第24話:魔法使いとしてあるべき姿
「そちらへどうぞ」
リチャルド神父は部屋に案内するとソファに腰掛けるように促した。
「失礼します・・・」
僕は少し緊張した様子でソファに腰掛けた。
「・・・これをどうぞ」
リチャルド神父は近くに会ったポッドからお湯を出すとハーブティを作ってくれた。
「頂きます・・・」
僕はリチャルド神父の出してくれたお茶を静かに口許へと運んだ。
(いい匂いだ・・・)
僕はお茶の匂いを嗅ぎながらお茶に優しく息を吹きかけた。そして、ある程度お茶が冷めると一口分のお茶を口の中に含んだ。
「美味しい・・・」
僕は口の中に広がった微かな甘みと酸味に舌を唸らせた。
「口にあったのならばよかったです」
リチャルド神父は嬉しそうに明るい笑顔を浮かべると僕の目の前に腰掛けた。
「それで?あなたの悩みは何ですか?」
リチャルド神父は僕が落ち着いた頃合を見計らって話を切り出してきた。
「なぜ私に悩みがあるとわかったのですか?」
「あなたの顔に書いてありましたよ。話を聞いてほしいと・・・」
「本当ですかっ」
僕はリチャルド神父の言葉に心臓の鼓動を逸らせた。
「私も色々な人の悩みを聞いてまいりました。その人の顔を見れば何か悩み事を抱えているかを判断できるくらいには人と接してきましたのでね」
リチャルド神父は歯を輝かせると爽やかに微笑んだ。
「なるほど・・・」
僕はリチャルド神父の眼力に感服した。
「それでは隠しごとなしに相談しますね」
僕は心を落ち着けるとまずは自分の素性について本音を語ることにした。
「実は・・・僕は男なんですっ」
「ほう?なるほど・・・それで?」
リチャルド神父は微塵も驚いた表情を見せずに話を続けた。
「驚かないんですか?」
僕は全く動じないリチャルド神父に逆に驚かされた。
「まぁ、そういう性別の悩みを相談してくる人も多くてね。別に大した問題じゃありませんよ。人の心に性別の垣根などありませんから」
リチャルド神父は眩しい顔で微笑んだ。
「ありがとうございます」
僕はリチャルド神父の心の深さを感じてとても感銘を受けた。
「それで・・・」
僕は過去にあった自分の身の上話について語った。
「なるほど・・・あなたも色々と悩みを抱えながら生きてこられたのですね」
リチャルド神父は柔らかい表情を浮かべると何度も首を軽く振った。
「それで・・・本当に僕はこのまま周囲を騙し続けて魔法使いになることを望んでいてもよいのでしょうか?」
僕はリチャルド神父に心の奥底に仕舞っていた悩みを打ち明けた。正直、周囲の人間を騙していることに後ろめたさを感じていた。
「そうですね・・・」
リチャルド神父は僕の額の近くに手を翳すと静かに目を閉じた。
「汝、己が信じた道を疑うことなかれ。自分が正しいと思ったままに自分の道を進みなさい」
リチャルド神父はまるで神の声を告げるかのように僕の道を指し示してくれた。
「・・・ありがとうございます」
僕は自分の積み重ねてきたものを認めてもらえて肩の荷が軽くなったような気がした。
「ところで・・・遥さんに聞いたのですが、リチャルド神父は本当に魔法が使えるんですか?」
僕はリチャルド神父に本来聞きたかった用件について尋ねた。
「なるほど。つまり、あなたは同じ境遇を持った私に話を聞きたかったのですね」
「そうです。リチャルド神父はどこで魔法を習ったのか、どうして魔法を身に付けようと思ったのか、そういった話を聞いてみたかったのです」
僕は目を輝かせながらリチャルド神父の話を楽しみにした。
「あまり面白くない話になるかもしれませんが、よろしいですか?」
リチャルド神父は唐突に表情を曇らせると真面目な顔で僕に確認を求めてきた。
「・・・お願いします」
僕はリチャルド神父の様子から重い話になることを覚悟して返事をした。
「私が生まれた国はこの国ほど豊かなものではありませんでした。そのため、貧困にあえぐ子供達がそこら中に溢れており、常に物乞いや強盗などその日を生き抜くための糧を得ようと必死で奪っていました。そして、私もそんな貧困にあえぐ子供の1人でした」
リチャルド神父は悲しそうに瞳を潤ませると小さく深呼吸をした。
「そんなある時、ある組織の人間達が街の治安を向上させる名目でスラム街にいた貧乏な子供達を一斉に捕まえに来ました。そして、彼らはそういった子供達をある施設に集めるとこう命じてきました」
『お前達はこれから我らの仲間となるために更生し、我らと共に我らの信じる神のために生きるのだ』
「彼らはいわゆる反社会組織であるテロリストでした。彼らは新たな戦士を獲得するために社会から排斥された子供達を集めていました」
