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西方古代史跡地下迷宮

 隠し扉を開けたさにあったのはただひたすらに迷宮だった。かなりの期間人が来ていないのか積もりに積もった埃でうっすらと足跡が出来るくらいだ。

 複雑な構造ではないがやたら十字路があり、何かしらを目印にしようとしても壁や床には何らかの数式か、はたまた古代の芸術か、とにかく私には理解できない幾何学模様のようなモノが延々と続き、模様に傷をつけて目印にしてもその傷を探すのに一苦労するありさまでこれならばもう少し、いや、大樽いっぱいの塗料で床を染めながら進んだ方が手っ取り早い気がしてきた。

 ――まぁ、私は歴史あるモノに敬意を払う方だからそんなことはしない。しないよ。タブンネ! 

 ――実は前科ありです。うん。命と背に腹は代えられないからね。


「それに、もしも道に迷っても相棒がいるから問題ないんだけどね!」


 勢いよく隣にいるであろう相棒に上半身を向ける。向けるが、そこには相棒はいなかった。


「? …………? あれ? いない?」


 私は辺りを見回すが相棒の姿は見つからない。もともとこの迷宮には灯りの類はなく、それどころか灯りをともすための蝋燭立てすら置いていない。ただひたすらに変な模様の床と壁が続くだけ。

 一体古代の人はどうやって、何のためにこの史跡、いや迷宮をつくったのか見当がつかないし、この造りだと王の墓というよりは宝物庫の類ではないだろうか?


「って! いまはそんな考察している場合じゃない! 探さないと」


 因みに私が相棒を見失った言い訳を言うならこの史跡、いや、もう迷宮でいいや。

 ともかく、この迷宮は床や壁が微妙に、違う、絶妙に波打っていて音はもとより平衡感覚やその他諸々の感覚に圧迫しておりただ歩くだけでもかなり疲れる。だから迷宮など閉塞空間における圧迫感以外に様々な精神的疲弊が強く、隣を歩いていたはずの相棒がいなくなっていたことさえ気づかなかった。

 それに、この状況下で、もしも相棒が迷子になった(私自身が迷子になったなんて意地でも認めるか!)としたらと思うと疲れとは別の嫌な汗が全身を濡らす。迷宮そのものはひんやりするくらいなのに汗が止まらない。

 その焦りが私を走らせる。この状況下で無闇矢鱈に走るの愚行だ。自ら目を見えなくして断崖に進むようなものだろう。それでも、それでも止まらない。相棒がいなくなったと思うと足が止まらない。


 走り出してどれ程経っただろうか? 五分か十分か、それとも一時間? いや一日か? それほどの時間は経っていない筈だがこの迷宮にいると本当に色々感覚が狂う。

 いままで様々な史跡、森、街、道に迷いそうな場所はそれこそたくさん行ってきたが、ここまで酷いのは初めてだ。ここまでくると侵入者を殺しにかかっているとしか思えない。いや、実際に殺しにかかっているのか。

 ここが王の墓か宝物庫か定かではないが、少なくとも招かれざる客にはご退場、この場合はご臨終願いうと言った具合だろう。全く物騒な話だ。これを創った奴に文句の一つどころかぶん殴ってやりたい。


 そんな焦りと別に変な思考がグルグルを回しながら走る。一つの作業の最中に関係ない別の事を考えるのは脳が疲れているからだとかいうが、今の自分がそうなんだろう。どうやら相当参っているみたいで少し休みたい。

 でも私は止まらない。それどころか視界はもはや涙か汗かわからない液体によって歪んで見えるし、走っている最中も転んだり、距離感すらくるっているから壁に激突する。息だって全然乱れぱなっしで過呼吸なのか酸欠なのか、意識があるの無いのか、走っていると思っているが本当は歩いているのか、もう何もかもが限界に思えた。

 そんな私に何かが抱き着いてきた。


 それによって私は止まり、ゆっくりと私に抱き着いた何かを確かめる。いや、確かめるために自分の体を自分でまさぐる。もはや体のどこに何があるかさえわからない状態だったようだ。服を着ている感覚さえ希薄なのだから。

