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妖精さんと狐さんの一日

 妖精さんの朝は早い。妖精さんは朝日が昇ると同時に起きる。

 それはもちろん、俺よりも早い。俺も狩人として、そこそこ朝は早い自信があったのだが、妖精さんにはとても敵わないのである。

 ともかく、朝日と同時に起きる妖精さんは、まず起きると同時に、ぐぅっと背伸びをする。そして、胸を張ったり肩をせぼめたりしながら、寝ている間に固まってしまった羽を少しずつ動かし、飛ぶ準備をするのだ。

 俺も、一度だけ、徹夜してその光景を見たことがあるのだが、朝ぼらけの中、必死に体を動かす妖精さんは、それはもう格別に可愛かった。


「あ、何を見ているのですよーー! ちゃんと寝るのです」


 見られていることに気がついて、必死に恥ずかしがる姿が余計に可愛かった。


 ともあれ、羽の試運転と朝の体操を終えた妖精さんは、次に軽やかに宙を舞うと、俺が寝ている木陰の傍により、俺が枕代わりにしている荷物から、俺が前夜のうちに出しやすいようにしておいた鉄のコップをそっと取り出して、水魔法で水を注ぐ。

 その際、荷物からコップが消えて俺が寝ぼけて少し寝相を整えたりすると、妖精さんはすごく慌てる。

 俺が起きないように、そうっとそうっとコップを引っ張り出す妖精さんは、これまたなんとも可愛らしい姿だ。

 無事に俺を起こさずにコップに水を注ぐことに成功すると、そのコップを脇に起き、今度は、これまた俺が前日の内に脇に置いておいた薪を、昨夜の焚き火の後にその小さい体で必死に並べて、火魔法で火を付ける。燃え上がる火の前で、ひと仕事終え、額の汗を右手で拭う妖精さん。

 そうして、必死に朝食の前準備を終えた妖精さんは、そこでいよいよ俺を起こそうとする。


 妖精さんは、その小さな羽を動かして、俺の顔のすぐ目の前に着地すると――


「狐さんー! 起きるのですよーっ!」


――そこでその小さな手で俺の頬をぺちぺち叩くのだ。


 ああ、妖精さん、可愛い!


 ……本当のことを言うと、この頃には、大体俺はもう半分以上起きているのであるが、妖精さんに起こしてもらいたいために、あえて狸寝入りをしている俺を一体誰が責められようか。


 朝の爽やかな日差しの中、ゆっくり目を開けると、すぐ目の前で小さな小さな妖精さんが、必死に俺の頬をぺちぺち叩いているのである。


 妖精さん可愛い、可愛いすぎるよ!

 俺は、例え地震が起ころうと、妖精さんに起こしてもらうまでは起きる気はないっ!


 とまあ、それはともかく、妖精さんのぺちぺちを受けた俺は、わざとらしく目を擦りながら起き上がると、大きくあくびをする。

 これは、妖精さんが起こすまで、俺が眠っていたとアピールするためだ。


「もう、私が起こさないと起きれないなんて、狐さんはしょうがない人なのですよー」


 そう言いながらも、妖精さんが少し嬉しそうに相好を崩した。おそらく、自分が俺の世話をしていることに母性本能がくすぐられているのだろう。

 こういう小まめなアピールこそが、妖精さんの機嫌を保たせるコツなのである。

 

「さあ、朝ごはんなのですよー」


 妖精さんが満面の笑みを浮かべてそう宣言する。

 妖精さんはいつもどのような時でも、一分の隙もないほど可愛いが、しかしそれでいて、ご飯時の妖精さんほど輝いて見えるものはないであろう。

 期待と喜びに満ちた目でご飯が出来るのを待っているご飯前。

 至福の笑みを浮かべながら、頬一杯に食べ物を頬張るご飯時。

 お腹をパンパンに膨れ上がらせて、さも満足そうに横になるご飯後。

 どれも妖精さんの可愛さを十二分に引き出している。もはや、これ以上に可愛いものなどこの世に存在しないといっても過言ではない。


 ちなみに、朝ごはんは俺が作る。

 今日のメニューは干肉スープに、林檎のハチミツ漬けである。


 甘いものが大好きな妖精さんは、林檎のハチミツ漬けを本当に美味しそうに食べる。

 それはもう、天使のような、いやもう天使なんて遥か置き去りにしているくらいかわいい。


 反面、肉嫌いの妖精さんは干肉のスープを本当に嫌そうに食べる。

 それはもう親の敵にでも出くわしたかのような嫌そうな顔をする。

 しかし、そんな風に頬をいっぱいに膨らまし、干肉のスープに向かって威嚇している妖精さんも当然のようにこれ以上ないくらいかわいい。


 結局、妖精さんは妖精さんであるだけでかわいいのだ!(至言)


 とまあ、両極端な妖精さんを堪能したところで、食事を終えた木の食器を妖精さんが水魔法で洗い流し、俺の背中の麻袋に仕舞って、今日も二人の旅が始まる。

 と言っても、その殆どは妖精さんと駄弁りながら、ほとんど獣道そのものの舗装されていない街道を進むか、食事前に街道を外れて周囲の森で狩りをするだけなのであるが。



「この辺の森は藪が多くて嫌なのですよ」


「まあ、この辺は蛇獣人の縄張りだしねー」


「蛇獣人が縄張りが、なんで藪が多いのです?」


「藪蛇なんて言ってね」


「???なんのことです???」


「妖精さんには、やっぱりわからないか」



 困り顔の妖精さん可愛い!

 なんて戯れながら歩いているだけである。

 うーむ。俺の人生こんなに幸せでいいのだろうか。

 因みに蛇獣人の縄張りと、藪の関連性は特にはない。完全にたまたまである。


 そして、今日も――、



「うーん。今日も結局一匹も狩れなかった……」


「元気を出すですよ! はいっ、林檎なのです!」


「妖精さんーっ!!!」



 ――なんて妖精さんに励まされて――、



「そろそろ干し肉のストックが怪しいなぁ」


「狐さん。人は肉のみに生きるにあらずなのですよー」


「それはパンだと思うけど…… というか、単に妖精さんが肉食べたくないだけだよね?」


「肉なんて生きるのに必要ないのですー!」


「いや、栄養バランス考えようよ、妖精さん……」



 ――なんて、妖精さんの食生活を心配しながら――、



「さて、今日も寝ますか」


「寝るのですよーっ」


「――だから、俺の胸の上に乗っちゃあダメだって。寝返りで潰しちゃうかもしれないから」


「でも狐さんの胸の上は暖かくて気持ちいいのですよー?」


「……しょ、しょうがないなぁー」


「あ、狐さんがちょっと嬉しそうなのですよ」



 ――かくして、今日も俺と妖精さんの一日は過ぎ去っていくのである。


 ああ、旅の一日とはなんと辛く過酷なものであろうか。

 思い出されるは平穏な我が家での日々。脳裏をよぎる懐かしの我が家よ!

 ごめん。多分帰れるとしても帰らないわ……


 ……さて! 今日も妖精さんの可愛い寝顔を堪能してから寝るとしますかっ!


 妖精さんと、狐さんの一日は今日も平穏である。

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