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魔法使いになるっ!  作者: 東メイト
第二章 天城遥編
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第9話:正しい夏休みの過ごし方

(あ・・・熱い・・・)

僕は寮の窓から差し込む太陽の光の中、柔らかい粘土の形状をただひたすらに変化させていた。


もちろん粘土には一切触れていない。これも魔法の訓練の一環である。


「あんたも飽きないわね・・・。そんなに粘土と睨みあってて楽しい?」

遥は僕の用意した中学生用の教材と夏休みの補修用の教材に目を通しながら、うんざりとした溜息を吐いた。


夏休みに入って以来、彼女はずっと勉強を続けていた。


「無駄口よりも手を動かしてください」

僕は目の前の粘土に意識を集中させながら遥を冷たくあしらった。


「もういい加減飽きたわ。毎日、毎日、勉強する日々、少しは息抜きに別のこともやりたいっ」

遥の忍耐力は既に限界に達しようとしていた。


「それならば・・・遥さんも形状魔法の練習をしてみてはどうですか?」

形状魔法は治癒魔法の過剰効果によって体細胞を変質させたり、形状を変化させたりする魔法である。整形外科などの医療関係でよく使われている。


その魔法効果は有機物だけでなく無機物に対しても有効であった。


僕は粘土を用いて物体の大きさを凝縮したり、拡散したり、折り曲げたりして自由自在に粘土の形状を変化させることで形状魔法の練習をしていた。


Y染色体の影響で僕は他の生徒達よりも魔法を使うのに制限があるため、より有効的に魔法を使えるようにならなければならなかった。そのため、夏休みであってもひたすらに魔法の訓練を積み重ねる日々であった。


「そんなの手を使って変化させても同じことでしょ?」

遥は身も蓋もないことを口にすると興味なさそうに手を横に振った。


「確かに粘土のような柔らかい物であれば、その方が早いですが・・・鉄などの固い物を変形させるのにとても有効です。それに身体の細胞を変形させるようにできなければ、今後行われる内部治療を行うことができませんよ」


形状魔法を自由自在に使えるようになれば人間の神経細胞も変形させることができるため、風邪などの頭痛や肩凝り、腰痛などの痛みを和らげることが可能になる。まさに薬入らずの魔法であった。


それに聴覚、触覚などの神経を太くすることで僕らは目には見えない身体の内部の傷を検査することができるようになる。つまり、2学期後半から行われる内部治療を行う際には形状魔法は習得不可欠な魔法であった。


「それなら問題ないわ。あたしなら物を変形させるくらい既にできているじゃない」

遥は自信満々な様子で豊満な胸を大きく揺らした。


偶然にも彼女は蛙の細胞を変質させて武将蛙を作り出すという実績を残していた。ただし、それは彼女が意図してやっていたわけではない。


「遥さんのはできているということじゃなくて暴発した結果じゃないですか。あんな状態のまま形状魔法を使ったら大変なことになりますよ」

「そんなことないわよっ」

遥は眉を寄せると僕の意見を一蹴した。


「それなら・・・この粘土をハート形に変形させてみてください」

僕は論よりも証拠で示すことにした。


「そんなの簡単なことだわ」

遥は粘土に手をかざすと目を閉じてハートの形をイメージした。


次の瞬間、粘土は左右が大きく凹みまるでムンクの叫びのような独特な曲線を作り出していた。


「これが・・・遥さんにとってのハート形ですか?」

僕は余りにもかけ離れたハートの形に思わず顔を引き攣らせた。


「これは・・・何かの間違いよ。もう一度やってみるから・・・」

遥は再び粘土に手をかざしたが、何度やっても綺麗なハート形にはならなかった。


彼女は3つのX染色体の影響により他の生徒達よりも魔法の力が強かった。そのため、魔法の力を制御することが難しく彼女の思い通りの形状に変形させることができなかった。


「・・・もういいですよ、遥さん」

僕はむきになって粘土の形状を変化させ続ける遥を制止した。


「ふんっ、こんな魔法が使えなくったってスカイレーサーには必要ないわっ」

遥は負け惜しみに聞き捨てならないことを口にした。


「遥さん・・・残念ですが、この魔法を使いこなせなければ、一流のスカイレーサーにはなれませんよ」

「・・・えっ」

遥は豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くさせた。


「どういうこと?」

「この形状魔法は身体の細胞を好きな形状に変化させることができます」

「それがどうかしたの?」

「つまり、この魔法を上手く使えば、空気抵抗を最小限に抑えることができるんです」

「う・・・ん?」

遥はいまいち理解していない様子で眉間にしわを寄せた。


「例えば・・・身体の大きな人と身体の小さな人が自転車に乗って走った場合、どちらの人が風の抵抗を受けると思いますか?」

僕はできる限り解かりやすい例えを用いながら遥に質問した。


「当然、身体の大きい人の方が風の抵抗を受けやすいんじゃない?」

「その通りです。つまり・・・形状魔法を使うことで身体の細胞を圧縮させることができ、空気抵抗を最小限に抑えることができるようになるんです」


身体の大きさを小さくできれば、それだけ風の抵抗を受けずにスピードを出すことができる。ただし、細胞を圧縮させるのには限界があり、一寸法師のような小人サイズにまではなることができない。