「それで?それで神父様はテロリストに捕まってどうなったんですか?」
「彼らは私達の中から1人の子供を選び出すと容赦なく目の前でその子供の眉間を拳銃で打ち抜きました」
テロリストはリチャルド神父達を従わせるため、見せしめとして無差別に子供を1人殺していた。
そんなものを目の前で見せ付けられれば誰も彼らに逆らおうなどとは考えもしないだろう。
「その後は1人ずつ個別の部屋に連れて行かれて彼らは一言『神に祈れ』と言って眉間に拳銃を押し付けてきました」
「どうして、そんな真似を?」
僕はテロリストの意図が理解できなくて眉間にしわを寄せた。
「そうすることで私達に恐怖心を植え付けると共に神への祈りによって魔法が使えるか、どうかを確認しているようでした」
「そんな方法で本当に魔法適性を見極めることができるんですか?」
僕はテロリストが思いも寄らない方法で魔法使いの素質を見極めていたことに驚きの声を上げた。
通常であればDNAなどの細胞を採取して魔法使いの素質があるかを見極めるのである。
「それが可能だったのです。死にたくない一心で神へ祈りを捧げることで私達は魔法を発動させるための一歩手前の状態になれました」
本来であれば呼吸を整えて地核の振動と呼吸をするタイミングを合わせなければ、そのような状態にはならないはずであるが、死に直面した人間の奇跡とでも言うべきか、無我夢中に神へ祈りを捧げることで細胞の一つ一つを正確に震わせていたのである。
「その状態を確認するとテロリストはその子供を魔法使いの戦士として育てるべく魔法使い育成用のカリキュラムを強いるのです」
「ちなみに魔法使いの素質がなかった者はどうなるのでしょうか?」
僕は魔法使いになれない子供達の身の上を案じて神父に尋ねた。
「力のある者は戦士として育てられ、力のない者は闇の商人や奴隷商などに売られ、娼婦街や見世物小屋などに消えていきます。多分、私に魔法の力がなければ私もその闇の中へ消えていたでしょう」
リチャルド神父は顔を少し上に向けると微かに涙を滑らせた。
この豊かな国ではとても考えられないことであった。
「そして、一人前に育てられた戦士は紛争の真っ只中に送り込まれて抵抗勢力の敵と壮絶な戦いを行うのです。もちろん魔法使いも魔法を使ってたくさんの人間を傷つけます」
「魔法で人間を傷つけるって・・・それじゃ、魔法3原則に違反するのでは?」
僕らは魔法を学ぶ際に3つの誓いをたてさせられる。
『1つ魔法を悪用するべからず』
『1つ魔法を使って直接的に人を傷つけるべからず』
『1つ魔法をむやみやたらに拡散するべからず』
それは魔法を誤ったことに使わせないための当然の措置であった。
この魔法3原則は各国で定められており、世界中で実施されていた。
ちなみに魔法は間接的であれば人に使用することは認められている。これは犯罪者などを拘束する際に魔法を使用するための考慮である。
「もちろん違反します。ですが、テロリストにはそんなこと関係ありません。そして、私も神が授けてくれたこの奇跡の力で多くの人間を傷つけてきました」
「そんなの間違っているっ」
僕は魔法を戦争の道具に使っているテロリストのことを許せずに怒りを露わにした。
「あなたの言うとおりです。魔法は人を傷つけるための道具であってはならない」
リチャルド神父は僕の意見に同意するように首を大きく縦に振った。
「私も本当にこれでいいのか、ずっと悩んできました。そして、そんな最中、上層部の命令で私達はテロリストの拠点とすべくある村の制圧に向かいました」
リチャルド神父はこれまで以上に険しい表情を浮かべた。その村で神父の生き方を変えた何かがあったことは明白であった。
「私に告げられた命令は村を制圧することだったのですが・・・一緒に同伴した仲間の目的は違うようでした。彼は村人の家を訪ねるといきなり家の住人を撃ち殺し始めたのです」
「どうして、そんな酷いことを・・・」
「村の制圧は表向きで本当の狙いは村人を皆殺しにして村人になり代わることが真の目的でした」
テロリストは村人から自分達の情報が漏れるのを何よりも怖れていた。そのため、彼らは村人を有無も言わさずに殺したのである。
まさに死人に口なしであった。
「まさか神父様も・・・」
僕はリチャルド神父がテロリストに加担して人を殺したのではないかと疑いの眼差しを向けた。
「私も・・・人を殺しました・・・」
「やっぱり・・・」
僕はリチャルド神父の言葉にショックを受けて口を紡いだ。
