第2話:入学式
藤白波高校は戦時中に活躍した6人の魔法使い達によって建てられた高等学校で数多くの魔法使いを輩出しており、高校を無事に卒業できれば高収入の職業に就職できる実績を誇っていた。そして、今年の春、その高校の受験に合格した僕は晴れて魔法使いの学校の生徒になれたのである。
「ここが・・・藤白波高校。これから私が魔法使いになるために通う学校・・・」
僕は胸一杯に希望を膨らませながら静かに藤白波高校の門を潜り抜けた。
「・・・ふぅ」
僕が学校内に足を踏み入れると一気に期待感と緊張感が込み上げてきて思わず溜息が漏れてしまっていた。
(この学校で一体どんな授業が行われるのだろうか・・・)
いくらインターネットで検索をしてみても図書館に通って調べてみても魔法を発動する方法に関しては徹底して秘密が保持されており、その一切について知ることが叶わなかった。
これは魔法の悪用を防ぐための措置であり、むやみやたらに魔法を乱用させないための当然の措置であった。それだけ魔法が重要であることを意味している。
だけど・・・この学校でならば、それが可能になるのである。僕は魔法の授業が楽しみでしかたがなかった。
「それにしても・・・」
僕は妄想から我に返ると校内の様子を見回した。辺りには女生徒、女生徒、女生徒と校内にいる人間の大半は女性であった。
女子高だから当たり前の光景であるが、男である自分がその領域に足を踏み入れることに少し抵抗を感じていた。こういう時には否が応でも自分が男なのだと思い知らされる。
「ちょっとっ、あんたっ。何そんな所でぼーっと突っ立っているのよ」
僕が黄昏ていると後ろから気の強そうな女の子が話し掛けてきた。
「ごめんなさい・・・ちょっと歓喜極まっちゃって・・・」
僕はポケットからハンカチを取り出しながら後ろに振り返ると咄嗟に口許を押さえた。あくまで自分が女性であることを強調した。
僕はこの学校に女生徒としてやってきていたため、周囲に男性であるとばれるわけにはいかなかった。ちなみに細かなプロフィールについては中学校側に交渉して上手く誤魔化してもらっていた。
「変な子ね・・・こんな所で・・・」
僕の目の前の女の子は僕のことを興味津々な様子で見回してきた。
「そんなに・・・見つめないで下さい・・・」
僕は女子の視線に晒されて恥ずかしそうに頬を薄紅色に染めた。
「馬鹿ねっ、何を恥ずかしがってんのよっ。あたし達、同じ女の子同士でしょっ」
女の子は僕と同様に頬を染めると居心地悪そうにそっぽを向いた。
「それもそうですね・・・」
僕はハンカチをポケットの中に戻すと満面の笑顔で微笑んだ。
「・・・」
女の子は僕の笑顔に見蕩れているような感じで言葉を失っていた。
「どうかされましたか?」
僕は沈黙する女の子を心配そうな眼差しで見つめた。
「べっ・・・別に何でもないわよっ」
女の子は恥ずかしそうにあたふたと手を左右に振った。
「それより早くしないと入学式が始まっちゃうわよっ」
女の子は僕の手を握り締めると体育館に向かって走り始めた。
「ちょっ・・・ちょっと待ってください・・・」
僕は急に走らされて思わず転びそうになった。正直、初めて穿いたスカート姿で走るのはかなりの抵抗があった。
「ごめん、ごめん。思わず手を掴んじゃってたわ」
女の子は申し訳なさそうに僕の手を離すとそのまま一人で体育館へと走っていった。
「騒がしい人だな・・・」
僕は走り去る女の子の後ろ姿を見つめながらゆっくりと体育館へと向かった。
(もう随分と人がいるんだな・・・)
僕は騒がしい人混みを掻き分けながら自分の座席を探し出すと静かに椅子に腰掛けた。
『高見澤茜¨たかみざわあかね¨』と自分の名札が張られた椅子が用意されているのを見て、僕は改めて自分がこの学校の生徒の一員になれたことを実感した。
(ちゃんと僕の席があって良かった・・・)
もしかしたら男性である自分の席が用意されていないんじゃないかとかなり不安に思っていたため、とても安心した。
「それではただいまより第45回、六魔道藤白波高等学校の入学式を始めます」
僕が安堵していると司会進行役の先生が教壇に立って入学式の開始を宣言した。
「まずは校長による式辞を行います」
司会進行役の先生が拍手を求めると会場から一斉に拍手の音が鳴り響いた。
その中を颯爽とフォーマルスーツ姿の女性が教壇の前へと歩いてきた。どうやら、あの初老の女性がこの学校の校長先生らしい。
(あの人も魔法使いだったのかな?)