あとは体を流線型に変化させたりして風の抵抗を抑えることも可能である。


「なるほど・・・」

「それにプロのスカイレースになれば、とても長い距離、とても速いスピードで飛ばなければなりません。そうなれば、空気中に存在する雨や雹などの障害物から身を守らなければなりません」

プロのスカイレーサーになれば音速に近いスピードで飛ぶこともある。


そんな音速の中、空気中に存在する障害物にぶつかれば、その破壊力は計り知れないものである。とてもではないが、人間の生身では耐えることはできない。そんな時に形状魔法を使うことで身体を鋼のように硬化させ、その衝撃に耐えるのである。


「他にも箒に取り付けているエンジンが壊れてしまった場合には練金魔法、身体に怪我をしてしまった場合には治癒魔法、それに加速するための時間魔法も必要になります」

つまり、プロのスカイレースにはほとんど全ての魔法が必要であり、それら全ての魔法が使えなければ一流のスカイレーサーにはなれないのである。


スカイレースは決してただ箒に跨って空を飛べばいいという安易な競技ではなかった。


「わかりましたか、遥さん?」

僕は思考が停止したまま硬直する遥に反応を求めた。


「・・・つまり、プロのスカイレーサーになるには全ての魔法を習得しなければならないということよね?」

遥は自信なさ気な様子で僕の顔色を窺った。


「その通りです」

僕はきっぱりと言い放った。


「プロのスカイレーサーになるって・・・本当に難しいことなのね・・・」

遥は今更ながらスカイレーサーになる困難さについて理解したようであった。


「なので・・・遥さんもプロのスカイレーサーになりたいならば、勉強だけでなく魔法の訓練もしてくださいね」

僕は遥に魔法の訓練もするように忠告した。


「先が思いやられるわね・・・」


とても登校初日にスカイレーサーになると宣言した人物の言葉とは思えなかった。そんな感じで僕達は夏休みの最初の2週間を学校の寮の中で過ごした。


「ようやく・・・ようやく夏休みの補習が終わったわ・・・」

遥は10日間の補習授業を経て、ようやく自由な夏休みの日々を手に入れた。


「お疲れ様でした」

僕は勉強を頑張った遥に労いの言葉を贈った。


「これで・・・これでやっと充実な日々を送れる~♪」

遥は嬉しそうに背伸びをするとこれから訪れるであろう幸せな日々に思いを馳せた。


「残念ですが・・・夏休みの補習は終わってもまだまだ中学の勉強が残っていますよ」

遥は僕の言葉で表情を強張らせた。


「まさか・・・夏休み中ずっと勉強漬けにする気なの?」

「その通りですが、何か?」

僕は真面目な表情で遥の質問に答えた。


「そんなの・・・嫌ああああ」

遥の不満が大爆発した。


まぁ、無理もないことである。


夏休み中にずっと部屋に篭もって魔法や勉強だけをし続ければ気が狂いそうになるであろう。


もっとも僕はそれを中学1年生の頃からずっと続けてきたので大して差し支えることはなかった。


(そろそろ何か気分転換をさせた方が、勉強の効率が上がる頃合かな?)

僕は子供のように駄々を捏ねる遥を見ながら彼女に気分転換させることを考えた。


「それじゃ・・・小日程でプチ旅行にでも行きますか?」

「旅行っ」

遥は瞳を輝かせると嬉しそうに声を弾ませた。


「それなら・・・海に行かない?」

「海ですか?」

僕は眉間にしわを寄せると怪訝そうな表情を浮かべた。


僕が水着を身に付ければ、僕が男であることがばれる可能性が非常に高かった。


「大丈夫よっ。ショートパンツやセパレート、そんな感じの水着を着れば股間のそれも隠すことができるわよ」

遥は僕の不安を見透かしたように大丈夫であることをアピールした。


「・・・僕はそんな水着を持っていません。それよりも・・・人差し指で僕の股間を指差すのは止めてください」

僕は恥じらいのない行動を取る遥に慎みを持つように注意した。


「別にいいじゃない。減るもんじゃないでしょ、それ?」

(そういう問題じゃないんだが・・・)

