第壱話 悲劇の渦中
※シリーズ物のメインストーリー第三作目です。
力が無いことが、罪だと世界は教えてくれた。
力さえあれば、好きな人さえ組み伏せるのだと。
全てを支配できれば、何もかも平伏させれば、強いのだと。
強さ故に全て思い通りにいくはずだって、僕は幼い頃に知ってしまった。
王子様がお姫様を救う夢物語なんて、この世にはなくて。
僕が王子様になれるとしたら、それはきっと、力でねじ伏せる暴君になるときなのだと。
何も、力を持っていない。
ただの朴念仁であることは、この世の大罪であり、恋する資格さえ持てない。
――だって、僕の思い人は天女だから。
僕はこの世の全てを、力でねじ伏せないと願いは叶えられないのだと知っている。
この恋を選ぶには、この恋を捨てなければならなかった。
愛しい人を思うのならば、この恋を捨てないと、愛しい人の願いは叶わない。
愛しい人を雁字搦めにして離さないあいつを殺して、愛しい人を解放できるのならば、この恋を捨てることだってできる。
そんな自己満足の恋でもいいのだと――最近は想うのです。
だから、僕は、力が欲しい。
全てを屈させる力が。愛しい人の邪魔をする全てをなぎ払える力が。
僕は、この恋を恋ではなく、執着と名付けて封印することにした――。
全ては力を手に入れるために。
*
幼い頃。
僕は驕っていた。
僕は江戸で一番名家の道場主を約束されていて、世間は婚約者を化け物に取られたという木崎家に同情しているから、まさに悲劇の最中に産まれた王子様でした。
天女に惚れたという馬鹿な化け物がいました。化け物は、天女の血を引く女を差し出せと、江戸を襲ってきました。もうすぐ木崎家に嫁入りするところだった天女の血を引く御劔由香は江戸を守るのなら化け物へ嫁入りすると勝ち気でした。
由香は拷問のような夜伽をされて、子供を産む頃には狂っていました。
由香は行方不明になり、化け物が御劔を育て、化け物は子供を心底愛した。
由香よりも愛したのです――それが昔から伝わる、我が家の悲劇。木崎家に纏わる者、もしくはお上に関わる者しか知らされないこと。
だけど、人の口は閉ざされぬもの。僕は、悲劇の末に産まれた子だと有名でした。
悲劇を生まれた時から約束されている息子はどのように育つのか、と世間はわくわくしておりました。
好奇心の塊である目玉の数々に、僕は「愚かだ」と内心嘲っておりました。
幼馴染みの女の子もいたけれど、僕は見向きもしませんでした。
女の子たちが欲しいのは、悲劇の王子様であって、僕ではありませんでしたから。
ただ、そのままというのもつまらない。
僕は時々、特別扱いする女の子を作っては、女同士の争いを眺めるという遊びをしていました。
僕を求めて泣きわめく子供達は愉快でした。
悪趣味だったと思います。なんて、反省するのは大人になってから。
いつしか僕には心が無い――などと、大人達が噂するようになりました。
別にどう思われたって構わない。ただ噂するならば、いずれ道場主になる僕の顔色を窺うことを忘れてはなるまいよ――なんて思っておりました。
驕っていて、心の無い冷血漢とさえ言われていた頃合いでした。
齢八才でしょうか。
江戸城へ父上と一緒に参りました。江戸城といっても、近代の力で過去を再現して建て直された江戸城なので、真新しいものでした。
なので、江戸城の一室に通されて、待たされている間に出てくる物が紅茶だとしても、ちぐはぐではないということを僕は知っています。
――ここは、江戸。日本という国が借金を払えない余りに、月に移住した貴族に江戸というブランドを持つことで、日本であることを許された国。
退化を望まれたアミューズメントパーク。
父上に連れられて、一人の子供と出会いました。
子供は無表情だけども、今まで出会った女性や男性も超越し、それはそれは美しい見目で御座いました。
柔らかな髪の毛は絹の手触りを連想させて、溢れそうな瞳は潤んで水中に沈めたルビー。
白磁のような肌色は、同じ日本人とは思えない程のきめ細かい肌。
薔薇色のほっぺは、思わずつつきたくなる。
何より、僕を惹きつけたのは――子供は、何かが壊れていると予期させる笑みでした。
やたらとへらへらしていて、そのくせ瞳は絶対に笑っていない。
この子供は生きながら死んでいる――どこかに傀儡師がいて、操っていると言われても驚かない浮き世離れした子供でした。
「この子はね、御劔様のご子息だよ」
「御劔様?」
「私が世界で一番愛した人の子供なんだ」
父上の顔は今にも泣きそうで、くしゃっと歪んでいました。
父上の厳しい姿しか見た覚えがなかったので、僕は衝撃的でした。
こういうとき普通ならば慰めるでしょう、僕も慰める言葉を必死に考えました。
でも御劔は無関心でした――益々、常人と違うのだと見せつけられた瞬間でした。
「御劔、宜しくお願いします。僕は木崎怜です」
「怜? よろしく」
宜しく、と言葉を借りて喋らされてる生き人形――それが御劔の第一印象でした。
シリーズ物ですので、初見には優しくないかもしれません。