 そして、私は自分をまさぐる間に少しずつ冷静になっていき、最後に、自分の顔に密着する何かに手を触れる。


「…………ああ………よかった。

 あなたがいてよかった」


 私は、私の顔に密着する相棒に腕を回して抱きしめる。

 ――この匂い、この感触、この体温、間違いなく相棒だ。


 そのまま、もっと長くやっていたかったが、名残惜しいが相棒から離れる。


 離れてみて今の私の体勢は少々、いや、かなり滑稽で、たぶん壁に当たった時に尻もちをついてそのまま脚や手をバタつかせていただけで途中から歩いてさえいなかったみたいだ。うん。赤ん坊みたいで恥ずかしい。


「ありがとうね。もう大丈夫だから」


 離れてゆっくりと立ち上がっり歩き出そうとする私に相棒がしがみ付く。

 目が合うと相棒がフルフルと首を振って私が先に進むのを止めようとしている。

 相棒を振りほどき再度歩き出そうとしてもまたしがみ付かれる。


「……うーん。相棒。たしかにさっきみっともないところを見せちゃったけど、もう大丈夫だからね」


「……………………」


「うん。言いたいことはわかるよ。あんなんになってまでここに潜る理由?

 そうね。たしかに言うほど理由はないね。でも、ね。この先に何かある。それが私に直接関係あるとは限らないけどね。けれどね、あの黒いの(・・・)のはなんか気にくわない。

 大丈夫、私にはあなたさえいれば何の問題はないから。今度は絶対に手を離さない。


 それに、この先に何かある――」


 私が見据える先、そこには暗闇が広がるばかりだ。だが、私が無闇矢鱈に走り回った結果に行きついた一本道。いままで私がどれだけ進んでも止めなかった相棒が止めた。

 相棒が私が進むのを止めた理由、それは相棒が本能的に進むのを拒否している証だと思う。

 私の身の安全の心配をしているからだというのわかる。わかりはするがその先にあるモノが気になる。


 私は今度こそ相棒を離さないと、今度こそ見失わないように、相棒に触れながら歩き出す。

 その道はそれまでのモノと違い、ひたすらに、ただひたすらに真っ直ぐで、そのまま永遠に歩き続けるのかと思ってしまうくらいに長く思えて。

 ――それもこの嫌にうねった構造のせいだけど、でも、まだ歩き出して五分も経っていない気がする。うん。相棒に触れているからか、さっきよりも冷静にいられる。

 ――うん。大丈夫。行ける。


 そして、私たちは行きついた。

 この迷宮の心臓部に、

 いや、私の想像が正しければ頭脳に。


 そこには扉があった。

 開けるな


 この迷宮に入って初めて見つけた扉。

 近づくな


 半開きの扉からは何も感じない。

 帰るんだ


 違う、あの扉からは何のにおいも、何の音もしない、何の気配もしない。

 違う、お前には何もわからないだけだ


 ――さあ、速く引き返せ――


「うるさい」


 耳に、頭に、いや本能に響くこの嫌な声は警告だ。あの扉を開けば良くないこと、『命に関わる危険な場所だ』と、私のあらゆる感覚が警告しているのだ。

 ――危険。そんなの相棒が引き止めた時点で承知の上だ。


 扉に手をかける。力を入れると思いの外軽く、体重をかけるまでもなく腕の力だけで扉は開く。

 手に持った機関ライトで部屋を照らす。


 照らされた部屋には様々な機材と、奥には扉と一面のガラス。ガラスは曇っていてこすってみても中が見えないことからスイッチが入らないと見えない仕組みだと思う。

 部屋もほこりが積もっていて何年も使われていないのがわかる。手短な機材を動かそうとしようとしたがどれも反応はない。つまりこの施設は既に放棄されて久しく、普通ならめぼしい資料や報告書の類は既にないと言うことだ。

 そう、普通なら(・・・・)ありえない。しかし、この部屋にはいくつもの紙が散乱しており、放棄したと言うか、正気を失ったとしか思えない。


 ――まぁ、探しやすいから別にいいんだけどね。

 近くに落ちている資料に目を走らせる。中にはこの施設でどんな研究をしていたかを詳細に記してある。丁寧に何度も何度も同じ内容を書き綴って。

 ――他にすることがなかったの? それとも他に方法がなかったの?