僕は恥じらいのない遥に頭痛を覚えた。


「そんなにばれるのが嫌ならば・・・それを取れば良かったんじゃないの?」

僕が頭を抱えていると遥は更にとんでもないことを言葉にした。


「確かに・・・僕も一時期それを考えたことはありましたが・・・両親に猛反対されまして・・・」

僕は恥ずかしそうに身体を小刻みに震わせた。


遥の言うとおり、確かに現代の魔法医療をもってすれば決して難しいことではなかった。だが、一度精巣を身体から切り離してしまうともう2度と元に戻すことはできなくなる。つまり、完全に子孫繁栄ができなくなるのである。


僕の両親は僕が女子高に行くことは認めたが、孫の顔までは諦めていなかった。そのため、僕が完全に女の子の身体になると言い出した時は涙まで流されて反対されていた。両親にとって血統の存続はとても重要なことであった。


「ふ~ん・・・あんたも色々と大変なのね」

遥は何事もなかったように会話を続けた。


「それにしても・・・見た目はどこから見ても立派な女の子なのよね」

遥は僕の身体を興味津々な様子で見つめてきた。


「そんなに見つめないでください・・・」

僕は恥ずかしそうに身体を捩じらせた。


「やっぱり、この高校に来る時に整形とかしたの?」

遥は興味本位で僕の身体について質問してきた。


「いいえ、基本的には何もしていませんよ。素のままです」

「なら、どうして、そんなに女の子っぽいの?」

遥の質問は尤もであった。


普通の男性であれば年齢を重ねる毎に身体が大きくなったり、見た目が凛々しくなったりするものである。だが、僕は普通の男性とは違っていた。


「それは・・・僕の身体の遺伝子が限りなく女の子に近いからです」

僕はX染色体を2つ持っているため、他の男性よりも身体つきが限りなく女の子に近いものであった。はっきり言って、Y染色体さえなければ僕も完全な女の子になるはずであった。


余談であるが、声帯だけは少し弄っている。声だけは大人になる過程で男らしい声に変わってしまったため、形状魔法で声帯を変形させて子供の頃の声を維持していた。


「どういうこと?」

遥は眉をひそませると難しそうな表情を浮かべた。


「つまり・・・」

僕は遥にもわかるように生物の教科書を用いて丁寧に説明した。


「なるほど・・・あんたは特異体質なわけね」

遥は何とか理解した様子で首を縦に振った。


「僕だけじゃありませんよ。遥さんもでしょ?」

「そっか・・・あたしもそういう体質だったんだ」

遥は自分の遺伝子のことを初めて理解したように驚いた表情を浮かべた。


彼女もまた僕と同様に異質な遺伝子を持っていた。彼女の場合、他の人よりもX染色体が1つ多く3つ持っており、まさに魔法使い向きの体質であった。正直、羨ましい限りである。


「・・・てっ、そんな話をしている場合じゃなかったっ」

遥は海に遊びに行くという当初の目的を思い出して強引に話題を戻してきた。


「それでどこの海に行く?」

「だから、僕には水着がないんです」

僕は断固として海に行くことを拒絶した。正直、肌の露出が高くなる場所は避けたかったからである。


そんな場所に行けば僕の正体がばれる可能性が非常に高かった。


「それならば、まずは明日速攻で水着を買いに行こうっ。あたしがあんたの水着をコーディネートしてあげるから。場所はそれからでもいいわ」

遥は何が何でも海に行く気満々であった。


(これは何を言っても駄目だな。もう海に行くしかないようだ・・・)

僕は強引に話を進める遥に圧されて海に行かないことを諦めた。正直、不安は拭いきれなかったが、無邪気にはしゃぐ彼女の姿を見て断わる気にはなれなかった。


「・・・わかりました。遥さんのお望み通り海に行きましょう」

僕は遥と海に行くことを約束した。


「やったっ。それじゃ、直ぐに準備を・・・」

「まっ、待ってください。とりあえず、まずは今日の課題を全て済ませてからですよ」

僕は行き急ぐ遥を制止すると目の前の課題から現実逃避しないように注意した。


「・・・やっぱり、やらなきゃ駄目?」

「当然ですっ。明日から遊びたいならばなおさらですよ」

僕は冷たい笑顔を浮かべながら遥に現実を突きつけた。


「わかったわよっ、やればいいんでしょうっ、や・れ・ばっ」

遥は怒られた子供のように顔を膨らませると目の前の課題に手を付け始めた。


「ちなみに・・・旅行中にも課題はしっかりやってもらいますからね」

僕は遥を甘やかさないように旅行先でも勉強することを強調した。


「ふんっ」

遥は鼻息を荒げながら僕の質問に答えた。

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