西方古代史跡
鳥の囀りが聞こえる。目を開けると外がうっすら明るくなっていた。
近くに養鶏場でもあるのか今では少なくなって久しく、昨今にしてはたくさんの鳥の鳴き声が聞こえる。だが聞こえる鳴き声は鶏ではなく鳩なのだ。
――そう言えばこの辺りは鶏じゃなくって鳩の方が主流だから養鳩場か。
暖かいシーツから這い出てウーンと背伸びをする。体の節々が音を鳴らす、まるで歯車が駆動し機関がうねりをあげるように。
一緒に寝ていた相棒ベットで猫のように丸まってスヤスヤと寝息をたてている。私は起こさないようにゆっくり持ち上げて脱衣場へ入り、寝間着を脱ぎ浴室へ、最後に相棒をゆさゆさとゆする。
「起きて、ねえ起きて」
それで起きたのか相棒は目蓋をパチパチとしてトロンとした目で周りを見回す。
そして私はそんな相棒にシャワーの口を向けて蛇口を思いっきり捻った。
次の瞬間には冷たい水が勢いよく噴出されて相棒に直撃する。
「っーーー!!!!!!」
――いい水圧だ。
感心している傍で寝起き間もないところに勢いよく冷や水をかけられた相棒はたまったものではなく、暴れ回りそうになるのを私は押さえ込み片足で器用に水圧を弱める。が、ここで1つトラブルが発生した。なまじ性能のいいシャワーだったのが災いして温度調整を適当にしたからすぐにお湯になり私は心臓が跳ね上がるかと思うほどビックリした。
「あつーーーーっ!」
私は慌ててシャワーを手放して片手で相棒を押さえつつもう片方の手で蛇口を閉めた。
なお相棒はというと。
「ふーーーー!」
私の腕のなかで鼻息を荒くしてすごい形相で私を睨んでくる。
「アハハハ……ごめんね。でも私もビックリしたからお互い様……ではないね。ほんとごめん」
さすがにやり過ぎたと思い反省する。そのあとは相棒を宥めながら眠気……はもうないから寝汗等を洗い流してやる。
シャワーを終わると相棒共々軽く身支度を整え終え、まだご機嫌ななめな相棒を宥めながら少し休憩しているとドアがノックされた。
「はーい」
私はドアの覗き穴から外を見ると支配人が立っていた。
――朝からなんだろう?
ドアを開けてみると、支配人は恭しく頭を下げた。
「失礼します。朝食の用意が出来ましたので食堂へどうぞ」
「わざわざありがとう。すぐに行くので」
支配人が再度恭しく頭を下げる。
「いえ、では私はこれにて」
支配人が去っていたのを確認してから私は部屋にいる相棒を見る。
私は相棒の身だしなみに問題ないか確認して、問題ないと判断する。
「じゃあご飯食べに行こうか」
私達は軽い足どりで食堂に向かう。
食事は旅の基本にして究極だ。普段食べない物、普段手に入らないもの、普段見ないものなど色々な要素がある。
たまに口に合わないものや、食べたくない物まであるがそれはしょうがない。
ただこの土地の食事は昨日二回食べたが問題なさそうなので楽しみである。
「今日の朝は何かな~~」
私達は一階の食堂に直行する。
中では豪華な食事……とはいかず、野菜のスープと固いパンのようなもの、おまけ程度にデザートの果物が少しと少々肩透かしだ。
しかし、朝から晩まで豪華だったら大変だろうからこんなものだろうと納得して食事をする。
食事を終えた私達は部屋に戻り、質屋に売る品物と探検用の道具、最後にとっておきのコートを羽織り部屋を出る。
ロビーでは支配人が帳簿をつけているところだった。支配人が私達に気付き駆け寄ってくる。
「お出掛けですかお客様」
「ええ、今から質屋と史跡巡りにいこうかと。大丈夫夜までには戻るつもりなので。それでは」
私は支配人の言いそうなことを先回りして言う。こういうことすると相手に不快感を感じさせてしまうかもせれないが時間が惜しいのでしょうがない。宿をあとにして私達は早足で質屋に向かう。
「行ってらっしゃい」
支配人が律儀に挨拶をしてくれる。無視するのもなんか悪いので振り替えって会釈する。
その後幾分か歩くと目当てのお店に到着する……が変な看板があるものの、出入り口らしきものが店の端に二つありどちらがどっちかわからない。しかも見本品や目玉商品など置くであろう場所には布がかかっていてなにも見えない。
――一応お店は開いているようだかどうしたものか。
私はコートと相棒に付いていた煤を払い、意を決して手前の方に手をかけ、そして、開ける。
「ごめんくださーい。誰か居ますか?」
私達は店内に足を踏み入れる。
――どうやらこちら側は質屋みたいだ。
私は店内を見物しつつ店主を探す。五分ほど探したが見つからず、もう一つの方へ行こうかと思っい、なんとなくレジの方を見るとプッシュ式の呼び鈴があった。私遠慮無く三回呼び鈴を鳴らす。なんか無駄に回数鳴らしたくなったから。
「うるさい。聞こえているから一回で充分だよ」
レジの奥の扉から背が高めで筋骨隆々な老人が出てきた、老人はその体格に似合わず(失礼)拡大鏡付きでインテリそうな眼鏡を付けたよく分からない外見の人だ。
「すいません。しっかり聞こえるようにと三回鳴らしました」
私はたいして内心悪びれることもせず、けれども表情は申し訳なさそうにして謝る。
「いいよ。別に、それでなんのようだい?」
「はい。ここは質屋兼土産物屋で間違いないですよね? 実は売りたい物と買いたいものがあってきました」
「そうかい。じゃあ五分ほど待ってな着替えてくる」
老人はそう言うとまた奥に引っ込む、それからきっかり五分で戻ってきた。
――見た目に似合わず几帳面だなー
私はそんな失礼なことをしげしげと観察しながら考えている。
「っで、何を売りたいんだ?」
「はい。こちらの生地と服と工芸品を」
私は鞄から売りたいものをレジの上に置く。
老人は拡大鏡付きの眼鏡と手袋を着けて生地と服から吟味する。ゴツゴツした手からは想像できないくらい優しく、柔らかにさわりながら。
「――これは西側の大国ワエステンの舞踏衣装とその生地だね。この辺りでは珍しいものだ。しかも服も生地も上等なものだから高く買い取るよ」
「わかるー。 流石はご老人! お目が高い! これらは結構良いものだから損はしないよ」
――これなら工芸品は要らなかったかな?