 その後もいくつを読み進めていても内容に誤差はあれどほぼ内容は同じ。つまり、ここの責任者はこの選択肢しかなく、それしか見つけられなかったということだ。


「ふむ」


 このまま散乱している紙と格闘していても(らち)が明きそうにないので文字通り開けに行こう。

 ――まだ手を付けていない扉に。


 私が最後の扉に手をかけようとした時、相棒が私のもう片方の手を噛んできた。


「!」


 相棒の歯が手に少し食い込み血が出る。咄嗟のことで私が苦痛に顔を歪めると相棒は申し訳なさそうな顔を一瞬するが、次の瞬間には軽く、本当に軽く首を振って私の進行を阻む。

 この先には本当の危険が待っていると目が語っている。


「大丈夫だよ。色々準備はしてきたし、ここまで来たなら進まないとね」


 相棒の頭を優しく撫でると観念したのか、相棒は口を離して私の後ろに控える。私は鞄から消毒液と包帯を取り出して応急処置を済ましてから再度扉に手をかける。

 しかし、うまく扉は開かない。違う、うまく腕に力が入らない。

 自分の掌どころか全身から嫌な汗が吹きあがっている。いまこの部屋は無風だがもしも風が吹こうものなら即座に風邪がひけると豪語出来るくらい体は冷えている。


 私は裾で手を拭くともう一度扉に手をかける。

 今度は深呼吸をしてから開けようとした。が、このほこりまるけの部屋で深呼吸をするということは、


「ゴホ! ゲハ! ガ、――――――。ケホン………コホコホ……」


 激しく咳き込みそうになるのをなんとか堪えて静かに呼吸を整える。咳き込むということは同時に大きな呼吸をするも同然で収まり辛くなるからなんとか堪える。

 咳き込んで涙目になった目でもう一度と扉を見据えようとする。するが、扉はとうに開いており、私の手はむなしく空を切る。

 どうやら咳き込んだ時のはずみで扉を開けてしまったようだ。

 ――なんとも締まりがないこと……


 取り敢えず気を取り直して中に入る。

 中も暗く、あちらの部屋に比べて乾燥しており、無臭。機材もあちこちに設置されていて、それこそあちらの部屋とそんな相違は無いように見えた。ある一部を除いては――


「これはなに?」


 部屋の中央には大きな円柱状のモノが横たわっている。所謂カプセルと言う物が鎮座している。

 私はそのカプセルに近寄り中を覗いてみる。幸いにもガラスは透けて見えている。


「これは――」


 中を覗いた私はここが何の施設か、何のための施設なのか、どうして破棄されたか理解した。

 私は再度部屋を歩き回り他に何かないか調べてみる。


「ん?」


 カプセルの近くで何か蹴った感触がした。私は蹴ったであろう物を回収するとそれは絵本とスケッチブックだった。

 そして、中身を確認しようとした時――


「ガウ!」


 いきなり相棒が私の服の裾を思いっきり引っ張った。

 いきなりの事なので満足に受け身をとることも出来ずに後頭部を近くの機材に打ち付けたうえに尻もちを付いて少し涙目になった。


「痛い! もう何す……」


 私の目の前に、

 私の目の前のカプセルに、

 黒い何か(・・・・)がへばり付いていた。


 それはある種の悪臭を放ち、

 目がないのに、ない筈なのに、

 その黒い何かは私を見つめているように見えた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 ある時、私は近くの街に行く機会が出来た。

 その時、初めて私は先生の言う”正反対”の意味が分かった。


 街には煤が降り注いで、川には魚の姿はなく、公園には鳥の囀りも数えるくらいしか聞こえない。

 先生は本当のことを言っていた。

 でも、それじゃあ、おじいちゃんたちが言っていたことも本当に本当だよね? 嘘じゃないよね?


 だって、この街と村でこんなに差があるんなら、きっと世界は青かったに違いないんだから。

 ねぇ。そうだよねおじいちゃん。

遅くなりました。ええ、遅くなりましてすいません。

本当はもっと早く書きたかったけど、なぜうまく書けず、少し距離を取って最近書いてみたら意外と書けました。

うん。そいうわけで今後はもっとスパンを早くしたと思っています。


では、皆様良き青空を。

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