第二話 母の独り言
綺麗に整え、必要以上に完璧な出来映えである石庭。
花の形も何処かで作って揃えてきた造花そっくり。葉の形も、枝の形も綺麗に揃っていて、完璧すぎて歪だと噂の石庭でした。
全て父上の指示の元に出来た庭でした。僕はでもこの石庭がとても好きだったのです。
赤い椿、白い椿。柳、桜。それから何故か一本だけ柿の木。
柿の木は、僕の母上が植えたものだそうです。
僕の母は、父とはお見合いで一目会っただけで結婚を決めた人でした。
父が由香さんを失って自暴自棄になっていた頃に、お見合いをして結婚を申し込んだと聞きました。当時を二人はあまり教えてくれません。
ただ、母は「刀根柿の木を植えるのが条件だったわ」と静かに一言だけ、父との思い出を語ってくれた時がありました。
母は、自分を粗末に扱う癖がありました。自分の気持ちよりも、お家を大事にする癖が。
母の口癖は「木崎家の為となるのでしたら」――まるで、自分という存在が人間ではなく、何かの道具かのようでした。
母は御劔由香を憎んでいました。でも御劔由香の持ち物を絶対に壊したり、汚したり、身内の語る御劔由香の思い出を貶したりしませんでした。
僕だけには判るのです――父の由香への思い出話を聞いて、嫉妬と憎悪で狂おしい程の激情に苛まれている母の瞳が。
瞳を見た瞬間、母は御劔由香が嫌いなのだと、僕には判りました。
刀根柿の世話を一緒にしながら、母は僕へ語りかけました。
「とうとう御劔家の子がきましたね」
「母上は、お嫌でしょう?」
「そうね――でも子供には罪はないし、貴方は木崎家の男だから、御劔様に肩入れするわ。それがこの家の血を持つ者の宿命だから。あの子が女の子だったら、……貴方は一目惚れしていたわ」
「……母上」
僕はふと、あの子の瞳を思い出して、一気に顔中に熱が集まるのを感じました。
母上は僕に気付きながらも、話を続けます。
「この柿ね、種がならなくて、渋柿なのよ。それでも私は好きよ」
母上の言葉は訳が分からなく、意味深でした――。
僕はその日の夜、僕のお師匠様にこっそり声をかけました。お師匠様とはこの石庭で毎晩会っておりました。
僕のお師匠様は誰にも教えてない、お爺さまでさえ知らないのです。
偶然この家に立ち寄った、天狗様が僕の師匠でした。
天狗は実在したのか――と、その時は息を呑みました。
最初に天狗様を見つけた時は驚きましたが、人を呼ぼうとする僕に対して、容赦の無い攻撃をしてくる天狗様に僕は魅力を感じて弟子入りを申し出ました。
天狗様の条件は、ここでの暮らしを邪魔しない、告げ口しないことでした。
天狗様は人と関わるのがお嫌いで、それなのに人の屋敷で生活したがる不思議な方でした。
そんな約束当たり前に守れると――思っていた時期がありました。
これでいて、結構天狗様をばらさないのは難しかったのです。主に、自慢したがりの気持ちとの勝負で。
一度だけ母上にばれそうになったことがありました。刀根柿の上に天狗様が座っていて、いつもの通り母上が世話しにくるから隠れていてくれと頼んでも、天狗様は何処吹く風でした。
やってきた母上は、天狗様に気付かず、刀根柿の世話をして、――ただの一度限り、天狗様と目が遭いました。
母上は寂しげに笑って僕を撫でて何も言わず。
天狗様も母上の様子を見て、「坊は愛されているな」と僕には判らない言葉を述べました。
(僕が母上に愛されている――?)
天狗様の言葉を切っ掛けに、母上の視線を気にするようになりましたが、母上はあまり僕のことを見ていない気がしたのですが。
そんなこんなで天狗様との関係は、もう五年になります。
天狗様の修行は厳しく、それでも稽古のし甲斐はありました。
天狗様も、贔屓目でしょうが、僕を稽古しているときは楽しそうに思えました。
修行を受けてからは、僕と周囲に圧倒的な差が見え始め、周囲は僕を神童のように扱いました。
人々は、才能があると騒ぎましたが、とんでもない。努力のお陰です。
僕は生まれつき、凡人なのですから。
最初に稽古を父上からつけてもらったとき、父上は大層失望されてました。
あの時の表情を見て、僕は――嗚呼、凡才として産まれてきたんだなと思いました。
天狗様に稽古をつけてもらってからは、父上は喜んでくださいました。
母上は、ただじっと僕を見つめていました。




