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解決

 ダンジョン内の難易度が急激に上がったことでアナトールの雰囲気が一変する。

 まず始めに冒険者が減った。

 始まりの一階でさえまともに探索できるのは一握りの熟練冒険者のみ。

 先の異変で冒険者が激減したこともあり、数多くの冒険者が剣を置いてこの街を去った。

 冒険者が減るということは武器屋や薬屋などといった商売が成り立たなくなり、必然的に彼ら職人も去る。

 職人が去り、街の収入が減ったことで治安も悪くなって人口の流出が始まる。

 これら人間の動きに神も無関係ではいられない。

 人がいなくなるということは神を崇める存在が減るということ。

 事実、先月までは百人以上の人を抱える中堅ギルドが現在だと十人以下の崩壊寸前ギルドと凋落してしまった事例も暇なかった。

 この異常事態に神々は連日会議を開き、どう打開するか話し合っている。

 カナンの話を聞く限り、妙案は出ていないとのこと。

「ねえ、ロランはどう思う?」

 疲れ切った様子でカナンがそう尋ねてきたのが印象的だった。

「ふむう……」

 尋ねられたら応えてあげねばなるまい。

 俺はない知恵を絞りきった結果が。

「魔王でも倒すか?」

 そんな答えだった。

「はあ? 何言ってんの?」

「すまん、言い方が悪かった。俺の予想になるが、此度の異変は人為的に起こされたものだと推測するが」

 ダンジョンは生きている。

 生きているのなら活性化させる要因が必ずある。

「このアナトールに恨みを持つ何者かがダンジョンを活性化させる何かを持ち込んだなら説明しやすい……と、まあそこまで考えた」

 咄嗟の思い付きだ。

 一笑に付しても構わないと俺は笑うが、意外なことにカナンは深刻な顔。

「一理あるわね」

 カナンはポツリと呟く。

「もし本当にその通りだとすれば……どの階層だと思う?」

「十階や二十階といった節目の階だろうな」

 ダンジョンを活性化させた者は、アナトールが壊滅するまでその何かを守らなければならない。

 だったら節目の階に強力なボスモンスターを利用する道を選ぶだろう。

「オッケ、分かったわ」

 カナンが立ち上がる。

「興味深い仮説ね。意見を出してくるわ」

 そう言い残すや否やカナンはその小さな体を揺らして出て行った。

 

 そして日も置かない時、アナトール全体の中から選抜した討伐隊を送り込むことが決まる。

 当然団長はバルバロス、副団長としてシーク、エースにはアイシスが任される。

 アナトールにおける最強トップスリーが一堂に会する機会は今回が初めて。

 ゆえに誰もが興奮し、何とかなると希望を抱いた。

 で、俺の立ち位置はというと。

「待機組よ」

 カナンが苦々しげに俺に告げる。

「大丈夫か?」

 俺が心配しているのは討伐隊のこと。

「自惚れになるが、あれを通常のダンジョン探索と捉えん方が良いぞ?」

 魔物の防御力もさることながら攻撃力も侮れない。

 魔法使いといった防御が弱い者なら一撃で致命傷を負ってしまう。

 もし一体ずつでなく複数に襲われて乱戦に持ち込まれたら――

「魔法使いは全滅の可能性が高いわね」

 俺の意志を汲み取ったカナンが後を継いだ。

「変な見栄と意地よ。彼らからすればポッと出の自称勇者に手柄の全てを持っていかれるのが我慢ならないんでしょうね――代償として防御力の低い冒険者が危機に晒されようとも」