「ですが・・・私が殺したのは村人ではありません。私が殺したのはテロリストの方です」
「どうして、そんなことに?」
僕はリチャルド神父の言う状況が理解できなくて首を傾げた。
「それは・・・私と一緒にいた同伴者が村人の子供を殺そうした時のことでした。幼かったその子は殺された両親に駆け寄ると必死で目を覚ますように呼び掛けていました」
「それでその子は・・・どうなったんですか?」
「同伴者は泣きじゃくるその子の眉間にも容赦なく銃口を向けました。そして、ゆっくりと引金に指を掛けました。銃口を向けられたその子は死にたくないと必死で訴えていました・・・」
リチャルド神父はその当時の状況を思い出したかのように下唇を力強く噛み締めた。
「私は命乞いをしていたその子を見て、かつてテロリストに拳銃を突き付けられたあの日のことを思い出しました。そして、気が付くと私は同伴者に対して魔法を放っていました」
リチャルド神父はその子供とかつての自分の状況を重ねて同情してしまったようであった。そのため、無我夢中で子供を助けようと魔法を使ってしまったのであろう。
「彼は私の放った魔法によって全身の骨が砕けて死んでいました。私はとても後悔しました。今まで一度も人を殺したことがなかったのに・・・遂にその一線を越えてしまったのです」
リチャルド神父は再び目尻に涙を浮かべるとその涙を頬へと伝わせた。
「ですが・・・私には人を殺したことを懺悔している時間などありませんでした」
リチャルド神父の目の前にはまだ命を救われていない子供がいた。
その子供をそのまま家の中に放置していれば、いずれ他のテロリストに見つかって殺されるからである。そのため、一刻でも早く子供を村から連れ出さねばならなかった。
「私は怯える子供に手を差し出すとそこから逃げ出すことを提案しました。そして、その子を納得させると私はその子の手を取って村から逃げ出しました」
「それからどうなったんですか?」
「村から逃げた後は魔法を使いながらできるだけ遠くに逃げました。そして、身の安全が確保できると私は国の諜報機関に接触して私と子供の保護を求めました」
リチャルド神父はテロリストの情報をネタに敵対していた政府に取引を持ちかけたのであった。
「その結果、私達はある教会で匿われることになりました。私にとってはまさに神の思し召しのような出来事でした」
政府は2人をテロリストの目に届きにくい施設に預けることにしたようであった。
「私はそこで修道士の修練を積むと共にこれまで私が犯してきた罪について神に懺悔を行ってきました」
僕はリチャルド神父の話を聞いて魔法使いが人を助けるべき存在であることを痛感した。
『魔法の力は絶対に人を傷つけるための手段として用いてはいけない』
僕は心の中にそう強く刻み込んだ。
「ところで神父様が保護した子供はどうなったんですか?」
僕はリチャルド神父の話している子供がこの教会には見当たらなかったため、神父にその子供のことを尋ねた。
一瞬イザベルさんのことが頭の中に過ぎったが、どう見ても彼女の方が神父よりも年上のように見えた。
「彼女ならば別の教会で立派な修道女になっておりますよ」
リチャルド神父は笑顔を取り戻すと柔らかに微笑んだ。
「神父とは違う場所に行かれたのですね」
「それは仕方がないことです。どんなに体裁を取り繕っても彼女の両親を殺したのは私が所属していた仲間なのですから。その事実だけはどんなに懺悔しても消えることはありません」
リチャルド神父は自分の仲間が子供の両親を殺したことを悔いていた。
神父に救われた子供の方も神父が自分のことで悩んでいることを感じていた。そのため、お互いに一緒にいない方がよいと判断したようであった。
「ところで・・・どうして神父様はこの国にやってきたんですか?」
僕はリチャルド神父が日本にやって来た理由について気になった。
「理由は色々ありますが・・・一番の理由はこの国の治安がとてもいいからですね。このような平和な国であれば、まずテロリストがやって来ることがないですから」
リチャルド神父の言うことはご尤もであった。
確かにこの国の治安であればテロリストが自由に歩き回っていることはないであろう。
「あとはこの教会の先代の神父様がちょうど跡継ぎを探して困っておりましたので名乗りを上げさせて頂きました」
「なるほど・・・」
僕はリチャルド神父が日本にやって来た理由について納得した。
こうして僕は神父と様々な話をして過ごした。
「・・・夜も更けてまいりましたし、そろそろお開きとしましょう」