私は好感触を確かめる。この分なら思ったよりも収入は期待できそうだ。額によっては工芸品は取り下げて次の街で売るのもいい。
「そっちの工芸品は……どこのかはわからんがなかなか細工の細かい彫り物だな。……しかも旅行鳩とレモラのデザインとは」
そう、もう一つの工芸品は、環境の変化と人々の乱獲によって今は絶滅した旅行鳩の彫り物だ。その昔は文字通り世界中に生息し、何処にでもいて、まるで世界中を旅行しているかのようだから付いた名が旅行鳩。
もう一つの彫り物も絶滅した魚の一つ青白く宝石のような魚と言われたレモラ、このレモラは海が濁った初期の時点で絶滅しており、その姿を捉えた篆刻写真は非常に稀少で、今でもその原盤は高値で取引される。
「その二つは私の田舎の……おじいさんが創ったものです」
「――そうかい。いい祖父を持ったな。これは買い取れないが、その分生地と服は色をつけるよ」
「――ありがとう」
私は――素直にお礼を言った。これまでも色々な街で見向きもされなかった。それを――
「いいさ。何か他に用はあるか?」
「あります。この街と地域の特産品が欲しいんです。隣のお店で売っているんですよね?」
「ああ、売ってるよ。予算はどれくらいだ? 他の街でも高く売れそうな物を見繕ってやるよ」
「助かります。予算はこれくらいで」
私が提示した予算から老人が五品見繕ってくれた。
「ありがとうございます。それでちょっと悪いんですが、私達はこれから史跡巡りをしようと思うので、こちらの物は預かってもえらませんかね?」
「それは構わないがいつ頃に来るんだ?」
「そう遅くなるつもりはありません。夕方前には戻るつもりなので」
「――わかった。預かっておくから楽しんできな」
「ありがとうございます。じゃあ行ってきます」
私は老人に頭を下げて相棒を、また隅で寝ている相棒を連れて店を出る。外の天気は大丈夫そうだ、けれども少し不安な空模様――雲が少々厚く色が濃い――だから急ぐことにする。
お店を出てから一時間ほど歩く、途中に煤まみれではあるが、案内板があったので迷うことなく目的地に着くことができた。目的地、西方古代史跡に。
まず目につくものがある、ここに眠る古代の王族を守護する巨大な霊獣ないし神獣の石像が史跡を見守る位置に座している。座しているのだか、その石像が凄く不気味なのだ。
まず目算だが、全高が約160フィート(約50メートル)、全長約650フィート(約200メートル)、幅が約65フィート(約20メートル)の石像が長年降り続けた煤により全身真っ黒になっており、もはや世界に降り立った大悪魔の類いにしか見えない。
しかし、次に目に付くものがある。それは守護獣よりも圧倒的存在感がある件の史跡、王族の墓だ。だ。史跡の形状は四角錐で全高約320フィート(約100メートル)はあろう威容は始め山か何かと思ったくらいだ。そして、近づくにつれ他にも見えてくるものがある。
史跡の麓には多くの建造物が乱立し、それらを囲むように20フィート(約6メートル)の壁があった。まるで砦やお城を護る城壁だ。中身は墓守の住居郡か、それとも別の何かか現状では判断がつかない。
とにかく外周を一周したがどこまでも壁に囲まれており、中の様子はわからない、すべてを拒み、寄せ付けぬ壁は墓守の意思か王の遺志か。
今度は壁に手を付けながら回る、半周をする頃に違和感を感じる。
――壁の一部の凹凸が他の壁と違う、どこかにスイッチみたいなのがあるはず。
私は両手に神経を集中させる、わずかな違和感を逃さないために。すると相棒が袖を引っ張ってくる。相棒が視線を向ける先に目をやる。
私はそこを集中的に触ると四角い窪みがあった、窪みを強く押すと奥にスライドした。
瞬間、壁から音が鳴る。ガタガタ、ゴトゴト、音が鳴り終えると壁が開かれて道ができた。
「ありがとうね。相棒。じゃあ行こうか」
私は相棒と共に史跡の中に入る。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は――私達の住んでる村はキリシヤ大陸の西側の大国ワエステンの片田舎にある小さな村エワロバに住んでる。
この村は都会に都会に都会に比べて煤は降らないし、空も比較的明るいと学校の教師は言っていた。他にも鳥や魚がいるのはこのような田舎だけだとも言っていた。
では都会はどうなのかと質問したら、こことは正反対ですよと言われた。
正反対、なんのことかわからない、だって世界中灰色に覆われているならどこも同じなんじゃないの? それとも先生は嘘をついているの? それともおじいちゃん達が嘘をついているの?