「それはそれは余裕だな」

 まさか都市が消滅するか否かの瀬戸際で見栄を優先させるとか。

 部外者としては呆れる他ない。

「どうする? 適当に潜っておこうか?」

 討伐隊の成否は関係なく時が過ぎる。

 こちらも食べなければならないので稼ぎとしてダンジョンに潜ろうかと提案するが。

「止めておきなさい。大人しくしておく方が賢明よ。それにロランのおかげで二、三年遊んで暮らせるだけの額が残っているわ。だから大好きな酒場の従業員に貢いで来れば?」

「おいおい、シーラとはそんな関係じゃないぞ」

 棘のあるカナンの言葉に俺は苦笑せざるを得なかった。


 俺はカナンの言葉に従い、シーラのいる酒場に入ろうとするが、その手前でトクランスに止められる。

「マスターがお呼びです。どうか私と同行してください」

 命を賭けてでも連れて行くという決意に満ちた視線を向けられたら従うしかないだろう。

「腹が減っているのだけどな」

「申しわけありません。お詫びにギルド一番の料理が上手いジェフに作らせますので」

 冗談を真面目に返されて困ったことを追記しておこう。

「わるい、ホンマに悪い」

 邂逅一番セブンスオンが土下座せんばかりに平伏する。

「こんな手段で呼び出すんは礼儀知らずやと知っておる。だから堪忍してくれ」

「なにを……」

 俺はここに呼び出されただけ。

 用件も何も聞いていないのだから謝られて困るだけだった。

「此度の討伐メンバーにうちからアイシスとジルベッターが選ばれた」

「ほう、それはおめでとう」

「なんもおめでたくないわ! アイシスもジルベッターも防御力がFや。こんなんやったら一撃で終わってまう!」

 よく知っているじゃないか。

「で、俺にどうしろと?」

 俺は先を促す。

「断っておくが俺は待機組だぞ?」

 俺は参加できず、二人の盾となれない。

 精神論でなく、物理的に無理なんだ。

「いや、一つだけ方法がある」

 セブンスオンは瞳をギラリと輝かせ。

「討伐隊が潜る直前、ロランは一人で潜って露払いをしてほしいねん」

「……」

「捜索ルートはもう決まっとる。やから先行して魔物の群れを撃滅することが願いや」

「それはそれは……」

 俺は言葉に詰まる。

「確かにうちは無茶なことを言うとる。非公式に先に潜って魔物の掃討なんぞ危険なことこの上ないにも関わらず名誉もない、ロランにとっては全然ええところがあらへん。でもな、それを承知してでの願いや。このままやとアイシスとジルベッターが死んでまう!」

「カナンに聞いてみよう。俺の神はカナンだ、彼女と相談して――」

「カナンは断った!」

 俺の言葉を遮るようにセブンスオンが叫ぶ。

「断る理由も分かる、うちの願いは滅茶苦茶やからな。可愛いメンバーを得体の知れないダンジョンに一人潜って探索させろなぞ、そんなん言われたらうちだって断る!」

 けどな、とセブンスオンは続ける。

「それを推してでも頼むんや! ギルドの神の意志に反し、危険度は最大級、しかも名誉も何もない。得られるのはうちのメンバーの安全だけ! 無茶苦茶や、自分勝手で傲慢な願いや。けどな、それは承知や、痛いほど分かっとる上で頼むんや!」

