表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

美味しい珈琲

彼女は生クリームをぐちゃぐちゃに掻き混ぜながら、話し始めた。



「・・・なんて言ったらいいのかな。


私、死んでいるの。ここに来る人たちはみんなそんな感じ。


それでね、貴方は私が生きているときから、ずっと私の中にいたのね。

わかるでしょ。貴方は私の理想の姿なんだよね。想像上の人間っていうこと。」



彼女は表情を変えないまま、クリーム塗れの口で話し続ける。


「私が生きていた頃ね、私は頭の中で貴方を作ったの。

貴方みたいに生きたかったから。貴方は 私のもう一つの人生なんだ。

それで、私が死んだから、貴方もここに来たの。

本当はもっと早く来るはずだった。

でも、私は死んでからも貴方を捨てきれなかった。貴方を生かしておいたところで、

意味なんてないんだけど。おかしいでしょ。私はもう死んでいるのにさ。」


彼女はまっすぐに僕を見る。黒々と塗り固めた瞼の奥には、どこかで見た綺麗な瞳がある。



「でもね、最近気づいたんだ。私の中から貴方を消した方が楽なんじゃないかなって。」



彼女は口元だけで微笑んで、そう言った。









僕はこの子を知っている。


ずっとずっと昔から。


セーラー服を着た彼女は、僕を作った。

最初はただの話し相手だった。

僕は彼女が作った言葉で、彼女に答えた。

そのうち、彼女は僕の人生を作り始めた。

彼女が一つずつ壊れる度に、僕は完成に近づいた。


僕が彼女の存在を忘れたとき、彼女は一番大きく壊れてしまった。

この子が今此処にいるのは、僕のせいでもあるのだ。


空想と現実との狭間で、彼女は一人、苦しみ、命を絶った。


駄目だ。僕は何も考えてはいけない。僕だけの罪悪感も、感じてはいけない優越感も、彼女には伝わってしまうのだから。






コトッ。

彼女がれんげを離す。

そして、か細い手をいっぱいに広げ、どんぶりから気味の悪い液体を飲み干した。


「ご馳走様でした。」


彼女は満足げな顔で、こちらを見る。









「さて、さようならをしましょうか。」


厨房から、イトイズミさんが出てくる。


彼は僕を軽々と持ち上げ、厨房に入った。


えっ・・・。


あまり考えたくないエンディングが数件、僕の頭をよぎる。


「イトイズミ・・・さん。」


「大丈夫。取って食いやしませんから。」


「だってここ・・・。」

「ここはコーヒーを淹れるところでしょう。

 ちょっとあの中に入るだけですから、ご心配なく。」


彼は、まっすぐに寸胴を指さす。


「何震えているのですか。これは単なる移動装置です。

 だってほら、コンロも何も無いでしょう。

 私の仕事は、貴方をこの中に入れて、玄関先に出しておくことです。」


「その後は・・・。」


「専門の業者が来ます。」


「・・・まるで、粗大ごみですね。皆こうなんですか。」


「知らない方が、良いでしょうね。」


何故か納得した僕の心を見透かしているかのように、彼は僕を寸胴に入れる。





「蓋、閉めますよ。」














「久しぶりに沢山喋ったから、喉乾いた。ねぇ、おかわり。」


此処のウインナーコーヒーは最高だ。苦めにブレンドされたコーヒーに、お砂糖控えめの軽い生クリーム。甘すぎないから、何杯でもいける。


私は空っぽのどんぶりを、イトイズミに差し出す。



彼はみっともない溜息を一つついてから、こう言った。
















「これでさいごにしてよ、お母さん。」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