妖精さんと、旅立ちの日
のんびり更新です。
その日、俺は遂に旅に出ることを決意した。
夏の日差しは強く、空には雲一つない。今日まで鍛えてきた狩人としての勘も、しばらくは晴れが続くことを告げている。今日は、これ以上ない旅立ち日和だ。
手元にはコツコツ貯めてきた銀貨が三枚と銅貨が三十枚。おおよそ宿屋十日分のお金である。
少し心もとない気もするが、まあ野宿と狩りで日銭を稼いでいけば、男一人生きていくくらいならどうとでもなるだろう。それに物騒な世の中だ。下手に金を持っている日には、盗賊などにも襲われかねない。食料くらいなら自力調達できるのだし、食えて寝れるのなら問題はないはずだ。
さあ、くよくよ考えていても仕方ない。
あの事件から三日。折角旅立つ決意ができたのだ。これ以上ここにいては、また家族に迷惑を掛けてしまうだろう。覚悟は出来たはずだ。準備もずっと前からできている。
俺は、旅の荷物を入れた鞄を軽く背負うと、そっと部屋の扉を開けた。
階下には、家族が静かに、そして重々しく食卓を囲んでいた。
父も、母も、妹も、弟も、皆一言も喋らない。
俺が今日旅立つことは、すでに昨夜の内に告げてある。父は沈痛な趣で静かに頷き、母は泣き出し、妹は家を飛び出した。まだ幼い弟は話を理解できていあにようだったが、その場の雰囲気を敏感に察すると、ぐずり出してしまった。
あれから一晩経って、皆少しは落ち着いたが、それでもまだ受け入れられないのだろう。
俺が食卓についても、誰も話すことはなく、立ち上がった母がそっと食事を差し出してくれただけだ。
俺が食事を終えても、その空気が変わることはなかったが、俺は覚悟を決めて立ち上がると、家の扉に向かって歩き始めた。
そんな俺に反応に、家族全員が顔を上げたように感じたが、それでも俺は振り向かない。
そして俺は遂に扉の前に立ち、そのドアノブに手を掛ける。
「…………行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
突然、妹がそう呟いた。
するとそれを合図にしたかのように、次々と俺の背中へ家族からの言葉が掛かってきた。
「元気……でな」
「無事にね……」
「おにぃ、ぃってっしゃ」
「……行ってきます」
俺も、自然とその言葉が溢れていた。
そして、俺は扉を開け、外へと踏み出した。
もう閉められた扉の向こうからは、堰が切れたかのように泣き声が響いてくる。
それでも俺は振り向くことなく歩き始めた。
そして、俺は生まれてはじめて村を旅立ったのである。
と、まあ、そんな感動的な旅立ちから十日経って――
「狐さん、狐さん」
「ん、何だい、妖精さん?」
「お腹が空いたのですよー」
「そうか……我慢しような」
「無理なのですよ!」
「諦めような」
「嫌なのですよーっ!!」
――俺には旅の仲間が出来ていた。
その名も「妖精さん」だ。いや、本当はちゃんと名前があるのかもしれないけど、聞いてない。聞く気もない。妖精さんは妖精さんだからだ。そう、それ以上でもそれ以下でもないのである!
妖精さんは、その全長が俺の手のひら程度しかない小さな女の子だ。勿論背中には羽が生えており、今だって俺の顔の前を飛び回っている。歳は聞いていないが、まあこっちだって言っていないのでお互い様だ。種族は妖精。うん。そのままである。
ちなみに俺も自己紹介とかはしていないので、妖精さんからは「狐さん」とか呼ばれている。これの理由は簡単。俺が狐型獣人だからである。うん何て単純なネーミングセンス。いやいや俺も人のことは言えないんだけどね。
さて、そんな妖精さんは今日もとてもいじりがいがある。頬を膨らませて涙目で空腹を訴える姿は非常に可愛らしく、小さな手を握り締め、俺の頭をポカポカ叩いてくるのはむしろご褒美にしか思えない。
こう、何というか、無性にツンツンとしたくなってしまう。
だからしてみた。
「ふみゃっ! やめるのですっ! 怒るのですよっ!」
……怒られた。でも可愛い。
「どうして、そう狐さんは意地悪なのですよっ!」
だって可愛いし。
「私は、そういうことする狐さんは嫌いなのですよ」
あ、拗ねた。いや、照れてるのか。
妖精さんは顔を背けているが、その頬はわずかに薄く赤くなっているのが分かる。
うんうん。褒められて照れてるんだね。可愛いなあ、全く。
おっと、いけない。
あんまりからかいすぎると、本当に嫌われてしまう。
そんなことになったら、俺はショックで死んでしまうかもしれない。いや間違いなく死ぬ。
……こんな姿、家族に見られたら、それこそショックを受けるだろうなぁ。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。息子はすごくバカになりました。
妹、弟よ、ごめんな。お兄ちゃんは、傍から見ると変態にしか見えません。
…………
間違っても知り合いに見つからないように、少し足を速めようかな……
「――大体、狐さんは……って、ああ、狐さん、待つのですよー!」
置いてかれそうになって、涙目の妖精さんはとても可愛かったです。
とりあえずあるだけ更新していきます。