僕は校長先生を見つめながら僕を助けてくれた魔法使いのことを思い出していた。ちなみに魔法使いは30歳を過ぎると魔法の力が低下して40代を超える頃にはみんな魔法が使えなくなる。
「・・・続きましては新入生代表による宣誓。生徒代表の『藤ノ宮麗奈¨ふじのみやれいな¨』っ」
「・・・はい」
司会進行役の先生が新入生代表の名前を読み上げると長い黒髪の女生徒が静かに座席から立ち上がり、教壇を目指して歩き始めた。
(藤ノ宮麗奈・・・)
僕はその名前に聞き覚えがあった。正確に言えば聞き覚えというより見覚えであるが、彼女の名前は全国統一模試で常に1位の場所に書かれていた名前で僕が1位を取るまでの間、ずっと首位をキープしていた。
僕にとってはまさに最後の難関であった。
(彼女もこの学校に進学してきたんだ・・・)
僕は初めて見る麗奈の凛々しい姿に思わず彼女に見蕩れてしまっていた。
「校歌斉唱っ」
僕が惚けていると入学式は何時の間にやら校歌斉唱になっていた。僕は慌てて校歌を口にした。
「・・・以上を持ちまして第45回、六魔道藤白波高等学校の入学式を終了します。入学生の各生徒は自身の担任の指示の元、各教室に向かってください」
司会進行役の先生が入学式の終了を述べると僕達の前に各担当の先生達がやって来て教室まで移動するように指示を出した。
僕達はその指示に従って自分達の教室へと移動した。
(ここが僕の教室か・・・)
僕は教室の扉の前に立つと軽く深呼吸をした。そして、これから始まる新生活に向けて希望を膨らませながら教室の中へと足を踏み入れた。
「あ・・・」
教室の中には今朝校門で声を掛けてきた女生徒がいた。彼女は僕のことを見ると思わず口を開きかけた。
「は~い、みんな。早く席に着いてね」
女生徒が僕に声を掛けようとした瞬間、僕の後ろから担任の先生が急かすように教室の中へと入ってきた。
僕は慌てて自分の席へと向かった。
「それじゃ、これから各個人の自己紹介をしてもらいます」
担任の先生は僕達に背を向けると自らの名前を黒板に書いた。
「まずは私の自己紹介ね」
担任の先生は再び僕らの方に振り返ると自己紹介を始めた。
「私の名前は『五十嵐弥生¨いがらしやよい¨』。これから3年間、あなた達の担任としてあなた達の面倒を見ます。悩み事や辛いことがあれば何時でも相談に乗るから気軽に声を掛けてくださいね」
弥生先生は豊満な胸を全面に押し出して満面の笑みを浮かべた。
(大きな胸だな・・・)
僕の視線は思わず先生の大きな胸に釘付けになった。
「それでは端から順々に自己紹介を始めてください」
弥生先生が手を振って合図すると左端に座っていた女子生徒が立ち上がり、自己紹介を始めた。
「・・・あたしの名前は『天城遥¨あましろはるか¨』。この学校にはスカイレーサーになるためにやって来た」
遥がスカイレーサーのことを口にすると教室内からどよめきが起こった。それもそのはずである。
スカイレーサーとは一流の魔法使いだけがなれる特別な役職のことでランクが上がれば国の威信を賭けて各国の代表選手達とレースを行い、国の順位を決める。国の順位が高いほど貿易や交渉事を行う際に優位に事を進めることができる。
そんな重要な役職なのである。軽々しくその名前を口にするのも憚られるようなことであった。だが、彼女はそれをいとも容易く口にしたのである。
「絶対に・・・あたしはこの学校でその夢を叶えてみせるっ」
遥は周囲の声を全く気にしない様子で見事に言い切った。
(あの娘・・・『天城遥』って言うのか)
遥は今朝校門で僕に声を掛けてきた女子生徒であった。
僕は自信満々な様子の遥を見ながら自分も彼女に負けないように魔法使いになって特災レスキューになることを密かに決意した。
「私の名前は・・・高見澤茜です・・・」
僕は両肩を丸めて可愛らしく女の子のように自己紹介を始めた。
『ぞくりっ!』
僕が自らの名前を口にすると何所からともなく僕の背筋に突き刺さるような寒気が走った。
僕は慌てて後ろに振り返ったが、その原因はわからなかった。
「どうかしましたか?」
急に後ろに振り返った僕を弥生先生が心配するような眼差しで見つめていた。
「・・・何でもありません」
僕は気を取り直すと自己紹介を続けた。
(今の感覚は一体何だったのだろうか?)