僕はリチャルド神父に言われて時計に目をやった。
時計の単身は既に10時を示そうとしていた。
「すみません。色々と聞き込んでしまって・・・」
「いえいえ、こちらの方こそ色々と辛い話を聞いていただき、ありがとうございました。おかげで胸の中で痞えていたものが取れたような感じです」
リチャルド神父は眩しい笑顔を浮かべると大きく手を開いて僕に感謝してきた。何時の間にやら僕と神父の立場が入れ替わっていた。
「あなたならきっと立派な神父になれますよ」
リチャルド神父は満面の笑みで笑いながらとんでもない冗談を口走った。
「いえ、僕がなりたいのは特別災害レスキューですからっ」
僕はリチャルド神父の申し出をきっぱりとお断りした。
「それはとても残念です」
リチャルド神父は楽しそうに口許を緩めていた。
「それでは・・・失礼します」
僕はリチャルド神父に別れの挨拶を告げると用意された自分の部屋へと足を向けた。
「随分と話し込んでいたようね」
僕が自分の部屋に戻るとそこには寝巻き姿の遥がいた。
「・・・ここで何をしているんですか、遥さん?」
僕は自分の部屋に当たり前のようにいる遥に質問を投げ掛けた。
「何って?寝る準備をしていたところよ」
「いえ、そういう意味ではなくて・・・ここは僕の寝室ですよ?」
僕は一緒に寝る気満々の遥に呆れた表情を浮かべた。
「ええ、知ってるわ。あたしもここで寝るから」
遥は悪戯な笑顔を浮かべるととんでもないことを口にした。
「本気ですか・・・仮にも僕は男ですよ」
「何を今更・・・別に茜が男だろうと女だろうとあたしは気にしないわ」
「いや、僕の方が気になるんですが・・・」
僕は恥ずかしそうに頬を赤らめた。正直、遥の僕を男として見ていない態度は嬉しいが、もっと自分のことを女性として意識してほしかった。
「そんなことよりも寝ましょう。明日も朝は早いわよ」
遥は2人分の布団を敷き終えると布団の上に寝転がって誘うように何度もシーツの上を軽く叩いた。
「ちょっと布団の間隔が近すぎませんか?」
「仕方ないでしょ。部屋が狭いんだから」
「やれやれ・・・遥さんには敵いませんね」
僕はマイペースな遥に乗せられて素直に彼女の隣の布団で寝ることにした。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい・・・」
遥は部屋の電気を消すと自分の布団へと潜り込んだ。
(テロリストか・・・)
僕は暗い部屋の中でリチャルド神父と話したことを思い出していた。
(何時かは僕も彼らのような人間と戦う日が来るんだろうな・・・)
僕がなりたい特別災害レスキューは陸上自衛隊の所属であり、遥のなりたいスカイレーサーは航空自衛隊の所属である。
僕達のようにそれらの特別な職業を目指す者は2年間の兵役が命じられ、戦線へと足を踏み入れなければならない。そのため、僕がテロリストのような人間と戦闘になる可能性は非常に高かった。
(僕は人と戦う時に魔法を正しく使えるのだろうか・・・)
僕はかつてリチャルド神父が犯してしまった過ちを自分も犯してしまうことを恐れていた。
銃弾が飛び交う非常事態の戦場において自分の精神を常に安定させ続けることはとても難しいだろう。どんなに相手よりも優れた力を持っていたとしても目の前で人が殺されそうになっていれば、神父のように我を忘れて無我夢中で魔法を放ってしまうかもしれない。
そうなった時に自分が自分のままでいられるのか、それは今の僕にはとても想像できないことであった。
「どうしたの?眠れないの?」
僕が不安に苛まれて悶々としていると遥が心配そうに声を掛けてきた。
「すみません。緊張してしまいまして・・・」
僕はリチャルド神父と話した内容を遥に話すことができなかった。
神父のことを信じきっている彼女に神父が人を殺したことがあるなんて口が裂けても言えることではないだろう。
「大丈夫よ。茜にはあたしが付いてる。安心して眠りなさい」
遥は僕の方に手を伸ばすと手を繋ぐように促した。
僕は彼女の手を優しく握り締めた。
(・・・何か落ち着く)
僕は遥の温もりを肌で感じながら静かに心を落ち着けた。
「ありがとうございます・・・遥さん・・・」
僕は遥に感謝の言葉を述べたが、彼女から返事はなかった。
(もう寝たのかな?僕も寝よう・・・)
僕は頭の中を空っぽにするとリチャルド神父と話したことについて悩むのを止めた。
想像できないことを無理に考えても不安が募るだけで何も解決しない。そのことを真剣に考えるのは魔法使いの資格を取ってからでも決して遅くはないだろう。