 頼む、頼むとセブンスオンの悲痛な叫びが俺の耳朶を打った。

 そこまで願われたら俺も何かをしたい。

 だからカナンに頼んでみると。

「駄目に決まっているでしょ!」

 俺の想定を超える拒否が帰って来た。

「何他の神に心を動かされてるの! 貴方の神はこの私、カナン=ラフィンクス=マルローよ! ロランに命令を下せるのは私だけ! 私以外誰にも従っちゃ駄目なの!」

「ああ……」

 凄まじい剣幕でそう問い詰められたら俺は引くしかない。

「良いことロラン! 当日は絶対に潜っちゃ駄目よ! ロランは討伐隊員の命やセブンスオンのことなんて気にする必要はこれっぽっちもないのよ!」

 小さな肩をいからせ、カナンは大声を張り上げてそう釘を差してきた。


「うーむ……」

 一人になった俺は唸り声をあげる。

 アイシスやジルベッターの命を救いたいが、カナンの命令を無碍にするわけにはいかない。

 あちらが立てばこちらが立たず、どうしたもんかと頭を抱えたくなる。

「駄目だ、俺に知恵などあるはずがない」

 頭の回転が速い魔法使いや僧侶なら打開策を思い付いただろうが、残念ながら俺は剣を振るうしか能の無い脳筋。

 堂々巡りである。

「どうしたら良い? カナンの命令に逆らわず、かつ二人の命を救うには――あ」

 俺は素晴らしいことを思い付く。

 もしかすると俺は頭脳労働にも向いているかもしれない。

「うん、これなら良い」

 善は急げ、すぐさま行動。

 俺は一つ頷くと、遠征の準備をするために足早に家から出て行った。


 作戦結構の前夜。

 セブンスオンは嬉しくて仕方なかった。

「マスター、酒の飲み過ぎです」

「ああ、ジルベッターは厳しいなあ」

 セブンスオンはジルベッターの言葉に口を尖らせるが、酒を離そうとしない。

「私からも止める」

「ほいな、預かるよ」

 が、アイシスの同調とトクランスが素早く奪い取られては彼女も仕方ない。

 セブンスオンは溜息を吐いて豪奢なソファに体を埋めた。

「あの、マスター」

「なんやミギラス」

 恐る恐るといった調子で口を開けたミギラスにセブンスオンは目を開ける。

「言いたいことあるなら言ってみい」

 セブンスオンの猫の様な鋭い瞳にミギラスは無意識に背筋を伸ばした。

「あ、はい。明日の討伐隊、もしかするとアイシスとジルベッターが死ぬかもしれません、それどころかアナトール存続の危機なのに何故そんな陽気なのでしょうか?」

「ああ、それは簡単や。明日の討伐隊、ほとんど魔物なぞおらへん。ロランが全て片付け取るからや」

 何の気なしにセブンスオンがそう告げる。

「あいつの力は規格外や、それこそアナトール中の冒険者が束になっても敵わへんぐらいにな。やから大丈夫」

「はあ……」

 セブンスオンの言葉にミギラスは納得いっていないようだ。

「本当に動くのでしょうか?」

「動く」

 セブンスオンは断言する。

「あいつは力こそ強いが中身は底抜けのお人好しや。ちょっと涙を見せたら簡単に動いてくれる――あ、断っておくけどアイシス達を心配する心は本物やで?」

 フォローとばかりにそう付け足すセブンスオン。

「やからなーんも心配いらん。むしろ問題なのはその後、如何にロランをうちのギルドに入れるかや」

 頬杖をついたセブンスオンは嬉しそうに続ける。

「前々からロランは評判やったけど、決定的になったんはダンジョンに残された冒険者の救出、あれが大きい、あれで他のギルドも本格的にロランに目を付けたやろな」

 ロランは何度も潜り、取り残された冒険者や残された遺品を回収してきた。

 皆命からがら帰還するのが精一杯だった中で何度も潜れる力と胆力。

 あれほどの損害を受けたのにまだ冒険者がアナトールに残っているのは、ロランがいれば何とかなるという淡い希望を抱いているからだった。

「しかし、ロランの神であるカナンが彼を引き離すでしょうか?」

「やから一芝居打ったんや」

 セブンスオンは会心の笑みを浮かべる。

 まず始めにセブンスオンはカナンにロランを先行してダンジョンに潜るよう頼む。

 ここで肝なのはカナンが許可を出さないこと。

 許可してしまえばセブンスオンの目論見は消える。

 で、それを踏まえてロランに頼む。

 ロランは情に動かされやすい人物、そこを突けば必ず動いてしまった。

「後はロランがカナンの命令を破ったと周りに言いふらしてしまいや。変にプライドの高いカナンなこと、十中八九ロランを勘当するやろうな」

 カナンは感情で動き、後先を見ない節がある。

「ま、動かんかったらそれでええ。また次の機会を狙うまでや」

 少なくともしこりは残る。

 後はそれを時間をかけて深め、決定的な亀裂へと成長させれば良い。

「問題なのはロランが他のギルドに移ってしまうこと。それだけは絶対にさせたらあかん」

 セブンスオンにとって最大の懸念事項はそこである。

「そうならんよおアイシス、ジルベッター、トクランス。あんたらもロランをうちのギルドに入ってほしいやろ? あの背中に守ってほしいやろ? なんやったら付き合ってもかまへんで?」

「「「……」」」

 セブンスオンの言葉に指名された女性三人が顔を赤くした。

「はあ……」

 何故かミギラスはまだ納得していない。

「あの、そのロランについてですが」

「ん? ロランがどうした?」

 セブンスオンの催促にミギラスは意を決した様子で。

「実は――三日前、ダンジョンに潜ったのを最後に行方不明です」

「は?」

 セブンスオンの顎がカックンと外れた。


 アイシスとジルベッターは救いたい。

 しかし、カナンは当日潜ることを禁止した。

 ならばどうした良いか?

「簡単だ、その前の日から潜っておけば良い」

 女王蟻ならぬ女王蜘蛛を両断した俺は笑みを深める。

 俺は今まで暗黒島で昼夜を問わず戦闘を繰り返していた。

 当然寝ている時や飯を食っている時に襲われたこともある。

 その経験が俺を耐久探索を可能としていた。

「やはり武器は大事だな」

 俺が掲げているのは新しく新調した剣。

 鋼ではなく、クリスタルで作られた剣の切れ味は凄まじく、まるでバターを切る様な感触だった。

「これが問題の代物だ」

 女王蜘蛛の後方にあった空間には禍々しく光るクリスタル。

 ダンジョンを活性化させることからダンジョンコアと名付けよう。

「さて、戻らんと討伐隊が来てしまう」

 時間が正しければ、今から戻れば人が集まる前に帰還できる。

 鉢合わせしたら面倒なので俺は速度を上げて上を目指した。


 後日談。

 討伐隊は見事十階にあったダンジョンコアを破壊し、ダンジョンも元通りになる。

 相当な犠牲が出たかと思いきや、彼ら曰くほとんど戦闘らしい戦闘は行われず、十階のボスモンスターも存在していなかったらしい。

 まあ、俺が三日かけて掃討したから当然だな。

 ちなみにそのことをカナンに話すとむっつりと黙り込んでしまう。

 俺は命令違反をしていないのだから何も言えないのは当然だろう。

「……忘れていたわ、あんたの強さを」

 苦々しげにそう嫌味を言うのが精一杯だったようである。

 なお、セブンスオンに会いに行った際。

「あんたはホンマに凄いなあ。まさかそんなことをしてくるなんて思い付かんかったわ」

 と、大層ご満悦な様子だった。

 が。

「見ててみい。絶対にあんたをうちに入れたる。これは本気やで?」

 俺の襟首を掴んで顔を引き寄せ、肉食獣の様な凄味のある顔でそう宣告してくる。

「カナンとは古い友人だろう」

 俺がそう忠告するも。

「血の繋がった者同士であっても一人の男のために殺し合う仲になることはしょっちゅうあるで?」

 真顔でそう返されたので俺は閉口するしかなかった。


またもしばらく潜ります。

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