべながら微かに口許を緩めた。

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