僕は自己紹介が終わると静かに椅子に腰を掛けた。
その後は特に何もない様子で淡々と自己紹介が進んでいった。
「私の名前は藤ノ宮麗奈と申します。この学校には一流の魔法使いになるために進学して参りました。これから3年間、どうぞご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します」
麗奈は弥生先生に対して深々と頭を下げると可憐な様子で音も立てず、静かに椅子に座った。麗奈の自己紹介はまさに完璧であった。何所から見ても育ちの良いお嬢様のような感じを醸していた。
(麗奈さんもこのクラスの生徒だったんだ・・・)
僕は完璧な麗奈を見つめながら彼女のお嬢様のような仕草に感心していた。
『にこっ!』
麗奈は僕と視線が合うと静かに微笑んだ。
(かっ・・・可愛い・・・)
僕は一瞬にして麗奈の笑顔に心を奪われていた。その笑顔はどことなく冷たい感じもした。
「今日の行事はここまでです。・・・それじゃ、これから3年間よろしくね」
弥生先生は教壇で出席簿を叩くとオリエンテーションの終わりを告げた。
「・・・そうそう。みんなの荷物はそろそろ寮の前に届いている頃だから。各自で部屋まで運んでおいてね」
弥生先生は教室を出る前に思い出したように忠告した。
藤白波高校は完全な全寮制の学校で各生徒達は3年間の間、その寮で過ごすことになっていた。自宅に戻れるのは夏休みやお正月など特別な連休がある時であった。
「えっと・・・私の部屋は・・・54番と・・・」
僕は寮の前まで移動すると寮の掲示板に張り出されている部屋の割り振りを確認しながら自分の部屋の鍵を握り締めた。そして、自分の荷物を持って部屋へと向かった。
「・・・ここが私の部屋・・・」
(どんな人がルームメイトになるのかな?)
僕はこれから3年間を共に過ごすルームメイトのことを考えながら静かに部屋の扉を開いた。
(麗奈さんみたいな物静かな人だといいな)
僕は先程見た麗奈の笑顔を思い出しながら静かに部屋の中へと移動した。
「あら?あんたは・・・」
僕が部屋の中へ入るとそこには遥がいた。僕の儚い希望は脆くも崩れ去っていった。
「えっと・・・」
よりにもよってガサツそうな遥とルームメイトになったことに僕はかなり戸惑っていた。そして、彼女は部屋の中で無防備な格好のままベッドの上に転がっていた。
とても年頃の男子には見せられるようなものではなかった。
「何してるのよっ。早く荷物を置いたら?」
僕が部屋の入り口で固まっていると遥は急かすように作業を続けるよう指示を出してきた。
(この人がルームメイトで大丈夫かな・・・)
僕は女の子らしくない遥の姿を見て、これからの3年間の生活に言い知れぬ不安を感じていた。
こうして僕の期待と不安に満ちた新生活が始まった・・・